モノグサ彼氏とラブラブ大作戦っ!

藤宮りつか

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モノグサ彼氏とラブラブ大作戦っ!

Chapter 29

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 キリのいいところで一度話を中断し、デザートを取って戻って来た俺は、これまた結構な量になったデザートを食べながら、お化け屋敷の中で起こった出来事を、全て天馬と光稀に話して聞かせた。
 安西さんについては天馬や光稀もまだよくわからないところが多く、俺の話を聞き終わった頃には、二人とも目を丸くして驚き、唖然とした表情になっていた。
「マジか……。それは予想外の展開だな」
「なるほどね。そういう意味での興味の対象だったんだ。どうりで智加に気があるように見えなかったわけだよ。普通の女の子の感覚とはズレてるんだもん。男性目線で智加に興味を持っていたってことなんだね」
「うん。そうみたい……」
 ホテルのレストランでする話としてはちょっと相応しくないようにも思えたから、なるべく声のトーンを下げ、内緒話をするくらいの声でお化け屋敷の中での出来事を話した俺は、あの恐怖体験を人に話したことで、ようやくすっきりとした気分になれた。
 やっぱり自分の身に起こった不幸や嫌なことは、人に話してしまうのが一番だよね。自分の中に溜まっていた嫌な感情を外に吐き出してしまうことで、自分の中から嫌な感情が消えてくれる感じがするもん。
「しかしまあ、安西さんの大胆っぷりにもびっくりするけど、智加も簡単に襲われ過ぎじゃない? 天馬以外の……それも女の子にお尻を触られちゃうなんてさ」
「全くだ」
「だっ……だって! 暗くて周りがよく見えなかったし、怖かったからそんなところに気を配る余裕なんてなかったんだもん。まさかあそこで安西さんにお尻を触られるなんて思ってなかったし」
 確かに、話の内容が怪しい方向に進んでいたことはわかっていたのに、安西さんにあっさりお尻を触られてしまったのは俺のミスだったのかもしれない。
 でもね、ただでさえ怖くて仕方がないお化け屋敷の中でテンパり続けていた俺に、安西さんの不審な動きにまで気を遣う余裕なんて本当になかったんだもん。
 迂闊だったといえば迂闊だったかもしれないけれど、そこを責められても困っちゃうよ。俺だって好きで安西さんにお尻を触られたわけじゃないんだから。
「確かにね。天馬的には面白くないだろうけど、場所が場所だっただけに、怖がりな智加にはどうすることもできない不可抗力みたいなものだったよね」
 俺の不甲斐なさについて、今から天馬と光稀の二人に説教でもされるのかと思ったけれど、さすがに二人もそこまで鬼ではなかった。
 俺の反論に対して擁護的な発言をしてくれる光稀に首を激しく縦に振って頷いていると、俺の隣りで不満そうな顔をしていた天馬も
「そりゃ俺としては面白くないが、仕方がなかったとは思ってるよ。安西には“何してくれるんだ”って気持ちはあるけれど、智加を責めるつもりはないよ」
 って言ってくれたから、今回の件に関して俺が二人からお咎めを受けるようなことにはならなかった。
 ただ
「でもさ、そうなるとまた新たな問題が出てきちゃうよね」
「新たな問題?」
 今回の件を「災難だったね」と、軽く俺を慰めて終わらせるつもりもないようだから、俺はついつい身構えてしまう。
「だってさ、せっかく天馬が水嶋さんと白石さんの二人を振ったかと思ったら、今度は安西さんが智加のことを“いい”って言い始めたわけでしょ? ってことは、今度は智加が安西さんから付き纏われることになるんじゃない?」
「でっ……でも俺、安西さんと付き合うつもりはないって、ちゃんと言ったつもりだよ?」
 正確に言うと、ちゃんと言おうとした時にお尻を触られてしまい、ちゃんと断りきれていない状態ではあったけど。
