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番外編

創世神エレヴェドと神官

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 映像が終了した。
 それを眺めていた神官風の男が、ふと呟く。


「…感想いいでしょうか」
「どーぞ」
「レオナルド・プレヴェドってもともと執着心がないんでしたっけ?」
「うん。そういう子だったよ、この子は。淡々となんでもこなちゃう非常に優秀な王子様。だからこそ、向こうの世界のゲームではヴィクトリアに惹かれたように書かれたんだろう」


 知識教養を兼ね備える令嬢は数多いる。
 だがその中でも内政・外交に関する意見交換等ができるレベルの令嬢はヴィクトリアしかいなかった。
 転生に気づく前、彼女はそこに面白みを感じてせっせと勉強していたのだ。
 もっとも、真名を教えられ前世を思い出した後は程々に済ませ、その興味は魔道具作りへとシフトしていったようだが。


「それに程度の差はあれ、イェルクに違わずレオナルドもストーカーといって差し支えないような」
「ははは!たしかになぁ。7年も口説かれるなんてイェーレも思ってなかったし、俺も思っていなかったよ。あと、夜の方も」
「絶倫でしたね」
「やっばいわあれ。途中、ちょっとイェーレが可哀想になった。意識飛びかけてるところ起こしちゃうし。そのまま意識飛ばしてやれよって思った」
「モンスター討伐後に帰還した直後にレオナルドから襲われた彼女には本当…可哀想にとしか…」
「最低限身だしなみ整えてからにしたいだろうな。まあ、1ヶ月近くも離れてたとなるとそういう行動に出たのもなんとなく分かるけど」
「まあ、怒ったイェーレが公務以外1週間の接近禁止を言い渡したときはスッキリしましたね。レオナルドのあの絶望顔でイェソンが爆笑していたのには同感です」
「1週間ってのが絶妙だよな。たぶんそれより短ければレオナルドは反省しなかっただろうし、それ以上長ければ余計に拗らせてただろう」


 絹のような白銀の長髪の男が、今まで開いていた本をパタリと閉じる。
 すると彼の目の前に浮かんでいた映像がふっと消えた。


「次はいかがされますか?」
「んー、ちょっと休憩するかな。お前も気になる本があれば、読んでいいぞ」


 そう告げられた神官は何度か瞬きをした。
 彼から「読んでもいい」と言われたのは、仕えて初めてだったのである。

 彼が普段読んでいる本はこの世界の歴史そのものだ。
 神官と彼がいるここは、人々の人生が収められている書庫。大図書館、と言っても差し支えないぐらいの大きさのもの。
 歴史から消し去られた種族や、人知れず死んでいった者たちもここに収蔵されていく。
 人々が死んだあと、魂が本を書き上げる。
 書き終わると輪廻の輪に乗ることができるのだ。
 今も、書庫の片隅ではいくつもの魂がさらさらと本に人生を綴っている。

 この大図書館の管理者である彼は ―― 創世神エレヴェドは、神官と一緒に読むことはあれど、こうやって神官だけで読むことはいままで許可しなかった。

 神官の戸惑いに気づいたのか、エレヴェドは笑う。


「俺にとっては瞬きの時間だが、今までの奴らは保って20年だった。420年も俺に付き合ってくれたのはお前だけなんだよ。だから、特別だ。自分で楽しむ範囲であれば読んでいい」


 本の内容は他言無用。
 それさえ守れば、どれを読んでも良いとエレヴェドは言う。
 そんなエレヴェドの申し出に、神官はふと笑った。


「ありがとうございます。せっかくのご厚意ですが、遠慮いたします」
「えっ」
「私が読んでも、映像にはならないのでしょう?私、本を読むより映像で見る方が好きなので」


