ぽっちゃり精霊王は推しを幸せにしたい

かわもり かぐら(旧:かぐら)

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番外編

第一王子と主人公たちの結末

 グランディール王国の第一王子であるテオドール・グランディスは、数ヶ月前まではあるひとりの男子生徒に傾倒していた。
 婚約者であるジェーン・カリスタに婚約者の義務は最低限果たすが、テオドールの意識は常に男子生徒に向けられていた。
 彼の周りには常に人がいて、弟である第三王子のフィリップも、トルク伯爵家の子息マリオも、ビュエラ侯爵家の子息ジャックも、彼に惹かれた。
 一時期、ジェーンも一緒にいたが彼女はいつの間にか離れて様子見するようになった。
 それは彼の周りにいた生徒たちの婚約者たちもそうで、いつの間にか冷めた目で自分たちを見ていたのをテオドールは眺めていた。

 そう。

 まるでベールの向こう、はたまた舞台の上。
 テオドールは自分たちが舞台上の役者になっていたかのような感覚になっていた。
 すらすらと自分の口から語られる言葉は、傍から見ると彼に愛を囁いていたが、テオドールの本心ではなかった。
 彼を愛おしそうに撫で、彼が喜ぶところを突いて喘ぐ様子を愛し気に眺めているように傍から見えていただろうが、テオドールの本心ではなかった。

 まるで誰かに操られているような、そんな感覚。
 自分の本心も、感情も、行動も、すべて、すべて、すべて偽物。

 最初は抵抗しようと足掻いた。内心叫んで、暴れようとした。
 けれどなぜか現実の体は動かず、望まぬ言動を繰り返す。ジャックと彼を共有したときなど、内心咽び泣いた。こんなことはしたくない、ジェーンを裏切る行為だと。
 それでも現実のテオドールは彼を愛した。心と乖離する行動に、テオドールは折れそうだった。

 ―― 気付いたのは、いつだっただろうか。とテオドールは思い返す。

(たしか、ジェーンと定期的な交流としてのお茶会をしていたときだった)

 たまたま公務が忙しく学園をしばし休んでいた頃に、ジェーンとお茶会があった。
 婚約者同士の定期的な交流である。
 いつもであれば喋りたくてもなぜか喋れなかったテオドールは、この日、ジェーンと当たり障りのない会話ができた。
 ジェーンも少しばかり驚いたような表情を浮かべたものの、会話を楽しんで微笑んでくれた。
 まだ心の内を曝け出すことはなぜかできなかったが、ジェーンと以前のような交流ができたのだ。

 お茶会が終わった後も、テオドールは以前よりは体が動かしやすくなっていることに気づいた。
 いつもであればどこかしら動かしづらい、まるで押さえつけられているような感覚があったのに今はそれが薄くなっている。
 これなら、ジェーンと関係を再構築することもできるのではないか。

(それが、甘かったんだよな)

 学園に戻った途端、元の木阿弥になった。
 また体の言うことがきかなくなって、勝手に行動する。勝手に発言する。

 ジェーンに手紙を出そうとも思った。
 だが思っても体は動いてくれなかった。
 心と体がまた乖離していく。

 ただ、分かったことは寮ではなく王宮に戻ると少しながら自分の意志で動けるようになるということ。
 だからテオドールは極力王宮にいるようにした。仕事を詰め込むようにした。
 学園に向かいそうになる自身の身体を叱咤し、頑強な理性で抑え込もうとした。
 相変わらず自分の状況は説明できないが、避けようとしたのだ。

 それは、半ば成功していたとテオドールは自負する。
 結局、どうしても学園に赴かねばならず、彼を避けて行動していたのにハイグレード校舎で見つかって抱きつかれた瞬間に努力は泡となったが。

 魔法技術発表会で、あの騒動が起こった。
 彼が暴走した頃に気づけば体が自由に動いた。快哉を叫びたいぐらいだった。
 だがまずは目の前の暴走した彼を抑え込むことが大事だった。対応を誤れば周囲への被害が甚大になると分かっていたからだ。
 精霊王らに協力を仰いだテオドールの行動は精霊王からすれば「今更か」という感じではあったが、ジェーンとしては「やっと殿下が戻られた」と思うものだったのである。


