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本編
6 ~ 元第二王子リーンハルト
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「…冗談だろう?」
「冗談じゃないから困ってるんです」
聖女マキが正式に加護を得たことがマリア枢機卿から発表され、現在は聖女お披露目の宴の真っ最中だ。
主役が休憩のため一旦抜けてきたバルコニーに、リーンハルトとヴェルナールはいた。
宴の疲れとは異なる落ち込み方をしていたマキにリーンハルトが「どうした」と声がけし、相談内容を聞いての第一声が先程の言葉である。
(あれだけ周囲を威嚇しておいて、今更身を引くのか)
ヴァイスがマキを想っているのは周知の事実だった。
マキ本人は気づいていなかったが、ヴァイスはマキに余計な虫がつかないように睨みをきかせていた。
マキが暴徒に襲われたときなど、巨大な蛇に変身して彼女を囲い、身を挺して守っていたぐらいだ。
残念ながら武器を持った人間に反撃する許しが得られていなかったヴァイスがその身をボロボロにされ、最後まで守り切ることができなかったのだが、ヴァイスのその行動がなければリーンハルトたちが率いた鎮圧部隊は間に合わなかっただろう。
「えー、眷属様って意外と臆病ですね」
「ヴァイスは臆病じゃありません!」
「いやいや、臆病ですよ。こと、人の気持ちに関しては」
ヴェルナールの言葉に思わずリーンハルトもうんうんと頷く。
理解できていないのか、困惑した表情を浮かべたマキにリーンハルトは首を傾げた。
「マキ殿は、ヴァイス殿をどう思っている?」
「どう…って、頼りになる方です。力を貸してくださったり、相談に乗ってくださったり、守ってくれたり…」
「私は?」
「え?」
「私やヴェルはどうだ?」
リーンハルト自身、マキに大層力を貸しているという自負がある。
物理的に守ることは立場上難しかったが、マキを利用しようとする貴族や民衆たちの盾になり、相談にも乗った。
リーンハルトも頼りになる人物には値するだろう。だが、ヴァイスと比べるとどうかと言われるとどうだろうか。
「もちろん殿下もヴェルナール様も頼りになる方です。でも、ヴァイスとはちょっと違うと言いますか…」
「例えば?」
「…申し上げにくいんですが、お二方は頼りにはなるんですが、ちょっとお願いしにくい立場の方です。ヴァイスはすぐに頼れるというか」
「ヴェルはともかく、もう私は王子ではなくてただの外交官だよ」
「私はまだそれ了承してないんですけど。マキ殿、まだるっこしいんで率直に聞きますけど、ヴァイス殿のこと異性として意識されてますよね?」
ヴェルナールの質問に、マキの顔がボッと赤くなった。
言葉にならない声を短く上げ、しばらく視線を彷徨わせてからマキは、小さく頷く。
あの美貌だ。惚れるのも無理はない…とリーンハルトは思ったが、マキは違うのだという。
なんと、白蛇のときからだ。
「ユーゲン領に出発する直前、オレリア様に酷い言葉を投げかけられたんですけど…そのとき、ヴァイスが巨大な蛇になって、私を守りながらオレリア様を追い払ったのを見てから、だと思います。もちろん、人の姿のヴァイスもカッコいいですけど!」
「……マキ殿、もともと爬虫類がお好きで?」
「いえ、まったく。むしろちょっと苦手でした」
(あの巨大な蛇に惚れる…うーん。私は難しいな)
いずれにせよ、マキがヴァイスに対してそういう感情を抱いているのであれば問題ない。
リーンハルトも何度かヴァイスに助けてもらった身だ。
少しは恩返しがしたいと思っていたし、想い合っている者たちがすれ違っているのを見るのはもどかしい。
本来なら野暮というものだろう。
だが、見守っているだけでは解決しないので、リーンハルトは口を出すことにした。
「眷属様が力をお返しする、というのは眷属様のご希望だ。愛しいと思ったあなたと一緒に生きて死ねるように」
