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モノグサ彼氏とラブラブ大作戦っ!
Chapter 13
しおりを挟む学食で水嶋さんに声を掛けてきた女の子は安西由加奈という名前で、それこそ水嶋さんとは高校時代にモデルの仕事で知り合ったモデル仲間だそうだ。
水嶋さんとは違って安西さんの方は今でもモデルを続けており、ことあるごとに水嶋さんに
『戻っておいでよ』
とモデル復帰を促しているそうなのだけど、水嶋さんが断り続けている状態だと聞いた。
どうりで二人とも見たことがあったわけだ。
俺がわざわざ女の子が読むような雑誌を買い、そこで二人の姿を見た……というわけではもちろんない。高校時代にクラスで雑誌を広げている女の子を横目でチラリと見た時とか、本屋に行った時なんかに彼女達が表紙を飾っている雑誌を見たことがあるのだろう。
その時は水嶋さんや安西さんの存在を認識していたわけでもないけれど、彼女達の顔を見た記憶は頭のどこかに残っていて、だから水嶋さんや安西さんの顔を見た時「どこかで見たことのある顔」と感じたのだと思う。
(モデルやってたとかさ……反則って感じだよね……)
そりゃ天馬とも釣り合っちゃうよ。パッと見、彼氏彼女にだって見えちゃうよ。
長身細身、手足が長くてスタイル抜群のイケメン天馬。高校時代には散々周りの人間から「モデル体型」だと褒めそやされてきた天馬だもん。そんな天馬と並んでサマになる相手と言ったら、やっぱり天馬と同じようにモデル体型をしている水嶋さんとかだよね。俺みたいにチビで丸顔和菓子面じゃさ。天馬と並んでみた時、どう頑張っても主人とペットくらいの差があるよ。
(悔しいことに、俺より水嶋さんや安西さんの方が背も高いしさ)
ああ。思い出しただけでも凹む。物凄く凹む。なんか俺、全然天馬と釣り合ってないって感じだもん。天馬と恋人同士になれたことは心の底から嬉しいのだけれども、天馬は本当に俺の何が良かったんだろう。
天馬が俺と付き合うメリットと言ったら
【気を遣わなくていい=楽=面倒臭くない】
くらいじゃない?
それが天馬にとっては最重要ポイントだとしても、「天馬と釣り合うために少しでも……」と磨いてきた容姿がまるで役に立たないとなるのは悲しい。
天馬は俺のことを「可愛い」って言ってくれるから、俺の容姿も嫌いじゃないとは思うけど、それもなんだか人間としてって感じじゃないしさ。
「智加。先に風呂入るか?」
場所は変わって家である。
今日はバイトじゃなかった俺と天馬は、大学からの帰り道で俺達が働いているところではないスーパー――そっちの方が大学からは近い――に寄って夕飯の材料を買って帰ると、今日は食事当番だった俺が夕飯を作り、天馬はその間に洗濯物を取り入れて畳むのと、お風呂掃除をやってくれた。
夕飯を食べ終わり、食器洗いまで済ませた俺は、洗ったお風呂にお湯はり機能を使ってお風呂を入れ始めた天馬にそう聞かれたけれど
「ううん。天馬が先に入っていいよ。俺は天馬の後に入るから」
と答えた。
今日はバイトでもなかったわりにはやたらと疲れたから、ようやく一息吐いた後にすぐ動く気にはなれなかった。
それに、いつもなんだかんだと俺に一番風呂を譲ってくれる天馬だから、たまには天馬に一番風呂を譲ってあげたかったのもある。
天馬はリビングのソファーでぼーっとしている様子の俺の傍にやって来ると、珍しく俺の隣りに寄り添うようにして腰を下ろした。
「天馬……?」
そして、俺のすぐ隣りに腰を下ろしただけでなく、俺の肩まで抱いてきた天馬に驚いた俺は、驚きのあまり、戸惑った顔になって天馬を見上げてしまった。
「今日は昼から様子が変だった」
「あ……」
