僕らの恋愛経過記録

藤宮りつか

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Season 2

    先輩カップルにご教授を⁈(3)

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「大丈夫? 律」
 司さんと悠那君が出て行った後、真っ赤になって硬直している律の顔を覗き込んだ僕は
「うん。でも……」
 あまりの衝撃に身体を小さく震わせている律に
「僕も海に触られたら、あんな風になっちゃうのかな?」
 と、縋るような目で聞かれ、心臓がドクンッ、と大きく脈打った。
 困った顔の律はとても可愛くて、それを今すぐ試してみたくなってしまう。
「僕……自分があんな風になると思うと、恥ずかしくて死んじゃうよ」
 両手で顔を覆い、首をふるふる左右に振る律。どうやら相当混乱しているようである。
「どうだろう? 悠那君と律じゃ、反応は少し違うと思うよ?」
 確信はないけど、そう言って安心させようとすると、律は少しだけホッとした顔になる。
 でも、何かしらの反応はするだろうし、悠那君ほどではないにしろ、それなりにいやらしい顔とかするんじゃないかな――とは、さすがに言わない。
「悠那さんは、僕も海にいろんなところを触ってもらえばいいって言ってたけど、具体的にどういうところを触られるものなんだろう」
 今しがた、司さんに胸元をまさぐられている悠那君を見た律だけど、それが何をしているところなのかわかっていないようである。
 とことん恋愛知識には乏しい律に、僕はどう説明してあげるべきか悩んでしまう。
「律もさっき見たでしょ? 司さんの手が、悠那君の胸を触ってるの」
「え? あれ、胸触ってたの?」
「うん」
「なんで?」
「なんでって……」
 無邪気な質問をする律は、子供みたいで可愛いんだけど、高校二年生にもなった律に、そこを説明しなきゃいけない僕の恥ずかしさもわかって欲しい。
「女性相手ならまだしも、男の胸なんか触って何が楽しいの?」
 律は真っ平な自分の胸を見下ろすと、服の上からペタペタ触ったりする。そんな触り方じゃ何も楽しくないだろうし、自分の胸を触ること自体、楽しくもなんともないと思う。
 って言うか、女の子の胸を触ることには理解があるらしい。律も一応は男ということなんだろうか。
 真っ平な男の胸を触る理由がよくわからない律は、試しに僕の胸を服の上からペタペタ触ってきたりもした。
 その触り方はとてもぶっきら棒で、全然エッチな雰囲気にもならないわけだけど、律の手が僕の胸を触っているという状況には萌える。
「全然楽しくないんだけど」
「楽しむために触るわけでもないからね」
 しかめっ面をして、僕の胸から手を離した律に、僕は困った顔で笑いながら答えるのだった。
「律。ちょっとこっちおいで」
「?」
 口で説明するより、実際にやってみた方がわかりやすいだろう。悠那君じゃないけど、とりあえずやってみよう! の精神も時には大事だ。
 僕が胡坐をかいて座る自分の足を指差すと、律は首を傾げながら、僕の足の上に座ってくれた。僕に背中を向けて座る律の可愛い後頭部が、一体何をされるのかと不安がっているのがわかる。
 でも、素直に僕に従うということは、少しはそういうことされてもいいと思ってるってことだよね? 僕とセックスすることを真剣に検討している律は、今まで知らなかった世界を体験する気になっているのかもしれない。
「律」
 耳元で囁いてから、律の腰をキュッと抱き締めると、律の身体がピクンッと揺れた。
 律を後ろから抱き締めたまま、律の首元に顔を埋めると、律は擽ったそうに身体を捩ったりする。
「海っ……擽ったい……」
「んー?」
「んっ……」
 腰に巻き付いた僕の腕を握りながら、僕と密着することに耐えている律の首に、チュッ、って音を立ててキスをすると、律は小さく息を詰めた。
 普段はされない場所にキスされたことで、律の頭の中は相当パニック状態になっているだろうけど構いはしない。さっきは邪魔されてしまったけれど、ここからはもう邪魔も入ってこないだろう。
 それに、ほんの少しとはいえ、司さんと悠那君にあんなシーンを見せられてしまっては、僕も男としておとなしくしてはいられない。
「ちょっと……海っ……んんっ」
