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序章 堕ちた赤い月
06話◆思わぬ乱入者
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「よう、ルシファー。ずいぶんと探したぜ」
金色の髪が緩やかに揺れる。
ガラスを突き破って部屋に飛び込んできた青年はゆっくりと顔をあげた。
彼の瞳は、やはり禍々しい赤。
ルシファーと呼ばれた黒髪の青年は、華夜の首筋から唇を離すと血で濡れた口許を舌で舐める。
「これはこれは。随分と久しぶりに見る顔ですね。僕に何の用でしょうか」
突然の侵入者にも驚くような気配はまったくない。
むしろ楽しんでいるような素振りさえ感じさせる。
「偉大なる神々より拝命を受けたんだよ。反逆者を抹殺しろってな」
「つまらない報酬と引き換えに、神にその身を売り渡したというわけですか。だから君は『道化』と嘲笑われるんですよ」
ルシファーは見下げるような目と言葉を青年に投げ掛ける。
だが、青年は気にも止めない様子で鼻で笑った。
「てめぇの望む世界よりはよほどマシだと思うけどな」
抜き放たれた刀が白く光り、鞘が音を立てて床に落ちる。
青年は目にも止まらぬ早さでルシファーに斬りかかった。
ルシファーはその攻撃を躱すと素早く扉の入り口辺りに飛び退く。
避けられることは想定内なのか、青年は落ち着きはらった様子で床に座り込んだ華夜に目を向ける。
すぐさま互いに相手が昼間会った者だと覚るが、瞠目したのは華夜だけだった。
青年は眉をわずかに寄せ、品定めをするような不躾な視線を送る。
「……なるほど。そりゃ、魔王様の獲物だってんなら迂闊に手は出せないだろうな」
青年は鼻で笑い飛ばす。
何を願ったのかは知らないが、悪魔と契約するなど愚の骨頂だ。
「代価を貰いに来たってことか。そりゃあいいところを邪魔しちまったみたいだな」
「いいえ、僕の今宵の目的は果たせました。後は待っているだけで彼女はこちら側へと堕ちてくれることでしょう」
ルシファーは自らの手の内で輝く大きな赤い宝玉を見つめて微笑む。
「何? あれ……」
「お前の魂の欠片だ。契約の代価として魔界への通行証を切られたってことだ」
口をついて出た華夜の疑問に、青年は淡々と答えた。
本来であれば契約が終了すると契約者の魂は悪魔に食われ、その体を通して地獄へと落ちる。
地獄に堕ちた契約者は自らも悪魔としての生を受け、契約した悪魔に隷属する身となるのだ。
また契約者の遺体は、そのほとんどが無惨なまでにも喰い散らかされた状態で残る。
悍ましいことだが、それはすべて悪魔に支払う『代価』なのだ。
(それにしても……)
青年は舌を巻く。
魂は色が濁っていればいるほど、生前の行いが悪く心が醜いということだ。
しかし、この少女の魂は僅かな曇りさえも見られない真紅色で、ダイヤモンドにも劣らない輝きを放っている。
よほどの聖人君子か敬虔な聖職者なら分かるが、この少女はどう見てもただの脆弱な人間だ。
そのアンバランスさがどうしても腑に落ちない。
それは差し置き、魔を統べる一界の王ならば、相手がどんな者であろうと契約を結ばせることは容易いだろう。
これだけの魂ならば喰えば飢えは十分に満たされるに違いない。
だが、それこそが違和感の元になっている。
ルシファーは魔王で、自ら動かずとも配下が有り余るほどの魂を献上しているはず。
「魔界の王ともあろう者が、たった一人の人間を特別扱いする理由は何だ?」
ルシファーの契約方法はとても古い儀式に乗っ取ったもので、時間も手間も要する。
契約者に激痛を与えることなく、生きたまま徐々にその身を悪魔に変えるという実に面倒なものだ。
逆に言えば、それだけ少女のことを大切に思っているということ。
そこまでして手に入れようとするのは何故なのか。
美しい魂をコレクションに加えたいだけならこのようなまどろっこしい事はせず、契約を取り付け喰えば済む話なのだ。