「―― テディ様」


 声をかけられて、テオドールは思考の海から浮上した。

「…あ、すまない、ジェーン」
「まだ、お辛いところが?」
「…いや。彼の名が久々にでてきたから、あの頃の自分の行動に嫌悪を抱いていたところだったよ」

 今は王宮の庭園にある東屋でジェーンとのお茶会の最中だった。失態だった、とテオドールは苦笑いを浮かべる。

 本来であればテオドールとジェーンの婚約は破棄されるはずだった。
 だが今現在、こうしてジェーンはテオドールの隣にいてくれる。

 メディフェルアはそこまで気にしていなかったため気づかなかったが、ジェーンは気づいていた。
 テオドールが何かに苦しんでいることに。
 ジェーンの地道な証拠集めによって、テオドールが何者かによって意思を操られていると分かったため婚約は破棄されなかったのは王家にとってもテオドールにとっても幸いと言えよう。
 だからこそテオドールはジェーンに頭が上がらない。テオドールにとって、ジェーンは救いの女神なのだ。

「ひどかったですものね」
「…本当に」
「悲しいですわ。わたくしは、あなたに操を捧げようとしていましたのに」

 ゴフッ、とテオドールは飲みかけた紅茶が気道に入りかけた。
 幸いにもこぼれることはなかった。テオドールはジェーンへと視線を向けるも、彼女は微笑んでいる。

「……それは」
「ちなみにわたくし、仔細は存じませんが御三方の不貞の映像を陛下と父はご覧になられているそうで」

 テオドールの頬が引きつった。
 ミラン・グランパスとジャック・ビュエラの婚約を破棄すべく、メディフェルアが証拠映像を撮っていたことは、グランパス伯爵が宮廷に乗り込んできたときに知った。
 だが、その映像がテオドールの不貞であり、助けとなる証拠でもあった。

 証拠映像を嫌悪の表情で眺めていたテオドールの父である国王だったが、顔を顰めて眺めていたカリスタ公爵はふと気づいた。
 娘から「殿下の様子がおかしい」と聞いてはいたが、たしかに様子がおかしい。

 本心で動いているのであれば、彼らの視線が向いていないときとはいえ嫌悪の表情を浮かべるはずがないのでは、と。
 男子生徒が光属性なのも気になったというのもある。

 カリスタ公爵は、闇属性許容派の筆頭である。
 元は闇属性を嫌悪する、この国では一般的な感覚を持っていた。しかし娘であるジェーンとおつきのヴァネッサが、闇属性の少年に助けられたことから考えを変えている。
 静かに、犯人に傷すらつけずにそっとジェーンたちを助けた後、その場をひっそりと立ち去ったと聞いてカリスタ公爵は闇属性について調べ始めたのだ。

 光も、闇も、どちらも精神に作用する魔法が使える。
 見た目でおどろおどろしいのは闇だが、もし、光魔法でも人を操れるような恐ろしい魔法があるのだとしたら?

 その考察は王家にも受け入れられた。
 王家側も光属性に傾倒していたわけじゃないことが幸いしたといっても過言ではない。

 手筈を整え、いざかの男子生徒一家を召喚しようとした段階での、あの魔法技術発表会での騒動だ。

「ふふ、メディア様から『元サヤになっちゃったけど、大丈夫?』ってご心配いただいてまして」
「…私は精霊王様から嫌われているからな」
「どうでしょうか?最近は『テオドールとはどう?元気?』って普通に聞いてくださるんですの」

 メディフェルア、という名前が今代の精霊王であることは、各国の王族なら知っていることだ。
 ジェーンはまだ輿入れ前なのでそのことは知らなかった。あの騒動のタイミングで知ったようだが、本来であれば精霊王の名はみだりに口にしてはならないのである。

 名を口にしてよいのは、普通であれば挨拶をするとき。それ以外は愛し子だけ。
 だからメディフェルアは今まで人間として過ごしていたときの通称である「メディア」と呼ぶように学園長経由で伝わっている。
 半ば操られていた状態とはいえ、テオドールは一度メディフェルアに拒否されている。だから通称を呼ぶのはメディフェルア本人から許しを得てからと思い、いまだその名を口にしたことはない。

「テディ様。人払いは可能ですか?」
「ああ。何かあるのかい?」
「ええ、少し」

 ジェーンはみだりに権力を乱用するような人間ではないことは、長年の付き合いからテオドールでも分かっていた。
 人払いをする合図を出すと、スッと人気ひとけがなくなった。目に入る位置に侍従や侍女が控えているが、テオドールたちの会話は聞こえない位置となっている。

