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モブ令嬢イェーレ
20. 経験のない精霊の愛し子が軍人に勝てると思うだろうか?
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晴天に恵まれた、卒業式当日。
厳かな空気の中、平民、貴族ともに制服に身を包み、学園長と国王から祝辞、それからふたりの直筆サインが書かれた卒業証書が配られるそうだ。
今年はエルが在籍していることもあって、特別にヴェラリオン皇帝と皇后も出席することになったので例年以上に緊張する場となってるだろうな、と思う。
私たち在学生は卒業式とは関係ない…というわけではない。卒業式後にあるパーティーの準備を任されている。もちろん、料理と給仕はプロに頼むけど、会場内のレイアウトや飾り付けの準備はすべて在学生が主体になって進める事になっている。これは貴族、平民関係なく協力することが目的とされている。
女子生徒たちはおしゃべりしながらパーティー会場となるテーブルのセッティングをしており、私たちもその作業をしている。無事、復帰したヴィクトリアも楽しそうに作業をしていた。
なんでも雷撃魔法を受けたらしいけど、後遺症がないようで何よりだ。
「そうそう。それで、エリザベスに伝えたいことがあって」
「え?」
「わたくし、婚約が整いましたの」
ぽ、と頬を染めてそう言ったヴィクトリアに、エリザベスは思わず手を止めて「まぁ」と呟いた。
周囲の生徒たちもめでたい話にぱっと顔を明るくする。
「え?クランク様ご婚約されたんですか?」
「おめでとうございます!」
「おめでとう、ヴィクトリア」
「ふふふ、ありがとう」
「お相手はどなたなの?」
「ライズバーグ様よ」
一斉に私に視線が向けられる。予想はしてたけど勢いがすごい。
「はい。兄イェソンとご婚約いただきました。私からすればようやく、といった印象ですが」
ヴィクトリアとも話したんだけど、兄様ってゲームだとグイグイ引っ張っていく陽キャタイプだったんだけど、現実では違った。奥手。母様から蹴り入れられるぐらいのヘタレ。
今回の騒動前に兄様とヴィクトリアがデートしたんだけど、もう可哀想なぐらいガチガチに緊張していたらしく、思わずヴィクトリアがリードしたんだとか。しかもデートはその1回だけ。
先日の事件で兄様が率先してヴィクトリアの屋敷にお見舞いに行ったりしていたけれど、そこでヴィクトリアは兄様とゆっくり話して、その人となりに陥落したらしい。
ゲームと同じ騎士形式のプロポーズを受けたけど、スチルと違って顔も赤かったし、差し出された手も震えていたそうだ。
ヴィクトリアは番について聞いた上で了承しており、既に契った仲だ。これで精霊族に関わる人間はすべて番になったことになる。
思いがけない吉事に沸いているクラスメイトの様子を眺めていると、教師から「時間は大丈夫か」と声がかかった。やっべ。皆、慌てて作業の続きを始めた。
ヴィクトリアの吉事以外はつつがなく準備が終わり、私たち2学年だけが会場に残る。卒業生たちを出迎えるためだ。1年生は雑務だけ。まだマナーが付け焼き刃な場合も多いからだ。来年には出迎えに参加できる。
パーティー開始時刻になると今年の卒業生が入場する。
入場のタイミングでひときわ歓声があがったのはレオとエルだった。まあ、リアル王子様だしねふたりとも。アイドルみたいな感覚になるの分かる。
レオと視線が合い、微笑まれる。私の周囲にいた女子生徒たちが黄色い悲鳴を上げた。私は反応しないでおくのが、一番良い。あとでふたりきりのときに存分に構ってあげればいいのだ。
エルがエリザベスを呼んで、手を振る。
エリザベスは少し驚いたような表情を浮かべたものの、すぐに微笑んで小さく手を振り返していた。こういう様子を周囲に見せつければ、このふたりは相思相愛だとより印象づけることができるだろう。
…ま、エルもエリザベスもそんなこと考えてないだろうけど。
在学生はパーティーに参加しないため、卒業生たちが乾杯の音頭を取った後には静かに退場することになっている。まあ、あとは教師もいないし卒業生たちだけで気兼ねなくどうぞといった感じだ。
あとは出ていくだけ…という段階で、私たちの前にあった人波がゆっくりと開かれた。え、なにこれリアルモーセの海割りみたいな…と思っていたら、出入り口のところにレアーヌの姿がある。
とっさに、エリザベスの前に立った。ヴィクトリアもエリザベスを庇っているだろう。
「ちょっとイェーレ。あの方、貴族牢に入れられていたのではなくて?」
「そのはずですが。釈放されたとは聞いておりませんね」
留置されていたのであれば、衣服は簡素なドレスのはずだが今のレアーヌは制服を着ている。ということは、この卒業パーティーの準備に参加するつもりだった?んなバカな。