天馬的には自分らしからぬ行動を取ったと照れているかと思ったけれど、天馬は照れるどころか、俺を心配するような真剣な顔をしていたから、俺の心臓がドキッと大きく脈打った。
(天馬……気付いてくれてたんだ……)
実際、学食の一件があってからの俺は様子がおかしかったわけだけど、それを天馬に気付かれているとは思わなかった。
俺はなるべく自分が凹んでいないように見せる努力をしていたし、水嶋さんや安西さんと別れた後、更には後藤さんや白石さんとも別れた後は完全にいつもの俺に戻れていると思っていたから。
だけど、今日の学食で仕入れた情報の全てが、どんなに自分に「気にするな」と言い聞かせても無理なものばかりだったから、ふとある瞬間に思い出しては凹んだり、憂鬱そうな顔をしてしまっていた。天馬はそんな俺に気付いてくれていたらしい。
「まあ、智加がそうなるのもわからなくはない。今日はな」
「ごめん……」
「謝らなくていい。むしろ、謝らないといけないのは俺の方なんだろうと思ってるし」
「天馬が? どうして?」
天馬に俺の様子がおかしいと気付かれてしまったのは俺のミスであり、そのことで天馬に気を遣わせてしまっている俺は、天馬に謝られる必要もないと思ってはいるのだけれど……。
俺が今日のことで落ち込んで、凹んでしまう理由に天馬が全く関係ないと言ってしまえば嘘になるし、俺がヤキモチ焼きだと知ってしまった天馬には、俺の様子がおかしくなる原因にも大体の見当がついてしまうだろうから、ちょっとした罪悪感は抱いてしまうのかもしれないよね。
天馬にそう感じさせてしまう自分が本当に申し訳ないし、情けなくもある。
「だってほら、智加は今日亜美が言ったことが気になってるんだろ? 特に、俺と亜美のファーストキスがどうのこうのって話」
「う……」
「亜美が俺を元カレ扱いしたことも面白くなかった……とか」
「うぅ……」
さすが天馬。俺の気持ちはよくご存知で。
こういう勘がちゃんと働くのであれば、女の子からの特別な好意に気付いてあげても良さそうなものなのに。どうもそこは別物らしい。
天馬はあんなに猛アタックしてくる水嶋さんの気持ちに全く気付いていなければ、白石さんからのさり気ない好き好きアピールにも全然気付いていないんだから。
百歩譲って、白石さんの気持ちに気付けないのはまだ理解できるけれど、水嶋さんの気持ちに気付かないのはさすがに鈍過ぎる。水嶋さんの初恋の相手が自分であることを理解しているのであれば、今の水嶋さんの気持ちにも気付けそうなものなのに。
もしかして、天馬を好きなまま引っ越していった水嶋さんのことを、天馬は「亜美は昔からこんな奴」としか思っていなくて、八年振りに再会した水嶋さんのことも「昔と変わっていない」くらいにしか思っていないのかな? 普通に考えたら、八年前に自分を好きだった女の子が、八年経った今も自分を好きでいるとは思わないだろうから。
確かに、俺も水嶋さんが天馬と会えなかった八年間をずっと天馬を想い続けながら過ごしていたとは思わない。多分、一度や二度は天馬から気持ちが離れたことくらいあるだろうし、昨日天馬と再会するまでは天馬のことすら忘れていた可能性だってあると思う。でもさ……。
(昨日に引き続き、今日の水嶋さんの態度や発言を見聞きしたらわかるじゃん)
水嶋さんが今も天馬のことを異性として意識したままで、天馬とは特別な関係になることを望んでいることくらい。
その気持ちが以前から続いているものなのか、天馬と再会したことによって復活したのかはわからないけれど、あんなにはっきりと「私、天馬が好き!」と示されて、天馬の自分に対する素っ気ない態度に腹を立てられているんだから、「ああ、こいつは俺のことがまだ好きなんだな」って気付こうよ。水嶋さんが“元カレ”なんて言葉を遣ったから、水嶋さんの自分に対する気持ちは過去のものだとでも思ったの?
