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第一章 死んでないが死にかけた
第11話 聖堂への道すがら
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アフェトラウム診療所を出た時から、嫌な視線が纏わり付いている。
それはきっとオレの首に付けられた"逆さまの五芒星"の飾りが付いたチョーカーのせいだろう。
随分と皮肉が効いているではないか。
六芒星なら魔術師協会に認定された魔術師、五芒星なら一般人、逆さまの五芒星は魔力喪失病の者──。
自分のいた世界でも逆五芒星は悪魔崇拝者の証だとか悪魔の印だとか何だとか言われてるくらいで、それをわざわざ魔力喪失病の人間にあてがうとは──。
視界が低いせいで見上げる形になるのだが、通り行く人の反応は様々だった。
露骨に嫌悪感を露わにする者、敵意を剥き出しにする者、哀れみの視線を向ける者、魔物にでも出会したかのようにわざとらしく距離を取る者──。
大衆が向ける様々な思惑にオレは晒されていた。
(これが、この街にいる魔力喪失病の人達が受けている扱いか……と言ってもこんなのまだ序の口だろうけど……)
魔力喪失病の治療に向けた研究が始まったとはいえ、状況は一進一退だ。
存在しないものとして扱われていた人達が個として認知されるようになったのは、良いことだけではなく悪い状況も引き起こした。
彼らに悪意の矛先が向けられるようになったのだから。
しかし、先程から一体何だというのだろう。
何故か、街の人間達はレティの姿を見付けると、途端に佇まいを正し敬意を表するように頭を下げる。
レティはそれに応えるでもなく、黙々と街道を進んだ。
頑なに周囲の人達に目もくれようとしない姿、表情こそ変わらないものの彼女が胸の内に怒りを秘めているような、そんな気がした。
触れてはならない、そう感じてオレも目立たないように下を向き、粛々と歩を進める。
十分程して辿り着いたのは年代を感じさせる、小ぢんまりとした聖堂だった。
まるで観光にでも来たかのような気分になり、オレはまじまじと建物を眺める。
神殿が白、というのは定番のようでこの建物も経年による汚れと日焼けは見られるが、この建物も全体的に白い。
それでいて至る所に蔦科の植物が巻き付き自然との融合を果たしているのが、どこか神秘的な雰囲気を醸し出している。
敢えてそれらを刈り取らずありのままにしているのは、神は万物に宿るという東洋の価値観が今回もこの世界に投影されているからだろうか。
「マティス君、こっち」
扉の前でレティが手招きしている。
オレは彼女の元へと急いだ。
木の軋む音と共に扉が開くと、ふわりと薬草の香りが漂う。
それはけして顔をしかめたくなるような苦々しいものではなく、マスカットのような爽やかさを感じさせるものだった。
恐らく多くの神殿で用いられている、魔物を寄せ付けないという言い伝えがあるエルダーフラワーの香りだろう。
聖堂には幾つもの長椅子が通路に沿って並べられていて、その最奥には像が建てられている。
眠る子供を腕に抱き慈愛の眼差しを向けているこの方こそ、女神・ジアシフォリア様だ。
その姿は前作と変わらないようで美しさも健在だ。
(近所のオバちゃんみたいにふくよかで力強いお姿じゃなくて良かった……)
美しさとは自己管理と努力の先にある、とオレは思っている。
努力して己を磨いた結果がその姿に現れるというものならば、美を表現した女神様の姿にも納得がいくというものだ。
来訪者と話していた神官は、こちらに気付くと話を切り上げてこちらにやってくる。
そして深々と頭を下げた。
「レティ様、ようこそお越し下さいました」
(……様?)