「う~ん……でも、智加って押しに弱いと思われていそうだから、智加がそう言ったところで、安西さんに智加を諦めるつもりがあるかどうか……。安西さんの特異な性癖を考えたら、智加みたいに自分の好み合う異性と出逢うこと自体が難しそうだしさ。そう簡単には諦めてくれないんじゃない?」
「そ……そんなぁ……」
 俺には天馬がいるから諦めてもらわなくちゃ困るし、また今日みたいな目に遭う可能性があるのかと思うとげんなりしちゃう。
 本当なら、生まれて初めて女の子から恋愛対象として見られているらしい俺は、そこに関してだけなら喜ぶべきところだと思う。ところが、その恋愛対象としての見られ方が普通じゃないことと、なんで男の俺が女の子から女の子扱い的な目で見られなくちゃいけないのか、という不満でふて腐れたい気分だった。
「でも、それを言ったら、水嶋さんや白石さんだって簡単に天馬のことを諦めてくれるとは限らないよ? 特に水嶋さん。二人とも一臣や光稀から天馬の好きな相手を聞き出そうとしているあたり、まだ天馬を諦めてないって感じがするけど」
 そして、ふて腐れ気味な俺は唇を尖らせながら、心配するべきは我が身だけではないことも指摘した。
「まあね。僕もそれについては智加と同意見だよ。でもまあ、二人とも天馬に振られたことによって、お互いにいがみ合うのはやめにしたみたいだったよ」
「え? そうなの?」
「多分ね。振られた者同士、親近感だったり仲間意識みたいなものでも芽生えたんじゃない? 帰る時は二人とも仲良く肩を並べて、ああでもない、こうでもない、って言いながら帰ってたよ」
「へー……そうなんだ……」
 そういうもの? そりゃまあ、天馬に振られる形になった二人は、お互いにもう罵り合う必要はなくなったんじゃないかって俺も思ったけど……。
 でも、二人とも天馬のことを諦めていないのであれば、お互いにライバル同士であることには変わりがないんだよね? 天馬に好きな人がいるってわかっただけで、そんな簡単に仲良くできるものなんだろうか。
 だったら最初からもっと仲良くできたんじゃない? って気がしなくもない。
「僕としては、天馬にはもっと二人に対して酷い振り方をしてもらって、今後の僕達の大学生活から不要な異性というものを排除してもらいたいところではあったんだけどね」
「無茶言うな。いくら好きでもない相手でも、そこまで非情になれるわけがないだろ」
「だよねー。天馬ってさ、鈍い故に無自覚で人を傷つけることはあっても、意識的に人を傷つけることができないもんね」
「普通はみんなそうだろ」
「どうかな? 本当にみんながみんなそうだったら、世の中はもっと平和になっていると思うけどね」
「はあ?」
 正直、俺も今回の計画が無事遂行されたあかつきには、水嶋さんと白石さんの二人が天馬から距離を取るようになって、俺達の大学生活から女の子の姿が消えてくれるものだと思っていた。
 だけど、そのためには光稀の言うように、天馬にある程度キツい言葉で二人を振ってもらう必要があって、それは俺も望んではいなかった。
 だから、目的を果たした後も、俺達の大学生活に大きな変化はなく、変化があるとしたら――。
「でもまあ、今回天馬が頑張ってくれたおかげで、僕達の大学生活も多少は平和になるよね。あの二人が争い合うことをやめてくれたわけだから」
 そう。それくらいのものだろうな。
 だけど、それこそが後藤さんの望みだったわけで、今回の計画の発案者でもある後藤さん的には、大成功って感じだよね。
「そんなわけだから、僕達としては天馬にお礼をしてあげたい気持ちもあるわけ。ね、一臣」
「え?」
 俺と天馬に比べたら、そんなにデザートを取ってきていない光稀は、既にデザートを食べ終わり、食後のコーヒーをのんびりと飲んでいるところだった。
 その光稀が急に顔を上げ、天馬のすぐ斜め後ろに顔を向けたものだから、俺と天馬も釣られてそっちを見てしまう。
「そういうこと。今日一日頑張った天馬へのお礼が、俺と光稀の二人で考えたサプライズ計画だったりもするわけ」
 そこには一臣が立っていた。
(久し振りの家族との食事はもう終わったのかな?)