警戒を強めていると、レオたちがやってきた。レオも怪訝な表情を浮かべていることから、レアーヌがこの場にいることは想定外だったようだ。
「ダンフォール嬢。あなたはまだ刑が確定していないため、係留されているはずだ。どうやってここへ?」
「……んで…」
「ッ、エレン、イェソン!」
エルの声に反応して、咄嗟に前に出て両手を突き出す。隣には兄様も並んでいる。
『フェ・ウィ・パージャ!』
『クル・ウィ・ヤディーア!』
レアーヌを除いた生徒たちの前に二重の防衛結界が展開される。と同時にレアーヌがギロリとこちらを睨んで叫んだ。
「なんでシナリオ通りに動かないのよォーーー!!」
暴風。ついで、鎌鼬のようなものがレアーヌの前から飛び出して会場内に飛んでいく。展開したのは生徒たちの前だけなので、会場内の設備は悲惨なことになっているかもしれない。
あちこちで広がる悲鳴。破壊される窓ガラスの音が響いた。頭上のシャンデリアがガシャガシャと派手な音を立て、灯りが消える。背後の方で悲鳴が上がったが、魔法が発動された気配を感じたので事なきを得ている…と信じよう。幸いにも、実力がある卒業生たちがこの場にいるのだから。
それよりもいま、レアーヌから目を離すとマズい。
「私の、私だけの、私のための世界じゃない!!なのになんでよ!!どうして主要キャラはシナリオ通りに動かないの、なんで悪役令嬢は何もしてこないの、こんなバッドエンドなんてなかったじゃない!!」
精霊たちがレアーヌの怒りに応じて勝手に魔法を繰り出してくる。
無詠唱で全属性の魔法一気にぶっ放してくるとか正気の沙汰じゃないんだが!?あ、もう理性失ってるも同然か。
本当なら身体強化を施して一気に制圧するのがいいんだけど、今の私は学園の制服しか身に着けていない。軍服と異なり、防御用の魔法なんてかかってない、ただの衣服だ。無闇矢鱈に突っ込めば、下手すれば四肢が吹っ飛ぶ可能性がある。
「イェソン!我々は避難を担当する、こちらに来て彼らの安全確保を頼む!この場はイェーレ嬢とイェルク殿に任せる!」
「承知しました!…エレン、気をつけろよ」
「私を誰とお思いですか?任せてください!」
少なくとも全員の避難が完了するまでは無茶はできない。守りに徹するしかないな。
バカスカ飛んでくる精霊魔法を相殺させるために私とエルは奮闘する。(無)詠唱魔法に関しては手が回らないことがあるが、魔術学科の卒業生たちが在校生たちを守ってくれてるようだ。助かる。
ここらにいる精霊たちは皆、レアーヌの意思に呑み込まれた。
精霊魔法を得意とする者は動けないだろう、契約していたはずの精霊まで引きずり込まれたのだから。
精霊魔法は精霊魔法、詠唱魔法は詠唱魔法でないと相殺できない。この場で精霊魔法に対処できるのは、精霊なしで精霊魔法を扱える精霊族の私とエル、兄様だけだ。
不意にレアーヌが何かを握りしめる、と同時にレアーヌの目の色が一瞬変化した。あ、マズいと思った瞬間に、詠唱魔法に対処していた魔術学科の生徒たちがレアーヌと目が合ってしまったようだ。こちらに向かって魔法の詠唱を始めた。幸いにも武術学科の面々はレアーヌの目を見なかったようだ。
私も一瞬クラっと来たが、以前使われたものよりは低レベルな ―― それでも、人を操れる程度のレベルの魅了道具を使ったようだ。
「チッ、やはり魅了を持ってたか!頼むぞエレン!」
「3分!」
「1分で十分だ!」
私の属性は風と、光。そしてヴェラリオン皇族が持つちょっと特殊な属性。
これは詠唱では行えない。ヴェラリオン皇族の血筋を持つ人間が神代文字を使うことによって初めて効果が発揮される代物だ。意識して指先に魔力を集め、神代文字を描く。描ききったあと、パチンと指を鳴らせばそれで魔法が発動する。
一瞬で、レアーヌに魅了された生徒たちの行動や詠唱が止まった。
正確には麻痺したのだ。前世でいうパラライズ状態。
さすがにレアーヌは精霊たちに守られて効かなかったようだが、周囲の状況に狼狽えたようだった。
そのすきに、エルが高速詠唱を行いながら神代文字を描く。集まった光で、高速詠唱の部分しか他人にしか分からないだろう。こんなとんでもない魔力を消費し、高速に処理できるエルは正直化け物だと思う。
天高く手を掲げ、エルが叫んだ。
『アフェ・グ・レシア!!』
天井から光が周囲に降り注ぐ。光に触れた、魅了にかかった生徒たちがハッと我に返った様子であった。そんな生徒たちを、兄様を筆頭とした武術科の卒業生たちが素早く会場から連れ出していく。
「相変わらずえげつない」
「エレンもやればできるだろ」
「冗談!」
これは状態異常を解除する精霊魔法だ。こんな広範囲、対象多数の魔法、私には無理。
