モノグサ彼氏とラブラブ大作戦っ!

藤宮りつか

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モノグサ彼氏とラブラブ大作戦っ!

Chapter 27

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 お化け屋敷の中で気を失ってしまった俺は、その後、遊園地内の医務室に運ばれたようだった。
 一体誰がどうやって俺をお化け屋敷から医務室に運んだのかはわからない。でも、さすがに担いで運んだとは思えないから、担架とかで運ばれたんだろうな。
 お化け屋敷から担架で運び出される自分の姿を想像すると恥ずかし過ぎることではあるけれど、幸い、お化け屋敷から医務室までは目と鼻の先だし、こんな疲れて怖いだけの遊園地なんて二度と遊びに来ないから、ちょっとくらい恥ずかしい姿を見られたってもういいんだもん。
 前半はひたすら絶叫マシーンに乗り続けたこと。お昼をあまりしっかり食べなかったこと。お化け屋敷の中では常に恐怖に身体が竦み、精神的にも肉体的にも疲弊してしまったこと……。
 それを合わせて考えると、俺が気を失ってしまったのは恐怖からだけではなく、身体が休息を求めたからなのかもしれないよね。
 気を失ったついでに、そのまましっかり仮眠も取った俺の身体は、目が覚めた時、随分と軽やかになっていた。
 それでも、突然意識を失ってしまった俺は、目を覚ました直後には気を失う前の自分の記憶を一瞬忘れてしまっていて
「お。起きたか? 智加」
「天馬……」
 目が覚めて最初に見た顔が天馬だったから、ここは俺と天馬が一緒に住んでいる家の中なんだ……と思うくらいには、頭もぼーっとしていた。
 だけど
「もう起きて大丈夫なのか? 智加がお化け屋敷の中で倒れたって聞いた時は本当にびっくりしたし、めちゃくちゃ心配したよ」
 ベッドの上からゆっくり身体を起こす俺を、心配そうに気遣う天馬や
「ほんと、びっくりしちゃったよ。お化け屋敷に入ってすぐに上の階から智加の物凄い悲鳴が聞こえてきて、慌てた声で智加の名前を呼ぶ安西さんの声が聞こえてきた時は“何かあったな”って。急いで三階まで駆け上がってみたら智加が倒れてるんだもん。お化け屋敷どころじゃなくなっちゃったよ」
 目を覚ました俺の姿にホッとした様子の光稀の言葉を聞いて、俺は自分の身に起こったあれやこれを思い出してきた。
「う……うぅ~……」
 怖かった。二重の意味で本当に怖かった。
 身に起こった恐怖体験を思い出し、再び恐怖に怯えて身体がぷるぷると震えてしまう俺は、今にも泣き出しそうな顔をしていたんじゃないかと思う。
 そんな俺に気が付いた天馬が、小さく身体を震わせて怯える俺に手を伸ばしてきて、俺を腕の中へとふんわり包み込むと、怯える俺を宥めるように優しく背中をぽんぽんと撫でてくれた。
「うわぁ~んっ! 怖かったよぉ~っ! 天馬ぁ~っ!」
 俺はここぞとばかりに天馬にぎゅうぅっと抱き付いて、ずっと堪えていた涙をちょっとだけ流した。
 なんかもう……随分と長い間、天馬と離れ離れになっていた気分だよ。俺はもうこれから先、天馬とは一分一秒だって離れたくない気分。
「あら。目が覚めたのね。気分はどう?」
「え? あ……」
 俺が天馬にしがみついて、鼻をすんすんと啜り上げながら気持ちを落ち着かせていると、衝立の向こうから白衣を身に着けた女の人が現れたから、俺は思わずビクッとなってしまった。
 だって、お化け屋敷の中にいっぱいいたんだもん。白衣を着た人ならざるおぞましい生命体(?)が何体も……。
 ここは医務室だから、当然医務室に連れて来られる怪我人や病人の対応をする看護師さんがいることはわかっているけれど、ここに運び込まれて来る前、病院を模したお化け屋敷の中で散々怖い思いをさせられた俺としては、白衣というものに恐怖心を煽られてしまっても無理はないと思う。
