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モブ令嬢イェーレ

22. みんなが幸せならそれでいい

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 エリザベスがヴェラリオン皇国に旅立った。

 無理言って国境までの護衛として同行させてもらって良かったと思う。次、エリザベスと会えるのはエリザベスが卒業した後に予定されている、彼女とエルの結婚式のときだろう。
 ヴィクトリアも私も婚約済みで結婚の準備を進めているとはいえ、学園の卒業はしなければということで、待ってもらっている状態だ。…よくよく考えたらみんな年上だね。

 国境までは馬車で2週間弱かかる。
 エリザベスたちと入れ替わりにやってきたシェーゼリス学院の留学生たちを次期王太子妃として出迎え、また同じ時間をかけて王都に戻る。はずだった。


『エレン。早く帰ってきてくれ』
「は?」


 分体で兄様が飛んできた。私の周囲にいる騎士や魔術士たちは分体で突然現れる兄様や母様に当初は驚いていたものの、今はもう見慣れた光景だと言わんばかりに気にしていない。


『いや、殿下は公務はちゃんとやってるよ。やってるけど、仕事セーブしてくんなくて俺らに被害が出てるから助けて』
「それがなんで私が早く帰ることで解決するの?王太子妃教育の関係で分体置いてきてるから問題なさそうだけど」
『本体がいるのといないのとじゃ大違いらしいぜ。分体もエレンだってのは分かってるそうだけど、やっぱり本体がいいらしい。お前が出てから忙しすぎてヴィクトリアに会えてないんだ…ヴィクトリアに嫌われたくない…』


 嘆く兄様に思わずため息がこぼれた。
 …これは、あれだな。分体だとセックスできないから、溜まってるんだな。
 愛してくれてるのは嬉しいけど、せめて週1とか、そんなもんにしてほしい。ほぼ毎日はさすがに辛いものがある。
 ただまあ、ここ2週間は物理的に離れていることもあって体はだいぶ楽させてもらっているけど。

 もうひとつ、ため息を吐いた。


「…分かった、ジークに乗って帰る」
『ありがとう…ありがとう我が妹よ!!』
「うるさい」


 周囲に事情を説明し、自分の竜で帰ることに予定を変更する。
 私の竜はジークと言って、ライズバーグ領で共に育った相棒だ。学園に在学中は王都の竜騎士団内の竜舎にいる。
 首からぶら下げていた竜笛を口に含んで、息を吹き込んだ。ピィー、と甲高い音が風に乗って空に散る。

 これは特定の竜を喚ぶ魔法が込められた笛だ。1~2日で飛んでくるだろう。
 竜は知能が優れているので、喚ばれた方向さえわかればその方向に向かって飛んでくる。あとは、契約主の魔力を感知して捜索してくれるから、この場に留まる理由はない。


「王太子殿下も堪え性がないですねぇ。1ヶ月なんて短い方じゃないですか」
魔物暴走現象アウトオブコントロールが起これば長期間拘束されますしね~」
「ここに王太子殿下がいたら不敬ですよ皆さん」


 苦笑いしながら一応、忠告する。気心知れた仲なので私は告げ口するつもりはない。

 …魔物暴走現象アウトオブコントロールといえば、うちの領内で発生しかけた大規模な魔物暴走現象アウトオブコントロールについては、レアーヌの騒動に隠れてしまったが無事収束している。
 やはり母様が事前に手を打っていたから被害は大きくならなかったらしい。だから婚約発表の場に母様を含めたうちの家門が参加できたのだ。

 シナリオは終わっているから未来は分からない。
 だから予言めいたことはもう出来ない。エレヴェド神から啓示でも受けない限りは。
 ただ、なんとなく啓示を受けるようなことは今後はないだろうという予感がある。


 王太子妃、ゆくゆくは王妃になるだなんて、自分にはちょっと重いけど、まあ。
 レオがいるなら頑張ってみようと思うぐらいには、レオのことを愛してるから。



 翌日には無事、ジークと合流できた。
 さすがにひとりで帰るのはとのことなので、私の同僚…もとい、護衛侍女のヒストリアを私の前に乗せる。
 竜に乗るのは初めてだそうで、ちょっと緊張気味だ。


