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モノグサ彼氏とラブラブ大作戦っ!

Chapter 2

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 俺と天馬が付き合うことになったきっかけは、覚悟を決めた俺が天馬に告白をしたことにある。
 三年間の間で募りに募った天馬への想い。それを胸に秘めたまま高校を卒業してもいいものか……と思った俺は、高校を卒業する日、天馬に告白する決意をした。
 俺にとっては人生初の告白。運命を懸けた一世一代の大勝負でもあった。
 既に天馬と同じ大学に通うことが決まっていた俺は、もし天馬に振られたら、せっかく天馬と通える大学生活を天馬抜きで過ごさないといけなくなるからだ。
 天馬と同じ大学に通いたくて受験勉強を頑張ったのに、振られたことでその努力が水の泡になるどころか、天馬と同じ大学に通うことが苦痛になりかねない俺は、卒業式を迎えるまでの間に悩みに悩み抜いた。
 でも、これからの四年間を今まで通り友達として天馬と過ごすか、自分の望む形で天馬と過ごすかを天秤に掛けた時、恋人として過ごしたいという願望に勝てなかった。
 卒業式が終わった後。クラスごとに行われる卒業祝賀会に出席した俺は、その帰り道で天馬を捕まえ、まだ肌寒い夜の公園で
『俺っ、天馬が好きっ!』
 と、唐突とも言える告白をし、それを受けた天馬は一瞬きょとんとした顔をしたけれど、その数秒後、特に感情に変化のない落ち着いた顔と声で
『じゃあ付き合う?』
 と言ってきたから、俺と天馬は付き合うことになったのだ。
 つまり、告白をしたのは俺だけど、恋人同士になることを提案してきたのは天馬の方だった。
 告白しておいてなんだけど、天馬の出した答えには俺も驚いた。驚いたし戸惑ってしまった。もしかして、俺を振ることで俺との関係が崩れてしまうことが面倒臭かったとか?
 だけど、いくら高校生活の三年間を共に過ごしてきた相手で情があったとしても、全くその気がなければ「付き合う?」とはならないよね? 多少は好きだと思う気持ちがないと、いくら嫌いじゃない相手でも付き合うなんてできないよね? 特に、相手が自分と同じ男の場合。
 全然そんな風には見えないけれど、天馬も少しは俺に好意を持ってくれているんだ。そう思った俺は、天馬と恋人同士になれたことに当然浮かれた。
 実際、天馬は俺と付き合うことになった後も、俺への態度を変えることはなかったし、俺には相変わらず優しくしてくれたから、俺もこのまま天馬との関係が深まっていくものだと期待した。ところが――。
 天馬の俺に対する態度はあまりにも変わらない過ぎて、俺はちょっと拍子抜けしてしまった。
 高校を卒業してからは春休みに突入し、特にすることもなくて暇だった俺は天馬を誘って遊びに行ったりもしたんだけれど、全然デートって雰囲気にはならなかったし、天馬も俺ともっと親密になろうという感じではなかった。
 天馬にとって恋人とは? 付き合うとは?
 天馬と恋人同士になったことで別の悩みが発生してしまった俺は、どうにかして天馬に俺を恋人扱いして欲しい欲望が強まり、天馬の性格改善まで考え始めたのである。
 だけど、具体的に何をどうすればいいのかわからない。天馬の面倒臭がりで物臭な性格は知っていても、その性格を変えるためには天馬に一日中付きっきりで口出しするしかないんだろうけど、そんなものは一緒に住んでもしていない限り無理だ。
 そう思っていた矢先、思わぬところから俺と天馬にルームシェアをしないかという話が持ち上がり、天馬との仲を進展させたくて仕方ない俺は面倒臭がる天馬を説得して、俺とのルームシェアを承諾させることに成功した。
 決め手になったのは一度の手間と毎日の面倒だ。
 俺と天馬の実家はそんなに離れておらず、高校にも歩いて通えるほどの距離に位置していた。毎朝満員電車やぎゅうぎゅうのバスに乗る必要はなく、自転車通学するほどでもない距離だったから、通学するのに面倒や不便は一切感じなかった。
 ところが、この春から通うことになった大学はそうはいかない。
 通って通えない距離ではないが近くもない。毎日通うにはちょっと遠いと感じる距離だった。
 電車も二回乗り換えなきゃいけないし、朝は一番混むと言われる線の電車にも乗らなくちゃいけない。片道にかかる時間は一時間近くだから、これが毎日続くとなると天馬じゃなくても“面倒臭い”ってなる。俺は大学からの合格通知を受け取った時、実家を離れたいと親に相談しようかどうしようかで迷ったほどだった。