「大丈夫よ。私はお化けじゃなくてちゃんとした人間だから。ほら。見た目も普通の人間に見えるでしょ?」
「あの……はい。すみません……。あ。気分はもう大丈夫です」
「そう。それなら良かった。特に怪我もしていないし、ただ恐怖のあまり気を失っただけだと思うわ。でも、気になるならちゃんと病院に行って専門の先生に診てもらってね」
「はい……」
 俺が衝立の向こうから現れた看護師さんを一目見て、一体何に怯えたのかがよく一瞬でわかったよね。と思ったら――。
「それにしても、今年に入ってからお化け屋敷で倒れて運ばれてくる人の中で、時々今の君みたいな反応をする人がいるのよね。クレームでも入れてやろうかしら」
 時々あることのようで、看護師さんもその原因はわかっているらしかった。
 看護師さんからしてみればいい迷惑な話だし、クレームを入れるなら盛大に入れちゃってよ、とも思う。
 でも、そうなんだ。俺以外にもお化け屋敷からここに運ばれて来る人がいるんだ。良かった。俺一人が人並み外れて怖がりってわけじゃなくて。
 だけど、普通に考えたらそうだよね。お化け屋敷に入る人間の全員が、安西さんや白石さんみたいなホラー好きとは限らないもんね。現に水嶋さんはお化け屋敷が怖くてダメだって、安西さんも言っていたし。
 怖いもの見たさで入ってはみたものの、思った以上に怖くて俺みたいに気を失ってしまう人もいれば、気を失わないまでも途中でリタイアする人だっているよね。案外、お化け屋敷から医務室が目と鼻の先なのも、お化け屋敷の中で気絶しちゃう人が多いからだったりして。
 まあ、実際は気絶するより先にリタイアしてしまう人の方が多いだろうから、気を失った状態で医務室に運ばれて来る人間は少ないのかもしれないけれどさ。
「しかしまあ、随分と気が小さくて怖がりな子ね。男の子かと思っていたんだけど、女の子だった? さっきまでずっと君に付き添っていた女の子も、君のことは“智加ちゃん”って呼んでいたし」
「さっきまでずっと俺に付き添っていた女の子?」
 え? 俺に付き添ってくれていたのって天馬と光稀の二人じゃないの? 天馬は別行動をしていたから後からここに来たとしても、俺が気を失って倒れたところに駆けつけてくれた光稀は、ずっと俺に付き添ってくれていたものだと思っていたのに。
(あれ? でも……)
 そうなると、今日ここに来た本当の目的……例の計画はどうなっちゃったんだろう。もしかして、俺が気を失ってしまったことで中止になっちゃったりとかしたのかな。もし、そうだとしたら、俺、後藤さんから物凄く恨まれているような気がするんだけど……。
 でもでも、今の看護師さんの口振りからすると、俺がここに運ばれて来てから、俺にずっと付き添ってくれていたのは女の子一人だったようにも聞こえるよね?
 多分、その女の子とは、お化け屋敷の中で俺に更なる恐怖を与えてきた安西さんのことだと思う。俺を“智加ちゃん”なんて呼ぶ人間は水嶋さんと安西さんだけだし。せっかく天馬と二人っきりで行動できるチャンスを得た水嶋さんが、天馬そっちのけで俺に付き添うはずがないもん。
 っていうか、俺って一体どのくらいの間、ここで気を失ったまま眠っていたんだろう。それと、今ここにいるのは俺、天馬、光稀の三人みたいだけれど、一臣や四人の女の子達はどこに行っちゃったのかな?
 何せお化け屋敷の中で気を失ってから、今の今まで昏々と眠り続けていた俺は、その間にみんながどこで何をしていたのかがさっぱりわからない。
「……………………」
 とりあえず、まずは現在時刻の確認をしてみようと思った俺は、ズボンのポケットに入れているはずのスマホを取り出そうとしたんだけれど、俺のスマホはズボンのポケットの中には入っていなかった。
(え? もしかして俺、お化け屋敷の中でスマホ落としちゃった?)
