僕らの恋愛経過記録

藤宮りつか

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Season 3

    勇気の行方(8)

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「はい、オッケー! お疲れ様っ!」
 ロケ最終日を迎えた僕達は、その日も朝から撮影を行い、日が落ちる頃まで撮影を続けたところで、全予定を終了させることができた。
「いや~、どうしたの? 海君。今日は凄くいい感じだったね」
「そうですか?」
「うんうん。肌艶もいいし、何かいいことでもあった?」
「朝風呂入ったのが良かったのかもしれないです。気分がスッキリしてくれて」
「朝風呂か~。確かに、朝一でお風呂に入ると、頭も身体もシャキッとしていいよね」
「そうなんですよ~」
 特に、この五日間の中で一番調子の良かった海は、ワンシーン撮り終わるたびに、監督や他の共演者さんから絶賛の声を上げられていた。
 全く……単純っていうか、お調子者っていうか……。そんなにいい演技ができるなら最初からやってよ、と言いたくなる。
 そういう僕は……。
「律君はちょっとお疲れ気味だったみたいだけどね」
「すみません……」
「でも、苦し気な演技とか、辛い表情をする時は良かったよ。内側から滲み出てる感じがして」
「はぁ……」
「なんか二人とも成長したっていうか、だいぶ演技が上手くなってきた気がするね。これからの撮影が楽しみだよ」
「頑張ります……」
 全身の疲労感、身体の中に残る違和感に、いつもの調子が全然出なかった。
 言っても、いつもが調子いいわけでもないから、特に変わり映えがないと言えば変わり映えがないようにも思うけど、監督の目から見れば、いつもと違ったように見えたらしい。
 今朝、僕も海と一緒に朝風呂に入ったんだけどな……。海のように気分爽快にはならなかった。
 むしろ、昨夜のことを思い出すと恥ずかしい気持ちしかなくて、消えてなくなりたい気分にさえなった。
 ついでに言うと、身体のあちこちも軋むように痛かった。
 最初は僕を気遣いながら、物凄く優しく扱ってくれていた海だけど、最終的にはなんかもう……凄かった。凄く激しくて、僕の身体は壊れてしまうんじゃないかとさえ思った。
 海の中にあんな激しさがあるなんて知らなかったけど、容赦なく揺さぶられる身体に、自分の中でも何かが目覚めるような感じがした。
 正直に言うと、海に乱暴に扱われることを、別に嫌だと思わなかった僕だけど、その後遺症みたいなものはしっかり現れたということだ。
 だからって、昨日のことを後悔はしていないし、海と一線を越えられたことは良かったと思っているけれど。
「さて。じゃ、撤収作業して帰ろうか」
 メンバーと離れて過ごした四泊五日の地方ロケは、こうして無事幕を閉じることとなった。





「ただいま帰りました」
「おかえり~。お疲れ様っ。撮影どうだった?」
「ええまあ……。これといって問題はなかったですよ」
 ロケバスに揺られ、僕達の住むマンションに帰ってきたのは、時計の針が夜の10時を回る頃だった。
 ロケが終わった安心感と、身体中に襲い掛かる疲労感に、家に辿り着いた時の僕は疲労困憊で、ウキウキした笑顔で僕達を出迎えてくれた悠那さんに、疲れきった表情しか見せられなかった。
「なんか……律は凄くお疲れって感じだね」
 今日一日ですっかりやつれてしまったような顔の僕を見て、悠那さんが心配そうな顔をしたが
「すみません。なんか今日は異常に疲れてしまって……」
 その理由を上手く説明できない僕は、適当な言葉で誤魔化すことにした。
 悠那さんは少し不思議そうに小首を傾げた後
「海は元気だね。ロケ楽しかった?」
 僕の後ろでまだまだ元気そうな海を見て、ちょっとは安心したみたいだった。
「はい。すっごく楽しかったですよ」
 僕と違って元気満々な海は、なんなら朝まで四泊五日のロケ体験を話したそうでさえあった。
 別にそうしたいならそうしても構わないけど、僕は先に寝させてもらう。
「おかえり。遅かったね。夕飯は食べたの?」
「はい。ロケバスに乗る前にちゃんと食べてきました」
 リビングに入ると、さっきまでリビングで悠那さんとゲームをしていたのか、テーブルの上に散らばったお菓子の袋や、コントローラーを片付けている司さんの姿があった。
 陽平さんの姿が見えないということは、まだ仕事から帰ってきていないのか、もしくは、仕事が終わった足で実家に帰っているのだろう。
 陽菜ちゃんが生まれてからというもの、陽平さんは頻繁に家を空ける機会が多くなったけど、歳の離れた妹に会いに行くためなので、僕は微笑ましく思っている。
 陽平さんがいないと、家の中が司さんと悠那さんのやりたい放題になるのは困るけど、変に関わらないようにしていれば安全だから、問題がないといえば問題はない。
「そっか。じゃあお風呂入ってきなよ。さっき入れたところだから、ちょうどいい湯加減だと思うよ」
「そうさせてもらいます」
 普段、あまり進んで家事をしない司さんも、陽平さんが留守の時なんかは結構してくれる。
 陽平さんほど行き届いてはいないけど、こうして仕事から帰ってきてすぐお風呂に入れるのはありがたいと思うし、陽平さんがいない時は、自分が年下の世話をしなくちゃいけないって思っているところはあるらしいから、そう思ってもらえること自体、感謝するべきだとも思っている。
 もっとも
「あれ? 悠那。食器洗っちゃったの? 俺が洗うって言ったのに」
「えー? だってぇ……。今日は司がご飯作ってくれたから、食器洗いはしてあげようって思ったんだもん」
「この前は夕飯も食器洗いも悠那がしてくれたじゃん」
「俺はいいんだもーん」
 司さんは悠那さんと新婚生活気分を味わっているだけ……という可能性も無きにしも非ずではあるけれど……。
 まあいいよ。二人がそれで楽しいなら。好きにしてって感じだ。
「先にお風呂入っといで、律。疲れてるでしょ?」
「うん。ありがとう」
 二人のやり取りを呆れ気味に眺めていると、海が耳元でそう言ってきた。
 “疲れてるでしょ?”という言葉が、何を意味しているのかは微妙なところではあるけれど、海は海なりに僕を気遣ってくれているようだから、僕もその言葉に甘えることにした。
 ひょっとしたら、四日間連続で一緒にお風呂に入った海が、家に帰ってきても「一緒に入ろう」って言い出さないか心配だったけど、そこはちゃんと弁えてくれるようだからホッとした。
「あ、そうだ。二人とも洗濯物も結構あるよね? 後で洗濯機回すから出しといてね」
「はい」
 本来なら、陽平さんが言っているであろうセリフを言う悠那さんに、ここに来たばかりの頃とは比べ物にならないくらい成長した悠那さんを感じる僕だった。
 悠那さんに「洗濯物出しといて」って言われる日が来るとは思わなかったな。
 言われなくても出すつもりではいたけれど、言って貰えるのも、それはそれで嬉しいものだ。