天馬なら如何にもありえそうな話ではあるけれど、昨日の時点では「彼女に立候補してあげようか?」だった水嶋さんの発言が、今日は「彼女になる」に変わっていた。それってつまり、水嶋さんはこれから本気で天馬を堕としに掛かってくるってことだよね? 天馬も呑気に「亜美は変わらない」なんて思っている場合じゃないと思うんだけど。
天馬や水嶋さんのファーストキスがお互いであったことに加え、天馬が水嶋さんの元カレになっていることも俺が落ち込む原因にはなっているけれど、今後の水嶋さんの行動、今日みたいな水嶋さんと白石さんのバトル、天馬と並んだ時の見栄えでは到底水嶋さんに敵わないこと等々……。俺が落ち込み凹む理由は他にもあった。
だから、天馬が悪いというわけではなく、俺が勝手に落ち込んで、勝手に凹んでいるだけとも言えるわけだから、天馬が罪悪感を覚える必要もないんだよね。
そもそも、俺と出逢う前の天馬に“元カノ”と呼べる存在が一人もいないこと自体、普通に考えたらおかしな話でもあるんだから。
光稀の話によると、天馬は中学の頃から既に女の子から告白され放題のモテモテ人生に入っていたみたいだから、天馬にその気さえあれば、彼女の一人や二人……いや、十人や二十人だって作れていたはずなんだ。たまたま天馬にその気がなかったからそうはならなかったものの、天馬が極々普通の一般的な男子と同じように、恋愛に興味津々であったなら、中学時代から彼女が絶えることのない人生を送っていたはずなんだよね。
それを思えば、天馬の元カノを名乗る人物が水嶋さんただ一人というのは幸運とも言える。俺が天馬の過去でヤキモチを焼く相手が水嶋さん一人で済むわけだから。
(だけど、本当に俺がヤキモチを焼く相手って水嶋さん一人なのかなぁ……)
俺が出逢ってからの天馬は俺以外に付き合ったことのある人間はいないし、光稀の話を聞いた限り、中学時代の天馬に彼女の存在は認められなかった。
それでも、天馬にだって好きになった子くらいはいただろう。
この俺にだって明確ではないものの、初恋らしきものはあったんだ。天馬にそれがなかったとは到底思えない。
(天馬の初恋ってどんな子だったんだろう……)
水嶋さんではなさそうだ。天馬は水嶋さんに対して特別な感情を持ったことがないって言っていたし。
(俺の予想では物凄く可愛い子って感じがするな)
それはもう、水嶋さん以上に天馬とはお似合いって感じの子に違いない。
「亜美が俺のことを元カレだって言っているのは、あいつが勝手に言っていることだからいいとして……」
「ねえ。天馬の初恋っていつ? どんな子だった?」
「うん。亜美と俺のファーストキスが…………って、え? 俺の初恋?」
一度気になり始めたら聞かずにはいられなくなった俺は、天馬の話に口を挟み、俺に話の腰を折られた天馬は普通に驚いた。
もちろん、俺も天馬が言い掛けた話の続きは気になるし、天馬の初恋話を聞いた後で続きを聞くつもりではあるけれど、まずは天馬の初恋について知りたい。
「えっと……なんでいきなり俺の初恋なのかはよくわからないけど……。まあいいか。この際だから智加には全部話しておくよ。その方が智加もちょっとは安心できるだろ?」
「うん。多分……」
多分ってなんだよ、俺。せっかく天馬が俺のために全部話してくれるって言っているのに、多分だなんて失礼過ぎるだろ。
天馬もそこは引っ掛かったのか
「多分なのか?」
やや苦笑い気味だった。
「ううん。嘘。多分じゃない。絶対今より安心するから教えて」
俺もすぐさま自分の発言を撤回した。
天馬から全てを聞いたところで、俺の心配や不安が完全になくなるわけではないと思うけれど、今より確実に安心できることは確かだろうし。
「ん。じゃあ話すけど、俺の初恋は幼稚園の頃だと思う」
「よ……幼稚園?」
え……意外と早い。その頃には既に水嶋さんから好き好き攻撃を受けていたはずの天馬は、水嶋さんのことをなんとも思わなかったみたいだから、天馬の初恋はもう少し遅いものだと思っていた。おそらく、小学校中学年か高学年くらいかと……。
(まさかの幼稚園時代?)
これはもしかしなくても、天馬の初恋が水嶋さん……という可能性も出てきちゃうよね?
ほんの一瞬でも、天馬と水嶋さんに両想いの時代があっただなんて認めたくはないのだけれど。
「ん? なんだ? その顔。まさか俺の初恋が亜美だとでも思っているのか?」
「違うの?」
「違うよ。言っただろ? 俺は亜美に特別な感情を持ったことがないって」
「そ……そっか。そうだね」
違うらしい。良かった。じゃあ……。
「まあ、あれを初恋と言っていいものかどうかは疑わしいところではあるんだけどな。でも、異性に好意というか、好感を持ったのはあれが初めてだと思うから、あれが俺にとっての初恋になるんだとは思う」
ややもったいつけたような言い方ではあるけれど――多分、天馬も言うのが恥ずかしいのだろう――、今、俺の前で初めて明かされる天馬の秘密……ではなく、天馬の初恋。果たしてそのお相手とは……。
「俺の初恋は幼稚園の先生だ」
「よっ……幼稚園の先生っ⁈」
まさかの年上っ⁈ それも、ちょっとやそっとの年上じゃないって言うか、自分の母親とそう変わらない年齢だったであろう女性が天馬の初恋だったって言うの?
