モノグサ彼氏とラブラブ大作戦っ!

藤宮りつか

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モノグサ彼氏とラブラブ大作戦っ!

Chapter 14

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 天馬とのファーストキスから三日が過ぎた俺は――。
「はぁ~……」
 その幸せ気分が今でも続いており、バイト中に天馬としたキスを思い出しては、幸せに浸りきった溜息なんかを吐いてしまったり……。
 やっぱり、実際に恋人らしいことをする前と、した後では世界が変わるっていうか、今まで見ていた景色にちょっとした変化が起こるって感じだよね。
 大学では相変わらず水嶋さんが俺達……というより天馬に絡んで来るし――その時は安西っていう子も一緒だった――、その時傍に白石さんがいれば険悪になったりもしているけれど、光稀の目があることと、安西さんという自分の友達が一緒にいることにより、水嶋さんと白石さんのバトルも初回よりは随分とおとなしいものになっている。
 以前の俺なら、二人が天馬のことで揉め始めるとそわそわと落ち着きがなくなり、気が気じゃないって顔をしておろおろしていたわけだけど、天馬とキスしてからはそれが全く気にならない。というか、そもそも二人の言い合いすら聞いていない。
 天馬とのキスの余韻に浸り続ける俺は、この幸せ気分を邪魔されたくないのか、俺の気分を害するであろう二人の言い合いは自然と耳が避けてくれるスキルを身に付けたようであった。
 我ながら、なんとも便利なスキルを身に付けたのだろう、と感動しそうになったものの、おそらくこれは一時的なもの。今は天馬からのファーストキス効果が続いて浮かれているだけの俺の脳が、物事を全て自分にとって都合のいいように処理してしまっている結果なのだと思う。
 そんなに長くは続かない効果だとも思うけれど、どんな状況でも俺が機嫌良さそうにしている姿を見た天馬は、何やら安心しているように見えたし、嬉しそうにも見えた。
 だけど、一時的ではない効果や変化もちゃんとあった。
 それは何かと言うと、以前に比べて天馬のことをもっと好きになったことと、俺の目に映る天馬が更に格好良くなったことだ。
 これまでだって俺は天馬のことが物凄く大好きで仕方がなかったし、「天馬以上に格好いい人なんかいない」と断言できてしまうくらいに天馬のことを格好いいとも思っていたけわけだけど、たった一度の天馬とのキスで、その気持ちが更にパワーアップしてしまったようなのだ。
 つまるところ、俺は今、天馬へのラブが止まらない状態なのである。
(キスだけでこうなっちゃうなら、その先をシた後はどうなっちゃうんだろう……)
 想像しただけでも顔が気持ち悪いことになってしまいそう。いや。多分俺、今もう既に物凄く気持ち悪い顔になっていると思う。
「はぁ~…天馬……」
 そんな日が明日にでも来ればいいのに……と思う俺は、その時に思いを馳せながら、再び大きな幸せの溜息を吐いた。
 その時だった。
「はぁぁぁぁ~……」
「ひっ……!」
 俺の軽やかな幸せの溜息とは正反対とも言える、重苦しくて憂鬱そうな深い溜息がすぐ耳元から聞こえてきたうえ、突然左肩がずっしりと重くなったからびっくりしてしまった。
(一体何事⁈ 何が起こったの? この肩の重さは何?)
 突然のことでついつい慌ててしまったけれど、バイト中の俺にこんなことをしてくる人物なんて、俺は一人しか思いつかない。
「みっ……溝口さんっ⁈」
 そう。もう俺にはお馴染み過ぎる人、溝口さんである。
 溝口さんは後ろからかがむようにして俺の左肩に顎を乗せ、一目見ただけで憂鬱そうだとわかる顔で、これまた聞いているこっちが憂鬱になってしまいそうな溜息を吐いたのである。
 何故俺の肩の上ででわざわざそんなことをするの。現在幸せ真っただ中、幸せ絶頂期の俺の肩の上で……。
 ひょっとして、バイト中なのに俺があまりにも浮かれ放題って顔をしていたのが不味かったのかな? 今のは溝口さんなりの俺に対する「仕事しろ」的な圧?
