初恋♡DESTINY☆

藤宮りつか

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Episode2

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   セカンドキス



飛鳥井あすかい鷹夜です。よろしく」
 とりあえず、キャンパス内での鷹夜との再会は目立ち過ぎたので、場所を大学近くのファミレスに移し、俺、鷹夜、恭一の三人で、落ち着いて話をすることになった。
 ファミレスに入る頃にはさすがに俺も落ち着いて、結局、三人とも講義をサボることにはなってしまったけれど、今はまだ履修登録期間。登録しようと思っている講義も、必ず出なきゃいけないわけでもなかった。
「飛鳥井? 藤野じゃなかったのか?」
 恭一に向かって自己紹介をする鷹夜に、恭一はあれ? と首を傾げた。
 そこは俺も不思議に思った。もしかして俺、鷹夜の苗字を間違えて覚えてた?
 そんなはずはない。俺の記憶の中では、鷹夜の苗字は藤野で、飛鳥井なんて苗字じゃなかったはずだ。
「親が離婚したから苗字が変わったんだ。飛鳥井は母方の姓だよ」
「り、離婚? 鷹夜の両親って離婚しちゃったの? いつ?」
 両親が離婚したと聞いて、ついつい詳しく聞きたくなってしまった俺だけど、よくよく考えると、鷹夜もそんなことを聞かれたくはないよね。
 俺が“しまった”って顔をすると
「気にしなくていいよ。親が離婚したのは、由依と出逢った旅行のすぐ後かな。実はあの旅行、最後の家族旅行だったんだ。最後で最初だったけどね」
 鷹夜は俺の頭をポンポンと撫でながら、本当にどうってことないって感じで答えてくれた。
「そうだったんだ……」
 全然気付かなかった。確かに、鷹夜の親は全然コテージから出てくる気配がなかったし、たまに見掛けることがあっても、どこか疲れたような顔をしていたから、あんまり仲睦まじい家族って感じはしなかった。
 それが、離婚前の最後の家族旅行だから……だなんて、子供の俺にわかるはずもなかった。
「だから俺、ほんとは旅行なんか行きたくなかったんだけどね。でも、そこで由依に出逢えたから、行って良かったって思ったよ。全然楽しみにしていなかった旅行なのに、由依と一緒に過ごしたおかげで凄く楽しい思い出になったし」
「それならいいんだけど……俺、何も知らなかったから、鷹夜に無神経なこととか言ったかもしれない。親の話とかしちゃったし。ごめん」
「気にしてないよ。そうやって普通に接してくれるのが逆に嬉しかったし、由依の無邪気さに救われたところもあったから」
 鷹夜と過ごした思い出はハッキリ覚えている俺は、鷹夜の前で家族の話を平気でしたことも覚えている。
 今思うと、あの時の鷹夜は少し困った顔をしていたようにも思う。俺の家族の話を聞く時はそうでもなかったけど、俺が鷹夜の家族の話を聞いた時なんかには。
「それにしても、飛鳥井……って、俺も鷹夜って呼んでいい?」
「どうぞ」
「鷹夜って律儀なんだな。十三年も経ってるのに、こうして由依に会いに来るなんて」
 人見知りをしない恭一は、今日が初対面になる鷹夜にも、まるで顔見知りでもあるかのように接し、鷹夜もそれに気軽に応えた。
 そう。それだよ。なんで十三年も経った今になって、鷹夜は俺の前に現れたんだ。恭一の言うように、大学進学を理由に、俺のいる土地に引っ越してきたってことなのかな。
「由依のことは一日だって忘れたことないし、ずっと気掛かりだったんだ。由依がどこに住んでいるのかも、車のナンバープレートでしかわからなかったし。でも、約束は果たそうと思ってたから、大学進学を理由に、地元を離れて会いに行くことにしたんだ」
 凄い。恭一の予想が見事に当たっていることが証明されている。恭一には推理力があるってこと? 恭一は将来探偵にでもなったらいいのかもしれない。
 それはそうと、俺のことは一日だって忘れたことないって……。そんなこと言われたら恥ずかしいじゃん。俺、そんなに鷹夜の記憶の中に強烈な思い出を残してたってことなのかな?