ルシファーは答える気はないとばかりに緩く微笑んだ。
すると青年は首を傾けて嘲るような笑みを返す。
「……まぁ、この女が生きようが死のうがオレは興味はない。オレはオレの目的を果たせればそれでいいんでな」
再び刀を構える青年に、ルシファーは穏やかな声で告げた。
「酷い言い様だ。彼女はいずれ僕の妻となる人だというのに」
「……はっ、何の冗談だ?」
ルシファーから告げられた予想だにしなかった言葉に、青年は引きつったような顔で笑う。
魔界を統べる者が、魔界の貴族の令嬢ではなく、よりによって人間の娘を花嫁とするなどタチの悪い冗談にしか聞こえなかった。
だがルシファーが冗談を言っているわけでないと知ると、その表情は訝しげなものへと変わる。
「折角来て頂いたのに残念ですが、君には僕は殺せませんよ」
青年の眉間の皺が深まる。
ルシファーが悠然と手を前へ伸ばした次の瞬間。
黒い爪が獲物に飛びかかる蛇のように勢いよく伸び、青年の手足を貫くとそのまま壁へ叩き付けた。
「が……ッ!!」
鋭利な刃物で刺し貫かれたような痛みに、苦悶の声が洩れる。
貫いた爪は青年の四肢にきつく絡み付き宙へと持ち上げた。
(何だ……この違和感は。今のオレの力はあの頃のアイツとほぼ同等だったはずだ)
歴然とした力の差を見せつけられた青年はわずかながら動揺の色を見せる。
最後に会ったのはいつだったか沈吟し、すぐにそれが実に馬鹿らしいことに気づく。
忘れ得ぬ──、ルシファーを裏切り神に寝返ったあの日が最後だ。
「悪魔の力には限界がある。だから僕と君は同じ力量でした。君は素晴らしいですよ、魔界の王であるこの僕と渡り合うことができるんですから」
縛り上げた爪が食い込み、首筋から血が滴り落ちる。
ルシファーは青年を引き寄せるとその滴を舐めた。
屈辱に顔を歪ませる青年をルシファーは冷たい相貌で見つめる。
「だがしょせん、君は僕から生を分け与えられその能力を受け継いだ駒に過ぎない。つまり君が持つ力は、元々僕が有していたものだということです」
「……何が言いたい」
警戒するように青年は眉間にシワを寄せ、目を細める。
勿体ぶった話し方が勘に触る男だと思いながら、この窮地を抜け出す方法を探った。
金色の髪が緩やかに揺れる。
ガラスを突き破って部屋に飛び込んできた青年はゆっくりと顔をあげた。
彼の瞳は、やはり禍々しい赤。
ルシファーと呼ばれた黒髪の青年は、華夜の首筋から唇を離すと血で濡れた口許を舌で舐める。
「これはこれは。随分と久しぶりに見る顔ですね。僕に何の用でしょうか」
突然の侵入者にも驚くような気配はまったくない。
むしろ楽しんでいるような素振りさえ感じさせる。
「偉大なる神々より拝命を受けたんだよ。反逆者を抹殺しろってな」
「つまらない報酬と引き換えに、神にその身を売り渡したというわけですか。だから君は『道化』と嘲笑われるんですよ」
ルシファーは見下げるような目と言葉を青年に投げ掛ける。
だが、青年は気にも止めない様子で鼻で笑った。
「てめぇの望む世界よりはよほどマシだと思うけどな」
抜き放たれた刀が白く光り、鞘が音を立てて床に落ちる。
青年は目にも止まらぬ早さでルシファーに斬りかかった。
ルシファーはその攻撃を躱すと素早く扉の入り口辺りに飛び退く。
避けられることは想定内なのか、青年は落ち着きはらった様子で床に座り込んだ華夜に目を向ける。
すぐさま互いに相手が昼間会った者だと覚るが、瞠目したのは華夜だけだった。
青年は眉をわずかに寄せ、品定めをするような不躾な視線を送る。
「……なるほど。そりゃ、魔王様の獲物だってんなら迂闊に手は出せないだろうな」
青年は鼻で笑い飛ばす。
何を願ったのかは知らないが、悪魔と契約するなど愚の骨頂だ。
「代価を貰いに来たってことか。そりゃあいいところを邪魔しちまったみたいだな」
「いいえ、僕の今宵の目的は果たせました。後は待っているだけで彼女はこちら側へと堕ちてくれることでしょう」
ルシファーは自らの手の内で輝く大きな赤い宝玉を見つめて微笑む。