 だったら口で言ってくれればいいし、俺は浮かれてはいるものの、仕事はちゃんとしていたつもりなんだけど。
「なんかさぁ……ゴールデンウィークが終わった後からちいちゃんってばご機嫌だよね。何かいいことでもあったの? それとも、今やってる品出し作業がそんなに好き?」
「え……えっと……」
 でもって、そのテンションで普通に会話を振ってくるんだ。俺はどういうテンションで返したらいいのだろうか。
 だけど、勤務態度について文句を言われているわけではなさそうだから、溝口さんのテンションが鬱々うつうつとしているのは俺のせいではないのかも。
「あの……溝口さんこそ何かあったんですか? なんて言うかその……物凄くテンションが低いし……」
「んー?」
 一瞬、あまり関わらない方がいいのでは? とも思ったけれど、話し掛けられてしまった以上は無視するわけにもいかないよね。一応、俺にとってはいつもお世話になっている人でもあるし。
(でもなぁ……)
 こういうテンションの溝口さんは初めてで――俺が知っている限り、溝口さんはいつも明るい――、正直俺もどうしていいのかがわからない。溝口さんのこの様子からして、何か面白くないことがあったことはわかるけれど、それを聞いてみたところで俺に何かができるわけでもなさそうだし。
「そりゃさ、俺もちょっと落ち込んじゃうよ。まさかちいちゃんが男と一緒に住んでるなんて知ったらさ」
「え⁈」
 お……俺⁈ 俺のこと⁈ 俺が男(天馬)と一緒に住んでるって知ったから、溝口さんはこんなテンションになっているっていうの?
(っていうか、その情報は一体どこから……)
 溝口さんには俺が実家を出ている話はしているけれど、天馬とルームシェアをしている話まではしていない。
 天馬とは単なるルームメイトというわけではなく、恋人同士でもあったから、あまり親しくない間柄の人にはちょっと言いにくくて……。
 でも、俺と天馬が一緒に住んでいることを知っている人もいる。俺と天馬を纏めて面接して、二人とも採用にしてくれた社員の人だ。
 俺と天馬の出した履歴書を並べて見るなり
『へー。一緒に住んでるんだ。ルームシェアってやつ? 仲がいいんだね』
 って言われたし、普段どんな風に二人で生活しているのかもちょっとだけ聞かれた。
 そこは面接と何か関係があるの? とも思ったけれど、面接する側としては、俺達をリラックスさせるため、面接とは全然関係ない話を振って、打ち解けた雰囲気にする狙いがあったのかもしれない。採用したら今後は一緒に働くことになるわけだから、第一印象も大事だったと思うし。
 で、その俺達を面接してくれた社員だけど、普段は日用品売り場をメインに色々と仕切っている人だから、溝口さんとも当然面識があるし、仲もいい。
 二人の間でどうして俺と天馬が一緒に住んでいるって話になったのかは謎だけど、俺も別に口止めしているわけでもないから、何かの拍子や話の流れで、俺と天馬が一緒に住んでいる話を溝口さんに話してしまってもおかしくはないよね。
 ちなみにその社員の人、原口俊朗はらぐちとしろうさんという。俺のことはやたらと小さい子扱いしてくるけれど、とても優しくていい人でもある。
「原口さんから聞いたんですか?」
 原口さんに悪気があったとは思えないし、俺に原口さんを責める気持ちは毛頭ないわけだけど
(よりによって何故溝口さん……)
 とは思う。
 まあ、溝口さん相手でもなけりゃ、会話の中に俺の名前が出てくることもないんだろうけどさ。
「うん。そう。ちいちゃんがいつもバイト終わりに約束してる相手ってのがどうしても気になるから、原口さんなら知ってるかも……って聞いてみたんだよね。そしたら、“一緒に住んでる子と帰ってるんじゃない? いつもほぼ一緒のシフトになっているはずだから”って言われてさ。俺はもうびっくりしたのとショックを受けたのとで、そりゃもう落ち込んじゃったんだよねぇ……」
「えっとぉ……」
 初めて聞く情報に溝口さんが驚いてしまうのはわかるけど、何故そこまでのショックを受けるのかがわからない。
 俺がバイトを始めた時からずっと俺の面倒を見てくれている溝口さんだから、その俺が溝口さんに隠し事をしていると思ってショックを受けたのかな?
 でも、俺だって好きで隠していたわけじゃないし、内緒にしようと思って内緒にしていたわけでもない。そのうち言うつもりではあったんだよ?