「もちろん、今の大学に進学したかったっていうのもあるけどね。由依が地元の大学に進学するかどうかはわからなかったから、不安に思う気持ちもなくはなかったんだ」
 もともと地元を離れるつもりは毛頭なかった俺は、鷹夜のそんな不安なんて考えたこともなかった。
 そんな話を聞くと、鷹夜は本当に俺に会おうとしてくれたのだと知り、嬉しいような申し訳ないような複雑な気分にもなった。
 そんなに想ってくれていたのに、俺は鷹夜のことを“忘れたい”だなんて思ってしまっていた。なんかそれ、俺がめちゃくちゃ酷い奴みたいだよね。
 まあ……実際は忘れたくても忘れられなかったわけだから、鷹夜のことがわからなくて、鷹夜を傷つけることもなかったわけだけど。
「ふーん……子供の頃にたった一週間一緒に過ごしただけの相手を、そこまで想えるものかねぇ……。よっぽど由依のことが気に入ったってことなんだろうな」
 恭一はちょっと理解できないって顔はしたけれど、十三年も経って俺に会いに来た鷹夜には、素直に感心した様子でもあった。
「由依は俺の初恋の相手でもあるから。そりゃ気になるかな」
「え……」
 ちょっと待って。今、サラッとなんか言ったよね?
「へー、そうなんだ。良かったな、由依。お互い初恋の相手同士じゃん」
「ちょっと恭一っ! 余計なこと言わないでよっ!」
 どうしてーっ⁈ どうしてそういうことになるの⁈ 俺の初恋の相手が鷹夜だって話は恭一にしかしてないけど、鷹夜も俺が初恋の相手なの?
「そうなの? 由依。嬉しいなぁ」
「そこ、喜ぶところじゃなくない?」
 お互い初恋の相手同士だと知った鷹夜は、嬉しそうな顔になって笑ったけど……。
 そこに喜ばれても困るんだよ。なんで喜んだりするの? あの時は両想いだったことが嬉しいのかもしれないけど、今更それを知ったところで過去は過去。今になってどうこうなる問題でもないのに。
「んじゃま、お互い募る話もあるだろうから、俺はひとまず退散するわ」
「え⁈」
「初恋同士上手くやれよ、由依」
「なっ……何それっ!」
 一緒にファミレスに入ったはいいけれど、恭一の方は鷹夜に用もないようで、「よいしょ」と席を立ち上がった。
「それじゃ鷹夜。由依のことよろしく。また大学で会おうぜ」
 そして、俺を勝手に鷹夜に押し付けると、スタスタと店を出て行ってしまった。
「~……」
 どうしてこうなるの。せっかく三人で来たんだから、お茶くらい一緒にして行けばいいじゃん。ほんと、恭一は何しに来たんだよ。
 っていうか、鷹夜と二人でどうしろと? 十三年ぶりに再会した鷹夜と、今更何を話せと言うんだ。募る話なんてそんなにないよ。
「行っちゃったね」
「うん……」
「由依は彼とどういう関係なの?」
「え? 小学校からの同級生だよ」
「小学校からか……。いいな。そんな時から由依と一緒にいるんだ」
「……………………」
 恭一が出て行ったドアを見詰め、少し寂しそうな顔になって言う鷹夜に、俺はちょっとだけ胸がギュッとなった。
 俺と出逢った旅行の後に両親が離婚した鷹夜は、一体どんな子供時代を過ごしたのだろう。きっと辛い思いをたくさんしただろうし、寂しい思いもいっぱいしたんだろうな。
 母方の姓を名乗っているということは、母親と一緒に暮らしていたんだろう。苗字が変わったことで、嫌な思いもしたと思う。
「こ……これから一緒にいればいいじゃん。せっかくこうして再会できたんだから」
 鷹夜の苦労を思えば、なんの苦労もなくぬくぬくと育ってきた俺は、何か鷹夜にしてあげられることはないだろうか……と考えてしまった。
 俺にできることなんてたかがしれてるだろうけど。
 でも、地元を捨てて俺に会いに来てくれた鷹夜に、“忘れたい”とか“会わなくてもいい”なんて感情はもうなくて、せっかく再会できたのであれば、また仲良くできたらいいな、と思い始めていた。
「そうだね。ありがとう、由依」
 鷹夜は視線を俺に戻すと、昔の面影が残る笑顔でにっこりと笑った。
「そうだ。鷹夜ってどこに住んでるの? 地元を離れたってことは、一人暮らししてるの?」
「うん。学生向けのマンション借りてそこに住んでるよ。マンションはこの近く」
「そうなんだ。俺の家も大学から近いから、鷹夜の住んでるマンションとも近いかもね。今度遊びに行っていい? 大学生の一人暮らしの部屋って興味あるし」
「いいよ。なんなら今から来る?」
「いいの?」