 でも、引っ越しをするとなるとお金が掛かるし、その費用を自分で出せるほどの貯えがなかった俺は、「一人暮らしをしたい」と言うに言い出せなかったんだよね。
 多少の面倒臭さはあっても、天馬と一緒ならそれもいいか。そう諦めた直後に持ち上がってきた天馬とのルームシェア話。俺としてはその話に乗らない手はなかった。
 最初は引っ越しの手間を面倒臭がっていた天馬も、「毎日の通学が楽になるよ」という俺の一言で考えを改めてくれた。
 しかも、このルームシェアに掛かる費用、引っ越し費用と生活用品を揃えるだけで済むという夢のような話。つまり、賃貸契約の手続きやら、家賃、敷金、礼金のたぐいは一切掛からないのである。それというのも――。
「いや~。助かったよ。天馬に智加。二人共引っ越しの手伝いしてくれてありがとう」
 全てはこの男、高城たかじょう一臣かずおみのおかげだった。
 一臣は大企業高城グループ社長のご子息で、言ってしまえば御曹司という奴だ。三人兄弟の末っ子で、二人のお兄さんとは歳も離れているせいか、家族からは散々甘やかされて育ってきた典型的なお坊ちゃんである。
 その一臣が、高校に入った頃から
『大学生になったら一人暮らしがしたい』
 なんて言い出したものだから、末の息子が可愛くて仕方ない父親は、一臣の志望大学の近くにたまたま売り出されていた売地を買い、一臣の大学進学に合わせて自身が所有するマンションを一棟建ててしまった。そして、その一室を無償で息子に提供することにしたのだ。
 さすが高城グループ社長。と言いたいが、息子のためにそこまですると過保護も極み。親馬鹿が酷い。
 ま、七階建ての立派なマンションは、最上階の二部屋を除いて賃貸マンションとして有効活用されているみたいだから、ただ息子の我儘のために建てただけでもないんだけどね。
 更に
『できれば俺の友達も同じマンションに住まわせたいんだけど』
 という一臣の一言で、これまた俺と天馬が一緒に暮らす部屋が無償で提供されることになった。
 いくら一臣の家がお金持ちで、お金なんて腐るほど有り余っていたとしても、無償で部屋を提供してもらうのはちょっと……。
 そう思った俺は、全額は無理でもせめて半額分の家賃くらい払うって言ったんだけど、一臣は
『いいよ。俺が天馬や智加と一緒の方が楽しいと思ったんだから。それに、二人には色々と協力して欲しいこともあるからね。月々の家賃は俺への協力費でチャラってことでいいよ』
 と言い、おまけに
『ついでに言えば、うちのマンションの家賃って高いから半額分でも月々の家賃は結構高いよ。なんたって新築の3LDKだからね。現在収入のない二人には支払うのがちょっと厳しい金額だと思うよ? その額を親御さんに払って貰うわけにもいかないだろ。これは俺の我儘なんだから、二人は何も気にする必要はないよ』
 と言われてしまえば、“だったらお言葉に甘えようかな”って気持ちにもなる。
 ちなみに、3LDKなのは最上階の二部屋だけで、七階から下は五階と六階が2LDK。二階から四階が一人暮らし用の1LDKになっているらしい。一階は警備員付きのだだっ広いエントランスになっている。
 どうやら最上階は最初から一臣専用として造られていたみたいで、二部屋あるのはまあ……たまに親が様子を見に来たついでに泊る部屋だったのかな? って感じかな。
 どっちにしても、大学生の息子の一人暮らしの部屋に3LDKは贅沢過ぎる。一人暮らしだって言ってるのに、なんで部屋が三つも必要なんだか。
 まあ、そのおかげで俺と天馬が一臣の向かいの部屋でルームシェアできるようになったわけだから、文句なんて言えないけどさ。家賃もタダにしてもらっているなら尚更文句なんて言えるわけもない。
 一臣の親と違い、大学進学と共に息子に一人暮らしをさせる予定がなかった俺の両親は、息子に一人暮らしをさせることで家計が圧迫されることを望まなかった。
 俺が最初に
『家を出たいんだけど』
 って言った時も
『は? 誰がそのお金を出すのよ』
 って言われたもん。
 でも、家賃がいらないという話を聞いた途端、あっさり家を出ることを認めてくれたし、天馬とルームシェアをするって聞くと
『あらそう。いいじゃない。一人じゃないなら安心ね』
 とも言っていた。
 俺の親は俺と天馬が付き合っていることを当然知らないから、天馬と一緒と聞いても反対はしないのである。
 それでも、大学生の息子が家を出るとなると多少の仕送りは必要になってくるわけで、そのことでぶつぶつ文句を言われるかと思ったけれど、そこは心配する必要はなかった。