「何? あれ……」
「お前の魂の欠片だ。契約の代価として魔界への通行証を切られたってことだ」
口をついて出た華夜の疑問に、青年は淡々と答えた。
本来であれば契約が終了すると契約者の魂は悪魔に食われ、その体を通して地獄へと落ちる。
地獄に堕ちた契約者は自らも悪魔としての生を受け、契約した悪魔に隷属する身となるのだ。
また契約者の遺体は、そのほとんどが無惨なまでにも喰い散らかされた状態で残る。
悍ましいことだが、それはすべて悪魔に支払う『代価』なのだ。
(それにしても……)
青年は舌を巻く。
魂は色が濁っていればいるほど、生前の行いが悪く心が醜いということだ。
しかし、この少女の魂は僅かな曇りさえも見られない真紅色で、ダイヤモンドにも劣らない輝きを放っている。
よほどの聖人君子か敬虔な聖職者なら分かるが、この少女はどう見てもただの脆弱な人間だ。
そのアンバランスさがどうしても腑に落ちない。
それは差し置き、魔を統べる一界の王ならば、相手がどんな者であろうと契約を結ばせることは容易いだろう。
これだけの魂ならば喰えば飢えは十分に満たされるに違いない。
だが、それこそが違和感の元になっている。
ルシファーは魔王で、自ら動かずとも配下が有り余るほどの魂を献上しているはず。
「魔界の王ともあろう者が、たった一人の人間を特別扱いする理由は何だ?」
ルシファーの契約方法はとても古い儀式に乗っ取ったもので、時間も手間も要する。
契約者に激痛を与えることなく、生きたまま徐々にその身を悪魔に変えるという実に面倒なものだ。
逆に言えば、それだけ少女のことを大切に思っているということ。
そこまでして手に入れようとするのは何故なのか。
美しい魂をコレクションに加えたいだけならこのようなまどろっこしい事はせず、契約を取り付け喰えば済む話なのだ。
ルシファーは答える気はないとばかりに緩く微笑んだ。
すると青年は首を傾けて嘲るような笑みを返す。
「……まぁ、この女が生きようが死のうがオレは興味はない。オレはオレの目的を果たせればそれでいいんでな」
再び刀を構える青年に、ルシファーは穏やかな声で告げた。
「酷い言い様だ。彼女はいずれ僕の妻となる人だというのに」
「……はっ、何の冗談だ?」
ルシファーから告げられた予想だにしなかった言葉に、青年は引きつったような顔で笑う。
魔界を統べる者が、魔界の貴族の令嬢ではなく、よりによって人間の娘を花嫁とするなどタチの悪い冗談にしか聞こえなかった。
だがルシファーが冗談を言っているわけでないと知ると、その表情は訝しげなものへと変わる。
「折角来て頂いたのに残念ですが、君には僕は殺せませんよ」
青年の眉間の皺が深まる。
ルシファーが悠然と手を前へ伸ばした次の瞬間。
黒い爪が獲物に飛びかかる蛇のように勢いよく伸び、青年の手足を貫くとそのまま壁へ叩き付けた。
「が……ッ!!」
鋭利な刃物で刺し貫かれたような痛みに、苦悶の声が洩れる。
貫いた爪は青年の四肢にきつく絡み付き宙へと持ち上げた。
(何だ……この違和感は。今のオレの力はあの頃のアイツとほぼ同等だったはずだ)
歴然とした力の差を見せつけられた青年はわずかながら動揺の色を見せる。
最後に会ったのはいつだったか沈吟し、すぐにそれが実に馬鹿らしいことに気づく。
忘れ得ぬ──、ルシファーを裏切り神に寝返ったあの日が最後だ。
「悪魔の力には限界がある。だから僕と君は同じ力量でした。君は素晴らしいですよ、魔界の王であるこの僕と渡り合うことができるんですから」
縛り上げた爪が食い込み、首筋から血が滴り落ちる。
ルシファーは青年を引き寄せるとその滴を舐めた。
屈辱に顔を歪ませる青年をルシファーは冷たい相貌で見つめる。
「だがしょせん、君は僕から生を分け与えられその能力を受け継いだ駒に過ぎない。つまり君が持つ力は、元々僕が有していたものだということです」
「……何が言いたい」
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