「うん。でも、せっかくファミレスに入ったんだから、お茶くらいして行こうか。何も頼まないのも悪いし」
「そ、そうだね」
 いきなり鷹夜と二人っきりにされて何を話せばいいのかと困っていたけれど、あまり心配する必要はなかった。子供の頃に会ったきりではあるけれど、話し始めたら普通に会話はできるようだ。
 その結果、急遽鷹夜の家にお邪魔することになってしまったわけだけど、それも別に困るようなことじゃない。
 同じ大学の学生同士、普通に仲良くすればいいだけだもんね。大学の友達が一人増えたってことなんだから、むしろ良かったって感じじゃん。



 鷹夜が借りているマンションは、大学から徒歩五分ほどの距離で、思った通り、俺の家にも近かった。
 部屋の間取りは1LDKで一人暮らしをするには充分過ぎる広さ。築年数も新しいのか、外観も内装も綺麗なマンションだった。
 こんなに綺麗で広い部屋なら、家賃もさぞかし高いのかと思いきや、学生に限り家賃は通常の半額になるとかで、六万弱だと言う。
 学生って何かとお得なんだな。
 周辺施設も充実してるし、ここなら快適な学生生活を送れそうである。
「いいなぁ~。こういうの見ると、俺も一人暮らししたいって思っちゃう」
「楽は楽だけど大変でもあるよ。掃除、洗濯、食事の用意も全部自分でしなきゃいけないから。まあ、俺は家事には慣れてるから、そんなに大変だとも思ってないけどね。でも、時々ちょっと面倒臭いと思うこともあるよ」
「うー……俺は全然ダメ。自分の部屋に掃除機かけるくらいかな? たまに食器洗いならするけど」
「だったら最初は大変だろうね」
「就職したら家を出ようと思ってるんだけど、家事全般を全部自分でしなきゃいけないのは面倒臭いな」
 鷹夜の部屋のリビングで寛ぐ俺は、最初の戸惑いなんてどこへやら。昔のように、すっかり鷹夜と打ち解けた気分になっていた。
『子供の頃に仲良くしていた相手とは、時間が経っても案外仲良くできるものだよ。昔を懐かしむ気持ちと同時に、その頃に戻るような感覚なのかな? 同窓会に行くとそう思うよ』
 先月、中学の同窓会に行った父さんがそんなことを言っていたけれど、俺と鷹夜もそういう感じなんだろうか。
 でも、鷹夜と一緒に過ごしたのはたった一週間。募る思い出話はそんなにない。一週間分の思い出はあるにせよ、昔を懐かしむほどでもないんだよね。
 実際、こうして鷹夜と再会した俺には、あまり懐かしいという感覚はなかった。
 だけど、出逢った瞬間に仲良くなって、旅行中の一週間をずっと鷹夜と一緒に行動していた俺は、鷹夜とはよっぽど気が合ったってことなんだろう。だから、十三年経った今も、鷹夜と気が合ってしまうのかもしれない。
 つまり、俺と鷹夜は内面的には変わっていないってことなんだろう。
「へー。大学を出たら一人暮らしする予定なんだ」
「うん。俺、一人っ子だから、家を出なきゃいけない理由も特にないんだけどね。大人になったら自立した生活を送りたいって思っちゃうし、俺がいない方が、うちの親ものんびりできると思うんだよね」
「ご両親は寂しがるんじゃないの? 由依が家を出て行くと」
「そんなことないよ。大学出たら自活して大人になれって言われてるもん」
「ははは。そうなんだ」
 一人暮らしに憧れる気持ちはあるものの、住み慣れた家を出て行くのはあまり気分が乗らないし、諸々の面倒を考えるとちょっと億劫。
 だけど、してみたいって気持ちは確かにあるから、大学を卒業したら家を出るつもりではいる俺だった。
 それに、こうして快適そうな一人暮らしをしている鷹夜を見ると、一人暮らしへの憧れも強まるってものだよね。
「ところで、由依はもうどの講義取るか決めてるの?」
「ううん。必修以外はどうしようかって悩み中。鷹夜はもう決めた?」
「受けようと思ってる講義はいくつかあるんだけどね」
「せっかくだから、同じ講義とか受けようよ。全部一緒じゃなくてもいいからさ」
「うん。いいよ」
 講義はサボってしまったけれど、その時間を利用して、鷹夜と一緒に時間割を考えることにした。
 大学の授業がどういうものかがまだよくわからないから、できれば知ってる人間と同じ講義を受けたいと思ってしまう俺は、大学で何を学ぼうとしているのかがよくわかっていない証拠かもしれない。
 でも、最初はそんなものでも全然構わないよね。もともと俺はそんなに勉強が好きな人間でもないし。なんとなく、で取った講義のおかげで、新たな世界が開けるかもしれないし。