 何度も律の首や耳朶にキスをすると、律は戸惑った顔をしながら僕を振り返ってきた。
 待ってましたと言わんばかりに、今度は律の唇にキスを落とすと、律はギュッと僕の腕を握りながら、僕からのキスを受け止めてくれた。
 律と恋人同士のキスをするのは、悠那君と一緒にお風呂に入った日以来。つまり、僕と律はまだ一回しか恋人同士のキスをしていなかった。
 あの後も、何度か律とキスはしたけれど、いざ、恋人同士のキスをしようと思ったら、途端に律が恥ずかしがってさせてくれなかった。
 初めてした時は、「たまにならいい」って言った癖に。その“たまに”が一ヶ月以上も先になるなんて思わなかったよ。
「んっ……はぁっ……ん」
 人生二度目の恋人同士のキスに、律はやっぱり息継ぎの仕方がわからないようで、僕がちょっと隙を与えてあげるタイミングで、苦しそうな吐息を吐いた。
 知識もなければ飲み込みも遅い律だけど、そういうところがまた可愛い。僕からのキスを一生懸命受けてるって感じの姿も健気だとも思う。
 しかし、今日はこれだけで終わらせるつもりのない僕である。
 律にキスをしながら、後ろ向きでやや体勢がきつそうな律の身体を楽な姿勢に動かしてあげると、さっき司さんが悠那君にしたように、手を律のシャツの中へと滑り込ませた。
 僕の手がシャツの中へ進入してくると、律はビクンッと大きく身体を震わせて強張ったけど、僕の手が律の脇腹あたりを擽るように撫でると
「んっ……ははっ……もう、擽らないでよ」
 律は堪らず笑顔になって、僕の胸を押し返してきた。
 でも、僕を押し返す腕には全く力が入っていないから、一瞬目が合い、お互いに見詰め合ったあと、再び律の唇を奪っていった。
 笑ったことで少しは緊張が解れたのか、さっきより素直に僕からのキスを受ける律。律の手も僕のシャツをしっかり握ってくれていて、少しは恋人らしい反応を見せてくれた。
 律にとって僕の服を握るという行為は、恋人に甘えている時の仕草の一つであり、律的に“くっ付いてる”という態度の現れなのである。
 直接身体に触れるわけではなく、服に触れることによって、僕に甘えていると示してくる律の控えめ具合。悠那君のような大胆さはないけれど、僕としては、そんな控えめな表現しかできない律が、堪らなく愛しく思えるのだった。
(可愛い可愛い可愛い……)
 律への尽きることのない愛情が溢れてきて、どうしてこんなに好きになれるんだろうって、自分でもわからなくなりそうだ。ずっと一緒にいるし、おそらく、これからだってずっと一緒にいるであろう律に、僕は一生飽きる日なんてこないと思う。いや、飽きることなんてないと確信している。
 律のシャツの中に突っ込んだままになっている手を、そのまま上に移動させると、律の胸の小さな突起を指先で優しく撫でてみた。その瞬間――。
「んんっ……!」
 律は大きく身体を震わせて、握っていた僕のシャツを、更にギュッと強く握り締めてきた。
 そのまま指の腹で擦るように撫で続けていると、律の体温がどんどん上がっていくのがわかった。
「んっ……んんっ……」
 鼻から抜けるような息が漏れ、その息が少しずつ上がっていくのを感じた。
 びっくりしただろうし、嫌がられるかと思ったけど、律は僕のシャツをしっかり握り締めたまま、僕から与えられる刺激に耐えている様子だった。
 律が嫌がらないとわかると、今度はその小さな膨らみをキュッと摘んでみると
「ぃっ、やっ……!」
 律はハッとなって、僕の胸を押し返してきた。
「今のは嫌だった?」
 びっくりしたような顔をしている律に優しく聞いてあげると、律は恥ずかしそうに目を伏せて
「嫌っていうか……なんか変な感じがして……」
 と、囁くような声で答えてくれた。
 嫌。とは言わない律に、僕も少しホッとした。
「……………………」
「どうしたの? 律」
 嫌じゃないのであれば、もう少し触ってみようかと思った僕は、俯いたまま、落ち着きなく視線を彷徨さまよわせる律を不思議に思った。
 律の顔を覗き込むと、律は一瞬僕と目を合わせてくれたけど、またすぐ俯き気味になり、キュッと唇を結んだりする。
 何か言いにくいことがあるらしい。
 少し身体を引き、律の様子をまじまじと見詰める僕は、律の手がもじもじとお腹の下で組まれていることに気が付いた。僕の膝の間に横向きに座り、膝を曲げている律のその仕草は、僕の目から何かを隠そうとしているようにも見えた。