ようやく、レアーヌの後方に教師陣が到着したようだけど、精霊たちに威嚇されて近づくことができない。それは私たちの背後にやってきた教師たちも同じだ。
精霊には精霊をぶつけるのが基本的な対処法である。ということは、この場で対処できるのは私か、エルしかいないわけだ。兄様は生徒たちの避難で手一杯だろうし。
思ったような成果が得られないからだろう、レアーヌが歯ぎしりをして顔を歪めた。
「リセットはどこなの!?こんな、こんな結末認めないわ!!」
「リセットなんてどこにもないわよ」
あるわけないじゃない、そんなもの。
レアーヌの瞳が大きく見開く。このまま会話すると、私が前世持ちだってまだ避難できていない生徒たちにバレてしまう。それはちょっと嫌だったので、防音の結界を私とレアーヌの周りに張った。
「ま、まさか…」
「そのまさか。あなたと同じ前世持ち、しかもこの世界が紅ファンと酷似してるってのも理解してるわ」
「…だからシナリオ通りに動かなかったのね。これで理解したわ」
意外にも彼女は冷静になっているようだ。
このまま何事もなく落ち着いてくれれば、丸く収まるんだけど…精霊たちの様子を見る限りでは、無理だろうな。
『レアーヌ、ころそう』
『そうだ、レアーヌの邪魔をしたやつだ』
精霊族と異なり精霊に善悪はない。あるのは、契約者や愛し子の敵か味方かという認識だけ。
契約者がいない場合、その時々で自分が楽しいと思ったら参加するぐらいだ。あとは今回のように愛し子に引き寄せられ、愛し子のために何でもする存在に成り果てることもあるらしい。
…らしい、というのは、前回の愛し子はもう百年も前のことで、曾祖父母たちが若かりし頃の時代だからだ。
ヴェラリオン皇国は愛し子によって被害が出ることが稀にあったため、愛し子の登録制度が整備されている。そのため資料はいくつか残されているが、研究し尽くされたとは言い難い。
「あなた、どうして私の言う事を聞かなかったの?この子たちが言ってたわ、精霊族も愛し子のために動いてくれるって。私の願いを叶えてくれるって。なのにあなたも、あなたの兄であるイェソンも、エルもそうならなかったじゃない!」
「この世界のこと、何も調べなかったの?17年…いや、前世の記憶を取り戻して6~7年もあったのに?」
「はぁ?この世界は紅ファンなんでしょ?設定資料集なら隅々まで読み尽くしたし、ルートは全部覚えているわ!なのに、レオナルドの婚約者はヴィクトリアじゃないし、一番攻略しやすいはずのイェソンのイベントすら起こらなかったわ!アンタがなにかしたんでしょ!?」
半分正解、半分ハズレだ。
おそらく分岐点はデビュタントの晩餐会。
本来なら、あの場でレオがヴィクトリアと会話することによって彼らが婚約する。そして庭園にいた私とは出会わないはずだった。
ところが、ヴィクトリアが転生者だったことでまずそこが変わった。ヴィクトリアと会話する機会を失ったレオが庭園に来たのだ。
そしてなんの琴線に触れたのか分からないけど、レオが私にプロポーズした。そこで私が断った。
ヴィクトリアが物語通りレオと会話していたら。
私がレオからの打診を受け入れていたら。
レオが6年強の間、忍耐強く私を追いかけてくれなかったら。
これらのどれかひとつでも歯車がズレていたら、この学園に入学したときにはすでにレオに婚約者ができていただろう。
兄様に関しては、たぶんあのノートが原因だ。
レアーヌ=精霊の愛し子というのは確定してたから、精霊族は基本近づかないようにするし。そうすると、一歩引いた形でレアーヌの言動を見ることができる。
まあ、それで「ないわ」って判断されたのだから、レアーヌ自身の問題だ。
じり、と力を足の方に溜めていく。
タイミングを見計らって直接レアーヌを取り押さえるしか、この場を治める方法はないだろう。
「あなた自身の振る舞いのせいでしょう?ゲームと現実の区別すらつけられないなんて」
「うるさいうるさいうるさい!!ただのサポキャラのくせに、前世持ちだからって邪魔しやがって!!」
ぶわ、とレアーヌが放出する魔力が膨れ上がった。精霊たちが酔ったような言動を見せる。
防音の結界を解いて、エルに眼鏡をぶん投げた。その意味を正確に読み取ってくれたエルはすぐさま、この会場内を防衛の結界で囲む。
これで、結界の中にいる私とレアーヌ以外は傷つかないはずだ。
「エル、このままではエレンが!」
「これが最適解なんだよレオ。学園長、タイミングを見て結界を解きます。解けたと同時に、あの女の捕縛を」
「承知した」
「ああああああ!!死ね、死ね死ね死ねェ!!!」
火の精霊と風の精霊がレアーヌに力を貸した。
大量の酸素を取り込んだ炎が大きく膨らみ、轟音を立てながらまっすぐ私に向かってくる。それが1、2、3…5本か。まあ、さすが魔力が豊富なだけあるわな。
けどさぁ。モンスター討伐をしたことがない、ただの愛し子が見習い騎士に勝てるとでも?