(もしかして、天馬って実は年上好き?)
これは些か不味い……というか、新たな心配事ができてしまう新事実かもしれない。
現在、大学の学食のおばちゃん達に大人気の天馬。天馬と歳の離れている学食のおばちゃんなら心配する必要もないだろう、と高を括っていた俺だけど、実は同年代の女の子より歳の離れた学食のおばちゃんの方が警戒すべき対象だったりする?
「ちなみに、小学生の時に“こういう人がいいな”と思ったのも学校の先生だったな」
やっぱりーっ! 天馬ってば年上が好みだったんだっ! だから同い年の女の子に告白されても「付き合おう」ってならなかったのかな?
(いや……でも待って? そしたら俺は?)
異性ではないものの、一応俺って天馬と同い年……だよね? 相手が男の場合、天馬は「年上がいい」とはならないのだろうか。
でも俺、天馬と同い年というよりは二、三歳年下の後輩に見えるくらいいに幼い感じだから、年上の女性に惹かれる天馬の好みではなさそうなんだけど……。
この前だって五月からうちの店舗に配属されて来た新入社員の人に
『桐生君って高校何年生? 学校はこの近くなの?』
なんて聞かれたくらいだもん。
俺が
『大学一年生なんですけど……』
って答えたら、酷く驚かれちゃったしさ。
(わからないっ! 天馬のことがどんどんわからなくなっていっちゃいそうだよっ!)
天馬のことを知れば知るほど、心配や不安が薄れていってくれると思ったのに。全く別の角度から新しい問題が浮上してくるとは思わなかった。
(おのれ……ミステリアス天馬……)
別に隠しているわけでもないけれど、自分のことは聞かれないと答えない天馬だから、俺が天馬のことで知らないことはまだまだ沢山あるんだと、改めて実感させられる思いだった。
「なんか俺、あんまり歳が近い女には惹かれないっていうか、いいと思わないんだよな」
「そ……そうなんだ……」
年上キラーでもある天馬なら、それでも全然問題ないよ。と言ってしまいそうになる。
「多分、子供の頃に亜美にしつこくされたせいかもしれないな。あれでなんか同じ年頃の女が面倒臭くなったんだ。俺が亜美を面倒臭がっているところをいつも助けてくれたのが幼稚園や小学校の先生だったから、年上の女性に好感を持つようになったのかもしれない」
「ああ……」
それはなんと言うか……水嶋さんが聞いたら地団駄を踏んで悔しがりそうな自業自得すぎる結末だ。
俺的には水嶋さんのおかげで天馬が同年代の女の子に興味を持たなくなってくれたから助かるけれど、水嶋さん的には自分のせいで天馬が同年代の女の子……つまりは自分にも興味を持ってくれなくなったなんてことは、知りもしない予想外な展開なんだろうな。
「でも、水嶋さんが引っ越した後は? 天馬って今まで一度も自分と歳の近い女の子を“いいな”って思ったことはないの?」
これは念のための確認。
水嶋さんは小学五年生の時に引っ越しをしていったらしいけれど、本来なら、そのくらいの歳から人は異性を異性として本格的に意識するようになるとも思うんだよね。俺の初恋もそれぐらいだったし。
天馬が再三何度も言うものだから、天馬が水嶋さんのことを本当に異性として一度も意識したことがない事実はもうわかったけれど、年上の女性以外で天馬が異性を意識したことって本当にないのかな。
「ないな」
言い切った。しかも即答。ここまで間髪入れずに即答できるってことは、天馬は自分と同年代の女の子を意識したことが本当にないんだ。
「そりゃまあ俺も男だから、たまには“可愛いな”と思う子くらいはいたけどな。でも、それって恋愛感情と言うよりは単純に容姿に関する感想みたいなもので、可愛いからってその子に特別な感情を抱くこともなかったな。亜美ほどの奴はいなかったけど、結局は女なんてみんな一緒って感じだったし。俺が恋愛的意味で好意を持つ対象にはならなかったみたいだ」
「へー……」
結局は女なんてみんな一緒……。男なら一度は言ってみたいセリフかも。
天馬がそう思うのも、天馬の周りにいる女の子がみんな天馬のことが好きで、水嶋さんと同じような顔で天馬に話し掛けてくるからだったんだろうな。
早い話、天馬が女の子からモテモテだったという証拠にしかならない話だ。
「だったらファーストキスの話は? 天馬は自分と歳が近い女の子には興味がなかったのに、なんで水嶋さんとはキスしたの?」
「ああ。それはな……」
思い出すことが嫌なのか、天馬はちょっとだけ顔をしかめてしまった。
言いたくないことを無理に天馬から聞き出すことは嫌がられるのでは? と不安に思ったけれど
「その誤解は解きたいんだ。俺は好きで亜美にキスしたわけじゃないし、あれを自分のファーストキスだとも思っていない」
むしろ天馬は弁明させて欲しい様子だった。
(一体どういうこと?)
