幼女革命

鼻太郎

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アメリカ帰りの小英雄

ドーフィネへ

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「マエストロ、フランスでは今ネッケル人気が有頂天らしいですね」
「そうだな。もうすぐ古郷フランスが見えるはずだ」
 私たちオーケストラは五十人の魔導騎兵として旧大陸に戻ってこようとしていた。その帽章は金色の横縞に三頭の童獅子。そして「レ・クオ・ディウ(神のみ)」の刺しゅう文字が添えられている。
 私に声をかけたのはオーケストラの小隊長をしているビギン・ダランという男だ。私の頼みとする有能な魔導騎兵で、オーケストラの下士官といったところか。
 私は海を見ながら今や凱旋するがごとく舞い戻るフランスを想った。
「どれだけ私がアメリカで名を上げても、フランスでは所詮出来星だ。貴族ですらない。大ブルジョワでも投資家でもない。だが、出来星の時代が、もうすぐやってくる」
 もう傍らには乳母のソラーニャもいる。彼女は「本当に革命など起こるのですか」と聞いてきた。それはソラーニャからすればきっと悪魔の存在を証明することと同じなのだろう。なにせ、多くの血が流れる。
 私はこくりと小さくうなずくと、ネッケル財務長官という政府首班が今頃ヴェルサイユで国王と今話題の全国三部会について議論しているだろうと口にした。
 だが、私は知っている。
 ネッケルは全国三部会を投資家業の梃子《てこ》ぐらいにしか考えていない。
 ネッケルはスイス生まれの骨の髄どころか心臓の弁までカネで染まった融資を信じすぎるタイプの投資家だ。ネッケルとて、すでに一部の社交界では有名な王妃マリーアントワネットの浪費癖が国庫を圧迫しているという噂は信じていないだろう。二千七百万人という超大国フランスの財政から言って、貴婦人一人の出費などたかが知れている。
 それよりもアメリカ独立戦争に戦費が掛かりすぎただけで、もし王の暴走だと言われるこの参戦をアメリカの勝利で終わらせた暁には、国王の暴走を全国三部会が抑えればフランス国債の信用度は上がり、大型融資を受けて財政は元通り――なんてただの道具に全国三部会を使わせ、融資を受けたらどうでもいいなどというのが、あの小賢しいブルジョワの考えそうなことだ。
 確かにブルジョワは実力で成り上がった連中だ。だが、同じ出来星ブルジョワでも、こちとらアメリの戦争帰りでたたき上げの投資家軍人だ。
「全国三部会は聖職者を第一身分、貴族を第二身分、平民を第三身分として招集し、国王が広く意見を聞くことで政治をしようという話だ。十四世紀の考え方で、ルイ十四世の治世に極まった王権神授説の絶対王政ではながらく開催されていなかった。今回が百七十年ぶりの開催になるかどうかともめている。なに、我々は出来星ブルジョワ。所詮は傭兵。されど、ここに一つの現実がある。――私たちアメリカ軍はイギリス貴族に勝利した。次の標的はフランス貴族だ」
 私はまっすぐに海を見て、ついにフランス北岸あたりを視認した。港が開いている。パリもヴェルサイユもフランス北部にあって、ここらの港からなら馬で何日も掛からない。
「マエストロ、目指すは国王とネッケル財務長官――ヴェルサイユですか?」
 いかにもヴェルサイユには諸国がこぞって真似したがるほどの大宮殿が並び、ネッケルも国王も、そこで全国三部会の考案を練っていることだろう。
 だが、私は小さく首を振った。
「いいや、ヴェルサイユもパリもどうでもいい。北部は後でどうとでもなる。――目指すはアルプス山脈。――フランス南東の片田舎、ドーフィネだ」
「ドーフィネ? なぜ故郷のプロヴァンスでも世界一の都市パリでも政治の中心地ヴェルサイユでもなく、ドーフィネなのですか?」
 片腕のビギン・ダランが私の背中に注目しているのが、私にはフランスそのものを凝視しているのだと分かっていた。
「ドーフィネは血気盛んな連中が多い。パリとヴェルサイユからも距離がある。私の故郷プロヴァンスとも接していて、なにかと便利だ。まずはドーフィネで特権階級どもの尻を蹴り飛ばしやるさ」
 私は潮騒に笑い声を置き土産にして船内に戻った。オーケストラの向かう先は――ドーフィネ州。
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