 特に、溝口さんが俺の約束の相手を突き止めるって言い出してからは、そろそろ言っておいた方がいいのかも……って感じ始めてもいたんだから。
「俺さ、ちいちゃんのことはすっっっごく可愛がってるつもりなのにさ。そのちいちゃんが俺に隠し事をするなんて水臭いって思うし、悲しくなっちゃうよ」
「う……」
 やっぱり。溝口さんは俺に隠し事をされたと感じて傷ついているようだった。
 それについては俺も申し訳ない気持ちにはなるけどさ。俺としては溝口さんに隠し事をしたつもりはなくても、結果的に隠し事をしたみたいになってしまったとも思ってしまうし。でもさ……。
(ちょっと嘆き過ぎじゃない?)
 とも思う。俺が溝口さんに隠し事をすることってそこまで嘆かれることなのだろうか。
 仮に俺に隠し事をされてショックを受けたとしても、そこは
『知らなかったよ~。言ってくれれば良かったのに』
 くらいのサラッとした感じで終わらせてくれれば、俺も素直に「すみません」って言えるのに。
「すみません……。別に隠していたつもりもなかったんですけど、言うタイミングがなかったっていうか、なんかちょっと恥ずかしくて……」
 でもまあ、一応謝ることは謝っておくことにした。何やら釈然としないものはあるにせよ、俺のせいで溝口さんがショックを受けてしまったことは事実みたいだし。
 溝口さんはしゅんとなって謝る俺の姿を見ると、一瞬怯んだようにも見えたけど、何かを振り払うように首を左右に小さく振ると
「しかもさ、その相手ってえらいイケメンだって話じゃん」
 少しだけ怖い顔になって俺に詰め寄ってきたりする。
「えっと……はい。まあ……イケメンですけど……」
 まるで壁ドンでもする勢いで俺に詰め寄ってくる溝口さんに、俺も思わずタジタジになってしまう。
 なんかもう……俺と天馬に関する情報駄々洩れって感じじゃん。俺と天馬のプライバシーは?
 言っても、持ち場が違うだけで同じスーパーで働いている俺と天馬だから、いつか溝口さんも俺と天馬が一緒にいるところを見る日が来ると思う。もしかしたら、俺のルームメイトとは知らず、既に溝口さんが天馬の姿を見ている可能性だってあるから、天馬の容姿は遅かれ早かれ溝口さんにも知られていたと思う。
 だから、別に天馬がイケメンである事実を隠すつもりもないわけだけど……。
「ふーん……。自分の同居人がイケメンであることは認めるんだ」
 俺がイケメン天馬と一緒に暮らしていることは、溝口さんにとって何か不都合でもあるのだろうか。俺が天馬のことをイケメンだと認めた瞬間、溝口さんの顔はあからさまに面白くなさそうな顔になってしまった。
「彼氏なの?」
「へ?」
 咄嗟には何を聞かれたのかをすぐに理解することができなかった。
「だから、その同居人ってちいちゃんの彼氏なの?」
「いや……その……それは……」
 だけど、同じ質問を二回されたことによって、溝口さんに聞かれている質問の意味がわかった俺は、ここはどう答えるべきかで悩んでしまった。
 はっきりと「そうです」と認める勇気はないものの、以前、天馬が水嶋さんに対して俺との関係を否定しなかったことを思うと、俺もここで天馬との関係を否定したくない。
 俺は戸惑う流れで「違います」と言いそうになる自分をグッと抑え、天馬にならって
「ご……ご想像にお任せ……」
 します。って言おうと思ったのに
「彼氏だな」
 何故か溝口さんには秒でバレてしまった。なんで?
 天馬が水嶋さんにそう言った時、水嶋さんは「え?」って顔をしたものの、結果的に俺と天馬の関係を疑わなかったのに。どうして俺が言ったらそうはなってくれないの? 俺の言い方って何か不味かった?