密かに足にかけていた強化を完成させて即座に発動。床を蹴って、こちらに向かってくる炎を素早く避けてレアーヌに向かって突進していく。目と鼻の先にある炎がじり、と私の皮膚と制服を焼いた。
レアーヌはすぐさま風の精霊たちから助力を受け、更に数多の鎌鼬を繰り出してくる。うん、さすがにこれは避けきれないな。数が多すぎる。
そう、判断して体全体に強化を掛けた。しかし強化した力よりも多少、レアーヌの方が強かったようで、ほんの切り傷はできた。だが制圧に支障はない。
今度は目の前に土の壁ができる。それに勢いのまま手をつけ、詠唱。
『ロロ・ウィ・クォーラ・ゼステリア』
土の壁が一気に崩れた。と、勢いそのままに逃げずにすぐそこにいたレアーヌに手を伸ばす。
レアーヌの顔が恐怖の色に染まった。精霊たちがレアーヌを守ろうとあらゆる魔法をぶつけてくる。多少痛いが、問題ない。
レアーヌの首を掴み、そのまま床に引き倒した。すでにその衝撃でレアーヌは失神したらしい。
かろうじて息はしている。良かった、勢い余って首の骨折ったかと思った。
周囲に漂う精霊たちをぎろりと睨む。
『精霊の愛し子にこれ以上危害を加えるつもりはないが、お前たちが争いを望むならその望み通り、この細首を折ってやろう』
『卑怯者!』
『レアーヌが、レアーヌが』
『私の番を害そうとしたのだ、このぐらいは当然だろう?』
『エレンの番、そういえばそこにいる。エルの番もさっきまでいた』
『ヴェラリオンの番はだめ』
レアーヌが気絶したせいもあり、彼女の感情の影響を受けていたのが薄らいできたようだ。
この会場で引きつけられた精霊は我に返ったように、契約者がいる方へ飛んでいく。長らくレアーヌの傍にいた精霊たちはもうダメかもしれない。
パン、と結界が解けた音が聞こえた。
バタバタと駆け寄ってきた教師たちにレアーヌを引き継ぎ、大きく息を吸って、吐く。
……ああ、終わった。
「エレン!!」
そう、安堵してレオたちの方へ歩いていると、駆け寄ってきたレオに勢いよく抱きしめられた。
意外と力が強く、ぎゅうぎゅうとされてちょっと苦しいし痛い。
「なんで君はそうやって無茶をする!」
「えー…あの場では最善でしたよ。私はエルほどの結界は作れませんから」
「だが、それでも…君の髪もこんな…」
言われて気づく。いつの間にか、肩から下の髪がなくなっていた。おそらく鎌鼬の攻撃のときに切れたんだろう。どうりで頭が軽いと思った。
この世界では、女性は皆、髪が長い。平民ですら肩より少し長い程度には維持するし、特に貴族階級は長めにしておくことが多い。貴族令嬢にとって、髪の長さは矜持といっても過言ではないというのが常識だ。嫁の貰い手がなくなるとまで言われる。
「…短い髪は嫌ですか?」
「…正直言って、似合っているよ」
レオは苦笑いすると、自身の上着を私にかけてくれた。
まあ、制服も悲惨なことになってるしね。エルから眼鏡を受け取って、掛け直す。
医務室の担当医は、避難先の魔法実習場にいるということだったのでそちらに向かった。
私たちが現れると同時に周囲がざわめく。特に、女子生徒は顔色が悪く、それは私の髪を見たせいもあるかもしれない。
真っ青な顔のヴィクトリアが、呟く。
「イェーレ、あなた、髪…」
「戦闘中にちょっと。ですが快適です。欲を言えばもうちょっと短く…」
「うん、さすがにそれは止めておいてほしい」
「えー」
短いと髪の手入れが楽なのに。
まあ、でもレオがそこまで言うなら仕方ないか。
慌てて駆け寄ってきた担当医から応急処置を受けながら、ふと思う。
レアーヌも、ちゃんと現実を受け入れていればゲームのような恋愛ができたんじゃないだろうか。
まあ少なくとも、親密になれるのは残りの攻略対象者である第二王子か商人の息子、あとは教師だけだったと思う。それかもしくは、ゲームでは名もなかった生徒と仲良くなれたかもしれない。
元世界が同じの、前世持ちの仲間として仲良くなれたかもしれない。
でもあの子は、ラノベによくある逆ざまあのヒロインのように振る舞ってしまった。
さらに悪手は魅了の魔道具だ。あれはもう、どうにもならない。彼女は罪人として裁かれることになるだろう。
「…愛も肯定も、過ぎたるはなお及ばざるが如しってことか」
「ライズバーグ嬢?」
「いいえ、独り言です」
厳かな空気の中、平民、貴族ともに制服に身を包み、学園長と国王から祝辞、それからふたりの直筆サインが書かれた卒業証書が配られるそうだ。
今年はエルが在籍していることもあって、特別にヴェラリオン皇帝と皇后も出席することになったので例年以上に緊張する場となってるだろうな、と思う。