「もしかして、律……」
 淡い期待を抱いた僕が、律の手の下に視線を向けると、僕の視線に気づいた律はハッとして
「ちっ……違うっ! なんでもないからっ!」
 身体をギュッと縮こめて、更に自分の身体を隠そうとした。
 自分の身体というか、腰から下――つまり、下半身を隠そうとしているようだ。
 これはもう、そうであると確信して間違いないだろう。僕と恋人同士のキスをして、胸まで触られた律は、初めての感覚に身体が反応してしまったということに違いない。
 性に淡白な律は、どういうことで性欲が刺激されるのかが全くわからない。一緒の部屋で暮らし始めて一年以上が経つけれど、律が性欲処理で困っている姿なんて、僕は一度も見たことがない。
 そもそも、律は性欲処理自体やっているのだろうか。僕と付き合うことになってから、そういう欲は益々なくなった――みたいなことを言っていたから、ここに来てから一度もしていないのかもしれない。それはもう、悟りの境地に入っているかのようだ。
「律。恥ずかしがらないで」
「嫌だ……だって……」
 やんわりと律の手を退かそうとするけれど、律は頑なにそれを拒んだ。
 そこまで僕に見られたくないということは、やっぱり律のナニは反応してしまったということなんだろう。律のそんな姿は初めてだから、僕は嬉しくなってしまう。
 そうか。律も僕に触られると、ちゃんと反応してくれるんだ。
「全然恥ずかしいことじゃないんだよ? むしろ、僕にとっては喜ばしいことなんだけど」
「ほ……ほんとに?」
 僕に触られて反応してしまった律を見たくて仕方ないけれど、そこは強引に暴いたりしない。律をあやして、懐柔する方向に持っていくことにする。
 知識も経験も圧倒的に不足している律は、甘やかしてあげる方が素直に言うことを聞く場合が多い。
「だから見せて? 律のソコがどうなってるのか」
「……………………」
 精一杯優しい声と表情で促すと、律はどうしようかと迷いながらも、ほんの少しだけ手を上げるのと一緒に、僕の顔も見上げてきたりする。退かした手の下にわずかな膨らみを確認した僕は、律を褒めてあげたい気分にさえなった。
 今にも泣きそうなほどに困った顔の律は
「どうしよう、海。僕……こういうことに無縁だったから……」
 ほんとに泣いちゃうんじゃないかってくらい、震えた声でそう言った。
「律ってオナニーとか全然してないの?」
「うん」
「いつから?」
「いつからと言うより、そもそもしたことないんだけど」
「え……」
 ちょっと待って? したことがない? 今、したことがないって言った?
(天然記念物⁈)
 律がそういうことに全然興味がないことは知っているけど、まさか自慰行為の経験すらもないだなんて。性に全く関心の無い律でも、さすがにオナニーくらいはしたことあると思ってたのに。
「え? じゃあ朝勃ちとか、夢精とかは? それもないの?」
「うん。なかった」
「……………………」
 なんてこと……。こうなると、悟りの境地とかいうレベルじゃないよ。地球外生命体なんじゃないかと疑うレベルのピュアさじゃないか。
「こういう現象は知識として知ってたけど……。実際、自分の身に起こるのは初めてなんだ」
 自分でも、今まで全くこういうことがなかったことは変だと思っているようで、律は少し落ち込んでいるような表情さえ見せた。
 でも、今までそういうことがなかったからこそ、ここまで純粋無垢に育ってしまったのかもしれない。男に生まれてきた以上、どこかで必ず性の問題にぶち当たる日が来るものだ。仮に望んでいなくても、生理現象として現れるものなんだ。だからこそ、性に目覚めるわけだし、あらゆる妄想をするようにもなるんだから。
 その機会がまだ訪れていなかった律が、恋愛方面で頗る疎くなるのは仕方がないことだったのかもしれない。どんなに頭に知識を詰め込んでみても、自分の身にそういう現象が起こらなければ、現実的に考えられないところがあったのかもしれない。
 どうして律がここまで恋愛音痴で、性に関する知識にも無頓着で、僕との感覚がズレていたのかという理由を、僕は初めて知った気がした。
「ねえ、海。これ、どうしたらいいの?」
 自分の身に初めて起こった現象に、律は心底困った顔で僕を見上げてくるのであった。



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