好きで水嶋さんにキスしたわけじゃない、ってところはなんとなくわかる。どうせ水嶋さんにせがまれて、渋々せざるを得なかったってことなんだろうから。
でも、ファーストキスだとも思っていないとは?
天馬に水嶋さんにキスをしたという自覚があるのであれば、それは理由がどうであれ、天馬が水嶋さんにキスをしたことに変わりがなく、そのキスが天馬にとってのファーストキスになりそうなものだけど。
「でも、キスしたって言うなら……」
「だから、そのキスっていうのはだな……」
もともと俺と天馬にしては近過ぎる距離で話をしていた俺は、天馬が俺のすぐ隣りにいて、俺の肩を抱いてくれていること自体にドキドキしていたわけだけど……。
その天馬が急に俺との距離をグッと縮めてきたと思ったら、天馬の唇が俺のほっぺたにちゅっ、ってキスしてきたから、俺は心臓が止まってしまいそうなほどにびっくりした。
「なっ……なっ……」
あまりにも驚いてしまった俺は、「なんで?」というたった三文字の言葉すら口にすることができなかった。
「今のが俺が亜美にしたキスだ。な? これはファーストキスとは言わないだろ?」
「えっと……」
そ……そういうこと⁈ っていうか、だからって何も実演してくれなくてもっ! いや……嬉しいよ? 天馬にほっぺたにキスされて嬉しいんだけど、俺にも心の準備ってものが……。
「唇じゃなかったんだ……」
突然のことでびっくりしたし、混乱もしてしまったけれど、なんとか状況を理解することができた俺がまず最初に思ったことがそれだった。
なんだよ、もう。俺はてっきり、天馬が水嶋さんの唇にキスをしたものだと思い込んでいたのに。
「そういうことだ。お? なんか急に安心したような顔になったな」
「だ……だって! 普通はファーストキスって言われたら唇にするものだって思うじゃんっ!」
なるほどね。だから天馬も「ファーストキスだとも思っていない」って言ったのか。
「まあな。俺も亜美があれにファーストキスって言葉を遣った時は意味がわからなかった。“は? してないだろ?”って思ったよ。ほんと、勝手に話を盛りやがって」
「あはは……」
それはまあ……水嶋さん的にはあそこにいた全員に天馬との仲をアピールしたかったことと、白石さんに対する牽制みたいなものだったんだろうから、少し話を盛ってしまおうって気になったのかもしれないよね。光稀に意地悪な突っ込みもされて、多少ムキになってもいたみたいだし。
ちなみに、光稀に
『どうして水嶋さんにあんな意地悪言ったの?』
と後で聞いてみれば、光稀からは
『僕、ああいう自分勝手なマウント女って嫌いなんだよね。自分に自信がるのは結構なことだけど、それをさも自慢気に話すのってどうなの? 逆にダサくない? ああいう人間を見ると不愉快になるんだよね。まあ、普段は僕もああいう人間には関わらないようにするんだけどね。ああいうタイプの人間って基本的に人の話は聞かないし、否定するとムキになって自分を認めさせようとしてくるから面倒臭いじゃん。でも、今回はちょっとね。白石さんが可哀想だと思ったのと、智加が嫌な思いをしているだろうと思ったらね。ちょっと意地悪したくなったんだよ。僕は白石さんを応援しているわけではないし、白石さんに特別な感情を持っているわけでもないけれど。高校時代を天馬にひっそり片想いをして過ごしてきた彼女に対して、初対面であの喧嘩の売り方はないでしょ。失礼だよ。ま、同じ高校出身の誼ってやつかな』
とまあ、他に聞きたいことがないくらいにわかりやすくて、完璧な答えを返してくれた。
光稀は毒舌故に言葉のキツさはあるものの、基となる性格は優しいし、友達思いでもある。光稀の毒舌はむしろ相手を思ってのことでもあるから、俺は光稀に厳しい指摘をされても反省するばかりで、光稀のことを意地悪だとは思わない。