「……はい?」
「こういうものは本人には伝わらないものとよく言われるが、私は初めて目の当たりにしたよ。周囲から見ても明らかに眷属様はマキ殿を異性として想われている。だが、エリス様の眷属のままではもう傍にはいられないから、暇を願い出たんだと思うよ」
「ああ、神の眷属って老衰の概念がないんでしたっけ」
「そう言われている。不死ではないが、不老だ。現に眷属様は千年以上生きていらっしゃるようだし」
「あ、えと?つまり?」
「眷属様がマキ殿を愛してるってことですよ。愛してるからこそ傍にいたくて、眷属を辞めるって言い出してるんです」
真っ赤な顔のまま、マキは目を見開いて固まった。
事実を突きつけられて思考停止してしまったらしい。
しばらくして、遠くからマキを呼ぶ声が聞こえる。
それに我に返ったマキは、返事をして、それからリーンハルトとヴェルナールへと向き直る。
「…今夜、話し合ってみます!」
「その方が良いと思う。良い夜を」
「良い結果になるといいですね」
「はい!」
パタパタとバルコニーから出ていくマキを見送って、リーンハルトはくつくつと笑った。
「人の恋路に口出しするやつは馬に蹴られるらしいですよ。ここの諺らしいです」
「いやぁ、蛇に絞められるの間違いだろう」
「うまくいきますかねぇ」
「いくんじゃないか」
バルコニーを出ていくマキは、とても良い顔をしていたから。
ふ、と笑ってリーンハルトは、手元のグラスに入ったシャンパンを揺らした。
それから満天の星空を見上げる。
「…私にも良い縁談があるといいんだが」
「私と代わってくださってもいいんですよ」
「公主とは友同士だからなぁ。それにヴェルも満更じゃないだろう」
「……まあ、一緒にいて衝突することがないのはいいですけど」
「お前のエリス様への狂信的な崇拝を受け入れてくれる女性なんて、公主ぐらいだろう」
「あちらもあちらでかなりマオ様を熱狂的に崇拝してるんですが」
「似た者同士でいいじゃないか。ああ、羨ましい」
「冗談じゃないから困ってるんです」
聖女マキが正式に加護を得たことがマリア枢機卿から発表され、現在は聖女お披露目の宴の真っ最中だ。
主役が休憩のため一旦抜けてきたバルコニーに、リーンハルトとヴェルナールはいた。
宴の疲れとは異なる落ち込み方をしていたマキにリーンハルトが「どうした」と声がけし、相談内容を聞いての第一声が先程の言葉である。
(あれだけ周囲を威嚇しておいて、今更身を引くのか)
ヴァイスがマキを想っているのは周知の事実だった。
マキ本人は気づいていなかったが、ヴァイスはマキに余計な虫がつかないように睨みをきかせていた。
マキが暴徒に襲われたときなど、巨大な蛇に変身して彼女を囲い、身を挺して守っていたぐらいだ。
残念ながら武器を持った人間に反撃する許しが得られていなかったヴァイスがその身をボロボロにされ、最後まで守り切ることができなかったのだが、ヴァイスのその行動がなければリーンハルトたちが率いた鎮圧部隊は間に合わなかっただろう。
「えー、眷属様って意外と臆病ですね」
「ヴァイスは臆病じゃありません!」
「いやいや、臆病ですよ。こと、人の気持ちに関しては」
ヴェルナールの言葉に思わずリーンハルトもうんうんと頷く。
理解できていないのか、困惑した表情を浮かべたマキにリーンハルトは首を傾げた。
「マキ殿は、ヴァイス殿をどう思っている?」
「どう…って、頼りになる方です。力を貸してくださったり、相談に乗ってくださったり、守ってくれたり…」
「私は?」
「え?」
「私やヴェルはどうだ?」
リーンハルト自身、マキに大層力を貸しているという自負がある。
物理的に守ることは立場上難しかったが、マキを利用しようとする貴族や民衆たちの盾になり、相談にも乗った。
リーンハルトも頼りになる人物には値するだろう。だが、ヴァイスと比べるとどうかと言われるとどうだろうか。
