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一章 笠原兄弟の恋愛事情 前編 ~笠原伊澄視点~
兄と弟(10)
しおりを挟む今の俺の率直な気持ちを一言で表すとすれば
『勘弁してくれ』
の一言に尽きる。
しかしながら、いくら弟とは言え、仮にも俺のことを好きだと言っている人間に「勘弁してくれ」はいくら何でも無情過ぎる。俺が伊織に向かってそんな言葉を吐き出そうものなら、伊織が傷ついてしまうのは目に見えている。
だから、俺はなるべく伊織を傷つけない言葉を慎重に選びながら、やんわりと伊織の気持ちを拒否しなければならないわけなのだが――。
「……………………」
「……………………」
俺のことを好きだと言っている弟を、どうやって振ってやればいいんだ。
過去に俺のことを好きだと告白してきた女を振った経験はあるが、さすがに男を振った経験は無い。
そもそも、男が男に告白するってどういう気持ちなわけ?
普通の恋愛でも告白するのにはかなりの勇気が必要だと思われるが、同性相手ともなると、その勇気は相当なものだよな?
おそらく、告白してくる相手は八割九割振られる覚悟で告白してきているに違いない。
最初から振られる覚悟をしているぶん、振られた時のショックは少ないものなのか。それとも、それだけの覚悟を決めて告白してきただけに、振られたショックも相当なものなのか。どっちだ? それすらも俺にはわかんねーよ。
(まあ、失恋という痛手を味わわされるわけだから、無傷ってわけにはいかないよな……)
相手が弟の伊織だから、俺もついつい慎重かつ弱気な逃げ腰になってしまっているが、別に兄弟や男同士じゃなくても、好きな相手と結ばれない恋なんていくらでもあることを思い出した。
たまたま今回は自分の弟に告白されて戸惑っている俺だが、よくよく考えてみれば、俺に告白してきた女の数と、実際に俺が付き合った女の数を比較してみれば、俺が告白してきた女を振った数の方が圧倒的に多い。
だから、これは兄弟云々の問題ではなく、俺が告白してきた相手を好きかどうかの問題だ。伊織には「相手が悪かった」と思って諦めてもらうしかない。
「どうって言われてもなぁ……。普通に驚いてるよ。何で? って思ってるし」
「お兄ちゃんは僕のこと、どう思ってるの?」
「そりゃ弟としてしか見てねーよ。事実、お前は紛れもなく俺の弟だし」
「弟以上には見られないってこと?」
「んん……。ぶっちゃけて言えばそうなる」
「この先もずっと?」
「た……多分……」
「そっか……」
うぅ……。やっぱキツいな。弟相手にこういう話。
俺から「弟以上の何物でもない」と言われたも同然の伊織は、しょんぼりと肩を落とし、悲しそうに俯いてしまった。
罪悪感が……俺の中の罪悪感が「弟を傷つけるな」って言ってくる。
でも、これは俺達兄弟にとっての試練なのだ。今ここで俺が伊織の気持ちをしっかり拒絶しておかないと、伊織に変な期待を持たせてしまう。
何度も言うが、俺と伊織は兄弟なんだ。雪音や深雪のように、親同士がくっついたことで兄弟になった即席兄弟とかじゃなくて、正真正銘血が繋がっている兄弟なんだ。
俺は兄として、弟の伊織のことは好きだし愛してもいるが、そこに恋愛的な感情は一切無い。
「だから、お前の気持ちは受け入れられないし、お前と同じ意味でお前のことを好きになってやれない。弟としてのお前のことは可愛いと思っているし、家族としての愛情はあるけど、お前を恋愛的な意味では好きになれない。俺の言ってること、わかるよな?」
「……うん、わかる……」
まるで聞き分けのない子供を諭すみたいな言い方になってしまっているが、俺は今、まさに自分の弟に教え諭している最中である。実の兄と弟では雪音や深雪のようにはなれないことを、伊織に理解してもらう必要があった。
おそらく、伊織は一般的ではない雪音や頼斗の恋が実ったことで、自分の片想いにも希望があると思ってしまったんだ。
だから、これまでひた隠しにしていた俺への気持ちを、今になって俺にぶつけてこようとしたに違いない。
もし、雪音が深雪と出逢っておらず、今まで通りに身近な女と適当に遊んでいる日々を続けていれば、伊織も自分の本当の気持ちは一生俺に伝えないままでいようと思っていたはずだ。
そう思うと、雪音と深雪の運命的な出逢いというやつも、俺にとっては災難だったような気もする。
雪音が深雪と出逢い、恋に堕ちなければ、俺と伊織も今まで通りの兄弟のままでいられたのに。
雪音が深雪と出逢ったことをきっかけに、今までしていた適当な女遊びをやめてしまったタイミングで、伊織も恋人取っ替え引っ替えをやめてしまったのも、雪音達の恋の行方が気になっていたからなんだろうな。
