Schwarzrose -囚われの黒い薔薇-

蒼桜月薔薇

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第一章 決意

13話◆裏切りの契約

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 仮に、面識のある悪魔が自分と遭遇したとする。
 自分はそいつの存在にすぐ気付くだろう。
 だが向こうは例え自分を視界に映そうとも、その存在が認知できなくなるわけだ。

「と言っても、ルシファーにはそんな子供騙しは通用しない。本当にあいつが結界内に入ってきた場合、せいぜい少しの間、華夜様の現在の場所を特定出来なくさせるぐらいだな」
「それってつまり、ばったり鉢合わせしちゃったら意味がないってことでしょう」

 メフィストフェレスは答えない。
 だが、確信する。
 絶対に安全な場所など、やはり存在しないのだ。
 だから、自分が少しでもその確率を上げないように考えて行動しなければいけない。

「結界を抜ける者がいたらすぐに分かるようになってる。それで?」
「え?」

 メフィストフェレスが何かを促すような相づちを打つ。
 でもそれは今している結界の話に対するものではない。

 何となく察するものがあったが、確証はないしいざとなると怖気づいてしまう。
 自分が臆病だからだ。
 聞いてはいけないことを聞いてこの悪魔の機嫌を損ね、殺されてしまうのではないか。

 一見穏やかそうに見えるこの悪魔も、実はそんな本性を秘めているもしれない。
 そんな考えが頭を占め、何とかこの場を切り上げたくなる。
 その気持ちを知ってか知らずか、メフィストフェレスは華夜の逃げ道を塞いだ。

「え、じゃない。オレに聞きたいことがあるんだろ?」
「あ……そうだったわね」

 我ながら白々しいとは思う。
 そしてあっさりと逃げ道を絶ったこの悪魔を憎らしく感じた。
 こっちが忘れた振りをしているのだから流してくれたら良かったのに、なんて都合が良すぎることは分かっている。

 気になるのだから確かめてみればいい。
 保険が欲しいなら前置きをしておけばいいだけのことだ。

「えっと……聞かれて嫌なことだったら答えなくてもいいから。あなたはどうしてルシファーと対立してるの?」
「…………」

 メフィストフェレスの表情に変化はない。
 だが質問の答えが返ってくることもなく、やはり聞いてほしくないことだったのかもしれない。
 華夜が気まずい雰囲気を抜けようと口を開いた時──。

「アイツが俺をはめたんだ」
「え?」
「オレがまだルシファーの配下だった頃だ。オレはあいつの命令を受けて一人の男と契約した」

 詳しい経緯はもうあまり覚えていないが、自分はその男の失われた時間を巻き戻し、自由を与えた。
 ありとあらゆる至福を味わった男は契約の終了を告げ、代価によりその男の魂を貰い受けてすべては終わる──はずだった。
 だが、できなかったのだ。

 男の欲望はすべて己の努力により満たされたものであり、その魂が悪魔に引き渡されることは不当であるとされ、契約書はその拘束力を失った。
 24年もの歳月、彼の時間を止めていたのは紛れもなくメフィストフェレスだった。

 だというのに、力を行使した分だけの報酬が払われない。
 それは悪魔にとっては致命的で、絶望的なことだった。

 男の払うべきはずだった代価を、己が身を以て払わねばならない。
 激しい飢えにその身を蝕まれるというわけだ。
 そして理性を失い暴走したメフィストフェレスは、男をその手で殺した。

 等価交換の法則の破綻。そして契約違反──。

 魔界の規律に反し、なおかつ悪魔としての美学を蔑ろにした。
 結果、自我を無くし魔界を彷徨う事になったが、どこにも行き場などない。
 壮絶な飢えの果てに、僅かに残った意識でメフィストフェレスは自分の消滅を覚悟した。

「ルシファーはこうなることを知っていたはずだ。知っていて、オレを暇潰しの道具にしたんだ」

 しかし、こんな自分にも救いはあった。
 神界の神々が自分達のために働くことを条件に、最後の時に神界へ導くことを約束してくれたのだ。

「ルシファーを殺す。それは神々の命令でもあり、オレの復讐でもあるんだ」

 過去を語るメフィストフェレスの目には激しい憎悪の色が宿る。

「……一人きりで耐えなければならないなんて、とても、辛かったでしょうね」

 まるで自分のことのように悲痛な面持ちになる華夜。
 頬に優しく添えられた手の温もりに、メフィストフェレスは驚いたように目を見開いた。

「いいのな、そんなことを言って。オレだって、かつては人間と契約しその魂を喰らってきたかもしれないんだぜ」
「……そうね、でもそれは正式な取引で合意の元なんでしょう? だったら私がどうこういう権利はないわ」

「そうか。……お前は相手オレが悪魔でも関係なく、いたわってくれるんだな」

 自身も悪魔もとい魔王のせいで過酷な運命を辿って来たはずの少女。
 それでもなお忌むべき種族の自分に情を見せるとは、余りに愚かで優しすぎる。
 それでも不思議と嫌な心地はせず、メフィストフェレスはその手に頬を擦り寄せた。

「私は……あなたに嫌なことを思い出させて後悔してる」
「別に華夜様が気に病むようなことじゃない。オレが話してもいいと思ったから話したんだ」

 じっと見つめられ、華夜は息を呑む。
 改めて思うが、やはりメフィストフェレスは美しい。
 金糸のような柔らかな髪も、透明感の高い白い肌も、顔立ちも、カップに触れる指先も、何もかもがだ。

 瞳を覗けば、まるで天使が目の前にいるかのようで目が離せなくなる。
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