 そう思って、スマホの画面で時間を確認してみたら、俺達がここのレストランに入って来てから、もう二時間が経過していた。
 一体いつの間に……。そんなに時間が経っている感覚はなかったんだけどな。
「美味しそうなデザートだね。俺もちょっと食べようかな」
「ご飯を食べてきたんじゃないの?」
「食べたんだけどさ。お上品なコース料理じゃ、食べ盛りの若者のお腹は満たされてくれなくてね。天馬と智加がまだ食べ終わってないなら、俺も何か取ってくる」
「はいはい。じゃあ、ついでにコーヒーのおかわりも取ってきて」
「了解」
 俺達と合流した一臣は、席に座るよりも先に、満たされきらなかったお腹を満たしてあげるため、料理が並ぶテーブルに向かって歩いて行った。
 その一臣にちゃっかりコーヒーのおかわりを頼む光稀。ここが高城グループの経営するホテルと知って尚、高城グループ社長の息子にコーヒーを取ってこさせるとは……。さすが光稀って感じだよね。一臣も喜んでパシられてるし。
 でも、そっか。やっぱりこれって今日一日頑張った天馬へのご褒美だったんだ。
 だったら俺にも教えてくれれば良かったのに。俺だって、乗り気じゃなかった計画にちゃんと付き合った天馬に何かしてあげたかったのに。
「天馬へのご褒美サプライズ計画なら、俺にも教えてくれれば良かったのに」
 天馬と一緒にただ驚くしかなかった俺は、ちょっとだけ拗ねた顔になって光稀に不満を零した。
 光稀からは
「ごめんね。最初は言うつもりだったんだけど、ちょっと予定が変更になっちゃって。それに、智加は後で好きなだけ天馬にご褒美をあげることができるから大丈夫」
 という返事。
「?」
 しかし、俺には光稀の言っていることの意味がよくわからなかった。
「はい、光稀。コーヒーのおかわり」
「ありがとう……って、ちょっと。デザートを取りに行ったんじゃなかったの?」
「そのつもりだったんだけど、あっちまで行くとデザートより料理が食べたくなっちゃって」
「もう……。太っても知らないよ?」
「平気平気。後でちゃんと運動するから」
 俺が光稀の言った言葉の意味を考えていると、デザートと光稀のコーヒーを取りに行った一臣が戻って来たんだけれど、一臣が手にしたお皿の上に乗っているのはデザートではなく、普通の料理だった。
 一臣の言う“お上品なコース料理”とは、一臣にとってそんなに物足りないものだったんだろうか。
 天馬にしても一臣にしても、ダイエットとは無縁な体型をしているけれど、一日の摂取カロリーはかなりの量である。二人とも背が高いからな。そのぶん俺や光稀よりも消費するカロリーが多いのかもしれない。俺や光稀に比べると、二人ともよく食べる。特に、今日みたいによく動いた日には、二人の食欲もいつもの一・五倍って感じだった。
「智加が天馬へのご褒美サプライズなら教えて欲しかったって拗ねてるよ?」
「えー? ごめんごめん。最初は智加にも言うつもりだったんだけどさ。うちの親が急に家族揃って夕飯が食べたいって言い出しちゃったからさ。それでちょっと予定が変更にね。本当は帰りにどこか気の利いたお店にでも行って、みんなで天馬に奢ってあげる予定だったんだけどね。行き先がうちのホテルになっちゃったから、だったら智加も一緒に驚かせちゃおうかな、って。智加も今日一日頑張ったしさ」
「むぅ……」
 本当にまだお腹が空いているのか、一臣は椅子に座るなり、早速取ってきた料理を食べ始めた。
 料理を口に運びながら、拗ねる俺を宥めるようにそう説明してくれたけれど、それを聞いてもやっぱり不満に思う気持ちはなかなか消えてくれなかった。
 そりゃ確かに俺だって頑張ったけどさ。やっぱり一番大変だったのは天馬だったって思うもん。その天馬へのご褒美サプライズ計画に参加させてもらえなかったことは、天馬の恋人としても面白くはないよね。
「ところでさ、一臣が女の子達をゲートまで送って行った時、彼女達の様子はどうだったの?」
「ん? ああ、それなんだけどね……」
 なんだか話題を逸らされてしまったようにも感じるけれど、一臣が俺達と合流するなり、今度は光稀が一臣に聞きたいことがあるらしくて、そこからは一臣の話をみんなで聞くことになった。
 一臣の話を聞く限り、水嶋さんと白石さんの二人が、すんなり天馬から手を引いてくれなさそうであることを確信した俺と天馬は、今後を思うとちょっとげんなりしてしまいそうだったけれど、二人がお互いに罵り合うことをやめてくれたのは本当みたいだった。
 それどころか
『ねえ。今から今後についての話し合いというか、新たな作戦でも立てない?』
『そうね』
 なんて。水嶋さんと白石さんが意気投合して、後藤さんや安西さんも引き連れて、みんなでご飯を食べに行く様子だったらしい。
 今後についての話し合いって? 新たな作戦って何? この期に及んで、まだ何かしらの計画を立てるつもりでいるの?
