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本編
第七話 アルスってひと
かごに囚われた子の庇護場所は、ハイグレードとローグレードの学舎の間にある庭園になった。
庭園内にいい感じに暗く、人が近づかないところがあるとユリウスが教えてくれたのだ。
そこは生垣で作られた迷路の中にあり、ある装置に一定の手順で魔力を流さないと開けない道にある東屋だった。
「この属性だからな。時折、誰の目もないところにいたいこともあるんだ」
ごとりと東屋のテーブルにかごを置いて振り返ったら、寂しげに笑う褐色のマッチョマン。思わずキュンてした。
撫で回したい。
「君たちローグレードの闇属性の生徒たちは仲が良いのだな。ふたり以外にも、何人かで一緒にいることが多いだろう」
「まあ、余計な手出しをされないための自衛もありますが」
「そうであっても、私にとっては羨ましいと思う。入って分かっただろうが、祖国ほどではないにしろ、ハイグレードは偏見が激しい」
リオルが若干嫌味を含めて答えたら予想以上の答えが返ってきて、リオルがキュッて唇を噤んだ。
うんうん。突っかかりたくなるのもわかるけど、人には人の事情というものがあるのよ、リオル。
それはそうと、ちょっと気になってたことがある。
「ミラン先輩と殿下は仲が良いの?」
「え?」
「だって、ミラン先輩この迷路のこと初めて知った感じじゃなかったから」
入学後、私だって精霊態になってあちこち探検したけどここ知らなかったもん。単なるオブジェだと思っていたそれに一定の手順で魔力を流し込んで、迷路の通路自体が動くのを見てリオルと一緒に驚いた。
なのにミランは、さも当たり前のようで驚いた様子は全くなかったから。仲が良いのかなって。
そんな私の質問に、ミランはちょっと居心地悪そうに視線を反らした。
「えー!なんで?」
「それなりに付き合いはあるけど、たぶん君が考えている仲が良い関係ではないと思う。だから答えづらかったんだろう」
「…申し訳ありません、殿下」
「いや、いいよ。グランツ殿がこの迷路の仕組みに驚かなかったのは、私が一度開けているところを見かけていたからだ。たまたま、忘れ物をした私に届けに来てくれたタイミングでね」
なるほど。まあそれなら理解できる。
するとふわりとミストがそばにやってきて、こっそりと私に耳打ちしてきた。
ふむふむ。なになに?
「ミスト!」
あ、ミランの顔が赤い。と思ってたらミストから聞かされた内容に目を瞬かせた。
え?逆?
「泣いてたミラン先輩が開けたのを、殿下が見てた?」
ミストの言葉をそのまま告げれば、顔が赤いままのミランは頭を抱えた。
ユリウスは苦笑いを浮かべてる。ふむ。正解と。
リオルはキョトンとしてミランを見ている。まあ、泣いてる姿なんて想像できないもんね。
ミストはにっこりと微笑んでいる。
たぶん、ミスト的には知っておいてほしかったんだろう。主に泣いてたって点で。
「ミラン先輩。泣いてたのはあのクソ野郎のせい?」
「は?」
「あのミラン先輩の正論に反論できずに怖気づいてた野郎のこと」
「あ~。情けなかったよな、あれ」
「ね」
リオルと顔を合わせてクスクスと笑ってやれば、呆気にとられていたミランは難しい顔をした。ユリウスは苦笑いしっぱなしだ。
「誰が聞いてるかもしれない空間で、軽々にそんなことを言うんじゃない」
「はーい。で?やっぱりあのお坊ちゃんのせい?」
「だから……ああ、もう。当たらずとも遠からずってところだよ」
やや恥ずかしげにそう答えたのは、本当はあたりなんだろうな。うん。
私はリオル最推しだけど、ミランも推してもいいかもしれない。
推しは何人いてもいいんだ、うん。
若干元気になった闇の精霊もなんだか楽しそうにこっちを見ている。
今すぐ助けてあげたいけど、君の後々のことを考えるとすぐにはできないんだ。ごめんね。
そう、触れて伝えれば「うん」と素直に返事が返ってきた。ああ可愛い。
下級精霊はやらかす子も多いけど、素直な子がほとんどなんだ。
◇◇
それから、こっそりこの子の様子を見にこの東屋に何度もリオルと一緒に足を運んだ。
フランソワも口が固いのはわかっていたので、ミランと引き合わせて彼女にも協力してもらうことにした。
彼女自身もローAクラスに所属していることもあって、とっても優秀。