まあ、時々本当に意地悪な言葉でからかわれることもあるけれど、そのへんは高校の三年間で培ってきた友情といいますか。文句や不満の一つや二つは言うけれど、本気で腹を立てるまでには至らない。
「天馬のファーストキスが水嶋さんじゃなかったことはいいとして。そもそも天馬はどういう流れで水嶋さんにキスなんかしたの?」
一瞬、記憶が今日のお昼に戻ってしまったけれど、天馬との話はまだ終わっていない。天馬のファーストキスが水嶋さんではなかったことに安心はしたけれど、今度はどういう経緯で天馬が水嶋さんにキスをしたのかを聞き出さなくては。
「水嶋さんの話だと、幼稚園の芋掘り大会の時にそんなことがあったって話だったけど」
「それはだな……」
天馬にとっては人に話したいようなことではないだろうし、話していても面白くもなんともない話ではあるのだろうけれど、「この際だから智加には全部話しておくよ」と言ってくれた天馬は、本当に自分の過去を洗いざらい俺に話してくれるつもりでいるらしかった。
少しずつ自分の過去を俺に話していくうちに、最初に感じていた気恥しさも薄れてきたのか、天馬の口振りは次第に滑らかになっていった。
天馬の話によると、天馬が水嶋さんにキスをするに至った経緯はこうだ。
「幼稚園の年長組だった時、芋掘り大会で幼稚園近くの畑に行って芋を掘ったんだ。俺は子供の頃からわりと今に近い性格だったから、みんなで集まってわいわいってのも面倒臭くてさ。みんなとはちょっと離れた場所で黙々と芋を掘ってたんだよ。そこに亜美が来て、最初はいつものように煩い感じで俺に付き纏っていたんだが、何を思ったのか、いきなり俺のほっぺたにキスしてきてさ。びっくりした俺が亜美を突き飛ばしたら亜美が泣き出しちゃったんだよ。しかもあいつ、大声で泣くもんだから先生が何事かって駆けつけてきて……。そこからはもう、俺にとっては最悪な展開だった。亜美は俺が自分を突き飛ばしたとしか言わなかったから、駆けつけた先生――その先生は男の先生だったんだけど、とにかく先生は俺が亜美に暴力を振るったと勘違いして、俺を怒ってくるわけだよ。俺は自分が悪いんじゃないって言いたいんだけど、亜美にキスされたって話を人に話したくなくてさ。何も言えないままふて腐れた顔をしていたんだ。俺が悪者になっていることをいいことに、亜美も『天馬がごめんなさいのキスしてくれないと許さない』とか言い出すし。ほんと、泣きたいのはこっちだった。亜美は泣き止まないし、先生は俺を怒るし、他の連中も何事かって顔で集まってくるし……。俺は腹立たしいのと面倒臭いので、仕方なく亜美のほっぺたにやけくそのキスをして、その場をやり過ごしたと……そういうわけだ」
「そ……そうだったんだ。それで……」
どうせ水嶋さんが強引に天馬にキスを迫ったのだろうとは思っていたけれど、まさかそこまで逃げ場のない状況でキスをせがまれていたとは……。それじゃ天馬も水嶋さんにキスをせざるを得なくなっちゃうよね。状況が悪過ぎるっていうか、天馬が可哀想。
そりゃ確かに、いくら驚いたからって理由でも女の子である水嶋さんを突き飛ばしてしまった天馬に、全く非がないとは言えないかもしれないけどさ。人って驚いた時は手加減なんてできないものだから、天馬も水嶋さんを思いっきり突き飛ばしたんだろうし。
でもさ、一番悪いのは誰? って話になった時、悪いのは天馬が嫌がるようなことをしてきた水嶋さんだよね? そもそも、水嶋さんが天馬のほっぺたにキスなんかしなかったら、天馬だって水嶋さんを突き飛ばしたりなんかしなかったんだから。
天馬が事情を話さないからといって、駆けつけた先生も先生だよ。その先生、天馬が理由もなく女の子を突き飛ばすような子だとでも思っていたのかな。
俺がその先生の立場だったら絶対そんな風に思わない。ちゃんと天馬の話も聞いてあげなくちゃ、って思うけどな。
大体、言い訳の一つもしない時点でおかしいと思わない? 人に言いたくないようなことがあったのかな? ってならない?