 お化け屋敷の中で一度ポケットからスマホを取り出して時間を確認した記憶がある俺は、その後すぐに安西さんの変な話が始まってしまったことにより、取り出したスマホをちゃんとズボンのポケットの中に戻したかどうかの記憶がない。
「どうした? 智加。スマホならそこだぞ」
「へ? あ……」
 あのお化け屋敷の中にスマホを落としてしまったかもしれない、と思うと、俺は物凄く焦ってしまったけれど、俺のスマホは俺のズボンのポケットの中ではなく、ベッド横に設置された小さなテーブルの上に、俺の荷物と一緒に置いてあった。それを天馬が俺に教えてくれたのである。
「はぁ……」
 今の時代、スマホが唯一の連絡手段だ、という若者がほとんどだと思う。俺もそのうちの一人だから、スマホが無事だったことには心の底から安堵した。
 多分、誰かが気を利かせて俺のスマホをここに置いてくれたんだな。ズボンのポケットの中にスマホを入れたまま寝ていたら、何かの拍子で画面が割れたり、俺の体重でスマホが潰れて壊れちゃうかもしれないから。
 自分のスマホが無事だったことに安堵の溜息を吐いた俺は、改めて今の時間を確認してみようと思ったんだけれど、スマホの画面を見るより先に、医務室の壁に掛かった大きな掛け時計が視界に入ってきて、その時計の針で現在時刻を知ることになった。
 現在の時刻は午後五時五分を少し回ったところ。俺がお化け屋敷の中で時間を確認した時が午後三時になるところだったから、その数分後に気を失った俺は、かれこれ二時間ばかり気を失ったまま眠っていたことになるのか。
 俺は気絶したことなんて今日が初めてだからよくわからないんだけど、気を失った人間が意識を取り戻すまでの時間って普通はどれくらいのものなんだろう。二時間ってちょっと長いような気もするけど……。
「まあ、憶えてなくても仕方がないよね。だって君、熟睡していたみたいだから。最初は気を失ったまま意識が戻らないのかと思って心配したけど、呼吸や脈は正常だし、顔色もだんだん良くなってきたから、ああ、疲れて寝てるんだな、って。聞けば朝から絶叫マシーンに二十回は乗ったって言うじゃない」
「ええ……まあ……」
 そうなんだよね。あまりにもお化け屋敷の中が衝撃的過ぎて、朝からお昼までの記憶をスルーしてしまいがちになるけれど、俺、午前中から既にいつ気を失ってもおかしくない状態ではあったんだよね。絶叫マシーンだって苦手なんだから。
「いくら若いからって無茶な遊び方をしたらダメよ。しかも君、お昼もあんまり食べなかったんでしょ? 食欲も湧かないくらいに疲れているところに、苦手なお化け屋敷になんか入ったら、そりゃ倒れもするわよ」
「で……ですよね。すみません……」
 絶叫マシーンもお化け屋敷も自分から望んで乗ったり入ったりしたわけじゃないけれど、そう言われてしまうと
(俺も無理せずちゃんと断れば良かった……)
 と思わなくもない。嫌だ、嫌だ、と思いつつも、結局自分からはなんのアクションも起こさなかった俺にも問題はあったよね。
「ごめんな、智加。俺が“智加はお化け屋敷に入らなくていい”って言ってやれば良かった」
「僕もごめん。まさか智加が気を失うとは思わなくて」
「ううん。俺も嫌なら嫌だって言えば良かったんだもん。二人が悪いわけじゃないから謝らないで」
 天馬と光稀の二人に謝られてしまい、自分の気の弱さというか、こういうところで引っ込み思案な部分が出てしまう自分に反省をしていたら――。
「実はさ、安西さんからも事前に智加と二人っきりにさせて欲しいって頼まれてたからさ。智加が怖がりなのは知ってたけど、安西さんとペアになっているから“入らなくてもいいよ”って言えなかったんだよね」
「え⁈」
 謝罪の言葉に続け、光稀が言った言葉には普通に驚いた。
 そして、光稀の言った言葉に驚いたのは俺だけじゃなかった。
「ちょっと待て。どういうことだ? 光稀。そんな話、俺は初耳なんだが」
 天馬も驚きを隠せない顔で光稀を問い詰めたりする。
「あー……うん。だって、二人には言ってないもん。この話は今日の夜にでもしようと思ってたんだけどさ。実はお化け屋敷に入る時のペアって最初から決まっていたんだよね」
「っ⁈」
 や……やっぱり。俺、なんとなくそうなんじゃないかと思ってた。
 だって、あの場で決まったわりにはすんなり決まり過ぎって感じだったし。その時は水嶋さんがお化け屋敷が苦手だとは知らなくても、白石さんなら天馬と水嶋さんが一緒にお化け屋敷に入るとなれば、絶対に口を挟んでくるはずだったもん。