 茶々を入れながら人生を見るエレヴェドとやり取りするのが面白いのだと、神官は言う。
 そんな神官の言葉にエレヴェドは目を丸くしていたが、やがてケラケラと笑った。


「じゃあ、休憩したらまた見るか」
「お茶をご用意いたします」


 神官は茶器を準備しながら、考える。

 不老不死ではないが、創世神に仕えるとこの肉体の時間は遅く進むようになる。
 神官がエレヴェドに仕えるようになって420年が経った。15歳頃から引き継いだから、本来であれば435歳なのだが、神官自身はまだ30代前半の若さを保っている。
 もう自分を保護してくれた神官や同期の神官たち、自分をエレヴェドの神官として任命してきた大神官はとうの昔に老衰で亡くなっており、任命当時の自分を知っている者はほぼいないだろう。
 長寿であるとされる竜人でさえ、200歳前後が限度だ。

 それに、名前も呼ばれることがほとんどなくなる。
 エレヴェドは個人に肩入れしないようにするため神官の名を呼ぶことはないし、エレヴェドの言葉を他の神官たちに伝える立場から神官は「祭司長」と呼ばれていた。

 エレヴェドに仕えた歴代の神官は自分だけ周囲に置いていかれ、名を忘れられていく状況に耐えられなかったらしく、最高でも20年ほどでエレヴェドにいとまを請うて、彼から去っていったそうだ。
 たしかに、祭司長に会う神官たちは皆、見た目が変わらぬ神官に畏怖を覚えている。

 だが神官自身は特に気にしてない。
 もう若い頃から仕えているから「こういうものだ」と思っている。


「なぁ」
「はい」
「君の名前、なんだっけ?」
「さぁ」
「は?」
「長らく呼ばれていないので、真名も忘れました。よく呼ばれるのは祭司長ですね」
「それは役職だろ……うーん」


 今日は珍しいと思いながら、エレヴェドにお茶を出した。
 定期的に、エレヴェド神への貢物として神殿から渡されるものだ。
 普段外界と関わりがない神官も「今年はこういったものが流行ってるのか」と時の流れを感じることができることのひとつ。


「ああ、あったあった」
「?」
「ほら。懐かしいだろう」


 ぱ、と魔法で出された紙が神官の目の前に現れる。
 それを受け取って眺めると、それは書類だった。


「……ああ、任命書ですね。こんな名前でしたっけ、私」
「そうだよ」
「400年も前の書類をよく保存してましたね」
「そいつは俺の元から離れるときに返すことになってるんだよ。ほら、ちゃんと書いてあるだろ」


 書類の末尾に小さな文字で書いてあり、確かにと神官は頷く。
 顔を上げれば、エレヴェドは微笑んでいた。


「ハーシェス・エイダ・ヒースガルド。お前に名を返そう。お前はよく仕えた。このあとはお前の好きにしなさい」
「じゃあ残ります」
「決断早いなぁ。まあ、俺としてもお前が残ってくれるのは嬉しいよ」
「世界を大混乱に導いた男の息子が、若い状態で生きていたなんて知られたらどうなることか」
「それもそうか」


 神官 ―― ハーシェスの答えに、エレヴェドは笑った。





 エレヴェドにとってはさほど昔ではないが、イェルクたちの世代から3世代ほど前の話になるだろう。
 かつて、小国の国王が高レベルの魔道具を使用して国民を魅了し、国王の言うままに他国を侵略させたことがあった。戦争でも魅了を使って他国の兵士を魅了して戦意喪失させ、次々と併呑していき、最終的にはかつてないほどの巨大な帝国となったことがある。
 魅了の魔道具に全世界共通の制限がかけられた大事件だ。

 その帝国の名は、ヒースガルド帝国。

 血族はすでにハーシェス以外残っていない。
 帝国が打ち倒されたとき、粛清されたからだ。
 ハーシェスだけ生き残っているのは彼がエレヴェドの神官として既に生きていたから。
 ハーシェスは幼いながらも父王のやり方に違和感を覚え、神殿に逃げてきた経緯がある。

 罪滅ぼしではない、とハーシェスは言った。
 ただあなたに仕えたいだけなのだと。

 若干15歳にして祭司長となった彼を解放するつもりで書類を返却したのだが、嬉しい誤算だった。


「ハーシェス」
「…はい」
「長生きしろよ」
「それ本気で言ってるんですか」
「わはは!」

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