 我が家で一番お風呂が長いのは悠那さんで、その次が僕だった。
 陽平さんが三番目。海が四番目。最近では、司さんは悠那さんと一緒にお風呂に入っているから、司さんも長風呂と言えば長風呂になるんだけれど、悠那さんと一緒に入らない時は「ちゃんと浸かったんですか?」って聞きたくなるくらいにお風呂が早いから、個人タイムで言えば、司さんが一番お風呂に入っている時間が短いと言える。
 僕の入浴タイムは大体約30分。最初に40度くらいの湯船に15分浸かってから、頭や身体を洗うのに10分くらいを費やす。その後、残りの5分で身体を温め直してお風呂を出る……という流れだ。
 でも、今日はとにかく疲れきって眠気が半端ないから、全体的に時間を短縮し、20分もしないうちにお風呂から出ることにした。
 それでも、お風呂上がりに髪の毛を乾かすことは忘れずに、部屋に戻ってスキンケアさえすればいつでも眠れる状態になった僕がリビングに戻ってくると……。
「律っ! 良かったね! おめでとうっ!」
 いきなり悠那さんに抱き付かれて、僕はもう何が何やら……。
「えっと……」
 一体なんの話? と思ったけど、僕がお風呂に入っている間、リビングのソファーに司さん、悠那さん、海の三人が揃っていたことを考えると、その答えはおのずと見えてくる。
「海……」
 そうか。二人に話したんだな。僕と海がロケ中にそういうことしたって話……。
「っていうか、俺はまだってことを知らなかったからびっくりしちゃったよ。もうとっくにシてるのかと思ってたのに」
「いや……悠那さん? できればその話は……」
 できればその話は後日にして欲しい。っていうか、一生しなくていいとも思っているのに、悠那さんは興味津々な顔だった。
 海が言いたくなる気持ちはわかるし、僕も口止めするつもりはなかったけど、何も今日言わなくてもいいじゃないか。僕、疲れ果ててて一刻も早く眠りに就きたいのに。
 こういう話をしたら、悠那さんが興味津々になるのは目に見えてるし、僕から色々聞きたがるのなんてわかるだろ。
「で、どうだった? 海との初エッチ」
「~……」
 でもって、質問が直球過ぎる。そんな身も蓋もない聞き方する?そんな直球的な質問に対し、僕にどう答えろっていうんだ。
「どうって聞かれましても……」
「気持ち良かった? 好きな人と一つになれる幸せ気分味わえた?」
「あ……う……」
 こ……これはもうどうしたら……。
 悠那さんはこういう話を始めたら止まらないタイプだし、司さんもあまり悠那さんのすることを止める人間ではない。海もこの手の話は好きな方だから、念願叶った今、二人に話したいことも山積みなのかもしれない。
 そうなると、僕がここから逃げ出すのは困難になってしまう。昨晩からの疲れを引き摺っている僕は、五日振りに帰ってきた住み慣れた自分の部屋のベッドで、心置きなく惰眠を貪りたい気分なのに。
 こうなると、なんで今日に限って陽平さんがいないんだと、陽平さんの不在を恨めしく思う。
 もし、ここに陽平さんがいてくれたら、海も少しは気を遣って、僕との進展を帰ってくるなり早々には口に出さなかったかもしれないし、そもそも、陽平さんが家の中にいてくれたら、司さんと悠那さんがリビングでイチャイチャしながら僕達の帰りを待っている……という状況にもなっていなかったかもしれない。
 とは言っても、結局一番の元凶は海で、僕との進展に浮かれ切っている海が、そのことを誰かに報告したくて仕方なかったってことにはなるんだろうけど。
「もう……海は……」
「えへへ。ごめんね。でも、僕がこういう話を心置きなくできるのって、司さんや悠那君しかいないから」
「全くもう……」
 おそらく、海は今朝からずっと誰かに報告したくてうずうずしていたに違いない。陸や京介には言えないから、早く帰って司さんや悠那さんに報告したいって思っていたんだろうな。