私たち在学生は卒業式とは関係ない…というわけではない。卒業式後にあるパーティーの準備を任されている。もちろん、料理と給仕はプロに頼むけど、会場内のレイアウトや飾り付けの準備はすべて在学生が主体になって進める事になっている。これは貴族、平民関係なく協力することが目的とされている。
女子生徒たちはおしゃべりしながらパーティー会場となるテーブルのセッティングをしており、私たちもその作業をしている。無事、復帰したヴィクトリアも楽しそうに作業をしていた。
なんでも雷撃魔法を受けたらしいけど、後遺症がないようで何よりだ。
「そうそう。それで、エリザベスに伝えたいことがあって」
「え?」
「わたくし、婚約が整いましたの」
ぽ、と頬を染めてそう言ったヴィクトリアに、エリザベスは思わず手を止めて「まぁ」と呟いた。
周囲の生徒たちもめでたい話にぱっと顔を明るくする。
「え?クランク様ご婚約されたんですか?」
「おめでとうございます!」
「おめでとう、ヴィクトリア」
「ふふふ、ありがとう」
「お相手はどなたなの?」
「ライズバーグ様よ」
一斉に私に視線が向けられる。予想はしてたけど勢いがすごい。
「はい。兄イェソンとご婚約いただきました。私からすればようやく、といった印象ですが」
ヴィクトリアとも話したんだけど、兄様ってゲームだとグイグイ引っ張っていく陽キャタイプだったんだけど、現実では違った。奥手。母様から蹴り入れられるぐらいのヘタレ。
今回の騒動前に兄様とヴィクトリアがデートしたんだけど、もう可哀想なぐらいガチガチに緊張していたらしく、思わずヴィクトリアがリードしたんだとか。しかもデートはその1回だけ。
先日の事件で兄様が率先してヴィクトリアの屋敷にお見舞いに行ったりしていたけれど、そこでヴィクトリアは兄様とゆっくり話して、その人となりに陥落したらしい。
ゲームと同じ騎士形式のプロポーズを受けたけど、スチルと違って顔も赤かったし、差し出された手も震えていたそうだ。
ヴィクトリアは番について聞いた上で了承しており、既に契った仲だ。これで精霊族に関わる人間はすべて番になったことになる。
思いがけない吉事に沸いているクラスメイトの様子を眺めていると、教師から「時間は大丈夫か」と声がかかった。やっべ。皆、慌てて作業の続きを始めた。
ヴィクトリアの吉事以外はつつがなく準備が終わり、私たち2学年だけが会場に残る。卒業生たちを出迎えるためだ。1年生は雑務だけ。まだマナーが付け焼き刃な場合も多いからだ。来年には出迎えに参加できる。
パーティー開始時刻になると今年の卒業生が入場する。
入場のタイミングでひときわ歓声があがったのはレオとエルだった。まあ、リアル王子様だしねふたりとも。アイドルみたいな感覚になるの分かる。
レオと視線が合い、微笑まれる。私の周囲にいた女子生徒たちが黄色い悲鳴を上げた。私は反応しないでおくのが、一番良い。あとでふたりきりのときに存分に構ってあげればいいのだ。
エルがエリザベスを呼んで、手を振る。
エリザベスは少し驚いたような表情を浮かべたものの、すぐに微笑んで小さく手を振り返していた。こういう様子を周囲に見せつければ、このふたりは相思相愛だとより印象づけることができるだろう。
…ま、エルもエリザベスもそんなこと考えてないだろうけど。
在学生はパーティーに参加しないため、卒業生たちが乾杯の音頭を取った後には静かに退場することになっている。まあ、あとは教師もいないし卒業生たちだけで気兼ねなくどうぞといった感じだ。
あとは出ていくだけ…という段階で、私たちの前にあった人波がゆっくりと開かれた。え、なにこれリアルモーセの海割りみたいな…と思っていたら、出入り口のところにレアーヌの姿がある。
とっさに、エリザベスの前に立った。ヴィクトリアもエリザベスを庇っているだろう。
「ちょっとイェーレ。あの方、貴族牢に入れられていたのではなくて?」
「そのはずですが。釈放されたとは聞いておりませんね」
留置されていたのであれば、衣服は簡素なドレスのはずだが今のレアーヌは制服を着ている。ということは、この卒業パーティーの準備に参加するつもりだった?んなバカな。
警戒を強めていると、レオたちがやってきた。レオも怪訝な表情を浮かべていることから、レアーヌがこの場にいることは想定外だったようだ。
「ダンフォール嬢。あなたはまだ刑が確定していないため、係留されているはずだ。どうやってここへ?」
「……んで…」
「ッ、エレン、イェソン!」
エルの声に反応して、咄嗟に前に出て両手を突き出す。隣には兄様も並んでいる。
