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二章 笠原兄弟の恋愛事情 後編 ~笠原伊織視点~
僕とお兄ちゃんの結末(10)
しおりを挟む「うぅ~……寒い~……」
二学期も残すところ二週間を切った。
冬休み前の大事な期末テストを終えたばかりの僕は、どんよりとした曇り空の下、寒さに肩を竦めながら家に帰って来た。
「ただいまぁ~」
玄関の鍵を開けて家の中に入った僕は、一応「ただいま」なんて言ってみたものの、家に誰もいないことはわかっていた。
今回の期末テストはお兄ちゃんの通う八重塚高校と日程が丸被りだったんだけど、学校が午前中で終わるテスト最終日には、決まって美沙ちゃんとデートをして帰って来るお兄ちゃんだもんね。同じ午前中に学校が終わって真っ直ぐ家に帰って来た僕よりも、お兄ちゃんが先に家に帰っているはずがなかった。
(お父さんとお母さんは仕事だし……)
家に誰もいないことがわかっているなら、学校帰りに雪ちゃんの家に寄って帰れば良かった、という気がしなくもないけれど、白鈴の期末テストは明日までらしいから、まだテストが終わっていない深雪や頼斗の邪魔になっちゃいけないもんね。
二人とも「今回のテストでは学年五十位以内に入れ」ってお兄ちゃんから言いつけられているみたいだし。今日までのテストの出来がどうなのかは知らないけれど、二人にとって学年五十位以内は結構無謀な挑戦みたいだから、テストが終わるまでは全く気が抜けないのかもしれないもんね。
「あー……お昼どうしよう。帰りに何か買ってくれば良かったぁ……」
リビングの暖房を入れ、ダイニングのガスストーブまでつけた僕は、急速に温まっていく部屋の中で、盛大な独り言を漏らしていた。
七緒家で料理の特訓をする前の僕なら、しばらく温かい家の中で身体をゆっくり休ませた後、制服からばっちり防寒対策をした私服に着替え、近所のコンビニまでお昼ご飯を買いに行っていたことだろう。
だけど、深雪や宏美さんのおかげでそれなりに料理ができるようになった今の僕は、せっかく帰って来た家から外に出てお昼ご飯を買いに行くよりも、家にあるもので適当にお昼ご飯を作る方が楽だと思うようになっていた。
冷凍庫の中に合挽きミンチがあって、玉ねぎやパスタもあったから、今日のお昼はミートスパゲッティを作ることにした。
一応レシピをネットで確認してから、二十分ほどでお昼ご飯を作り終えた僕は、それを食べ、後片付けをした後はリビングでまったりして過ごしていると――。
「ただいまー」
玄関のドアを開く音がして、その直後にはお兄ちゃんの声が聞こえてきたからびっくりした。
びっくりした僕がソファーから飛び降りて玄関に駆けて行くと、そこには紛れもなくお兄ちゃんの姿があった。
「お……お帰り……」
「おう」
あっれぇ~? 今日のお兄ちゃんは美沙ちゃんとデートして帰って来るんじゃなかったの? 僕はてっきりそうなんだとばかり思っていたんだけど……。
(でも、そのわりには帰って来る時間が早過ぎるよね?)
もしかして、今日は美沙ちゃんの都合が悪かったのかも。
学校が終わってすぐに帰って来たわけじゃなさそうだから、美沙ちゃんと一緒にお昼くらいは食べて来たんだろうとは思うけれど、今日はそれだけって感じだったのかな?
「早かったんだね。今日は美沙ちゃんとデートして帰って来るんだと思ってたんだけど……」
「ん? あー……」
うぅ……何か今の言い方って僻みっぽくて嫌味だったかな?
でも、僕としては聞かずにはいられなかったっていうか……。お兄ちゃんが最近僕に全然美沙ちゃんの話をしなくなっちゃったから、僕もずっと気になっていたりするんだよね。
「その事で今日はお前に話がある」
「え? 僕に?」
うわーっ! やっぱり僕、言っちゃいけないことでもついつい言ってしまったんだろうか。お兄ちゃんの顔がちょっとマジなんですけど。
(もしかして、別れ話が始まるとかじゃないよね?)