 家賃抜きの仕送りならば、大学までの月々の交通費、俺が家を出たことにとって浮く俺一人分の食費や光熱費、俺の毎月の小遣いの合計と大差ない。息子を外に出しても親に掛かる金銭的負担は変わらなかったのだろう。
 何はともあれ、一臣が俺と天馬に無償で部屋を提供してくれたおかげで、俺は天馬との共同生活を手に入れることができた。一臣には感謝しかない。
「無償で部屋を貸して貰っているんだから手伝いくらいする。でも、お前の引っ越しに村瀬むらせさんが手伝いに来なかったのは意外だったな。俺はてっきり今回の引っ越しは村瀬さんが全て取り仕切って行われるものだと思っていたが」
 村瀬さんというのは高城家の執事さんのことで、フルネームを村瀬圭一けいいちという。高城家の家計の管理や使用人の教育係兼、三人の息子達の世話係といったポジションの人だ。
 もっとも、一臣のお兄さん達二人はとっくに学生を卒業して、高城グループの一員として働いている社会人だから、今現在村瀬さんが世話を焼くのは一臣一人みたいだけど。
 末息子のことはボスである一臣のお父さんから口煩く頼まれているのか、村瀬さんは村瀬さんで一臣に過保護である。俺や天馬も何度か会ったことがあるけれど、物腰が柔らかくてとてもいいおじ様って感じの人だ。
 俺も一臣が引っ越しをすると聞いた時は、当然村瀬さんが手伝いに来るものだと思っていたけれど、今日の朝、俺と天馬より二日遅れで俺達の向かいの部屋に引っ越してきた一臣の傍に村瀬さんの姿はなかった。
 高城家にとって末息子の引っ越しは一大イベントだと思うのに、なんで村瀬さんがいないんだろうと思ったら……。
「もちろん、最初は手伝うの一点張りで、俺もおとなしく従うしかないとも思ったんだけどさ。でも、大学生になるのにいつまでも執事に世話を焼かれっぱなしっていうのもなんだしさ。それに、せっかく光稀みつきと二人っきりの生活が始まるっていうのに、初日から邪魔に入られたくないだろ。いやもうほんと、説得するの大変だったんだよね~」
 ということらしい。
 あえて説明する必要もないとは思うけど、光稀というのは一臣の恋人だ。そして、一臣の言う俺と天馬に“色々と協力して欲しいこと”というのが、十中八九この光稀とのことだったりする。一臣は家族や村瀬さんに光稀との関係を知られるわけにはいかないのだ。だから、今回の一人暮らし計画に俺達を巻き込んできたところもある。
 自分だけが恋人との二人暮らしを始めると怪しまれると思った一臣は、俺と天馬を呼び寄せることで、高校で仲が良かった四人が引き続き同じ大学に通うことになったついでに、二組ずつに分かれてルームシェアをすることにした。というていを装うことにしたのだ。いわば、俺と天馬は一臣と光稀の関係を隠すためのカモフラージュ要員だ。
 大学生になったら一人暮らしがしたい。という理由で親元を離れた癖に、ルームシェアなんかしたら一人暮らしじゃないじゃん。と突っ込みたくもなるけれど、一臣の言う“一人暮らし”は親元を離れて暮らしたいだけのことで、最初から一臣に一人暮らしをするつもりなんてなかった。だって、一臣と光稀は俺が二人と出逢う前から既に恋人同士だったんだから。
 高校生になった一臣が、「大学生になったら一人暮らしがしたい」と言い出したのも、三年後には家を出て光稀と一緒に暮らしたいがためのことだった。
 ここまで言えばなんとなく察しがつくだろうけど、光稀は……。
「最悪。何? 寝室のあの悪趣味な照明。一臣ってああいうのが好きなの?」
 藤岡ふじおか光稀は男である。それも、一瞬女の子かと見紛うほどの美少年だ。
 俺と天馬は俺が天馬に一目惚れをしたから恋が始まったわけだけど、一臣と光稀の場合、先に恋に堕ちたのは一臣の方だった。それも、俺と同じく一目惚れだったそうだから、俺達はなんとなく似た者同士カップルである。
 天馬、一臣、光稀の三人は中学からの付き合いで、高校になってからそこに俺が加わった。
 中学時代を三人と一緒に過ごしていない俺は、最初は三人の中に入って行くことにちょっと気が引けたけど、遠慮して遠目に眺めているだけじゃ一生天馬と仲良くなんてなれないから、勇気を出して三人の中に入って行った。
 なんだ? こいつ。と思われるかと思ったけれど、三人は特に俺を怪しむ様子もなく俺と普通に仲良くしてくれたし、俺を四人目の仲間として受け入れてもくれた。
 入学早々、天馬と一緒に遅刻をしたのが良かったのかもしれない。初日から天馬と一緒に悪目立ちしてしまった俺に、一臣と光稀は少しだけ興味を持ったみたいだったから。