駆けつけたのがその先生じゃなくて、天馬の初恋だっていう先生だったなら、結果はまた違っていたのかもしれないよね。
天馬の初恋の先生は天馬を水嶋さんから助けてくれるような人だったらしいから、天馬が水嶋さんを突き飛ばしたって聞いても、「また水嶋さんが何かしたのね」って思ってくれただろうし。
駆けつけたのが男の先生だったってことも、この場合は天馬にとって不利だったんだろうな。俺の勝手なイメージではあるけれど、男の先生だと男の子より女の子に甘いって感じがするし。
何はともあれ、天馬にとっては不運でしかなく、理不尽な思いをしただけの水嶋さんとのキスの思い出だったようだ。
「なんて言うか……とんだ災難だったね」
その時の天馬の心情を思うと同情しかない俺は、何やら冴えなさそうな顔をしている天馬の頭に手を伸ばし、天馬の頭をよしよしと撫でてあげた。
天馬は俺の手が自分の頭を撫でてきたことに一瞬驚いたような顔になったけれど、俺が本気で天馬を憐れんでいるとわかると
「なんだ、智加。慰めてくれるのか?」
嬉しそうな顔になりながらそう言ってきた。
「な……慰めるって言うか……天馬は悪くないのにって思うから……」
俺を優しい目で見詰めながら、天馬の頭を撫でている俺の手をギュッと握ってきた天馬にしどろもどろになる俺は、いつも天馬に世話を焼かせてばかりの自分が、天馬を慰めるなんて十年早いのかな? と思ってしまった。
「でも……そういうことなら天馬のファーストキスは……」
まだなんだね? と、気を取り直すように言おうとした俺は、それより早く天馬が掴んだ俺の手を引き寄せてきて――。
「っ⁈」
俺の唇に天馬がキスをしてきたことに息が止まってしまった。
いや。もう息だけじゃなく、時間も止まってしまっていた。
俺は自分の身に一体何が起こったのかと、理解するのにかなりの時間が必要だった。
「俺のファーストキスは智加だよ」
俺の中では一瞬のような、永遠のような、時間軸が狂ってしまったような感覚ではあったけど、実際の時間にしてみれば、天馬が俺にキスをしたのはほんの一瞬のことで、天馬の唇の感触はハッキリと感じられたものの、その時間はすぐに終わってしまった。
あまりにも突然のことだったうえ、一瞬の出来事でもあったから目を閉じる暇もなかった俺は、俺の唇を解放した天馬の甘い囁き声に、身体中の血液という血液が一瞬にして沸騰してしまうかのような感覚に陥る。
「……………………」
何か言いたいんだけど上手く言葉が出てこない俺は、天馬に向かって口をパクパクさせながらも、自分の顔がみるみるうちに赤くなっていくのを感じていた。
「さてと、話も終わったし、風呂でも入って来るかな」
「えっ⁈」
このタイミングで⁈ と、俺は一瞬自分の耳を疑った。
俺にこんな特大級の不意打ちを喰らわせておいて、自分は呑気にお風呂だなんて言い出す天馬が信じられなかった。そこはもっと恋人らしいやり取りの続きと言うか、更なるイチャイチャ展開に発展するところじゃないの?
「ん? なんだ? 一緒に入るか?」
「いっ……一緒にっ⁈」
なぁーっ! なんか天馬が「一緒に(お風呂に)入るか?」とか誘ってくるっ! 一体どうなってるの⁈ そして、俺は一体どうしたらっ!
「冗談だよ」
「じょ……冗談……?」
なんだ。冗談か。俺があまりにもみっともなく取り乱すから、天馬にからかわれた……ってことなのかな?
