どっちも好き♡じゃダメですか?~After Story~

藤宮りつか

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一章 笠原兄弟の恋愛事情 前編 ~笠原伊澄視点~

   兄と弟(5)

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 伊織の性格からして、人の恋路が上手くいったことで「どうせ自分は……」と卑屈になるより、むしろ「僕も頑張るっ♡」とポジティブな思考に走る可能性が高い。
 特に、保育園の頃からずっと一緒にいる雪音に初めて恋人ができたとなると、伊織の恋愛に対するモチベーションは大幅にアップしそうな気がする。
 雪音はこれまで数人の女と肉体関係を持ったことはあるが、彼女を作ったことは無いからな。
 その雪音に初めてできた恋人が、自分の好きな相手とよく似た相手――つまりは、自分と同じ男で、おまけに血は繋がっていないが自分の兄と呼べる存在であることに、伊織の俺に対する恋心が再熱した可能性もある。
 だが、俺には男相手に恋愛をするつもりが無いから、まずは身近にできた同性カップルを俺に紹介して、俺の恋愛観をくつがえそうと目論んだのではないだろうか。
 もし、伊織がそんな計算をしていたとしたなら、俺は用心しなくてはいけない気がする。
 それはさておき
「えっと……その質問には俺もどう答えていいのやら……」
 今は目の前にいる頼斗からの質問に答えてやるべきなのだろう。
 相変わらず俺の頭の中は混乱状態ではあるが、混乱のあまり言葉が出てこないほどではない。質問の意図はわからなくても、質問された以上は答えてやるのが筋ってものだろうし。
「まあ、全く気付いてないわけじゃねーけど、もう終わったことだと思ってた。未だに伊織が俺にそんな感情を持っているとは思わなかったっていうのが本当のところだな。だから今、俺はめちゃくちゃ混乱してるし、動揺もしている」
 一応答えにはなっているだろう。嘘は言っていないし、この答えで頼斗も納得すると思う。
「そうですか……。じゃあ、伊織の気持ちを全く知らなかったわけじゃないんですね?」
「一応そうなるな。でも、本当に昔のことだと思っていたから、今の伊織が俺に特別な感情を持っているとは思っていなかった。だってあいつ、普通に彼女とか作ってたし」
「え?」
「え?」
 ちょっと待て。何で今驚いた? お前が変なところで驚くから、俺まで驚いちまったじゃん。俺、何か変なことでも言ったか?
「彼女ですか?」
「は?」
 な……何だよ、その質問。彼女だろ? 伊織が付き合う相手なんだから、彼女で合ってるんじゃないのか?
「俺が聞いた話だと、伊織が付き合っていた相手は全員男ってことだったんですけど」
「は⁉」
「ああ、そうか。あいつの見た目でついつい伊織が彼女役だと思ってたけど、逆のパターンもあるのか」
「……………………」
「ん? でも、確か伊織は彼女役専門だって……。あれ?」
「……………………」
 おいおい待て待て。何言ってんの? こいつ。伊織がこれまで付き合ってきた相手が全員男って? マジで言ってる? そんな話は初耳なんですけど?
「あ。もしかして伊澄さん、伊織の恋愛対象が自分と同じ男に限定されてることを知らないんですか?」
「知らねーけどっ⁉」
 思わず取り乱してしまった。何で伊織の兄ちゃんである俺が知らない情報を、伊織と知り合ってまだ日が浅そうな頼斗が知ってんだよ。俺、どんだけ伊織のこと知らねーの?
(いやいや。ちょっと待ってくれねーかな……)
 今度こそ、俺は伊織の兄失格って気持ちになってきた。
 実の兄である俺に特別な感情を抱いている様子の伊織に気付いた俺は、伊織をまともな道に戻すため、あえて彼女を作り、伊織にダメージを与えることでまともな恋愛に目覚めさせようと思った。
 その甲斐あって、中学生になった伊織が早速彼女を作り、その彼女と楽しそうな毎日を送っていると思っていたのに……。