「それじゃあ、後はよろしく頼みます」
「妃殿下もお気をつけて」
「残念ながらまだ妃じゃないんだな~」
「ははは」


 ヴェラリオンから来た留学生たちは騎竜を初めて見たようだったので、飛び立つところを見たいという要望があり馬車から降りてこちらを見ている。
 彼らにできるだけ笑みを向けながら、告げる。


「申し訳ありませんが、急用があり先に戻ります。道中は護衛がいますのでご安心ください。学園でお待ちしております。皆様、良い旅を」


 笑えてたかな?笑えてるといいな。
 ジークの名を呼んで手綱を引けば、ジークがバサリと翼を広げてその場から羽ばたく。
 手を振ってくれた皆に手を振り返し、王都に向けてジークと共に飛んだ。風の影響がないように精霊魔法を展開しつつ進むので、さほど影響はない。
 次々と遠ざかっていく景色に目を白黒させるヒストリアが可愛らしい。

 …そういえば、レオと初めて乗ったときも可愛かったな。
 ヒストリアのように女性のように横向きで私の前に乗せられて「恥ずかしい」って言ってたから。
 ふふ、帰ったら構ってあげるついでに一緒に飛ぼうかな。構う方法は別にセックスだけじゃないし。



 そうして、本来2週間かかる行程を3日で帰ってきた私を待っていたのは、べったりなレオである。
 もうほぼ実質王太子妃になったようなものなので、王太子妃に割り振られる公務も請け負うことになっている。
 王太子妃専用の執務室があって、分体でそっちの処理をしていたんだけど…私が帰ってきた途端、レオは自分の執務室で仕事してくれと懇願してきた。


「2週間以上も離れていたんだ。しばらくの間、できれば一緒にいたい」
「3日だけです」
「短いよ…1週間はどうかな」


 ぐぅ…しょんぼり顔やめて…イケメンにそんなのやられたら、チョロいって分かってても叶えたくなる!
 側近のクォーク様はこんな光景に慣れたのか苦笑いしてる。くっそぅ…。


「……5日なら」
「ありがとう」


 もーーー、そんな嬉しそうな顔されたら無理。
 座っていたレオの頭をガバっと抱きしめてわしゃわしゃと撫でる。可愛い。私の番が可愛い。
 思う存分撫でくりまわしたあと、ボサッとした頭のレオがきょとんとしていたけど、そのあと我に返ったのか照れたのもすごく可愛い。

 私が帰ってきてからは文官たちに非常に感謝された。「これで家に帰れますぅ~~」なんて泣き言聞いたら、ごめんって言うしかないよね。


 次期王太子妃としての公務の傍ら、学園にもきちんと通って学ぶ。さすがに寮で公務するわけにもいかないので、王城から通っている。
 いつも一緒にいたエリザベスがいなくなったのが少し寂しいけど、相変わらずヴィクトリアがいてくれるので進級しても問題なく過ごせている。

 西棟の中庭にあったガゼボは、解体されたらしい。
 地下室の有効活用を学園側は考えているようで、今はその施設を建築しているところだ。

 昼休み、ヴィクトリアと東棟にあるオープンテラスでお茶をしながら、一息つく。


「ぶっちゃけ、いまのイェーレの立場ってヒロインポジよね」
「それ、婚約発表のとき思ったわ。あ、これスチルで見たーみたいな。ただのモブ、せいぜいサポキャラ程度だったはずなのに」
「ふふ、そうね…ねぇ、イェーレ」


 ヴィクトリアを見る。
 彼女は頬杖をつきながらにこりと微笑んで。


「幸せ?」
「…色々大変だけど、そうね。ヴィクトリアは?」
「私もよ。お互いがんばろうね」


 後々、私が「プレヴェドの戦妃」なんて二つ名をもらうことになることになるとはこのときは知る由もない。
 今はただ、エリザベスの恋を応援して本当によかったと思うばかりだ。




Fin.



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拙い文章でしたがここまでご覧いただきありがとうございました。
今後、番外編をいくつか投稿予定です。
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