 俺だったら、天馬に告白(とほぼ同じこと)をして
『好きな奴がいるから智加とは付き合えない』
 もしくは
『俺には好きな奴がいる(お前じゃない)』
 って言われたら、物凄くショックを受けるし、おとなしく身を引こう……ってなって、そこから頑張る気力なんて湧いてこないけどな。当然、天馬からも距離を置いて、一日でも早く天馬を好きな気持ちを忘れようともするだろう。
 それに比べると、女の子は逞しいな。それほど天馬のことが好きで、諦められないってことなのかもしれないけれど。
 だけど、そうなってくると、どうしたら諦めてくれるの? って気持ちになってきちゃうよね。このまま、あの二人が天馬を諦めてくれなかったら、俺と天馬こそ何か手を打たなくちゃいけなくなってくる。



 料理を食べた後は、しっかりデザートまで食べた一臣と一緒にレストランを出たのは、一臣がレストランに入ってきてから三十分後くらいだった。
 時刻は午後九時半を過ぎていたけれど、ここから俺達の住むマンションはそんなに遠くない。電車も一本で済むから、十時過ぎには家に帰れるだろうな、と思っていたら、四人で乗り込んだエレベーターが、更に上の階に昇って行くからびっくりした。
 もしかして、まだ何かサプライズが残っているの?
 またしてもわけがわからなくなる俺は、最上階から二階下の階でエレベーターを下ろされた。
「え……あの……俺達、家に帰るんじゃ……」
 ここでも、わけのわからない顔をするしかない俺が、恐る恐るといった感じで一臣と光稀に聞いてみれば
「ふふふ」
 一臣と光稀は嬉しそうな顔をして、意味深な笑顔で笑い合ったりする。
 いい加減、これ以上の隠し事はやめようよ。
「僕達が今回のサプライズ計画を智加に内緒にしていた最大の理由がこれだよ」
「へ?」
 最初に俺からの疑問に答えてくれたのは光稀だったけれど、それって一体どういう意味?
「今宵、恋人同士として初夜を迎えるお二人に、この高城一臣、当ホテルのデラックスルームをご用意させていただきました。いやまあ、完全に親のコネではあるんだけどね」
「っ⁈」
 なっ……なんですと?
「光稀から聞いたよ。今日の計画が無事達成されたら、天馬と智加は初エッチすることになってるんでしょ?」
「なっ…⁈」
 わ……忘れてた……わけじゃないけれど、それが今日の話になるとは思っていなかった。
 確かに、俺と天馬の間でそういう話になっていることを光稀には話したけれど、そのことが今日のサプライズ計画の中に組み込まれているとは思わなかったよ。
 行き先が遊園地だって聞いた時点で、その日は俺も天馬も疲れているだろうから、天馬との初エッチは計画実行当日ではなく、その後、なんとなくそういう流れになった時になるんだろうと思っていたんだけどな。
 更に言えば、こんな時間に一臣が――正確には“一臣のお父さんが”だけど――用意したホテルの部屋に案内されるってことは……。
「ちょっ……ちょっと待って。もしかして、今日ってここに泊まるの?」
 ってこと?
「うん。そうだよ」
「……………………」
 どうやらそういうことらしい。まさかのお泊り。本当に何も聞いていないから、俺、お泊りの用意なんて一切していないんだけど。それに――。
「二人の初めての夜を、終電なんかに邪魔させるわけにはいかないでしょ?」
「じゃなくて……」
「あ、心配しないで。後で宿泊費を請求するような、ケチな真似はしないから」
「それはそれで申し訳ないけど、じゃなくてっ!」
「え?」
「大学は⁈ 明日って月曜日だよね? 大学があるじゃんっ!」
 そうなのだ。今日は日曜日。当然明日は月曜日で平日なわけだから、俺達には大学というものがある。
 四人とも月曜日の時間割は一時間目から入っているから、朝のんびりしているような時間の余裕はないはずなんだけど?
「あれ? 智加ってば忘れたの? 明日はうちの大学お休みだよ?」
「へ?」
「創立記念日だから休みになるって、掲示板に出てたでしょ?」
「……………………」
 それは完全に忘れていた……というより、知らなかった。掲示板にそんな案内なんて出てたっけ?
 いつも掲示板から情報を仕入れる前に、天馬や一臣や光稀が必要な情報を俺に教えてくれるから、自分でちゃんと掲示板を見ない癖がついちゃっているのかも。
「で……でも俺、泊まりの用意なんて何も……」
 それにしても、そんなにタイミングのいい話がある? もしかして俺、騙されてる?