「なんでわかっちゃうんですかっ⁈」
 この際だから、バレてしまったことはバレてしまったこととして潔く諦めよう。今更俺が慌てて否定してみたところで、確信を得た顔をしている溝口さんは信じてくれないだろうから。
 でも、だったら今後の参考のためにも、俺の何が悪くて天馬との関係があっさり溝口さんにバレてしまったのか……その原因は聞いておきたい。
「なんでって……そりゃわかるでしょ。ちいちゃんの態度ってバレバレなんだもん」
「どっ……どのへんが?」
「どのへん? そりゃもう……全部」
「全部……」
 全部ときた。全部なんだ。それってもう直しようがないくらいに絶望的な答えじゃん。
「そう。全部。そもそも、最初にすぐ否定するでもなく、迷った挙句“ご想像に……”なんて言ったら肯定してるも同然だし。俺に“彼氏?”って聞かれた瞬間のちいちゃんの顔も、一目で“バレた!”って顔してたもん。人に隠し事をしたいなら、ちいちゃんはもっとポーカーフェイスを身に付けないとね」
「うぅ……」
 なるほど。ポーカーフェイスか。わりと感情がすぐ顔に出てしまう俺にはちょっと難しいかもしれない。
 その点からすれば、天馬はポーカーフェイスが上手な方だと思う。
 天馬は自分を偽ることをしないし、頗る素直な性格ではあるけれど、感情が顔に出ることはあまりない。
 もちろん、天馬にだって感情の起伏はあるし、感情の変化に伴って表情も変化するけれど、その変化が希薄っていうか……あまりあからさまな感じではないから、注意深く見ていないと見逃してしまうこともあるくらい。
 更に、天馬自身が表情管理に注意をしてしまうと、その変化はほぼないに等しく、誰も天馬の感情の変化に気付けなかったりもする。
 もっとも、根が正直者の天馬だから、何かの拍子に動揺が見られたり、口からぽろっと本音が零れたりして、後から自分の感情に気付かれてしまうことも多かったりするんだけれど。
 なかなか言いたいことを言えず、自分の素直な感情を口にすることに躊躇いがある俺とは正反対って感じなんだよね。天馬は感情を言葉で伝え、俺は表情で伝えるって感じかな。
「にしても、そっか。ちいちゃんには彼女じゃなくて彼氏がいたのか。なんか納得。いやね。なんか変だとは思ったんだよね。ちいちゃんって自分の彼女の話をする時に全然嬉しそうじゃないし。むしろ困ってるように見えたからさ」
「ははは……」
 でもって、溝口さんは溝口さんで随分とあっさり俺が天馬と恋人同士だって言う話を受け入れるな。普通そこはもっと引かれるものだと思っていたのに。溝口さん的には俺が同性と付き合っていることが意外でもなんでもなかったのかな。
「それに、ちいちゃんって彼女がいるって感じじゃないんだよね。あんまり男要素感じないし。ちいちゃん自身が彼女だって言われた方がしっくりくるよ」
 それ、全然嬉しくないどころか、むしろ失礼極まりない話なんだけど。
 俺と天馬が付き合っていることを変に引かれないことはありがたいけれど、そんな理由で納得されちゃってもね……。俺としてはちょっと複雑だよ。
「あーあ……。ちいちゃんの恋愛対象に男が含まれるんだったら、俺ももうちょっと頑張れば良かった。実は密かにちいちゃんのこと狙ってたのにさ。俺と出逢う前から彼氏がいたんじゃ、あんまり意味はなかったかもしれないけどさ。何も知らない時ならもっと遠慮なく口説けたのに」
「え……」
 なんですと? やっぱり俺、溝口さんから狙われていたの? 一瞬疑いはしたものの、まさかそんなはずはないだろうと思い直したのに。
 そんなことを言われたら、俺は今後溝口さんに対し、どうやって接していいのかわからなくなっちゃうんだけど。俺、これからは溝口さんと距離を取った方がいいのかな。
 でも、今まで散々絡んでこられたのに今更って感じだし、俺が溝口さんのことを変に避け始めたりしちゃったら、それこそなんかおかしいことになりそうだよね。どうしよう……。
「でもま、彼氏がいるならおとなしくしていようかな。人の幸せ壊したくないし」
 ホッ……。どうやら溝口さんは水嶋さんと違って、人から強引に意中の相手を奪おうとするタイプではないらしい。良かった。それなら俺もあまり溝口さんを意識して避ける必要もないのかな?