フランソワは東屋の入り口となる場所に許可した者以外は意識を背ける魔法をかけ、ミランを含め私たちが東屋に入る様子がなるべく分からないようにしてもらった。
私は私で、更に東屋に入る人間を選別する魔法をこっそりかけた。たぶんリオルにやり過ぎだって怒られるからこっそりだ。ふふん、これで万全。
闇の精霊は、徐々に元気になっていった。
相変わらずかごからは出せないけど、今はかごの中の止まり木に捉まってみたり、わさわさと羽を動かしている。
それでも狭そうだから、早く出してあげたいところだ。
「そういえば、カフェテリアで騒ぎがあったわよ」
昼休み、カフェテリアのテイクアウトを持ってきてくれたフランソワが教えてくれた。
なんでも、その場にミランがいたらしい。
詳細は分からないが、その場にいたハイグレードクラス一同が息を呑んでいた様子ではあったという。
だから今日はミランは来れないのではないか、というフランソワの予想は当たっていた。
名前は上がっていなかったが、ユリウスも来なかったからあの場にいたのかもしれない。
…何があったんだろう。
ぴぃぴぃと鳴く闇の精霊を相手しながら、リオルと一緒に首を傾げた。
―― 事態が分かったのは、その日の夜だった。
寮は基本相部屋で、私とフランソワ、それから同じ闇属性を持つリエットとマルガレータだった。
みんなで和気あいあいと授業の予習復習をやるのがいつものことなのだけれど、その日、部屋のドアがノックされた。
普段ないことなのでみんなで顔を見合わせて、それからリエットが代表してドアを開ける。
「夜分に申し訳ありません。私はカリスタ公爵家息女、ジェーンお嬢様に仕えるヴァネッサと申します。メディア様はいらっしゃいますでしょうか?」
…え?
リエットもぽかんとして、それから私の方を振り返る。
ドアを開ければ、廊下から部屋の中央のテーブルに集まって勉強している様子が見て取れるだろう。
フランソワやマルガレータが心配そうに私を見た。そう、自然と視線が私に集まる形になってしまったのである。
「…えーと。私がメディアですけど」
「ジェーンお嬢様がメディア様にこれからお会いしたいと。昼間のカフェテラスでの騒動はお聞きになられていますか?」
「いや、騒動があったよぐらいしか…」
「メディア様も関わる内容となっております。どうか、ご同行いただけないでしょうか?」
まーじーでー。
思わず頬をかきながら、立ち上がる。
あとで勉強教えてね、と三人に告げて、私は侍女さんについていくことにした。
…まあ、もしジェーンじゃない誰かが私を呼び出したのだとしても、それは不可抗力ということで抵抗できるでしょ。
神様とリオルにはやり過ぎないでねと言われているから、多少手加減しないといけないのは面倒だけど。
そして連れてこられた先は、女子寮でも男子寮でもなく、その騒ぎがあったというカフェテリアだった。
この学園には成長期真っ盛りな青少年がたくさんいる。寮で提供される食事では足りない者もいる。
寮に自炊する環境もないので、遅くまでカフェは開いているのだ。ちらほらと、夜食を食べている生徒や夜間で静かな環境のため勉強をしている生徒がいる。
案内された席には誘ってきたジェーンのほか、リオルやユリウス、ミランもいた。見知った顔ぶれがいたことにほっとしかけたのもつかの間、ミランの顔を見て私は思わず駆け寄って、ミランの両腕を掴んだ。
「ミラン先輩!その顔!!」
左頬に大きなガーゼがあてられており、そこからわかるほどに腫れている。
誰かに殴られた証拠だ。
ミランは苦笑いを浮かべようとして、痛みが走ったようで顔が歪んだ。傍にいるミストが心配そうにミランを見つめている。
「メディア嬢。ひとまず俺は大丈夫だ」
「どこが!こんなに腫れて…」
「殴られるとは俺も思っていなかったが…まあ、おかげで婚約破棄の大義名分が得られたから、損でもない」
痛みで多少顔が引きつってるけど、よっぽど嬉しいのかミランはニヤリと笑った。
婚約破棄の大義名分っていうことは、殴ったのはジャックか。あの野郎。
立ったままもなんだから、と私も席に案内された。目の前に出されたハーブティーはカモミールか。
周囲には防音結界を張られている。ここの会話を聞かれないにするためなのかな。
それよりもなんでジェーンがここにいるんだろう?
