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第一章 決意
14話◆満身創痍
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「それで……今はどうやって力を得ているの?」
「神々との誓約で、今までのように人間の魂を代価にした契約は禁じられてる。だから今は同族を狩ってその力を糧とすることで自分の活力にしてるな」
そう言われて、ふと思い出す。
先程、ルシファーと争った際にメフィストフェレスは酷い怪我を負っていたはずだ。
あの後、何事もなかったかのようにパーカーを羽織ってしまったから忘れていたが、傷はどうなったのだろう。
「メフィストフェレス。ルシファーに付けられた傷を手当しなくていいの?」
「構わない。四日ほどあれば治る」
ということは、やはり癒えたわけではないらしい。
華夜は席を立つと、じっとメフィストフェレスを見つめた。
人間ではないのだから病気や感染症にはならないとは思うが、それでもそのまま放置するのもどうなのだろう。
「……そのままじゃダメよ。ぬるま湯と応急セットを取ってくるから待ってて」
「ああ」
断られるかと思ったが、メフィストフェレスは意外とすんなり承諾してくれる。
無論、断られても押し切るつもりでいたのだが。
華夜はキッチンでケトルに湯を沸かしながら嘆息を付く。
今日は本当に色んな事があった。
目まぐるしい一日はまだ、終わりそうにない。
バスルームから取ってきた湯おけに水を張り、お湯屋を混ぜてぬるま湯にするとリビングへ戻る。
リビングの棚を幾つか探し未使用のタオルと救急箱を取り出すと、華夜はメフィストフェレスの元へと戻った。
「脱いで、手当てするから」
メフィストフェレスがパーカーを脱ぐと、白いシャツをいっぱいに染める赤い色が目につく。
予想していた以上の出血に、華夜の表情は強張った。
「ひどい血……」
「もう止まってる」
メフィストフェレスがシャツを脱ぐと、均整の取れたしなやかな肉体が現れる。
痛々しい傷があちこちに見られ、胸がざわついた。
「痛くないの?」
「…………別に」
答えが返ってくるまでには若干の間があった。
きっと痩せ我慢だ、そうに違いない。
ルシファーと戦っていた時、メフィストフェレスは苦悶の声をあげていたはずだ。
痛みは自分の体の異常を知らせる大事なシグナルだ。
それが働かないとなると問題であろう。
「えっと……一応、消毒した方がいいのよね?」
メフィストフェレスに聞くが、彼は曖昧な表情で返事をしなかった。
恐らく、本人ですらその辺りのことは分からないだろう。
「魔界に医師はいないの?」
「病には罹らないからな。自己回復能力が高いから大概の怪我は治るし」
「そうなのね」
ぬるま湯で湿らせたタオルで丁寧に血を拭き取り、ガーゼや包帯で傷を覆っていく。
一番処置が大変なのは腹の刺し傷だった。
何せ貫通しているのだ。
傷のえぐさをまざまざと見せ付けられ、手当てをしながら何度貧血を起こしそうになったことか。
「だからいいって言っただろ」
「黙ってて」
可笑しそうに笑うメフィストを華夜はいなす。
このくらいどうってことはないと自分を騙しつつ手当てを終えた時、華夜は心身ともに疲れ果てていた。
これならば布団に入ってもすぐ眠れそうだ。
「私は南側の一番奥の部屋を使うわ。あなたも好きな部屋を使って構わないから」
「……万一の時に備えて、適当な距離の部屋を使わせてもらう」
「そう。おやすみなさい」
窓の外はすでに白み始めているが、どっと疲れが出てきて起きているのが辛い。
華夜が部屋を出ようとすると、後ろからメフィストフェレスの声がかかった。
「手間かけさせて悪かったな」
「……気にしないで」
軽く首を振ると、メフィストフェレスの視線を振り切るように部屋を出る。
一瞬何を言われたのか理解できなかったが、頭がついてくるとひどく驚いた。
礼を言われるなんて、思いもしなかった。
気付けば警戒を解いてしまっている。
以前は人間を誘惑し堕落させていたと、彼はそう言っていたではないか。
ルシファーと対立していたところで、もし和解に至るような事があれば彼はどうするのだろう。
考えても答えは出るわけがない。
華夜は部屋につくと、中に入り内側から鍵を閉めた。
こんなことをしても無駄だと分かってはいるが、拒絶を示すことくらいはできる。
そして頼りない足取りでベッドへと向かうと、崩れるように倒れ込んだ。
行儀が悪いとは思うが、もう限界だった。
引きずり込まれるような猛烈な睡魔に襲われる。