 万が一、身の危険を感じた時は全力で拒否するし、天馬にも相談しようとは思うけど。
 だけど、溝口さんが本気で俺のことを狙っていたかどうかってちょっと謎なんだよね。だって溝口さん、俺に絡んでくる時のテンションが異常に高いんだもん。しかもそれ、好きな子と話ができて浮かれてるって感じでもないし。
 俺が溝口さんにとって好ましいタイプの人間であることは間違いなさそうだけど、狙っている云々は半分冗談っていうか、ノリみたいなところもあるんじゃないかな。よくわからないけれど。
「って……ちょっと待って? ってことは、前にちいちゃんがリップコーナーで真剣な顔してリップと睨めっこしてたのって、彼氏にちゅーして欲しくて……ってことだったの?」
「う……」
 ホッとしたのも束の間。急に嫌なことを思い出してくれたな、この人……。
「うわーっ! 何それっ! めちゃくちゃ可愛いっ! ちいちゃんってば彼氏にキスして欲しくて、あんな真剣な顔でリップ選んでたの?」
「もーっ! あんまり彼氏とかキスとか言わないでくださいっ! 仕事中ですよっ!」
 仕事中に散々無駄話をしておいて何を今更……。と自分でも思うけれど、今が仕事中であることは事実。あんまり無駄話ばかりしていると、そのうち別の人から怒られちゃうかもしれないよね。溝口さんが俺に話し掛けてきてからというもの、俺も溝口さんも作業の手が止まりがちになっているし。
「つけたの?」
「え?」
「あのリップ、ちいちゃんが自分で唇にぬりぬりして彼氏を誘惑しようとしたの?」
「~……」
 どうやら俺の話は聞き入れてもらえないらしい。困った。
「で、揚げ物食べた後みたいだって?」
「うぅ~っ!」
 蘇る苦い思い出っ! せっかく天馬にファーストキスをしてもらえた喜びに浸っているのに、そんな嫌な記憶を思い出させないでよねっ!
「なんて男だ。ちいちゃんの可愛らしくて健気な努力を……。悪いことは言わないから、そんな男はやめておきなさい」
「いや……あの……」
 でもって、急に過保護になるのもなんなの。あんたは俺のお父さんか。
 天馬はちょっと鈍くて天然なだけだもん。恋愛事に対しては無頓着で、無神経なことも言っちゃうだけだもん。
 正直、俺も天馬のそういうところはちょっと残念に思うし、もうちょっと俺の気持ちに気付いてくれても……って思う時もあるけれど、そんな天馬の鈍くて無頓着なところも可愛いと思っているからいいんだもん。
「俺ならそんな言葉でちいちゃんの努力を無駄にしたりなんかしないよ。俺と付き合おう」
「いえ。結構です。遠慮しておきます」
 どういう話の流れだよ。さっき
『でもま、彼氏がいるならおとなしくしていようかな。人の幸せ壊したくないし』
 って言ったばっかりじゃん。いきなり口説こうとしてくるのはなんなの? ギャグ?
「ちいちゃんってさ、こういう時の自己主張ははっきりするんだね」
「だって……」
 溝口さんに口説かれても困るもん。そこの主張はちゃんとしておかないと天馬にも悪いって思っちゃうし。
「ま、その気もない相手にいい顔をしないところは好感が持てるけどね。自分がいいと思っている子に全くの脈なし態度を取られるってのも結構悲しいな。落ち込む」
「はあ……なんかすみません……」
 落ち込まれましても……ね。
 溝口さんがどこまで俺に本気なのかはよくわからないけれど、こんな丸顔和菓子面の俺のことなんて早々に諦めて、もっと他にいい人を探すべきだと思う。
 溝口さんならもっと相応しい相手がいると思うし、日増しに天馬を好きになり続けている俺は、天馬以外の誰かを好きになるなんてことは絶対にないんだから。
「で」
「え?」
「ゴールデンウィーク前には彼氏にちゅーしてもらえなくて悩んでいたちいちゃんが、ゴールデンウィーク明けてから浮かれてるってことは彼氏にちゅーしてもらえたってことかな?」
「はぅっ!」
 あぁーっ! またしても俺のプライベートがっ! プライベートが駄々洩れにっ! 俺の言動から俺の日常を言い当てるの、ほんとやめて欲しいんだけどっ!