「ジェーン、終わったよ。どうかしたのかい?」
「わたくしというより、テディ様ですわ」
「え?」
「失礼いたします」

 向かいに座っていたジェーンがテオドールの隣に移動する。
 目を瞬かせているテオドールの頭に手を伸ばし、そっと優しくテオドールの背に腕を回して抱き寄せた。恐る恐る、テオドールの手もジェーンの背に回る。

 さらりと、ジェーンの手がテオドールの背を撫でた。

「…婚約破棄だと告げられたとき、わたくしよりもあなたの方が傷付いたような泣きそうな表情を浮かべていて、やはりご自分の意思ではないのだなとはっきりいたしました。何かと理由をつけて学園に寄り付かなくなった時期もありましたね。それはあなたが彼から逃れるための唯一の方法だったのでしょう」

 優しい声がテオドールの耳朶に響く。

「……彼が精霊たちに引き取られた後、どうなっているか。リオル様やわたくしにはあまり教えられない内容なのだと口を尖らせておられましたが、無理を言ってメディア様からこっそり教えていただいたのです。もう、彼は ―― アルス・ヤディールという人間は、おりません。あなたを操ろうとしていた人間は、もういないのです」

 じわじわと、テオドールの瞳に涙が溜まり始めた。
 ジェーンの声はまるで涙を堪えるように震え、ぎゅ、とテオドールの背中の服を握りしめる。

「……もう、大丈夫です」

 とうとうテオドールの眦から涙が溢れ、ジェーンを強く抱きしめた。


 もともと、テオドールとジェーンは相思相愛であった。
 幼い頃から婚約者候補として交流を重ねていくうちにふたりは惹かれ合い、正式に婚約をした経緯がある。
 テオドールのジェーンに向ける眼差しは愛に溢れていたし、ジェーンもテオドールを愛おしく見ていたのは当たり前で、周囲もお似合いだと声を揃えていたのだ。

 アルス・ヤディールという男爵令息の光魔法によってテオドールの言動が操られたことによって表面上は関係性が壊れたように見えたが、ジェーンはずっと信じていた。テオドールはずっと苦しんでいた。
 それがようやく、メディフェルアから彼という人間はもういないと言われたことで解放された。

「ごめん、ごめんジェーン…!ごめん…!」
「いいえテディ様、わたくしこそ…っ、振りとはいえ、あなたを傷つけるような態度をとってしまい申し訳ありませんでした…」


 
 ふわふわと、周囲の野良精霊が彼らの様子を見つめる。

『かわいそう』
『幸せにしなくちゃ』
『どうする?』

 精霊たちがこのふたりを幸せにしよう!と一念発起し、騒動を起こしてメディフェルアに怒られるのはまた別の話である。


 とにもかくにも、一時婚約破棄かとまで危ぶまれたテオドールとジェーンはこの一件で絆を深め、テオドールとジェーンは末永く仲良く過ごしたという。






 そこまで喋ったメディフェルアはふ、と笑った。

『―― おしまい。満足した?』

 彼女と光の野良精霊の視線の先には牢獄。その中にいるモノは呆然とこちらを見上げている。
 青少年から青年を過ぎ、もうじき壮年といった年齢になったモノは小綺麗にはしているものの、この狭い牢獄のせいで運動できないこともあり、足腰はもはや同年代よりも遥かに脆い。
 昔は可愛らしい容姿をしていたが、今では見る影もない。

「…う、そ……」
『お前が教えてほしいと願ったから特別に教えてやったというのに』
『のにー』
「フィリップ…ジャックは…」
『え、なに教えてなかったの?』
『忘れてました』
『てたー』
「え?」
『フィリップは毒杯を飲んでもうとっくの昔に死んでるよ。ジャック・ビュエラは呪い返しで内蔵がやられて、お前がここに来た数年後に死んでるよ』

 モノの表情が絶望に染まった。
 あ、あ、と細い声を出した後、頭を掻きむしりながら絶叫した。

 それを冷めた目で眺めたあと、メディフェルアはモノの管理を任せていた精霊の親子に振り返る。

『満足した?』
『はい』
『いっぱい知った!』
『それは良かった。じゃあ、もうこれはいらないね~』

 パチン、とメディフェルアが指を鳴らせば牢の役割を果たしていた鉄格子が消え去った。
 いまだ悲鳴を上げ続ける人間だったモノを無視して、メディフェルアたちはその場に背を向ける。