 自分の置かれた状況に不信感や戸惑いを覚え、俺が“でも……”を繰り返すと
「大丈夫。そこの準備も抜かりはないよ。ね、光稀」
「うん。下着と靴下、Tシャツの替えは部屋に二人分用意してあるから」
 このサプライズ計画を考えた二人からは、用意周到な返事。
 展望レストランでの食事に、ホテルの客室――それも、デラックスルームという、通常の客室よりもランクが上の部屋を用意し、部屋の中にはなんの用意もしていない俺達二人分の着替えまで……。
 二ヶ月前に大学生になったばかりの友達同士のサプライズにしては、ややお金も手も掛かり過ぎている気がするけれど、サプライズ計画を考えたうちの一人が高城グループの御曹司ともなれば、これくらいのことは本当にちょっとしたサプライズ感覚で用意できちゃうんだろうな。
 まあ、一臣もただ我儘を言って、親にレストランや客室の手配をしてもらったわけじゃなく、何かしらの交換条件として、レストランや客室の手配をしてもらっているとは思うけどね。
 今日の場合だと、急遽夕食に誘ってきたお父さんに、「夕食に付き合う代わりに……」とでも言ったのかもね。元々の一臣の予定では、今日は俺、天馬、光稀と一緒に夕飯を食べるつもりだったわけだから、一臣からしてみれば、父親からの誘いでその予定を変更されているわけだから。
 だったら、レストランの食事券だけで充分だった気もするけれど、客室の手配は一臣が言い出したわけじゃなくて、お父さんからの提案だった可能性が高い。
 家族から溺愛されて育ってきた一臣だもん。夕飯を食べ終わる頃にはいい時間になっているだろうと思い、お父さんの方から
『帰りは遅くなるからホテルに泊まっていきなさい』
 って言い出したような気がする。
 だからって、そこに俺達まで便乗させてもらう必要は全くないんだけれど。
 しかし、そうは言っても、既に俺達が泊まる準備を整えられてしまった後では断るに断れないし
「二人の部屋はここね。はい、これ部屋のカードキー。俺と光稀は隣りの部屋に泊まってるから。何かあったら遠慮なくどうぞ」
 一臣と光稀もここに泊まるつもり満々でいるから、ここは素直に従うしかないのかも。
「それじゃ二人ともごゆっくり。また明日色々と聞かせてもらうから」
「ちょっ……」
 これ以上、俺達の邪魔をしないようにと思っているのか、それとも、早く光稀と二人きりになりたいからなのかはわからないけれど、一臣は天馬に部屋の鍵を押し付けると、足早に自分達の部屋に向かって歩き始めてしまう。
 急な展開に、俺はまだ言い足りないことがある気がしてならないんだけれど、言いたい言葉も思い付かなくて、ただただ唖然となって立ち尽くすしかなかった。
「あ、そうだ」
 一臣と一緒に俺達の隣りの部屋に向かい掛けた光稀は、その前に“思い出した”と言わんばかりに足を止め、俺のところに小走りで戻って来ると、俺の耳に唇を寄せて
「ね? 言ったでしょ? 智加は後で好きなだけ天馬にご褒美をあげられる、って。天馬にとっては智加が一番のご褒美になるんだからさ。いっぱいサービスしてあげなよ」
 なんて耳打ちしてくるものだから、俺は一瞬にして耳まで真っ赤になってしまうくらいの恥ずかしさを感じた。
 さっき光稀が言った言葉の意味って、そういうことだったの?
(サービスってなんだよっ!)
 この状況自体にテンパっている俺に、そんなことができるわけがないじゃんか。そもそも、何をどうすればサービスになるのかもわからないのに。
「天馬もあんまり智加に無理をさせないようにね」
「お……おう……」
 俺には「サービスしてあげなよ」と言い、天馬には「無理をさせないようにね」と矛盾したことを言う光稀だけれど、どちらの言葉も言われた人間を限りなく気恥しい思いにさせ、俺と天馬は気まずいったらないよ。
「天馬の方は聞こえたけど、智加にはなんて言ったの?」
「内緒。あー。今日は疲れたから、あったかいお風呂に入って早く寝たいな~」
「え? 食後の運動は?」
「一人ですれば?」
「一人じゃできないじゃん」
「そうだっけ?」
「もー……わかってる癖に。付き合ってよ」
「いやらしい」
 微妙な空気になった俺と天馬を廊下に残したまま、一臣と光稀は戯れのような会話を交わしながら、一臣が開けたドアの中へと吸い込まれるようにして消えていった。
「……………………」
 そんな二人の姿を廊下に立ち尽くしたまま呆然と見送った俺と天馬は、一臣と光稀が入って行った部屋のドアが閉まる音にハッとなり
「とりあえず、俺達も部屋に入るか」
「う……うん。そうだね……」
 こうして廊下に突っ立ったままでいる方が余計に気まずくなるような気がしたから、ひとまず部屋の中に入ることにした。
 天馬と二人でホテルに泊まるなんてことは、もちろん初めてのことだった。


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