雪ちゃん達の家で美沙ちゃんの話題が出た時は、自分がお兄ちゃんに振られる不安なんて全く感じなかったんだけど、いざお兄ちゃんに真面目な顔をして「話がある」って言われると、「別れ話?」って不安が急に込み上げてきちゃう。
僕の前では全く美沙ちゃんの話をしなくなったお兄ちゃんだけど、僕と美沙ちゃんのどっちを取るかでずっと悩んでいるはずだ。
そして、美沙ちゃんとも僕のことについて色々と話す機会があるんじゃないかと思う。
もしかしたら、今日のテストが終わった後、お兄ちゃんは美沙ちゃんに僕のことで何か言われたか、問い詰められたりして、僕と別れる決意をしてしまったのかもしれない。
それで今日は美沙ちゃんとのデートを切り上げて、僕と別れ話をするために早く帰って来たという可能性も……。
「とりあえず、玄関先で話すのも何だし、リビングに行こうぜ。ここ寒いし」
「あ……うん。そうだね……」
お兄ちゃんより先に帰宅して、温かい家の中で温かい部屋着に身を包んでいる僕は外の寒さなんてすっかり忘れてしまっていたけれど、たった今外から帰って来たばかりのお兄ちゃんには玄関先は寒いらしい。
お兄ちゃんに言われるままリビングに向かった僕は
「何か飲む? あったかいお茶でも淹れようか?」
まだお兄ちゃんと話をする勇気がなくて、ついつい話をすることを先延ばしにしようとしてしまう。
だけど
「いや。先に話してしまいたい。ちょっと座れよ」
お兄ちゃんにソファーに座るように促されてしまい、それに従うしかなくなった。
「……………………」
居心地悪そうにソファーに座った僕は
(話って何~っ!)
軽くパニック状態だったりもする。
「単刀直入に言うけどな」
「うん……」
「俺、美沙と別れたわ」
「………………え?」
一瞬自分の耳を疑った。
(え? 今何て?)
そして、その後に走る衝撃と混乱。
(いや……ちょっと待って? え……マジ?)
今からほんの一ヶ月ほど前までは普通に仲のいい彼氏彼女だったんじゃないの? それなのに、この一ヶ月の間に一体何が?
(もしかしてお兄ちゃん、美沙ちゃんに僕との関係が知られてしまったんじゃ……)
美沙ちゃんとお兄ちゃんが別れる原因と言ったら、十中八九僕しかないとは思うけれど、お兄ちゃんは美沙ちゃんと別れる覚悟ができない限り、僕との関係を美沙ちゃんに言うつもりはないって話だったよね?
でも、今回お兄ちゃんと美沙ちゃんが別れるに至ったということは、お兄ちゃんが美沙ちゃんに僕との関係を伝えてしまったのだろうか。
それとも、何かの拍子に僕との関係を美沙ちゃんに知られちゃったのだろうか。
「えぇっ⁉ 何でっ⁉」
どちらにせよ、話が急過ぎると言うか、急展開過ぎてびっくりなんですけど。
だってお兄ちゃん、美沙ちゃんと別れる素振りなんか全然見せなかったじゃん。
「何でって言われるとまあ……俺の自業自得ってやつなんだけど」
「どういう事⁉ もしかして、お兄ちゃんは僕とのことを美沙ちゃんに話しちゃったの?」
ずっとお兄ちゃんを独り占めにしたいと思っていた僕としては、この展開はもちろん嬉しくて飛び上がりたくなりそうなんだけど、その前にどうしてお兄ちゃんと美沙ちゃんがそうなってしまったのかの理由や、その経緯は知りたい。
「いや、お前との関係は結局話せず仕舞いだった。どうせ別れちまうなら、二股掛けてたことを教えて傷つけるのも酷だと思ったから」
「……………………」
え。僕との関係を喋っていない? それなのに、どうしてお兄ちゃんと美沙ちゃんが別れることになっちゃったの?
(わ……わからないっ!)