「すぐ出てくるから。智加はその間にその茹蛸みたいな顔をなんとかしとけよ。そのまま風呂に入ったら逆上せるぞ」
「あぅ……うん……」
やっぱりからかわれただけだったみたい。恥ずかしい。
でもさ、不意打ちみたいにファーストキスを奪われて、その直後に一緒にお風呂に入ろうかって誘われたら、俺がこうなっちゃうのも無理はないって話じゃん。
まさか自分のファーストキスがこんなにも唐突に奪われるなんて思っていなかったし、冗談でも天馬が俺をお風呂に誘ってくるなんて思わなかったんだから。
(もう……天馬の馬鹿……)
全くもって俺を弄ぶのが上手過ぎるでしょ。
俺を翻弄するだけ翻弄させた天馬は、何事もなかったかのようにお風呂場に向かうから、俺はその背中を恨めしそうに見送ったわけだけど……。
(あれ?)
気のせいだろうか。後ろから見た天馬の耳が少し赤くなっているような……。
「っと……いてっ……」
「……………………」
しかも、リビングを出て行く際に柱の角に足の指をぶつけるという凡ミスまで?
(もしかして天馬、照れて動揺してる?)
そう思った途端、抜け殻みたいになっていた俺の身体の中に凄まじい萌えの波が押し寄せてきた。
俺の彼氏が可愛過ぎるんですけどっ!
なんだよ、もうっ。あんな余裕綽々って顔を俺に見せておいて、実は動揺するくらいに照れているなんて可愛いが過ぎるよ。さっき俺をお風呂に誘ってきたのも、実は天馬なりの照れ隠しだったりする?
ああもう、ほんと。照れてるなら照れてるって言うか、それっぽい反応を見せてよね。そしたら、俺も自分一人がみっともなく取り乱して恥ずかしい思いをしなくて済んだのに。
(だけど、そうなっちゃうよね。天馬も……)
だって俺達、恋人同士になってから初めてキスしたんだもん。俺にとっては人生初めてのキス。正真正銘ファーストキスだったんだもん。
天馬も俺がファーストキスだって言った。ってことは、今のが天馬にとって誰かと唇を重ねる初めてのキス……ってことでいいんだよね?
(どうしよう……嬉しいっ!)
最初は驚きの気持ちばかりが強くて、天馬とキスした実感も喜びも感じているどころじゃなかったけれど、照れる天馬の後ろ姿を見送り、一人リビングに取り残された俺は、ようやくその現実をじわじわと実感してきて、喜びと幸せな気分に包まれた。
(ついに……ついに俺も天馬とキスができたんだ……)
ずっと望んでいた展開。散々妄想をし、夢にまで見た願望がついに実現した俺は、いっそのこと泣いてしまいたいほどに嬉しかった。
「あ~……嬉しい。幸せ。天馬大好き~……」
今この空間に自分一人しかいないことをいいことに、感情が駄々洩れになってしまう俺は、今頃お風呂の中で人知れず自分の行動を恥ずかしがっている天馬を想像すると、余計に天馬を愛しく思ってしまうのである。
ちっ……こんなことならみっともなく取り乱したりなんかしないで、冗談のつもりで言った天馬からの誘いに堂々と乗っかれば良かった。
天馬は冗談のつもりでも、自分から誘った手前、俺が
『うん。一緒に入る』
と答えていれば、俺と一緒にお風呂に入らざるをえなかったはずだもん。惜しいことをした。
でも、天馬とのファーストキスでいっぱいいっぱいになっていた俺は、その後すぐに天馬と一緒にお風呂なんかに入っていたら心臓がもたなかったよね。多分、逆上せるどころか鼻血を出してぶっ倒れていたんじゃないかと思う。それはちょっとさすがに格好悪過ぎるし、天馬もドン引きだよね。
天馬と一緒にお風呂は次なる目標として掲げることにしよう。
(だけど、これで俺もようやくライバル達に一歩リードって感じだよね)
今のところ、誰も俺のことを天馬争奪戦の脅威、ライバルとも認めてくれてはいないわけだけど、俺としては周りは敵だらけって感じでもあるから、こうして天馬から恋人同士の証みたいなものを形にして示してもらえたことは心強い。心強いし、俺が天馬の恋人なんだという自信にも繋がってくれる。
天馬から恋人同士の証でもある唇へのキスをしてもらえた俺は、自分の中に白石さんや水嶋さんに勝てる部分ができた気がして、誇らしい気分になるのであった。
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準主人公 成海真幌 腸疾患・排泄障害・てんかん
木島 尚久 真幌の恋人同棲中
今日もBL営業カフェで働いています!?
卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とスタッフ達とBL営業をして腐女子や腐男子たまに普通のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ
※ 不定期更新です。
借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます
なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。
そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。
「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」
脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……!
高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!?
借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。
冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!?
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