『フェ・ウィ・パージャ!』
『クル・ウィ・ヤディーア!』
レアーヌを除いた生徒たちの前に二重の防衛結界が展開される。と同時にレアーヌがギロリとこちらを睨んで叫んだ。
「なんでシナリオ通りに動かないのよォーーー!!」
暴風。ついで、鎌鼬のようなものがレアーヌの前から飛び出して会場内に飛んでいく。展開したのは生徒たちの前だけなので、会場内の設備は悲惨なことになっているかもしれない。
あちこちで広がる悲鳴。破壊される窓ガラスの音が響いた。頭上のシャンデリアがガシャガシャと派手な音を立て、灯りが消える。背後の方で悲鳴が上がったが、魔法が発動された気配を感じたので事なきを得ている…と信じよう。幸いにも、実力がある卒業生たちがこの場にいるのだから。
それよりもいま、レアーヌから目を離すとマズい。
「私の、私だけの、私のための世界じゃない!!なのになんでよ!!どうして主要キャラはシナリオ通りに動かないの、なんで悪役令嬢は何もしてこないの、こんなバッドエンドなんてなかったじゃない!!」
精霊たちがレアーヌの怒りに応じて勝手に魔法を繰り出してくる。
無詠唱で全属性の魔法一気にぶっ放してくるとか正気の沙汰じゃないんだが!?あ、もう理性失ってるも同然か。
本当なら身体強化を施して一気に制圧するのがいいんだけど、今の私は学園の制服しか身に着けていない。軍服と異なり、防御用の魔法なんてかかってない、ただの衣服だ。無闇矢鱈に突っ込めば、下手すれば四肢が吹っ飛ぶ可能性がある。
「イェソン!我々は避難を担当する、こちらに来て彼らの安全確保を頼む!この場はイェーレ嬢とイェルク殿に任せる!」
「承知しました!…エレン、気をつけろよ」
「私を誰とお思いですか?任せてください!」
少なくとも全員の避難が完了するまでは無茶はできない。守りに徹するしかないな。
バカスカ飛んでくる精霊魔法を相殺させるために私とエルは奮闘する。(無)詠唱魔法に関しては手が回らないことがあるが、魔術学科の卒業生たちが在校生たちを守ってくれてるようだ。助かる。
ここらにいる精霊たちは皆、レアーヌの意思に呑み込まれた。
精霊魔法を得意とする者は動けないだろう、契約していたはずの精霊まで引きずり込まれたのだから。
精霊魔法は精霊魔法、詠唱魔法は詠唱魔法でないと相殺できない。この場で精霊魔法に対処できるのは、精霊なしで精霊魔法を扱える精霊族の私とエル、兄様だけだ。
不意にレアーヌが何かを握りしめる、と同時にレアーヌの目の色が一瞬変化した。あ、マズいと思った瞬間に、詠唱魔法に対処していた魔術学科の生徒たちがレアーヌと目が合ってしまったようだ。こちらに向かって魔法の詠唱を始めた。幸いにも武術学科の面々はレアーヌの目を見なかったようだ。
私も一瞬クラっと来たが、以前使われたものよりは低レベルな ―― それでも、人を操れる程度のレベルの魅了道具を使ったようだ。
「チッ、やはり魅了を持ってたか!頼むぞエレン!」
「3分!」
「1分で十分だ!」
私の属性は風と、光。そしてヴェラリオン皇族が持つちょっと特殊な属性。
これは詠唱では行えない。ヴェラリオン皇族の血筋を持つ人間が神代文字を使うことによって初めて効果が発揮される代物だ。意識して指先に魔力を集め、神代文字を描く。描ききったあと、パチンと指を鳴らせばそれで魔法が発動する。
一瞬で、レアーヌに魅了された生徒たちの行動や詠唱が止まった。
正確には麻痺したのだ。前世でいうパラライズ状態。
さすがにレアーヌは精霊たちに守られて効かなかったようだが、周囲の状況に狼狽えたようだった。
そのすきに、エルが高速詠唱を行いながら神代文字を描く。集まった光で、高速詠唱の部分しか他人にしか分からないだろう。こんなとんでもない魔力を消費し、高速に処理できるエルは正直化け物だと思う。
天高く手を掲げ、エルが叫んだ。
『アフェ・グ・レシア!!』
天井から光が周囲に降り注ぐ。光に触れた、魅了にかかった生徒たちがハッと我に返った様子であった。そんな生徒たちを、兄様を筆頭とした武術科の卒業生たちが素早く会場から連れ出していく。
「相変わらずえげつない」
「エレンもやればできるだろ」
「冗談!」
これは状態異常を解除する精霊魔法だ。こんな広範囲、対象多数の魔法、私には無理。
ようやく、レアーヌの後方に教師陣が到着したようだけど、精霊たちに威嚇されて近づくことができない。それは私たちの背後にやってきた教師たちも同じだ。
精霊には精霊をぶつけるのが基本的な対処法である。ということは、この場で対処できるのは私か、エルしかいないわけだ。兄様は生徒たちの避難で手一杯だろうし。