混乱に次ぐ混乱。僕はもう頭の中がグチャグチャで発狂したくなった。
でも、まずはお兄ちゃんの話をちゃんと聞こうと思う。
「実はさ、うちの学園祭が終わった後から、美沙には俺の気持ちを疑われ始めたっつーか……。ほら、俺、ミスコン見てる間ずっとお前の手を握っていただろ? それを美沙の友達がすぐ傍で見ていたらしくて、美沙にその話をしちまったんだよ」
「あ……」
そう言えば、そんな事もありましたよね。あの時は僕も嬉しくてすっかり舞い上がっちゃって、周りの目なんか全然気にしていなかった。
「もちろん、その友達はお前が俺の浮気相手だと思って美沙に話したわけじゃなくて、お前が俺の弟だと気づいたうえで、〈仲のいい兄弟だよね〉みたいな感じで美沙に報告したらしいんだけどな。美沙はお前が俺のことを好きだって知っているし、俺もお前の気持ちを知ってるって聞いてるからさ。何で手なんか繋いだの? って話になっちまって……。俺がお前のことを好きなんじゃないか、って疑うようになったんだよ」
「そ……そうだったんだ……」
つまり、八重塚の学園祭に遊びに行った僕が、お兄ちゃんと仲良く手を繋いでいる姿を見られたことにより、お兄ちゃんは美沙ちゃんから疑いの目を向けられるようになったと……そういう事なんだな。
確かに、あの時は周りに沢山人がいたにも関わらず、僕の手を握ってきたのはお兄ちゃんだったから、その姿を美沙ちゃんに告げ口されてしまったのはお兄ちゃんの自業自得だとも言える。
でも、たかが兄弟で手を繋いでいる姿を友達から告げ口されただけで、美沙ちゃんもそこまでお兄ちゃんのことを疑うものなのかな? 美沙ちゃんは実際にその場にいたわけでもないのに。
「元々美沙はお前の存在を脅威に感じているところがあったみてーだし。お前の気持ちを知っている俺が、お前にどっちつかずの優しい態度を取ることも気に入らなかったんだよ。で、ここ最近はずっとそういう話ばかりになっちまってて、俺も何かもう疲れてさ」
「あー……」
なるほど。それでお兄ちゃんは美沙ちゃんと別れることにしちゃったのか。
美沙ちゃんが僕のことで不安になっていく一方だった間、僕は逆にお兄ちゃんと良好な関係を築き上げていたもんね。
美沙ちゃんとの関係がギクシャクし始めてしまったから、お兄ちゃんは上手く行っている僕を取り、美沙ちゃんと別れる決意をしたってことなんだ。
「だから別れた。確かに俺が美沙に疑われるようなことをしているのは事実だし、ぶっちゃけていえば浮気をしていたわけだからな。美沙が俺の気持ちを疑い始めて、俺のことを信じられなくなった時点で、俺と美沙は別れるしかない」
「まあ……そうなっちゃうよね……」
夏休み中に僕とファミレスで会った時も、美沙ちゃんはお兄ちゃんと僕の関係を疑っていたと思う。
だけど、あの時はまだ僕を警戒するくらいのもので、お兄ちゃんの気持ちを本気で疑っていたわけじゃないと思う。
お兄ちゃんから僕の気持ちを聞かされても、実際に僕達兄弟がどうこうなる事はないだろうと思っていた美沙ちゃんは、お兄ちゃんと上手くやっていけていたんだと思う。
でも、周りに沢山人がいる中で、僕と手を繋いでいるお兄ちゃんは許せなかったんだろうな。
しかも、その日は自分が忙しくて、お兄ちゃんと一緒に学園祭を楽しめなかったから余計に……。
「……………………」
お兄ちゃんが美沙ちゃんと別れたことを嬉しいと思う気持ちは当然ある。だけど、美沙ちゃんに申し訳ないと思う気持ちもやっぱりあった。
それでも
「っつーわけだから、これからの俺はもうお前だけのものだ」
どこかしらスッキリした顔でそう言ってくるお兄ちゃんに、僕の罪悪感はいつまでも僕を支配しようとはしなかった。
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