「図星だね。ちいちゃんってほんとわかりやすい」
「あぅー……」
 でもって、またしてもバレバレなんだな、俺。俺は早急にポーカーフェイスというやつを身に付けた方がいいのかもしれない。
「それで、彼氏と初ちゅーしたついでに初エッチもしたんだ。それでちいちゃんがそんなに幸せそうな顔をしているんだね。やらしい」
「な、な、な……何言ってるんですかっ! エッチなんかしてませんっ!」
 何を言い出すんだ、この人は。もう一度言うけど今はバイト中。仕事の真っ最中なんですけど? そんな時に初ちゅーとか初エッチとか言い出さないで欲しい。俺が物凄く動揺しちゃうじゃん。
「えー? シてないの? 普通、恋人同士で初めてキスしたら、気持ちが盛り上がってそのまま次に進んじゃわない? 付き合い始めたばっかりの中高生とか、場所が場所なだけに次に進めないっていうならわかるけど、一緒に住んでる大学生同士でしょ? キスだけで終わりはなくない?」
「うぅ……」
 言わんとすることはわかる。わかるよ。でも、全ての大学生がみんな手が早いわけじゃないし、ほんの少し前まではまだ高校生だった俺と天馬なんだから、そんなすぐには事が進まなくても仕方ないじゃん。俺も天馬も誰かと付き合うのはこれが初めてなんだから。
「あるんですっ! 俺と天馬にも自分のペースっていうか、タイミングがあるんですっ!」
「ふーん。ちいちゃんの彼氏、天馬って名前なんだ」
「はぁっ!」
 また俺は……。自分から情報を提供してどうするんだよ。自分でも嫌になるくらい間抜けが過ぎる。
「そう言えば、前に休憩室でご飯食べてる時、食品売り場のおばちゃん達が騒いでたな。凄いイケメンが入ってきたって。ちいちゃんが入ってきたすぐ後の話だし、おばちゃん達が“天馬君”って言っていたような気もするから、ひょっとしてそいつがちいちゃんの彼氏?」
「……だと思います…」
 おのれ、食品売り場のおばちゃん達め。天馬のいないところで天馬の話題を堂々と……。それ、ひょっとしなくても間違いなく天馬のことだよ。天馬のおばちゃん人気って異常だから。
 ほんと、なんであんなにおばちゃん人気が凄いんだろう。もちろん、同年代の女の子からのモテっぷりも凄いけど、歳の離れたおばちゃん層までも虜にしてしまう天馬ってほんと凄いよね。
 天馬に会ったことがある俺のお母さんも、天馬を一目見た瞬間
『やだ。凄いイケメン。格好いいわ~』
 なんて。ぽぉ~っとした顔になって言ってたもんね。
 自分の母親が自分と同い年の男子に仄かに頬を染める姿というものは、息子にとって少し複雑でもあったけれど、俺の好みはお母さん譲りなのかも? とも思った瞬間だった。
 その後、すっかり天馬のことが気に入ってしまったお母さんは、何かの拍子に
『また家に天馬君を連れて来て』
 と言ってきて、俺も何度か天馬を家に連れて来たこともあるけれど、俺が天馬を家に連れて来るたび、お母さんは全力で天馬をおもてなしした。
『一体天馬の何がそんなにいいの?』
 って俺もお母さんに聞いたことがあるけれど
『あのちょっと不愛想で飾らないところがいいのよね。ほら、最近の子ってなんかノリが軽くてチャラチャラしてるじゃない。お母さんくらいの歳になるとああいうのはねぇ……。そこへくると天馬君は落ち着いてるし、若いのに渋さみたいなものもあるじゃない? おまけにイケメン。そりゃお母さんだって“素敵♡”ってなるわよ』
 とまあ、思う存分に天馬の魅力を語ってくれた。
 なるほどね。他のおばちゃん達もそういう感じなんだな、きっと。
「なら、今度食品売り場に行った時にでも、どんな奴か見てみようかな。食品売り場には何人か知り合いもいるし。食品売り場のおばちゃん達に人気だっていうなら、どいつがそうなのか簡単にわかりそうだし」
「それはやめてくださいっ!」
「どうして?」
「だって!」
 俺みたいなちんちくりんがあんなにイケメンな天馬と付き合ってるって知られたら、溝口さんに何を言われるかがわからないんだもん。
「いやいや。俺はちいちゃんの保護者として、ちいちゃんがどんな男と付き合っているのかを知る権利と義務がある。果たしてそいつがちいちゃんに相応しい男かどうか、しっかり見極めさせてもらわなければ」
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 それはそれでちょっと迷惑。完全なる余計なお世話だ。