もしかしたら、最初から伊織は雪音の恋が上手くいった暁には、自分も俺への気持ちを伝えようと思っていたのかもしれない。
「俺の言ってることを理解してくれたならいい」
昔から伊織は俺の言うことには素直に従ってくれることが多かったが、時々尋常じゃなく聞き分けが悪い時がある。
今、俺の言っている言葉を理解し、「わかる」と頷いた伊織だから、今回は俺の言葉に素直に従い、俺のことを諦めてくれるのかと思ったが――。
「理解はしたけど、だからって僕がお兄ちゃんを諦めるかどうかはまた別の話だから」
「え」
反応が素直でも、今回の伊織が聞き分けがいいわけではないらしい。
むしろ
「っていうか、そう言われてあっさり諦めることができるなら、僕はもうとっくの昔にお兄ちゃんを諦めてるよ」
俺の言うことは理解できても「それとこれとは話が別」と、頑なな態度を貫くようだった。
(マジかー……)
聞き分けが悪いのではなく、俺の気持ちを理解したうえで俺の意向には従わないと言われる方が厄介だ。
それはもう、俺の言い分と伊織の言い分が完全に食い違っている状態であり、後はお互いの意思に任せるしかないからである。
「だから僕、お兄ちゃんには申し訳ないけど、これからはもう自分の気持ちを隠さないことにした。だって僕、お兄ちゃんのことが大好きなんだもん。お兄ちゃんが僕のことをどう思っていようが、僕の気持ちは変わらないもん」
俺にやんわりと拒絶されたことで自棄を起こした――という感じではなく、一度自分の気持ちを俺に伝えてしまったことで、開き直ってオープンになっているという感じだった。
(そこで開き直られても困るんだよ……)
そうやって伊織が自分の中で今後の方針を決めてしまったら、自分の中でその考えが変わらない限り、伊織は今言った通りの行動を取るだろう。
(まさかそうくるとは……)
普通、自分が惚れている相手から「お前のことは好きになれない」なんて言われてしまうと、まずは悲しみに明け暮れるものだ。
しかしながら、俺の弟はそんなに柔ではないらしい。
長年片想いし続けてきた俺に「弟としか見られない」と言われたところで、嘆き悲しむようなことはしなかった。
(知らない間に逞しくなりやがって……)
自分の弟の図太さに感心してしまいそうになったが、多分、ずっと俺の傍にいて、自分に全くその気がない俺を見過ぎた伊織は、悲しみも苦しみも飽きるほど味わった後なのだろう。
俺が知らないところで伊織がどれほど悲しみ、どれだけ泣いてきたのかを思うと胸が痛い。
「だからね、お兄ちゃん。せめて好きでいさせて欲しい。好きになってもらえなくてもいいから、僕にお兄ちゃんを好きでいることは許して欲しいの」
伊織との間でこういう話になってしまったのであれば、俺は何が何でも伊織に俺に対する恋愛感情を捨ててもらいたかった。それが兄としては当然の思いであり、そうするように仕向けることが兄としての役目だとも思った。
だが、この伊織からの懇願を突っ撥ねてしまうのは如何なものだろうか。
正直な話、俺は伊織に俺のことを好きなままでいられると困るのだが、伊織が誰を好きになるかは伊織の自由で、俺がいちいち口を挟むことではないような気もする。
そもそも、伊織はこれまでの間、ずっと俺に一途な恋心を抱き続けてきたわけだ。俺は伊織の気持ちに薄々気付いていた時期もあったのに、特に何をするでもなく、知らん顔を決め込んだ。伊織の気持ちを確認することもしなかったし、「俺を好きになるな」と、さり気なく忠告してやることもしなかった。
そんな俺が今更伊織に「それはダメだ」なんて言えるのか? 伊織の気持ちを拗らせてしまったのは俺自身なのに。
「ねぇ、いいでしょ? お兄ちゃん」
「~……」
良くない。良くはないけど……。
「……言っとくけど、いくら俺のことを好きでも無駄だからな。それだけはわかっとけよ」
結局、俺は伊織の気持ちを強制的に自分に従わせることはしなかった。そんな事をしても無駄だと思ったからだ。
俺がどんなに伊織の気持ちを迷惑がったところで、本当に伊織が俺を諦めてくれるつもりがなければ意味がない。人の気持ちは命令でどうにかなるものでもないからな。
だから、せめて「好きになるだけ無駄だぞ」ということだけはハッキリ言っておいてやったのだが
「うん。それでもいいよ。これからもお兄ちゃんのことを好きでいていいなら」
伊織からはそんな健気な返事が返ってきてしまい、俺は心臓を抉られるような胸の痛みを覚えてしまった。
(どうして兄と弟でこんな事に……)
と理解に苦しむ俺は
(これが全て夢だったらいいのに……)
心の底からそう思わずにはいられなかった。
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