「お気に召さなかった? ま、そんな気はしてたけどね。でも安心して。あの照明は部屋の照明とは別スイッチになってるから。スイッチを押さない限りは作動しないよ」
「そういう問題? 僕は安眠を貪るはずの寝室にあんな悪趣味な照明が施されていることが不満なんだけど」
 そして、俺と天馬が恋人同士になれたのは、この二人が何かと俺に協力してくれたところもあるから……だと思う。
 既に恋仲だった一臣と光稀は、俺が天馬のことが好きだと知ってからは、俺と天馬の仲を後押ししてくれるような行動を取ってくれて、俺は天馬と急速に仲良くなれた。
 もっとも、天馬の方は俺の気持ちになんか全然気付いてくれないし、二人の気遣いにも全く気付いていなかったけど。
 なんか最近やたらと二人から智加を押し付けられるな。くらいにしか思っていなかったに違いない。
 でも、どんなに二人が協力してくれたところで、最終的には自分が頑張らなきゃいけないわけだから、三年間の片想いを経て、俺が天馬に告白すると知った時の二人は、俺を心から応援してくれたものだった。
 もちろん、結果はすぐに二人に報告したし、俺と天馬が上手くいったと知った二人は、俺の片想いが実を結んだことを自分のことのように喜んでもくれた。
 もしかしたら、自分達と同じ同性カップルの誕生を望んでいたのかもしれないし、中学からの付き合いである天馬に恋人ができたことが嬉しかったのかもしれない。
 もともと中学に入って最初に仲良くなったのは天馬と一臣で、一臣に一目惚れされた光稀が後から加わったみたいだから、一臣からしてみたら天馬に申し訳ない気持ちみたいなものがあったのかもしれないよね。天馬がそんなことを気にするような人間じゃないとわかっていても。
 仲良し四人組から二組のカップルになった俺達は、これからはもっと深い話やら、赤裸々トークなんかができるようになると思っていたんだけど……。
「そう言うなって。ちょっとしたお遊びでつけてみただけなんだから」
「一体どんな照明を取り付けたんだよ。光稀がそういうのを喜ぶとは思えないけど?」
「気になる? 良かったらお前らの寝室にもつけてやろうか」
 生憎俺達に恋人らしい進展はなく、二人に話せるような出来事は何もなかった。
「うちは寝室なんてないぞ」
 一体どんな照明を寝室に取り付けたのかは俺も気になるけれど、天馬の言うようにうちには寝室なんてものはない。
 というか、さっき光稀が“寝室”って言葉を遣った時から、寝室があるの? って思ってたんだよね。
 俺と天馬が引っ越しの荷物を整理していたのはリビングやダイニングで二人の部屋には入ってないし、寝室の存在も知らなかった。
 ここと同じ間取りの俺と天馬の部屋にも部屋は三つあるけれど、特に使い道を思い付かなかった三つ目の部屋は「追々考えよう」ってことになった。一臣と光稀はその三つ目部屋を寝室として使うことにしているらしい。
「は? 部屋三つあっただろ。それぞれの部屋も必要だろうけど恋人同士なのに別々で寝るのか?」
「だって、普通ベッドは自分の部屋にあるものだろ。部屋が広いからベッドがあっても全然狭いと感じないし。それに、わざわざ寝る時だけ部屋を移動するのも面倒臭いじゃないか」
「……………………」
 せっかく恋人同士になり、一緒に暮らせる環境も手に入れたというのに、三つ目の部屋を寝室として使う発想がない俺達に一臣は絶句した。
 でも、今の天馬の発言からもわかるように、仮にその発想があったとしても、面倒臭がりの天馬はあえて寝室を作ろうなんて思わなかっただろう。正直、俺も面倒臭いと思ってしまう。
 もちろん、天馬と一緒に寝たい願望はある。天馬と同じベッドに潜り込んで、天馬にエッチなことをされてみたいという願望は毎日のように抱いている。
 でも、それは最初から二人一緒に寝るために用意された寝室のベッドじゃなくてもいいし、むしろ、面倒臭がりの天馬が俺とエッチしたくて俺の部屋に入って来るシチュエーションの方が俺的には断然萌える。
 そう。俺は夜這いしたりされたりの関係に憧れているから、ベッドは別々の部屋で全然構わないのだ。
 なんて言っても、今のままじゃ天馬が俺に夜這いをかけてくる日なんて一生来ない気もするけどさ。
 昨日だって夜遅くまで一緒にテレビを見ていたのに、いざ寝ようとなったら
『おやすみ』
 と自分の部屋に早々に入ってしまい、そこから朝まで一度も部屋を出て来なかったんだから。
 自分の恋人が無防備なパジャマ姿で傍にいるのに、全く手を出さないどころか、ムラッともしない天馬ってなんなの? 天馬は本当に俺と恋人同士だっていう自覚があるの?