 そりゃまあ、ここでの仕事を一から俺に教え込んでくれた溝口さんは俺のお世話係みたいなもので、職場における保護者代わりみたいなものなのかもしれないけどさ。
 仕事と恋愛はまた別でしょ。恋愛に関して俺が溝口さんからあれこれと口出しされる筋合いはないよ。
「まあいいじゃない。俺はちいちゃんのことを溺愛してるからさ。保護者面くらいしたいのよ」
「はあ……」
 そんな理由で保護者面をすることが許されるのであれば、この世の中は血の繋がっていない親子で溢れそうだよね。
 俺と天馬の関係だって、下手すると恋人同士から親子になってしまうかもしれない。俺に対する天馬の可愛がり方って、恋人に対する可愛がり方とはちょっと違う気がするし。
「それはそうと、彼氏にキスして欲しい願望があったちいちゃんは、当然彼氏とエッチしたい願望もあるんだよね?」
「えっと……それは……」
 ちょっとちょっと。まだ続くの? こういう話。俺、そろそろこの話題から解放されたいんだけど。
「そりゃもちろんあるよね~? なんたって、彼氏との初ちゅーで有頂天になっているくらいだし」
「ほっといてくださいっ!」
 くそー……馬鹿にして……。馬鹿にしてって言うより、好き勝手からかってくれちゃってさ。俺が天馬とのファーストキスに至るまでにどれだけ悩んで、どれだけ苦労したかも知らないでいい気なものだよね。こんな意地悪なことを言う人は俺の保護者だなんて認めてあげないんだから。
「ってことは、当然どうやるかも知ってるんだよね? 男同士のセックスのやり方」
「え? まあ……それくらいは俺も知識としてなら知っていますけど……」
 おいおい。正気? 何度も言うけどバイト中だよ? バイト中にそこまでの話ってするものなの?
 これがまだ、夜も更けた営業時間外ってことならまだ理解もできるけど、今って思いっきり営業時間内だよ?
 幸い今のところ、俺と溝口さんがいるエリアにお客さんの姿は見えないし、他の従業員も通り掛らないけれど、いつ誰が通り掛ってもおかしくない場所で、男同士のエッチがどうのこうのって……。誰かに聞かれでもしたらどうするつもりだよ。
「ふむふむ。一応やり方は知っているんだ。じゃあ、準備なんかもちゃんとしてるのかな?」
「準備?」
 え……準備? 準備って何? 準備なんかあるの?
 天馬を好きになって以来、天馬でありとあらゆる妄想をしてきた俺だから、当然男同士のセックスをどうやるかくらいは知っている。
 でも、今まで恋人ができたことがないうえ童貞でもある俺は、セックスについては漠然とした知識しか持ち合わせておらず、そこまで詳しい知識は勉強不足と言うか、実践で学んでいくものだと思っていたから、天馬との初エッチを前に、何かしらの準備が必要だなんて考えてことがなかった。
(一体どんな準備が必要なの?)
 光稀に聞いたらわかるかな。なんかちょっと聞くのも恥ずかしいって感じではあるけれど。
 でも、天馬とのファーストキスを終えた今、次なる展開は天馬との初エッチになるわけだから、事前にやっておくべき準備があるならやっておきたい。準備不足て初エッチ失敗……とかになりたくないし。
「良かったら俺が実演付きで教えてあげようか?」
「けっ……結構ですっ! 自分で調べますからっ!」
 何が実演付きだ。それ、俺と溝口さんの関係が絶対おかしなことになってるよね?
 正直なところ、実演付きじゃなくていいから口で詳しく説明してもらいたい気持ちはあるけれど、それって何も溝口さんから教えて貰わなくても、もっと適任な人物がいるもん。ここで変な風に溝口さんを頼るよりは、恥を忍んで光稀を頼った方が俺の身も安全ってものだよ。
 それに、俺に少しでも気があるらしい溝口さんには、今後恋愛方面に関してだけは頼らない方がいいって気もするし。
「そう? 残念。でもま、教えて欲しくなったらいつでも言って。俺が手取り足取り詳しく教えてあげるから」
「あー……はい。多分そんな日は来ないと思いますけど……」
 やけに自信たっぷりな溝口さんだけど、過去に同性とのセックス経験でもあるのだろうか。
 あんまりそんな風には見えないけれど、俺をそういう目で見ているってことは、溝口さんの恋愛対象は女性とは限らないわけだから、男性とのセックス経験があってもおかしくはない……ってことになるのかな。
 その場合、溝口さんがどちら側の人間だったのかがちょっと気になる。
(俺への扱いから推測するに、やっぱり彼氏役かな?)
