日常

みのる

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保健室

保健室(3)

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 寒い。
 目が覚めると、俺は無機質な、灰色の世界にいる。
 
 どれだけの男に抱かれようが、キスされようが、所詮そんなものは一時的な熱にしかならない。けど、それでも良い。それでも、なにもないよりはよっぽどマシだ。
 
 最近は、あの可愛い後輩が俺に温もりを与えてくれる。
 はじめはいつもと同じ、ただの遊びのつもりだった。けどあいつは、他の奴らより暖かくて、優しかった。
 そんなカスミの熱に嵌っているのは、たぶんきっと俺の方。

-----------------------

 先輩が、なんだか最近機嫌が良い。
 何かあったのって尋ねても、
「んー?別に?」
 何もないような顔じゃないだろ。なんだろう、新しい客でも捕まえたのか。
 先輩が他の男と寝るのは、あまり良い気はしない。けれど、それが彼にとって必要なことだっていうなら、僕は無理矢理にやめさせようなて思わない。
 それ以前に、僕に口を出す権利なんてないのだけれど。
 もし許されるなら、このひとのことを縛り付けて檻にでも入れておきたいと、そんなことを考えないこともない。耳も目も全て塞いで、このひとの世界を僕だけで埋め尽くしたい。
 こんな子供じみた独占欲が僕にあったこと自体に驚くし、それを教えてくれた先輩には、感謝している。

 雨の音が聞こえる。今月に入ってから3回目の雨。
 雨の日はいつも、先輩から僕のもとに来てくれる。いつだったか、理由を聞くと、
「寒いから」
 とだけ答えて、それきりなにも教えてくれなかった。

 先輩を抱きしめて、ぼんやりと窓の外を眺める。先輩もまた、僕の腕の中でおとなしくしている。
「なぁ、カスミ」
「ん、なんですか」
 突然口を開いた先輩は、珍しく真面目そうな声で言う。僕は彼を見ない。外を眺める。
「俺さぁ、病気なんだよね。まぁ、なんかよくわからない、長ったらしい名前の。…もう、あとどのくらい持つか分かんないって」
「……」
 答えない僕に構わず、先輩は続ける。
「だったらさ、好きなことして、楽しいことして過ごしたいじゃんか。だから、いろんな男と遊んだし、悪いこともしてきた」
 一瞬、腕に力を込めたのが伝わってか、先輩は小さく笑う。
「そんでさぁ、最近考えるようになったわけ。どうせだったら病気なんぞで死ぬよりも、好きな奴に殺されたいなぁって。どんな死に方が良いかとか、そんなこと考えてたら案外楽しくってさ」
「好きな、奴に」
「ん、そう。ね、カスミ」
 先輩が、僕の目を覗き込んでくる。僕は頑張って目をそらしてはみるけれど、先輩はしつこく追いかけてくれる。
「俺のこと、死なせてよ。一緒に死んでとは言わないからさ…うん、ワガママだよなぁ、ごめんね?」
 相変わらず勝手なひとだな、と、僕はそう思った。

 まったく、この人は我儘で、自分勝手で、手がかかる。僕のことが好きなんて言いながらも、自分のことしか考えてないんだろうな。
 もし先輩が死んだとして、残された僕はどうしろって言うんだろう。もう僕は、他の人間に興味を持つことなんてできないだろうに。
 先輩の顔を眺めながら、僕は思う。あぁやっぱり僕には、この人しかいないし、この人がいない世界になんて意味はない。
 薬が効いてきたのか朦朧とした様子の先輩の耳元で、僕は囁く。
「先輩だけひとりで死なせるなんて、そんな訳ないでしょう。僕は、この世界に未練なんてない。むしろあなたのいない世界になんて意味はないんです。…先輩…晶。行きたいんでしょう、ふたりだけの世界。どこか遠く。…僕が、連れて行きます」
 先輩は唇だけで何事か呟いて、嬉しそうに笑う。
 僕はその唇にそっとキスを落として、先輩の瞼を閉じさせる。
 僕も机の上にあるガラスびんを手にとって、錠剤をひとつ、噛み砕いて流し込む。
  先輩の身体を抱きしめて目を閉じる。意識が遠のく。

 


 さようなら、世界。
 
 
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