「あれ? 鷹夜って必修語学は英語にしないの?」
「うん。英語は中高で散々勉強したから」
「そっか。確かにそうだね。俺も英語やめようかな。英語そんなに好きじゃないし」
 講義一覧を見ながら、どの講義を受けるつもりなのかを話し合った結果、俺と鷹夜の時間割はほぼ……いや、全く同じ時間割になってしまった。
 もともと、どの講義を受けるかを真面目に考えていなかった俺だから、鷹夜の選んだ講義に次々と乗っかっていったらそうなった。
「いいの? 由依。全部俺と一緒になったけど」
「うん。受ける講義が知ってる人間と全部一緒って安心する」
「由依は寂しがり屋さんだね」
「そういうわけじゃないんだけど……。でも、慣れない環境ってちょっと苦手だから」
 本当なら、時間割決めは明日あたりに恭一と一緒にやっていたことだと思う。履修登録用紙の提出は明日までだし。
 だけど、恭一とは散々同じ授業を受けてきた仲だし、せっかく鷹夜と再会したのであれば、鷹夜との交流を深めたいかなって。
「由依と一緒に大学生活を送れるなんて本当に嬉しいよ」
「俺も嬉しい。これからは、一週間なんて短い時間じゃなくて、もっと長い時間を鷹夜と過ごせるね」
 異性に興味を持ち始めた頃から、鷹夜との思い出を煩わしく思っていた人間の言うセリフではない。俺のこの変わり身の速さはなんなんだろう。自分で自分に呆れちゃうよ。
 でも、こうして鷹夜と再会し、鷹夜と一緒に話しているうちに、会えなかった十三年間なんて忘れてしまうくらいに楽しい気分になってしまうから、今までのマイナスな感情は全部捨ててしまうことにした。
「これからはずっと由依の傍にいられたらいいな」
「え?」
 履修登録用紙の記入が終わった俺が、まるで独り言のように呟く鷹夜の声が聞き取れなくて鷹夜を見上げると……。
 その次の瞬間、唇に柔らかい何かが触れたのを感じた。
「あ。そういえば俺、せっかく由依が来てるのにお茶も出してなかったね。ちょっと待ってて」
「う……うん……」
 目を丸くして硬直している俺に言う鷹夜を、俺は丸くしたままの目で追った。
 俺……今、鷹夜にキスされなかった?
 いやいやいや。そんなはずないよね? きっと、お茶を取って来ようとして立ち上がった鷹夜の唇が、たまたま俺の唇とぶつかっちゃっただけだよね?
「お茶と紅茶とコーヒーだったら何がいい?」
「へ? え……えっと……紅茶」
「了解」
 ドキドキしてしまう心臓に戸惑いながら、鷹夜の様子を窺ってみたけれど、鷹夜は何事もなかったかのように平然としていて、やっぱり今のは事故だったんだと確信する。
 でも……事故でも唇と唇が当たっちゃったらキスになっちゃうじゃん。そんな事故が起こるもの? こんなこと、漫画やドラマだけの話だと思ってたのに。
 鷹夜はどう思ったんだろう。まさか、気付いてないなんてことはないよね? 気付いたけど、意識しちゃうと恥ずかしから、何事もなかったように振る舞ってくれているんだろうか。
 だったら、俺も変に意識しない方がいいよね? 変に意識しちゃうとギクシャクしちゃいそうだし。
「砂糖とミルクは?」
「入れる。いっぱい入れて」
「いっぱいってどのくらい?」
「えっとねぇ……」
 鷹夜の声にハッとなった俺は、たかが事故のキスなんかでおろおろするのもみっともないから、鷹夜とうっかりキスしてしまったことは忘れることにして、早々に通常モードに戻ることにした。
 立ち上がり、鷹夜のいるキッチンまで行くと、砂糖の入った容器を持っている鷹夜の手から容器を奪い、紅茶の入ったマグカップの中に、一杯、二杯、三杯……と砂糖を入れた。
「そんなに入れるの?」
「うん。飲み物は甘いのが好き」
 結局、スプーン山盛りにした砂糖を四杯もマグカップに投入した俺に、鷹夜はやや呆れ気味ではあったけど、更に牛乳もたっぷり入れた紅茶を美味しそうに飲む俺を見て
「由依が甘党だってわかったよ。これで由依のことをまた一つ知ったね」
 自分はブラックのコーヒーを飲みながら、さも嬉しそうに言うのだった。
 俺のファーストキスを奪った鷹夜に、セカンドキスまで奪われるとは思っていなかったけど、二度目のキスも、俺は特に嫌だとは思わなかった。



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