 それなのに、白石さんが何一つ文句や不満らしいことも言わず、水嶋さんと天馬が一緒にお化け屋敷に入ることを認めるのは不自然だなって。
 でも、だからって、事前に決まっていたことだ、と改めて知らされると驚きはする。
「そんなことはどうでもいい。どうして安西が智加と二人っきりになりたがるんだ?」
「あんまり詳しくは聞いてないけど、智加に興味があるんだってさ。どんな子なのかもっと知りたいから、智加と二人っきりで話がしたいって言ってたよ」
「つまり、安西は智加に気があるってことか?」
「さあ? 僕的にはそこまで明確な何かを感じたわけじゃないけど、興味があるってことはそういうことなのかもね」
「ふむ……」
 今回の計画の全貌について、計画の全てを知っている光稀が俺達に説明してくれそうな流れだったから、俺はそれを聞いてみたかったんだけど、天馬は計画の全てを知ることより、安西さんが俺と二人っきりになりたがった理由の方が気になるみたいだった。
 溝口さんの時もそうだったけど、天馬って俺に気がある人間の存在には普通にヤキモチを焼いてくれる。溝口さんが俺達の前で、天馬が心配するような意味では俺にちょっかいを出さない、って宣言をしたから、天馬が俺のことでヤキモチを焼くことなんてもうないのかと思っちゃった。
 こうしてまた天馬がヤキモチを焼いてくれる姿を見れたことはちょっと嬉しい。
 でもね。安西さんの俺に対する感情って、天馬が想像しているものとはだいぶ違うと思うから、「心配しなくてもいいよ」って言ってあげたい。
 俺、安西さんからは男として見られていないっていうか、むしろ安西さんが俺のことを男目線で見ているみたいだから。今の俺は安西さんにはわりと恐怖しか感じていないし。
 いや。身の危険を感じているわけだから、ある意味溝口さんより危険ってことになるのかも。
 まあ、どうせ後で天馬から安西さんと二人っきりで入ったお化け屋敷の中で、安西さんと俺がどんな会話を交わしたのかは聞かれると思うから、その時は俺も素直に全部話してしまおうと思う。安西さんって水嶋さんの友達だから、油断できなくて怖いもん。
「あらあら。いいわね~。君、結構モテるんだ。ってことは、やっぱり男の子なのね」
「え。ええ、まあ……」
 嘘でしょ。この看護師さん、本気で俺の性別を疑っていたの? 俺があまりにも小心者のビビりだから、ちょっとした嫌味を言われただけかと思っていたのに。
 っていうか、医療に携わる人なら、目の前にいる人間の性別なんて一目瞭然なんじゃないの?
 ああ。でも、ここは病院じゃなくて医務室だもんね。よっぽどのことがない限り、服まで脱がして診察なんてしないから、はっきりとした性別はわからなかったりするのかな。俺、男にしては身体つきが貧弱だし、名前も“智加”で男女兼用ネームって感じだし。
 おまけに、どこからどう見ても女の子にしか見えない安西さんから“智加ちゃん”なんてちゃん付けで呼ばれていたら、「女の子なのかしら?」って思われても仕方がないのかも。俺の方が安西さんより僅かに背も低いし。
「そう言えば、君がここに運ばれて来た時からずっと君に付き添ってくれていた女の子ね、最初はずっと君に謝ってばっかりだったわね」
「それは僕も気になった。僕が三階に駆け付つけた時も、安西さんが気を失った智加に向かって、何度も“ごめんね、ごめんね”って謝ってたんだよね。一体何があったの?」
「う……」
 後で……と思っていたのに。どうやら俺と安西さんとの間で何があったのかを話す機会は、すぐそこまできているのかもしれない。
 でも、天馬や光稀に話すならまだしも、初対面かつ、この先もう二度と会うことはないであろうここの看護師さんにまで聞かれたくはない話である。
 そもそも、その安西さんは一体どこに行ったんだよ。俺から話を聞くよりも、俺が気を失っている間に安西さんから話を聞けば良かったのでは?
 もっとも、聞かれたからといって安西さんが全てを包み隠さず話していたかどうかはわからない。少なくとも、俺に卑猥な言葉を浴びせながら、俺のお尻を触った話はしなかっただろうな。
 っていうか、俺がここで深い眠りによって心と身体の回復を図っていた頃、みんながどこで何をしていたのかをまだ聞いていない。そして、一臣と四人の女の子達は今一体どこにいるの?