思わずジェーンの方を見れば、ジェーンはにこりと微笑んだ。それに気づいたリオルが「ああ」と呟く。
「カリスタ様は、ビュエラ侯爵令息に責められてるミラン先輩のところに偶然居合わせたんだって。で、ご友人方に頼んでツェルンガ皇子殿下を呼んだり、教師に連絡したりしたそうだよ」
「あの場には第一王子殿下もいらっしゃったわ。諌められる立場にいるのがわたくししかあの場にはいなかったのが不幸ね」
「それでも、カリスタ嬢がいらっしゃったおかげで、父を説得する材料を揃えられました。よくあの場に記録魔導具なんて持ってましたね」
「……あれに苦労させられてるのは、グランツ様だけじゃないもの」
悩ましげにため息を吐いたジェーン。
ということは、ジェーンは元々なにか証拠を得ようと記録魔導具を持ち歩いていた。そこに偶発的にジャックとミランの諍いを目にして、魔導具を起動したのか。
ずっと黙っていたユリウスが、口を開く。
「…はじめは、別け隔てなく接してくれる様子に好感を抱いていたが、それは人に対してだけだった。ヤディール殿は精霊への偏見が強すぎる」
人間の属性については「その人を表しているわけじゃない」と理解を示す一方、精霊については「精霊は属性に応じた性格をしてる」とダブルスタンダードだったらしい。
だから、アルスの中では闇属性のユリウスは友人枠だし、闇の精霊は下級であれ「人に嫌なことをする害悪なもの」と思っているとのこと。
はーん?
その方式だと元闇の上級精霊、現精霊王は「人間に対して害悪」なヤバい奴認定なの?馬鹿なの?
精霊でも属性によって性格が偏ってるとかないわ。光や炎や土の子でもオドオドしてたり陰キャな子もいれば、水でも闇でも風でもヤンチャだったり陽キャな子もいるわ。
ということは、私は知らないけどあいつらは闇の下級精霊を今まであんなふうに扱ってたってこと?
もしそれがそうなら許せないんだけど。
そうでなくとも、保護したあの子の衰弱ぶりからして制裁は与えてもいいんじゃないかな?
「メディ、気持ちは分かるけど手出しはダメだからね。相手は貴族だから平民が手出しすると厄介なことになる」
…リオルに考えてることバレた。
うーん。身分制度が厄介だなぁ。
「…あなたたちおふたりって、仲が宜しいのね。わたくしからではメディアさんの表情からリオルさんが言う感情は読み取れなかったわ」
目を瞬かせているジェーンに、そうだろうと誇らしげに胸を張る。
「小さい頃から一緒だったからね!」
推しを見守りながら時々キャッキャと一緒になって遊んでたし。
あ、リオルなんで苦笑いしてるの!いいじゃん、幼馴染枠なんだからさ~。
なんかミランとジェーンとユリウスから生暖かい眼差しを向けられたけど気にしない!
ひらひらとジェーンが手元の扇子を揺らしながら、視線がミランに向けられる。
「…このまま事態を看過するのもカリスタ公爵家に属する者としてはできかねます。わたくしの家から一言、グランツ伯爵にお伝えしても?」
「ありがとうございます。さすがに今回の話もあれば父も舵を切らざるを得ないでしょう」
まー、不貞してる上に婿入り先の嫡男を殴ってちゃな。
お家乗っ取りって思われるだろうね。
「ところで、リオルさん、メディアさん。あの保護してくださった精霊のことなんですけれど」
「うん?」
「…わたくしも会うことって、できます?」
ん?なんで?
同じ疑問を抱いたのか、リオルも驚いた表情で答えた。
「…できる、と思いますが。ツェルンガ殿下やミラン先輩にお聞きするのが一番かと」
「だって、あの東屋に入る人を選別する魔法をかけてるでしょう?わたくしでは入れなかったわ。魔力からして殿下やグランツ様ではないし、おふたりもそんな魔法がかけられていたとは知らなかったと仰るから、あなたたちふたりのどちらかと思って」
………あ。
恐る恐る、リオルを見れば、リオルはにっこりと微笑んでる。でも目が笑ってない!怖い!
にゅっと伸びてきた手が、私の頬を思い切り摘んだ。
「メ~ディ~!?」
「ごめにゃひゃい~~!!」
「まずは僕か神父様に相談って言ったじゃないか!」
「うえぇえ~~ん!!」
バレた!え、神様にも報告するって?リオルそれだけは!それだけはお許しを!!
わちゃわちゃとする私たちに三人(+精霊)から向けられる生暖かい眼差し。
がし、とほっぺたを挟まれ、ジト目で睨まれた。
あ、リオルってばそんな表情も素敵。さすが推し。
「なんでそこまで頑丈にしたんだ。フランソワにも認識阻害の魔法をかけてもらっただろう?」
「だっれ、うりょついれらから」
「うろついていた?誰が」
ぱ、と顔から手が離されたので、一息吐いて答える。
「アルスってひと」
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