どう考えても神官の方が上の立場であろうに、何故敬称なのだろう。
疑問に思ってレティを見ると彼女は笑顔を浮かべていた。
短時間一緒にいたオレでも分かる、作り物の笑顔を。
「私に畏まるのはやめて頂くようお願いしたと思うのですが──」
「そうはいきません。何せ、あなた様はジアシフォリア様の加護を受けた聖女であらせられるのですから」
「候補、の間違いでは? 加護を受けた方は他にもいらっしゃいます」
笑顔の応酬、どっちもニコニコと笑っているが、凄まじい圧を感じる。
聖女候補とは聞こえはいいが、あまり良いものではないというのを裏側を見ているオレは知っている。
聖女候補は生まれてすぐに強制的に神殿に籠められ、聖女としての在り方や力の使い方、学業、作法などを徹底的な教育を受けさせられるはずだからだ。
けれど、レティはサイラス先生のところで手伝いをしていると聞いており、行動制限も特に無さそうに見える。
二人もそのことについては一切言及していなかったし、レティが聖女候補だなんてここに来て初めて知った。
色々疑問はあるが、七百年もあれば伝統も変わるのだろうか──。
「いい加減に意地を張るのはお止めなさい。あなた様の妹君のことは残念に思いますが、それもこれもすべては神のお導きによるもの。あなたは聖女としてより多くの生命を導く必要が──」
「魔力喪失病以外の──、ですか?」
レティはもう笑っていなかった。
内に滾る怒りを隠そうともせず、神官をきつく睨みつける。
しばらくの沈黙の後、先に折れたのは神官の方だった。
「好きになさるといい。しかしあなたはけして宿命からは逃げられないことを、お忘れなきように」
そう言って神官はレティの元を離れ、別室へと引き上げていく。
その際、神官はオレを蔑みの目で一瞥し吐き捨てるように小声で呟いた。
「虚無の石炭めが……」
(っの……クソジジイが!!)
聞こえなかった振りをしてツーンと澄ましながら、腹では絶大な声で悪態を吐く。
何でこんな人間が聖職者なんかに就いてるんだ、と思ったけれど、それだけこの世界に魔力喪失病の人間に対する偏見が強く根付いているからだ。
虚無は魔力が無いから、タールは熱すると有毒ガスが発生することから、陽の下で暮らすことを許されない彼らを揶揄したとても侮辱的な呼称だ。
それはきっとオレの首に付けられた"逆さまの五芒星"の飾りが付いたチョーカーのせいだろう。
随分と皮肉が効いているではないか。
六芒星なら魔術師協会に認定された魔術師、五芒星なら一般人、逆さまの五芒星は魔力喪失病の者──。
自分のいた世界でも逆五芒星は悪魔崇拝者の証だとか悪魔の印だとか何だとか言われてるくらいで、それをわざわざ魔力喪失病の人間にあてがうとは──。
視界が低いせいで見上げる形になるのだが、通り行く人の反応は様々だった。
露骨に嫌悪感を露わにする者、敵意を剥き出しにする者、哀れみの視線を向ける者、魔物にでも出会したかのようにわざとらしく距離を取る者──。
大衆が向ける様々な思惑にオレは晒されていた。
(これが、この街にいる魔力喪失病の人達が受けている扱いか……と言ってもこんなのまだ序の口だろうけど……)
魔力喪失病の治療に向けた研究が始まったとはいえ、状況は一進一退だ。
存在しないものとして扱われていた人達が個として認知されるようになったのは、良いことだけではなく悪い状況も引き起こした。
彼らに悪意の矛先が向けられるようになったのだから。
しかし、先程から一体何だというのだろう。
何故か、街の人間達はレティの姿を見付けると、途端に佇まいを正し敬意を表するように頭を下げる。
レティはそれに応えるでもなく、黙々と街道を進んだ。
頑なに周囲の人達に目もくれようとしない姿、表情こそ変わらないものの彼女が胸の内に怒りを秘めているような、そんな気がした。
触れてはならない、そう感じてオレも目立たないように下を向き、粛々と歩を進める。
十分程して辿り着いたのは年代を感じさせる、小ぢんまりとした聖堂だった。
