Schwarzrose -囚われの黒い薔薇-

蒼桜月薔薇

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第一章 決意

11話◆憂慮

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 華夜が鍵を受け取ると、榊は案ずるように問いかける。

「お嬢様、本当によろしいのですか? 誰かお側に従えさせた方がよいのでは……執事或いはメイドを屋敷に控えさせておけば安心かと……」

 相手がいくら仕事で付き添っているとはいえ、華夜に不埒を働かないとも限らない。
 二人きりにしてしまうのは非常に心配だった。

「大丈夫よ。ここから少し下ればお店があるし、日常生活には困らないわ。それに自分で出来ることは自分でやりたいの」
「そう、ですか……」

 榊の心配の意味を華夜は別の方向で捉えてしまい、榊は困ったように言葉を探す。
 聡いメフィストフェレスはすぐに榊の意図に気付き、呆れ顔でため息をもらした。

「あのな、こんなガキに興味ねえしそもそも困ってもねえよ」
「君、お嬢様に失礼だとは……」
「オレはまだやることがあるから華夜様に任せるぜ。あんたは用が済んだらさっさと帰れ」

 メフィストフェレスは華夜の手から鍵を取ると、先に開けて中に入っていった。

「本当に、彼は大丈夫ですか? その……ご結婚前に大事があれば、私は亡くなった旦那様に顔向けが出来ません」
「あ……えっと……」

 随分と的外れな回答をしていたことに気付き、華夜は気不味そうに目を泳がせたあと頷いた。
 確かに、通常であればそちらの心配をするものだろう。
 何せ、メフィストフェレスが悪魔だということを榊は知らないのだから。

「大丈夫よ、彼は契約を絶対に守る人だから」
「ならば良いのですが……」

 華夜の言葉に安堵したのか、少しだけ表情が和らぐ。
 為す術もなく仕える者を唐突に奪われた榊達にとって、華夜だけが守るべき最後の存在なのだ。

「私達があなたの世界で生きる存在であればどんなに良かったか……」
「それは違う。あなた達が通常の世界で生きる人達だったから狙われずに済んだの。あなた達がいなかったら、私は頼るべき人もいないまま路頭に迷っていたはずよ」
「そうですね……」

 自分達は表の世界で生き、八尋の残したものを存続させるのが役目。
 だから、裏の世界に関わって命を落とすような事があってはならない。
 榊は己の出過ぎた願いをぐっと飲み込んだ。

「何かあれば、いつでもすぐに参ります」
「ええ、お休みなさい」

 榊の車の尾灯が見えなくなるまで見送ると、華夜は洋館へと入る。
 メフィストフェレスはフロアの中央へ立っていて、何やら考え込んでいた。

「どうかしたの?」
「ふん……年寄りにしちゃあいいもん持ってたんだな。これなら軽く掛けとけば補えるか。おい、華夜様。ちょっと手伝えよ」
「いったい何を?」

 怪訝そうな顔の華夜の腕を掴むと、メフィストフェレスは自身が先程まで立っていたところへと立たせる。

「簡易結界を張っとくんだよ。寝床を踏み荒らされるのは好きじゃないからな」

 人間がいくら簡単に退治できようと虫の侵入に不快感を抱くのと同じだ。

「手伝うって……」
「小難しいことは全部オレがやるから、華夜様は力を共有してくれるだけでいい」
「共有……?」
「見てりゃ分かる。力を抜いてリラックスしろ」

 メフィストフェレスは華夜の両肩に手を置くと、意識を集中させ始める。
 すると高熱を出したかのように体が火照り、触れた箇所から力が混ざり合うのが分かった。

「すごい……。こんなに力があるなら私なんて必要ないんじゃ……」
「あの病院には強固な結界が張ってあった。もともと清められた地だったんだろうが、その力を増幅させていたのは華夜様だ」
「私が……?」
「無自覚だってんだから驚きだな。結界はそんな簡単にポンと張れるものじゃないんだぜ」

 背後から呆れたような声が聞こえた。
 だが、分からないものはわからないのだから仕方がない。

「まぁ、その無自覚ってのが今回は大いに役立つけどな。オレがこの屋敷を中心として杭を打ち込めば、後は華夜様の潜在能力が勝手に結界を作り上げてくれるって寸法だ」

 自分にそんな力があるとはにわかに信じられない華夜は不安感を覚える。
 確かに八尋は結界を使用することも多く、皆それに長けていたが、自分が使ったことは一度もないのだから。
 だが、彼が嘘を言っているとも思えなかった。

「──unter Gottes Schutz」
(どこの言葉……? 英語じゃない)

 肩越しにメフィストフェレスを見るが、彼は目を閉ざし真剣な面持ちで呪を紡いでいた。
 その時、メフィストフェレスの顔や回りの風景が砂嵐がかかったように消える。
 目を見開く華夜の視界に次に映ったものは、彼女をもっと驚かせた。



 荒廃した大地に広がる空はどこまでも赤く、とても禍々しい場所だった。
 そこには膝をつくメフィストフェレスと、無表情で見下ろすルシファーの姿。

「愚か者め。なぜ最後の最後で手を緩めた?」

 ルシファーがメフィストフェレスに詰問する。
 感情のこもらない声だが、赤い瞳には焼け付くような怒りが渦巻いていた。
 ルシファーの問い掛けにメフィストフェレスは答えず、沈痛な面持ちで跪いたまま反論は愚か、弁明すらしようとしない。

「答えたくないならそれでもいいよ。だが、君は奴らの策略に掛かり取り返しのつかない失態を犯した」

 ルシファーの手に握られた黒い剣がゆっくりと掲げられる。
 だが、メフィストフェレスはきつく唇を噛み締め、抵抗する素振りはなかった。
 後悔からか、贖罪のつもりなのか。

「我が命に背き消失させた罪、その身を以て償うがいい」

 黒い剣が頭上に掲げられ、メフィストフェレスは裁きの時を待つように瞼を閉じた。
 華夜は反射的に制止の声を上げようとするが、喉が潰れたかのように声を発することができない。
 その代わり、悪夢から目が覚めるように急激に周りが元の風景へと戻った。

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