 今回の計画の全貌も気になるけど、そっちの方も俺は気になっているままなんだけど。
「ねぇ、智加。お化け屋敷の中で安西さんと一体……」
 話の流れは完全にお化け屋敷内での俺と安西さんのことになってしまった時だった。
 ガチャ、と音を立てて医務室のドアが開き
「とりあえず、女の子達はゲートまで送ってきたよ。智加はまだ……あ、起きてる。具合どう?」
「あ……うん。平気……」
「そっかそっか。それなら良かった。目が覚めた時に喉が渇いてるんじゃないかと思ってスポーツドリンク買ってきたけど、飲む?」
「うん。飲みたい」
「はい」
「ありがと」
 俺の中で行方がわからなくなっていた一臣が医務室の中に入って来て、入って来るなりなんだか賑やかだった。
 しかし、なるほど。そういうことか。今の一臣の言葉で、どうしてここに天馬と光稀しかいなかったのかがわかったよ。
 俺がさっき見た時計の針は五時を過ぎていた。ここの遊園地の閉園時間は確か五時。
 つまり、気を失ってから二時間も眠りこけ、閉園時間が迫っているのに起きる気配がない俺を見て、「女の子達は先に帰そう」ってことになったんだ。
 で、俺達の中から代表して、一臣が出口のゲートまで女の子達を見送りにいったと……そういうことだったんだな。
 ずっと気になっていた謎が一つ解明した俺は、一臣から受け取ったペットボトルの蓋を外すと、ちょうどカラカラに渇いていた喉に冷たく冷えたスポーツドリンクを流し込んだ。
 冷たいスポーツドリンクが身体の中に染み込んでいく感覚は心地好くて、まるで生き返ったような気分になるよ。
 きっと俺の身体は水分を求めていたんだな。おかげで完全回復したって感じ。
「それよりさ、智加がもう大丈夫そうなら俺達も帰ろうよ。さっき電話で確認したら、村瀬さんももうここに着いてるみたいだしさ」
「え?」
 しっかり休んで水分補給もした俺はすっかり元気になり、ここから家まで全然余裕で帰れる状態になっているのに、一臣はどうやら迎えの車を呼んでしまっているようだった。
「お迎えが来ているのね。それなら私も安心だわ」
「えっと……そうみたいです……」
 いいのかな。一臣や光稀の具合が悪くなったのならまだしも、俺が気絶したからって村瀬さんに迎えに来てもらっちゃって……。
「い……いいの? 一臣。俺、なんかちょっと申し訳ないんだけど」
 一臣の実家が日本屈指の大企業、高城グループの社長宅であることは知っているけれど、その末息子である一臣と仲良くしているからって、俺は高城グループの恩恵に授かろうって気持ちは毛頭ない。それは天馬や光稀も同じだ。
 それなのに、俺のせいで高城グループの執事である村瀬さんにこんなところまで迎えに来てもらうというのは、俺的にはありがたい気持ちより申し訳ない気持ちの方が勝ってしまう。
 そりゃ俺も村瀬さんには何度か会っているし、村瀬さんの運転する車に乗せてもらったことも一度や二度じゃないけどさ。それは致し方ない理由があったというか、断るに断れない状況で乗せてもらったって感じだから、今回みたいに俺の都合で迎えに来てもらうっていうのはやっぱり……。
 と思ったら
「気にしなくていいんだよ、智加。元々今日の帰りは村瀬さんが俺達を迎えに来てくれることになっていたんだから」
 とのこと。
「いやね、昨日親父殿から電話が掛かってきてさ。久し振りに家族揃って夕飯が食べたいって言うんだよ。“明日は友達と遊びに行く”って言ったら、“用事が済む頃に迎えを寄越す”って言われてね」
「あ、そうなの? それなら……」
 別にいいや。とはならない。
 だって、村瀬さんが迎えに来るのはあくまでも一臣であって、そこに俺達が便乗するのもどうなの? って気持ちになっちゃうもん。
 だけど、ここで俺があんまり遠慮し過ぎると一臣も嫌がるから
「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうね」
 本当は
『俺はもう大丈夫だから電車で帰るよ』
 と言いたい気持ちをグッと堪え、村瀬さんの運転する車に乗せてもらうことにした。
 一臣と仲良くしているからって高城グループの恩恵を受けるつもりはない、と思っているものの、今、俺と天馬が一緒に住んでいるマンションは、一臣のお父さんが「大学生になったら一人暮らしがしたい」という一臣のために個人的に建ててしまったもので、その一室を無償で提供してもらっている俺達は、既に充分過ぎるほどに高城グループの恩恵を受けていることになる。今更あれこれ遠慮し過ぎる方が変な話って感じでもあるしさ。
「うんうん。遠慮しないで。それに、俺と光稀の中じゃまだ今日の計画は完全に終わったわけじゃないからね」
「へ? あ……」
 一臣の口から“今日の計画”という言葉が飛び出すと、俺もハッとなる。
(そうそう。そうだよ。結局今日の計画はどうなったの?)