瞼がとても重たく、体も重りをつけているかのようだ。
華夜は柔らかな布団に体を預けたまま、深い眠りへと落ちていった。
「神々との誓約で、今までのように人間の魂を代価にした契約は禁じられてる。だから今は同族を狩ってその力を糧とすることで自分の活力にしてるな」
そう言われて、ふと思い出す。
先程、ルシファーと争った際にメフィストフェレスは酷い怪我を負っていたはずだ。
あの後、何事もなかったかのようにパーカーを羽織ってしまったから忘れていたが、傷はどうなったのだろう。
「メフィストフェレス。ルシファーに付けられた傷を手当しなくていいの?」
「構わない。四日ほどあれば治る」
ということは、やはり癒えたわけではないらしい。
華夜は席を立つと、じっとメフィストフェレスを見つめた。
人間ではないのだから病気や感染症にはならないとは思うが、それでもそのまま放置するのもどうなのだろう。
「……そのままじゃダメよ。ぬるま湯と応急セットを取ってくるから待ってて」
「ああ」
断られるかと思ったが、メフィストフェレスは意外とすんなり承諾してくれる。
無論、断られても押し切るつもりでいたのだが。
華夜はキッチンでケトルに湯を沸かしながら嘆息を付く。
今日は本当に色んな事があった。
目まぐるしい一日はまだ、終わりそうにない。
バスルームから取ってきた湯おけに水を張り、お湯屋を混ぜてぬるま湯にするとリビングへ戻る。
リビングの棚を幾つか探し未使用のタオルと救急箱を取り出すと、華夜はメフィストフェレスの元へと戻った。
「脱いで、手当てするから」
メフィストフェレスがパーカーを脱ぐと、白いシャツをいっぱいに染める赤い色が目につく。
予想していた以上の出血に、華夜の表情は強張った。
「ひどい血……」
「もう止まってる」
メフィストフェレスがシャツを脱ぐと、均整の取れたしなやかな肉体が現れる。
痛々しい傷があちこちに見られ、胸がざわついた。
「痛くないの?」
「…………別に」
答えが返ってくるまでには若干の間があった。
きっと痩せ我慢だ、そうに違いない。
ルシファーと戦っていた時、メフィストフェレスは苦悶の声をあげていたはずだ。
痛みは自分の体の異常を知らせる大事なシグナルだ。
それが働かないとなると問題であろう。
「えっと……一応、消毒した方がいいのよね?」
メフィストフェレスに聞くが、彼は曖昧な表情で返事をしなかった。
恐らく、本人ですらその辺りのことは分からないだろう。
「魔界に医師はいないの?」
「病には罹らないからな。自己回復能力が高いから大概の怪我は治るし」
「そうなのね」
ぬるま湯で湿らせたタオルで丁寧に血を拭き取り、ガーゼや包帯で傷を覆っていく。
一番処置が大変なのは腹の刺し傷だった。
何せ貫通しているのだ。
傷のえぐさをまざまざと見せ付けられ、手当てをしながら何度貧血を起こしそうになったことか。
「だからいいって言っただろ」
「黙ってて」
可笑しそうに笑うメフィストを華夜はいなす。
このくらいどうってことはないと自分を騙しつつ手当てを終えた時、華夜は心身ともに疲れ果てていた。
これならば布団に入ってもすぐ眠れそうだ。
「私は南側の一番奥の部屋を使うわ。あなたも好きな部屋を使って構わないから」
「……万一の時に備えて、適当な距離の部屋を使わせてもらう」
「そう。おやすみなさい」
窓の外はすでに白み始めているが、どっと疲れが出てきて起きているのが辛い。
華夜が部屋を出ようとすると、後ろからメフィストフェレスの声がかかった。
「手間かけさせて悪かったな」
「……気にしないで」
軽く首を振ると、メフィストフェレスの視線を振り切るように部屋を出る。
一瞬何を言われたのか理解できなかったが、頭がついてくるとひどく驚いた。
礼を言われるなんて、思いもしなかった。
気付けば警戒を解いてしまっている。
以前は人間を誘惑し堕落させていたと、彼はそう言っていたではないか。
ルシファーと対立していたところで、もし和解に至るような事があれば彼はどうするのだろう。
考えても答えは出るわけがない。
華夜は部屋につくと、中に入り内側から鍵を閉めた。
こんなことをしても無駄だと分かってはいるが、拒絶を示すことくらいはできる。
そして頼りない足取りでベッドへと向かうと、崩れるように倒れ込んだ。
行儀が悪いとは思うが、もう限界だった。
引きずり込まれるような猛烈な睡魔に襲われる。
瞼がとても重たく、体も重りをつけているかのようだ。
華夜は柔らかな布団に体を預けたまま、深い眠りへと落ちていった。
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