 なんてことを考えていると――。
「あれ? 智加君、まだそこの品出し終わってないの? そこの棚、そんなにすっからかんだった?」
 と、本日俺が溝口さんに絡まれる原因というか、全ての元凶を作った張本人とも言える原口さんに声を掛けられ、俺はビクッと肩を震わせた。
 ほら。いつかはこういうことになると思ったんだよね。俺、溝口さんに話し掛けられて以降、原口さんに言われた作業が全然進んでいないんだもん。
『それ終わったら別の仕事を頼むから。終わり次第俺のところに来てね』
 って言っていたのに、俺が一向に戻って来ないものだから、何をやっているんだ? って、様子を見に来ちゃったんだよね、きっと。
「すみませんっ! すぐ終わらせますっ!」
 俺の仕事の手が止まってしまったのは先輩である溝口さんに話し掛けられたからではあるけれど、それを今ここで言い訳がましく主張するつもりはなかった。結局、溝口さんを追い払えずに付き合ってしまったのは自分だし。俺にも充分非があったと思うもん。
「いやいや。ちいちゃんが悪いんじゃないよ。俺がちいちゃんの邪魔してたんだよね。ちいちゃんは俺を何度も追い払おうとしたんだけど、俺がしつこくしちゃってさ」
「溝口さん……」
 溝口さんのこういうところ、ちょっとズルいって感じだ。そんな風に庇ってもらえると、俺も嬉しくなっちゃうじゃん。
 言っても、溝口さんが俺の邪魔をしていたのは事実だし、庇ってもらったからって俺が溝口さんにときめくこともないんだけれど。
「うん。だろうと思った。智加君の傍に友哉がいる時点で、ああ、智加君が友哉に邪魔されてるな、って思ったから」
「さすが。よくわかってる」
「お前、やたらと智加君がお気に入りだもんな」
「だって可愛いじゃん」
 まるで親子ほどの年齢差がある原口さんと溝口さんだけど、付き合いが長いせいか、二人の仲はまるで友達同士のようだった。溝口さんは年配で上司の原口さんに敬語を遣わないし、原口さんも溝口さんのことは“友哉”と下の名前で呼び捨てである。
 もともと原口さんが人の名前を下の名前で呼ぶタイプの人なのか、溝口さんが俺のことを「ちいちゃん」なんて呼ぶから、それに影響されてなのかは知らないけれど、溝口さんと絡むことの多い俺は、いつの間にか原口さんから下の名前で呼ばれるようになっていた。
 別に構わないと言えば構わないけれど、俺ってどうも名前を苗字で呼んでもらえない傾向にあるよね。“桐生”より“智加”の方が呼びやすいからなんだろうけれど。
 溝口さんや水嶋さんのようにちゃん付けで呼ばれないのであれば、俺も特に嫌ではない。
「はいはい。じゃあまあ、そこの品出しは友哉も手伝ってさっさと終わらせてもらって、その後は二人とも別の仕事をしてもらうからね」
「はーい」
「はい。わかりました」
 どうやら俺はこの後も溝口さんから解放されることはなさそうである。
 普通に仕事を一緒にするだけならば、俺も溝口さんと一緒が嫌って風にもならないんだけどな。今日みたいに恋愛絡みの話を持ち掛けられるのはちょっと……。
「さーて。サボっちゃったぶん働きますか」
 なんだかすっかり溝口さんと共犯みたいになっているけれど、ちょっとだけ
『誰のせいですか?』
 と言いたくなってしまった瞬間だった。言わないけど。
「はーい」
 若干心にもやもやしたものを感じつつも、仕事しなきゃ……と思う俺は、中断していた作業に再び取り掛かるかたわら、早く光稀に準備とやらについて聞きたい気持ちでいっぱいになっていた。


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ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とスタッフ達とBL営業をして腐女子や腐男子たまに普通のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます

なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。 そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。 「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」 脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……! 高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!? 借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。 冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!? 短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。

甘々彼氏

すずかけあおい
BL
15歳の年の差のせいか、敦朗さんは俺をやたら甘やかす。 攻めに甘やかされる受けの話です。 〔攻め〕敦朗(あつろう)34歳・社会人 〔受け〕多希(たき)19歳・大学一年

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