「もちろん殿下もヴェルナール様も頼りになる方です。でも、ヴァイスとはちょっと違うと言いますか…」
「例えば?」
「…申し上げにくいんですが、お二方は頼りにはなるんですが、ちょっとお願いしにくい立場の方です。ヴァイスはすぐに頼れるというか」
「ヴェルはともかく、もう私は王子ではなくてただの外交官だよ」
「私はまだそれ了承してないんですけど。マキ殿、まだるっこしいんで率直に聞きますけど、ヴァイス殿のこと異性として意識されてますよね?」
ヴェルナールの質問に、マキの顔がボッと赤くなった。
言葉にならない声を短く上げ、しばらく視線を彷徨わせてからマキは、小さく頷く。
あの美貌だ。惚れるのも無理はない…とリーンハルトは思ったが、マキは違うのだという。
なんと、白蛇のときからだ。
「ユーゲン領に出発する直前、オレリア様に酷い言葉を投げかけられたんですけど…そのとき、ヴァイスが巨大な蛇になって、私を守りながらオレリア様を追い払ったのを見てから、だと思います。もちろん、人の姿のヴァイスもカッコいいですけど!」
「……マキ殿、もともと爬虫類がお好きで?」
「いえ、まったく。むしろちょっと苦手でした」
(あの巨大な蛇に惚れる…うーん。私は難しいな)
いずれにせよ、マキがヴァイスに対してそういう感情を抱いているのであれば問題ない。
リーンハルトも何度かヴァイスに助けてもらった身だ。
少しは恩返しがしたいと思っていたし、想い合っている者たちがすれ違っているのを見るのはもどかしい。
本来なら野暮というものだろう。
だが、見守っているだけでは解決しないので、リーンハルトは口を出すことにした。
「眷属様が力をお返しする、というのは眷属様のご希望だ。愛しいと思ったあなたと一緒に生きて死ねるように」
「……はい?」
「こういうものは本人には伝わらないものとよく言われるが、私は初めて目の当たりにしたよ。周囲から見ても明らかに眷属様はマキ殿を異性として想われている。だが、エリス様の眷属のままではもう傍にはいられないから、暇を願い出たんだと思うよ」
「ああ、神の眷属って老衰の概念がないんでしたっけ」
「そう言われている。不死ではないが、不老だ。現に眷属様は千年以上生きていらっしゃるようだし」
「あ、えと?つまり?」
「眷属様がマキ殿を愛してるってことですよ。愛してるからこそ傍にいたくて、眷属を辞めるって言い出してるんです」
真っ赤な顔のまま、マキは目を見開いて固まった。
事実を突きつけられて思考停止してしまったらしい。
しばらくして、遠くからマキを呼ぶ声が聞こえる。
それに我に返ったマキは、返事をして、それからリーンハルトとヴェルナールへと向き直る。
「…今夜、話し合ってみます!」
「その方が良いと思う。良い夜を」
「良い結果になるといいですね」
「はい!」
パタパタとバルコニーから出ていくマキを見送って、リーンハルトはくつくつと笑った。
「人の恋路に口出しするやつは馬に蹴られるらしいですよ。ここの諺らしいです」
「いやぁ、蛇に絞められるの間違いだろう」
「うまくいきますかねぇ」
「いくんじゃないか」
バルコニーを出ていくマキは、とても良い顔をしていたから。
ふ、と笑ってリーンハルトは、手元のグラスに入ったシャンパンを揺らした。
それから満天の星空を見上げる。
「…私にも良い縁談があるといいんだが」
「私と代わってくださってもいいんですよ」
「公主とは友同士だからなぁ。それにヴェルも満更じゃないだろう」
「……まあ、一緒にいて衝突することがないのはいいですけど」
「お前のエリス様への狂信的な崇拝を受け入れてくれる女性なんて、公主ぐらいだろう」
「あちらもあちらでかなりマオ様を熱狂的に崇拝してるんですが」
「似た者同士でいいじゃないか。ああ、羨ましい」
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