 これもずっと気になっていることではあるんだけれど、さっきから話の内容があちこちに飛んじゃうから、聞くに聞けなくて……。
 俺が眠っていた空白の二時間を、みんながどう過ごしていたのかも謎のままだしさ。
 まあ、女の子達が帰った今、終わっていない計画というのも新たに気になる話ではあるんだけれど。
「でも、この話はまた後でね。智加も色々と聞きたいことがありそうな顔をしてるし、どうせ聞くなら最初から全部聞きたいでしょ?」
「う……うん……」
 仰る通り。俺はさっき光稀が計画の全容を話してくれそうになった時も、話を聞く気満々だった。
「結構長い話になるから、今ここで話すのはね。閉園時間が五時ってことは、お姉さんの勤務時間ももう終わりなんでしょ? 智加が元気になったんなら、いつまでもここに長居するのは迷惑になっちゃうからね」
「まあ。私を気遣ってくれるなんて紳士的な殿方ね。嬉しいわ」
「すっ……すみませんっ! 俺、目が覚めたし元気になったのにいつまでも……」
 そうか。遊園地の営業時間が五時までってことは、五時を過ぎたらそこで働いている人達の仕事も終わりってことになるよね。
 俺が目を覚ました時、既に閉園時間の五時は過ぎていたのに、俺ってば全然そんなことも気にせずに、いつまでもベッドの上でのんびりと……。
「いいのいいの。勤務時間は五時半までだし。それに、いつも定時きっかりに帰っているわけでもないのよ。急いで帰るほどの用事もないんだから。ああ、あんまり急に動いちゃダメよ」
「は……はい。すみません……」
 医務室の時計の針はもう五時二十分を回ろうとしていて、一臣が気を利かせてくれなかったら、俺はこの人が好さそうな看護師さんを危うく残業させてしまうところだった。
 だけど、慌ててベッドから飛び降りようとした俺をやんわりと窘められてしまったから、俺は再びおとなしくベッドの上にちょこんと座り直した。
 そんな俺の足元で、天馬が俺の靴をベッドの下から出してくれていた。
 多分、俺が靴下のまま床に足を着けようとしたから、「靴はここだぞ」って用意してくれているんだろう。
 俺は基本的にはのんびりしている方だと思うけど、気持ちが焦ると途端にそそっかしくなっちゃうんだよね。そういうところ、本当に直したいと思っている。俺があたふたしちゃうと、いつも天馬に手を焼かせている気がするし。
 一度ベッドに座って気持ちを落ち着かせた俺は、天馬が出してくれた靴をゆっくりとした動作で片足ずつ履いた。その間に天馬は当たり前のように俺の荷物を持ってくれていて、俺がベッドから下りると
「おぶってやろうか?」
 とまで言ってきてくれた。
 こんなに世話ばかり焼かせているのに、どこまでも俺に優しい天馬には胸がキュンキュンしてしまう。。
(俺、本当にいい恋人を彼氏に持ったものだよね)
 いつも何かと天馬のお世話になってばかりの俺だけど、そのうち俺も天馬に色々してあげられる人間になりたいな。
「本当に遅くまですみませんでした。お世話になりました」
「お大事に。気を付けて帰るのよ」
「はい。ありがとうございました」
 一臣が医務室に入って来てから五分以内に帰り支度を整えた俺達は、最後に四人揃って遅くまで俺達に付き合ってくれた看護師さんにちゃんとお礼を言ってから、医務室を後にした。
 医務室を出た後は一臣に連れられて足早に出口のゲートまで向かい、俺がこの遊園地から完全に解放された時には、時刻は午後五時半を過ぎていた。


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