 この際、いきなりエッチなことなんてしてくれなくてもいいから、おやすみのキスくらいしてくれてもいいと思う。おでこでもいいから。それさえもないと、俺は天馬に恋人として見られている自信がなくなっちゃうよ。今も自信はないけど。
「なあ、天馬」
「ん?」
「お前、智加と付き合ってるって自覚はあるんだよな?」
 あ……どうやら一臣のお節介センサーが発動したみたい。
 俺が天馬のことを好きだと知って以来、どちらかと言えば天馬より俺の味方をしてくれることが多い一臣は、恋愛に関して全くやる気のない天馬に対し、なんとかやる気を出させようと頑張ってくれる節がある。それは俺にとっても大変ありがたい話でもあるんだけれど
「あるよ。付き合う? って言ったの俺だし」
 一臣からの質問には頗る素直に答える天馬だから、俺はその答えを聞きたいような聞きたくないような複雑な気持ちにもなる。
 一臣のおかげで天馬に俺と付き合っている自覚があることはわかってホッとするけど、果たしてその後はどんな答えが返ってくるのやら……だ。
「だったらほら、もっと智加と恋人らしいことシたいって思わない?」
「恋人らしいことねぇ……。そのうちシたいと思うようになるのかもしれないけど、今は別にいいかな」
 今は? 今はってなんだ。そのうちっていつの話? 俺には相当先の話に思えるんだけど。
 せめてもの救いは可能性が全くのゼロではないことくらいで、その可能性も必ずあると確定しているわけではないから、俺としては不安しかない。
 そのうちじゃなくて今思ってよ。俺と恋人らしいことがシたいって。
「今は別にって……まさかとは思うけど、まだ智加と何もしてないってわけじゃないよな?」
「何も? 何もとは?」
「だから、せめてキスくらいはしてるよな?」
「いや。してないけど」
「っ⁈」
 ああ……それは言って欲しくなかった。俺が可哀想過ぎて居たたまれなくなる。
 きっと一臣や光稀は“嘘でしょ?”って思ったよね。恋人同士が一緒に暮らし始めたのに、未だにキスの一つもしていないだなんて知ったら。
 でもさ、こればっかりは無理強いしてするものでもないし、天馬にはちゃんと俺と“キスしたい”って気持ちになってからキスをして欲しい。
 俺から天馬にキスするのであれば、事はそんなに難しくない。人生最大とも言える勇気を振り絞って天馬に告白した俺は、自分から天馬にキスするくらいの度胸はついている。
 でも、それをしてしまうと人生初の告白も、ファーストキスも全部俺からになってしまい、俺ばっかりが天馬を好きって感じになるのが嫌だった。
 俺が勇気を出して告白した気持ちに応えてくれたのであれば、天馬にも何かしらのアクションを起こして欲しい。せめてファーストキスは天馬からして欲しいんだ。それが単なる俺の我儘だったとしても。
「お……俺、光稀の言う悪趣味な照明がどんなのか見せてもらおうかな。ねえ、光稀。寝室見せて」
「え? えっと……」
 天馬と一臣が俺達の話をしているのに、俺がそこから逃げ出すのはどうなんだろう……と思ったらしい光稀は、俺に「寝室見せて」と言われ、戸惑ったような顔で一臣を見た。
 でも、一臣が光稀に向かって小さく首を縦に振るのを見て
「いいよ。でも、ほんと悪趣味だから。智加も見て一緒に一臣に文句言ってやってよ」
 俺を寝室に案内することにしてくれた。
 きっと俺の姿が消えた後、一臣は天馬にちょっとした説教みたいなものをしてくれるんだろうな。
 だけど、天馬がどこまでその説教を真摯に受け止めるかは謎である。


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