 あとはもうあのモノの勝手だ。
 メディフェルアたち精霊の目的は達せられた。だからもう、あれがどう生きようが死のうがどうでも良い。
 まあ、あれほど弱っていたらこの洞窟から出るに出られないかもしれない。
 だがこの洞窟は優秀な素材の宝庫だ。今までメディフェルアの加護で隠していたが、これからは冒険者たちに見つけられるだろう。近隣の村人が見つけるかもしれない。

(あれからはもう、魔力をだいぶ絞ったから前みたいに操るなんてできないでしょ)

 それに、光魔法の一種である魅了魔法の発動条件は「可愛いと感じた」ときだけ。
 以前のあのモノは手入れされ、自他ともに認めるほどの容姿を持っていたが今はそうでもない。
 仮に奇特な人間があのモノを「可愛い」と思って魅了魔法が発動したとしても、従来の人の意思を捻じ曲げるほどの強力なものではなく、ちょっと好意を感じる程度のものだ。


 何度も礼を述べてきた光の野良精霊親子と別れ、メディフェルアは一路リオルがいるグランパス伯爵家へと向かう。

(それにしても、最後まで聞かなかったな~。ヤディール家のこと)

 自分を育ててくれた家だったのに、薄情だなとメディフェルアはふと思う。


 ヤディール男爵家は、現在ではあれの元義兄だったディックが継いだ。
 両親は過労のため早逝してしまい、だいぶ苦労しただろう。
 現在ではなんとか立て直して、あれのやらかしについて理解した上で嫁いできた優しい嫁と一緒に領地を切り盛りしている。
 元義弟のやらかしの批判を一身に受け、頑張るその姿勢に感化されたひとりの野良だった中級精霊がディックと契約し、相棒として手伝いをしている状況だ。
 可愛い子どもができたと、教会で涙ながらに神とメディフェルアに報告してきた彼はもはや処罰対象ではない。

 あれの魅了魔法にかかってしまった人間は大勢いた。それはヤディール男爵家も例外ではない。
 だがかかり具合というのだろうか。
 主にあれが積極的に接触していたフィリップ、ジャック、マリオはまるで薬漬けになったかのようにあれに依存した。テオドールもそれなりに接触を受けていたが、ジェーンを愛していたからこそ心だけは抗えたようなものだろう。

 マリオ・トルク伯爵令息は、あれがいなくなったことに発狂した。
 魅了魔法によるものだと判明してからは魅了解呪の実験台となった。
 最近、ようやく正気に戻ったようで自分が人間を精霊にするという犯罪に手を貸したことに絶望したらしい。
 本来であれば人間を精霊に意図的に変化させるのは極刑に処される。
 しかし彼の長い年月の犠牲のおかげで光魔法のひとつである魅了魔法への対抗策を得られたのは大きいとして情状酌量され、現在修道院で真面目に神へ祈りを捧げている。

 テオドールの弟である第三王子フィリップ・グランディスは、闇属性への人権否定の発言を精霊王メディフェルアの前で行ったことが問題視され、当時は一生涯幽閉での餓死を予定されていた。
 ところが、当時魅了されたままのフィリップは「闇属性は忌避すべき存在だ!人権がないと言ってなんの問題がある!」と更に罪を重ねたため、国王はこのまま苦しませながら生かしても神やメディフェルアを冒涜し続けるだけだと判断し、暴れるフィリップを抑え込み毒を無理やり飲ませた。
 なんでも長く苦しんで死ぬ毒を国王は敢えて選択したらしく、壮絶な最期を迎えたらしい。

 ミラン・グランパス伯爵令息の元婚約者ジャック・ビュエラ侯爵令息は、メディフェルアによる呪い返しを受けて内蔵が機能不全に陥った。
 侯爵夫人からの懇願で、彼は領地でひっそりと余生を過ごした。
 正気のまま長く苦しんだのはジャックだったかもしれない。最期は、ミランに対して謝罪の言葉を述べていたという。

(あ、お土産持ってかなきゃ)

 精霊の森にあるあの花ならきっとリオルは喜ぶだろう。
 当然、ミランとの間に生まれた子も。

 鼻歌を歌いながらメディフェルアは空を駆ける。
 漆黒の長い髪が、きらきらと太陽に反射して輝いていた。
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