思ったような成果が得られないからだろう、レアーヌが歯ぎしりをして顔を歪めた。
「リセットはどこなの!?こんな、こんな結末認めないわ!!」
「リセットなんてどこにもないわよ」
あるわけないじゃない、そんなもの。
レアーヌの瞳が大きく見開く。このまま会話すると、私が前世持ちだってまだ避難できていない生徒たちにバレてしまう。それはちょっと嫌だったので、防音の結界を私とレアーヌの周りに張った。
「ま、まさか…」
「そのまさか。あなたと同じ前世持ち、しかもこの世界が紅ファンと酷似してるってのも理解してるわ」
「…だからシナリオ通りに動かなかったのね。これで理解したわ」
意外にも彼女は冷静になっているようだ。
このまま何事もなく落ち着いてくれれば、丸く収まるんだけど…精霊たちの様子を見る限りでは、無理だろうな。
『レアーヌ、ころそう』
『そうだ、レアーヌの邪魔をしたやつだ』
精霊族と異なり精霊に善悪はない。あるのは、契約者や愛し子の敵か味方かという認識だけ。
契約者がいない場合、その時々で自分が楽しいと思ったら参加するぐらいだ。あとは今回のように愛し子に引き寄せられ、愛し子のために何でもする存在に成り果てることもあるらしい。
…らしい、というのは、前回の愛し子はもう百年も前のことで、曾祖父母たちが若かりし頃の時代だからだ。
ヴェラリオン皇国は愛し子によって被害が出ることが稀にあったため、愛し子の登録制度が整備されている。そのため資料はいくつか残されているが、研究し尽くされたとは言い難い。
「あなた、どうして私の言う事を聞かなかったの?この子たちが言ってたわ、精霊族も愛し子のために動いてくれるって。私の願いを叶えてくれるって。なのにあなたも、あなたの兄であるイェソンも、エルもそうならなかったじゃない!」
「この世界のこと、何も調べなかったの?17年…いや、前世の記憶を取り戻して6~7年もあったのに?」
「はぁ?この世界は紅ファンなんでしょ?設定資料集なら隅々まで読み尽くしたし、ルートは全部覚えているわ!なのに、レオナルドの婚約者はヴィクトリアじゃないし、一番攻略しやすいはずのイェソンのイベントすら起こらなかったわ!アンタがなにかしたんでしょ!?」
半分正解、半分ハズレだ。
おそらく分岐点はデビュタントの晩餐会。
本来なら、あの場でレオがヴィクトリアと会話することによって彼らが婚約する。そして庭園にいた私とは出会わないはずだった。
ところが、ヴィクトリアが転生者だったことでまずそこが変わった。ヴィクトリアと会話する機会を失ったレオが庭園に来たのだ。
そしてなんの琴線に触れたのか分からないけど、レオが私にプロポーズした。そこで私が断った。
ヴィクトリアが物語通りレオと会話していたら。
私がレオからの打診を受け入れていたら。
レオが6年強の間、忍耐強く私を追いかけてくれなかったら。
これらのどれかひとつでも歯車がズレていたら、この学園に入学したときにはすでにレオに婚約者ができていただろう。
兄様に関しては、たぶんあのノートが原因だ。
レアーヌ=精霊の愛し子というのは確定してたから、精霊族は基本近づかないようにするし。そうすると、一歩引いた形でレアーヌの言動を見ることができる。
まあ、それで「ないわ」って判断されたのだから、レアーヌ自身の問題だ。
じり、と力を足の方に溜めていく。
タイミングを見計らって直接レアーヌを取り押さえるしか、この場を治める方法はないだろう。
「あなた自身の振る舞いのせいでしょう?ゲームと現実の区別すらつけられないなんて」
「うるさいうるさいうるさい!!ただのサポキャラのくせに、前世持ちだからって邪魔しやがって!!」
ぶわ、とレアーヌが放出する魔力が膨れ上がった。精霊たちが酔ったような言動を見せる。
防音の結界を解いて、エルに眼鏡をぶん投げた。その意味を正確に読み取ってくれたエルはすぐさま、この会場内を防衛の結界で囲む。
これで、結界の中にいる私とレアーヌ以外は傷つかないはずだ。
「エル、このままではエレンが!」
「これが最適解なんだよレオ。学園長、タイミングを見て結界を解きます。解けたと同時に、あの女の捕縛を」
「承知した」
「ああああああ!!死ね、死ね死ね死ねェ!!!」
火の精霊と風の精霊がレアーヌに力を貸した。
大量の酸素を取り込んだ炎が大きく膨らみ、轟音を立てながらまっすぐ私に向かってくる。それが1、2、3…5本か。まあ、さすが魔力が豊富なだけあるわな。
けどさぁ。モンスター討伐をしたことがない、ただの愛し子が見習い騎士に勝てるとでも?