 僕はよく知らないけれど、もしかしたら、僕とのことを司さんや悠那さんに相談したこともあったのかもしれない。
「ふーん……」
「な……なんですか?」
 やや拗ね気味に海を嗜めるだけに終わる僕を、悠那さんのニヤニヤとした顔が眺めてくる。
 如何にも何か言いたそうな顔に、僕はちょっとだけたじろいでしまった。
「怒らないんだ。いつもの律なら、勝手にそういう話しないでよっ! って、目くじら立てて怒りそうなところなのに」
「う……」
 的確な指摘というか、痛いところを衝かれた僕は、咄嗟に反論の言葉が思い付かなかった。
 確かに、いつもの僕ならば
『どうしてそういう話を人にするんだっ! 別に言わなくてもいいじゃないかっ!』
 って怒っていたような気がする。
 でも、散々海を待たせた僕としては、海が浮かれてしまうのは仕方ないと思っているし、心の底から嬉しそうな海の顔を見ると、あまり怒る気がしないっていうか……怒りたくないって気持ちの方が強かった。
 だって、海は僕と恋人同士になってからの間ずっと、僕とこうなることを望んでいたわけだし。付き合い始めて二年以上も我慢し続けてくれた海だから、少しくらい大目に見てあげたくもなる。
「べ……別に怒りませんよ。どうせそのうちバレるだろうと思っていましたし」
「なるほどなるほど。海と身も心も一つになったことで、律もちょっとは丸くなったってことなのかな? 海への愛も深まったってことだね」
「なっ……!」
 ど……どうしてそういう恥ずかしいことを平気で言ってくれるんだ。言われた僕の方は堪ったものじゃないよ。
 仮に悠那さんの言う通りだったとしても、そこは第三者から指摘されたくないところであり、そっとしておいて欲しいところでもあったのに。
 ほんと、この人っていろんな意味で容赦がないっていうか……あんまり言葉を選ばない人だよね。
「わぁ、律の顔真っ赤。図星だったのかな? 可愛い~」
「うるさいですよっ!」
 海のことを怒らない代わりに、僕を弄ってくる悠那さんのことを怒ることにした。
 声を荒げたところで、悠那さんにはちっとも効果がないみたいだけど。
「でも、なんか嬉しいな~。律と海がそういう関係になってくれて。これからは、律とももっと深い話ができるね」
「いや……僕は悠那さんとこれ以上深い話とかしたくないんですけど……」
「なんでっ⁈ 酷いっ!」
「なんでって……自分の胸に聞いてみてくださいよ」
「思い当たる節なんて全然ないよっ!」
「それ……本気で言ってます?」
 四泊五日のロケが終わり疲労困憊の僕は、お風呂から出たら早々にベッドの中に潜り込もうと思っていたのに……。
「もちろん本気だよっ! 俺の何が問題なのっ⁈ ちゃんと説明してっ!」
「えー……」
 何故か僕の発言にご立腹の悠那さんのせいで、そういうわけにはいかなさそうだ。
「とりあえず、海もお風呂入ってきたら?」
「そうします」
 僕に詰め寄る悠那さんをよそに、司さんと海は凄く和やかな雰囲気だった。
 おい、そこの役立たず彼氏。ちょっとは恋人の暴走を止める努力とかしてくれないのかよ。
 完全に悠那さんに絡まれている状態の僕は、頼みの綱である海をお風呂場に追いやられ、最早孤軍奮闘状態に追い詰められた。
 この様子じゃ、少なくとも海がお風呂から出てくるまでは解放されそうにない。
 ロケの間、僕に合わせて長風呂になっていた海が、家に帰ってきたことにより、いつも通りの入浴時間に戻ってくれることを祈る。
 海がお風呂から出てきたところで、僕達が悠那さんの魔の手から解放される保証もないけれど……。
 疲れ果てた僕が、心の底から求める夢の世界にいざなわれるのは、あと何分……いや、何時間後になるのだろう……。


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