(その恋人が全員男だったなんて……)
 その発想は俺に無かった。
 確かに伊織は可愛いから、男相手でも恋愛ができなくは無さそうだ。
 だが、一度俺に手厳しい扱いを受けた伊織は「やっぱり男同士は無理なんだ」と思い、次からは普通の恋をしようと思ってくれたんじゃなかったのか?
 俺はそう信じていたのに、伊織の恋愛対象が男のまま固定されているとは思わなかった。
 言われてみれば、伊織は自分に恋人がいる話は俺にもしてくれたけど、その恋人が誰なのかは教えてくれなかった。恋人の写真も俺に見せてくれたことは一度もない。
 もちろん、恋人を家に連れて来ることも無かったから、俺は伊織の恋人の顔を一度も見たことがなかった。
「多分、伊澄さんには言えなかったんでしょうね。伊織にとって自分の恋人は全員伊澄さんの代わりでしかないから。知られたら伊澄さんに気を遣わせるか、怒られると思ったんじゃないですか?」
「な……」
 何だよ、それ。伊織の恋人が全員俺の代わり? それって本気で言ってんの?
「なぁ、頼斗とやら」
「頼斗でいいですけど。何ですか? その〈とやら〉っていうのは」
「じゃあ頼斗。一つ聞きたいんだけど、その話は伊織本人から聞いたのか? それとも、伊織のことなら何でも知っていそうな雪音から聞いた話なのか?」
 聞いてみたものの、その質問にあまり意味は無かった。伊織本人の口から聞いていても、雪音を通じて聞いた話でも、話の内容自体に齟齬はないと思う。
 頼斗に無意味な質問を浴びせながら、俺の腹の中には沸々と怒りが込み上げてくるのを感じた。
 別に頼斗のことを怒っているわけじゃないが、頼斗を睨み付けるように聞いてしまう俺に
「話そのものは深雪経由で雪音からって感じですかね。雪音から聞いた話を深雪が俺に話してくれたんで」
 頼斗は相変わらず冷静な顔と声でそう答えた。
「ほう……」
 何が「ほう……」なのかは自分でもわからない。
「でも、自分の実体験もちょっと入ってるっていうか、伊織の恋愛対象が自分の兄ちゃんの代わりでしかないってことは身をもって知ったところもあります。だって俺、あんたに雰囲気が似てるって理由で、伊織には一度キスされたことがあるし」
「はあっ⁉」
「あん時はマジでびっくりしたし、何してくれてんだ! って思った」
「マジか……」
 マジか……マジか……マジなのか? この男、俺の弟と一度はキスした仲だっていうのか?
(何やってんだっ! 伊織っ!)
 昔から破天荒なところがあって、ちょっと無茶なことをするところがあると思っていた伊織だけれど、自分の弟がそこまでハチャメチャな奴になっているとは思わなかった。
(俺は一体今まで伊織の何を見ていたんだ?)
 俺は伊織のことを甘ったれの可愛い弟だとばかり思っていた。実際、俺の前での伊織は元気で無邪気な可愛い弟でしかなかったし。
 でも今日、俺の知らない伊織を知った。
 初めて知る伊織の本性は俺の知っている伊織とは全然違っていて、その事が俺はショックだったし、腹立たしくもあった。
「あいつ……俺の前では猫被りやがって……」
 さっきから沸々と湧き上がってくる怒りの原因はそれか。俺の前では可愛い弟でしかなかった伊織に騙されていたと感じてしまい、俺はこんなにも腹立たしく思ってしまうってことなんだな。
 ところが
「いや。それは違うだろ」
 俺の怒りの矛先が伊織に向かったと同時に、頼斗から間髪入れず突っ込みが入った。
 そして
「伊織は猫を被ってたわけじゃなくて、あんたのことが好きだから、あんたに可愛いと思ってもらえる自分でいようと頑張ってただけじゃん。っつーか、伊織は誰の前でも猫なんか被ってねーけど?」
 いつの間にやら敬語を忘れている頼斗から、まるで俺を責めるかのような厳しい声でそう言われてしまい、俺は頭を強く殴られたような衝撃を受けたのであった。


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