密かに足にかけていた強化を完成させて即座に発動。床を蹴って、こちらに向かってくる炎を素早く避けてレアーヌに向かって突進していく。目と鼻の先にある炎がじり、と私の皮膚と制服を焼いた。
レアーヌはすぐさま風の精霊たちから助力を受け、更に数多の鎌鼬を繰り出してくる。うん、さすがにこれは避けきれないな。数が多すぎる。
そう、判断して体全体に強化を掛けた。しかし強化した力よりも多少、レアーヌの方が強かったようで、ほんの切り傷はできた。だが制圧に支障はない。
今度は目の前に土の壁ができる。それに勢いのまま手をつけ、詠唱。
『ロロ・ウィ・クォーラ・ゼステリア』
土の壁が一気に崩れた。と、勢いそのままに逃げずにすぐそこにいたレアーヌに手を伸ばす。
レアーヌの顔が恐怖の色に染まった。精霊たちがレアーヌを守ろうとあらゆる魔法をぶつけてくる。多少痛いが、問題ない。
レアーヌの首を掴み、そのまま床に引き倒した。すでにその衝撃でレアーヌは失神したらしい。
かろうじて息はしている。良かった、勢い余って首の骨折ったかと思った。
周囲に漂う精霊たちをぎろりと睨む。
『精霊の愛し子にこれ以上危害を加えるつもりはないが、お前たちが争いを望むならその望み通り、この細首を折ってやろう』
『卑怯者!』
『レアーヌが、レアーヌが』
『私の番を害そうとしたのだ、このぐらいは当然だろう?』
『エレンの番、そういえばそこにいる。エルの番もさっきまでいた』
『ヴェラリオンの番はだめ』
レアーヌが気絶したせいもあり、彼女の感情の影響を受けていたのが薄らいできたようだ。
この会場で引きつけられた精霊は我に返ったように、契約者がいる方へ飛んでいく。長らくレアーヌの傍にいた精霊たちはもうダメかもしれない。
パン、と結界が解けた音が聞こえた。
バタバタと駆け寄ってきた教師たちにレアーヌを引き継ぎ、大きく息を吸って、吐く。
……ああ、終わった。
「エレン!!」
そう、安堵してレオたちの方へ歩いていると、駆け寄ってきたレオに勢いよく抱きしめられた。
意外と力が強く、ぎゅうぎゅうとされてちょっと苦しいし痛い。
「なんで君はそうやって無茶をする!」
「えー…あの場では最善でしたよ。私はエルほどの結界は作れませんから」
「だが、それでも…君の髪もこんな…」
言われて気づく。いつの間にか、肩から下の髪がなくなっていた。おそらく鎌鼬の攻撃のときに切れたんだろう。どうりで頭が軽いと思った。
この世界では、女性は皆、髪が長い。平民ですら肩より少し長い程度には維持するし、特に貴族階級は長めにしておくことが多い。貴族令嬢にとって、髪の長さは矜持といっても過言ではないというのが常識だ。嫁の貰い手がなくなるとまで言われる。
「…短い髪は嫌ですか?」
「…正直言って、似合っているよ」
レオは苦笑いすると、自身の上着を私にかけてくれた。
まあ、制服も悲惨なことになってるしね。エルから眼鏡を受け取って、掛け直す。
医務室の担当医は、避難先の魔法実習場にいるということだったのでそちらに向かった。
私たちが現れると同時に周囲がざわめく。特に、女子生徒は顔色が悪く、それは私の髪を見たせいもあるかもしれない。
真っ青な顔のヴィクトリアが、呟く。
「イェーレ、あなた、髪…」
「戦闘中にちょっと。ですが快適です。欲を言えばもうちょっと短く…」
「うん、さすがにそれは止めておいてほしい」
「えー」
短いと髪の手入れが楽なのに。
まあ、でもレオがそこまで言うなら仕方ないか。
慌てて駆け寄ってきた担当医から応急処置を受けながら、ふと思う。
レアーヌも、ちゃんと現実を受け入れていればゲームのような恋愛ができたんじゃないだろうか。
まあ少なくとも、親密になれるのは残りの攻略対象者である第二王子か商人の息子、あとは教師だけだったと思う。それかもしくは、ゲームでは名もなかった生徒と仲良くなれたかもしれない。
元世界が同じの、前世持ちの仲間として仲良くなれたかもしれない。
でもあの子は、ラノベによくある逆ざまあのヒロインのように振る舞ってしまった。
さらに悪手は魅了の魔道具だ。あれはもう、どうにもならない。彼女は罪人として裁かれることになるだろう。
「…愛も肯定も、過ぎたるはなお及ばざるが如しってことか」
「ライズバーグ嬢?」
「いいえ、独り言です」
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