まるで観光にでも来たかのような気分になり、オレはまじまじと建物を眺める。
神殿が白、というのは定番のようでこの建物も経年による汚れと日焼けは見られるが、この建物も全体的に白い。
それでいて至る所に蔦科の植物が巻き付き自然との融合を果たしているのが、どこか神秘的な雰囲気を醸し出している。
敢えてそれらを刈り取らずありのままにしているのは、神は万物に宿るという東洋の価値観が今回もこの世界に投影されているからだろうか。
「マティス君、こっち」
扉の前でレティが手招きしている。
オレは彼女の元へと急いだ。
木の軋む音と共に扉が開くと、ふわりと薬草の香りが漂う。
それはけして顔をしかめたくなるような苦々しいものではなく、マスカットのような爽やかさを感じさせるものだった。
恐らく多くの神殿で用いられている、魔物を寄せ付けないという言い伝えがあるエルダーフラワーの香りだろう。
聖堂には幾つもの長椅子が通路に沿って並べられていて、その最奥には像が建てられている。
眠る子供を腕に抱き慈愛の眼差しを向けているこの方こそ、女神・ジアシフォリア様だ。
その姿は前作と変わらないようで美しさも健在だ。
(近所のオバちゃんみたいにふくよかで力強いお姿じゃなくて良かった……)
美しさとは自己管理と努力の先にある、とオレは思っている。
努力して己を磨いた結果がその姿に現れるというものならば、美を表現した女神様の姿にも納得がいくというものだ。
来訪者と話していた神官は、こちらに気付くと話を切り上げてこちらにやってくる。
そして深々と頭を下げた。
「レティ様、ようこそお越し下さいました」
(……様?)
どう考えても神官の方が上の立場であろうに、何故敬称なのだろう。
疑問に思ってレティを見ると彼女は笑顔を浮かべていた。
短時間一緒にいたオレでも分かる、作り物の笑顔を。
「私に畏まるのはやめて頂くようお願いしたと思うのですが──」
「そうはいきません。何せ、あなた様はジアシフォリア様の加護を受けた聖女であらせられるのですから」
「候補、の間違いでは? 加護を受けた方は他にもいらっしゃいます」
笑顔の応酬、どっちもニコニコと笑っているが、凄まじい圧を感じる。
聖女候補とは聞こえはいいが、あまり良いものではないというのを裏側を見ているオレは知っている。
聖女候補は生まれてすぐに強制的に神殿に籠められ、聖女としての在り方や力の使い方、学業、作法などを徹底的な教育を受けさせられるはずだからだ。
けれど、レティはサイラス先生のところで手伝いをしていると聞いており、行動制限も特に無さそうに見える。
二人もそのことについては一切言及していなかったし、レティが聖女候補だなんてここに来て初めて知った。
色々疑問はあるが、七百年もあれば伝統も変わるのだろうか──。
「いい加減に意地を張るのはお止めなさい。あなた様の妹君のことは残念に思いますが、それもこれもすべては神のお導きによるもの。あなたは聖女としてより多くの生命を導く必要が──」
「魔力喪失病以外の──、ですか?」
レティはもう笑っていなかった。
内に滾る怒りを隠そうともせず、神官をきつく睨みつける。
しばらくの沈黙の後、先に折れたのは神官の方だった。
「好きになさるといい。しかしあなたはけして宿命からは逃げられないことを、お忘れなきように」
そう言って神官はレティの元を離れ、別室へと引き上げていく。
その際、神官はオレを蔑みの目で一瞥し吐き捨てるように小声で呟いた。
「虚無の石炭めが……」
(っの……クソジジイが!!)
聞こえなかった振りをしてツーンと澄ましながら、腹では絶大な声で悪態を吐く。
何でこんな人間が聖職者なんかに就いてるんだ、と思ったけれど、それだけこの世界に魔力喪失病の人間に対する偏見が強く根付いているからだ。
虚無は魔力が無いから、タールは熱すると有毒ガスが発生することから、陽の下で暮らすことを許されない彼らを揶揄したとても侮辱的な呼称だ。
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