英雄譚の裏側で、俺は魔王に恋をした~国家が作った魔王と、勇者落第の俺がうっかり世界を壊す~

佐々木鳥

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第1話 冒険者、死体と遭遇する

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 その村は、雨の匂いがした。
 焦げた土、えぐれた地面、黒く染まった壁。
 出発時から降っていた雨は、村に着くころには止んでいた。

「……爆発現場ってのは、こんなにめちゃくちゃなもんなのか?」

 一歩ごとに、ぬかるんだ地面がぐちゅ、と音を立てる。
 農村の家の半分は吹き飛び、残り半分は見事に倒壊していた。
 そこら中に屋根やら家具やらが飛び散っている。

 誰が見ても、魔物による災害に見舞われた村だ。

「依頼書には“原因不明の事故”って書いてあったけど……どう見てもこの規模は事故じゃなくて、魔物絡みの災害だよな」

 おそらく、爆風魔法を使うドラゴンの通り道にでもなったんだろう。

 瓦礫の隙間から、黒焦げになった鍋。
 倒れた井戸。ちぎれた看板には「ようこそルメリア村――しんでね」の文字。

「……“楽しんでね”の『たの』の部分に穴が空いたのか。魔物がまだ潜んでるかもしれないこの状況じゃ笑えないな」

 ため息をついて、愛用の大鉈を担ぎ直す。
 俺――Cランク冒険者ノアは、今日もギルド依頼をまじめにこなしている。

 ……の、はずだった。

「おいおい、やべぇの見ちまったな」

 崩れた瓦礫の下、男が潰れていた。
 頭から血、肋骨ぐちゃぐちゃ、足の形も危うい。
 呼吸なし、脈なし。どう見ても死体だ。

「冒険者か?……ってか、綺麗な顔してんな」

 土に還る前に、せめて名前くらい分かれば家族に伝えられる。
 そんな善意を胸に、死体の肩を抱えたその瞬間――

 ビキィッ、と、骨の“戻る音”がした。

 次の瞬間、男の腕が勝手に持ち上がり、ぐしゃりと地面を掴んだ。

「は?」

 血が引くのが自分でも分かった。
 いや、そんな生易しい話じゃない。
 心臓が一瞬、仕事をサボったかと思った。

 ぐちゃぐちゃだった身体が、音を立てて元の形に戻っていく。
 治癒なんて生やさしいもんじゃない。これは“再生”だ。

「お前、生きてんのか!? ……いや、今、死んでたよな!?」

 男は濡れた髪を払いながら上体を起こす。
 白い肌、切れ長の目、冷たい表情。
 服は焼けてほとんどボロ布。ほぼ全裸。
 雨の光を反射して、まるで神を模して作られた彫像が呼吸しているようだった。

「……君、今のを見ていたか?」

「いや、見てない! 見てねぇ! 見たけど見てねぇ!」

 脳が拒否反応を起こしている。
 てかイチモツも丸見えのせいで、視界も倫理も崩壊してる。

 回復魔法でも使った? いや、詠唱してねぇし、光の気配もねぇ。
 魔法ってのは普通、眩しいぐらいの見せびらかし芸だろ。
 こんな静かなの、逆に怖ぇよ。

 ……てか、ほんとに生きてんのか、こいつ。
 息してるし、喋ってるし、たぶん生きてるんだろうけど――理解が追いつかねぇ。

「ちょっ、待て、まさか俺……俺が今、死体に息吹き込んだのか!? いや、魔法使ってねぇぞ!?」

「そんなことを聞いているのではない」

 男は冷たく言い放つ。
 その声は静かなのに、不思議と胸に響く。
 ……だが全裸だ。立派すぎる。

「それにしても、お前、いい体してんな」

「今、見ていただろう」

「すまん。見た。男として尊敬する。お前のちんこ、今まで見てきた冒険者の中でも上位だ。堂々としてる」

「……そうではなく」

 真顔でツッコまれた。
 なんだこの会話。俺、漫才始めた覚えねぇんだけど?

 雨が、ぽつりと落ちた。
 さっきまで止んでいたはずの空が、また泣き始める。

 男はしばらく黙っていた。
 その沈黙の中で、目を細め、どこか遠くを見るように言った。

「……君は、この村の者ではないな」

「まぁな。村の住人は爆発が起きてから全員避難した。俺はギルドの依頼で来た……お前は?」

 裸の男は、質問から目をそらすように俯いて、胸元に手を当てた。
 まるで隠すように。いや、隠すのはそこじゃないだろ、というツッコミが喉まで出かかったが飲み込む。

 そこには、心臓を縦に割るような傷跡の上に焼け焦げた紋章があった。
 炎で目を描いたような印。
 我が国の紋章を逆さにした形――この美しい男には似つかわしくない、罪人の烙印のようにも見える。

 ……見覚えがある気がする。どこでだろう。

 胸の焼印も気になるが、それ以上に気になるのは魔力量だ。
 昔、一度だけ触ったことのある聖剣のような、異様な魔力の塊。
 まるでこの男自体が宝具のようだ……多分。

 俺は魔力を練るより、走って近づいて骨ごとぶった斬るタイプだからな。
 魔力の感知には自信がないが、そんな俺でも分かる。
 ――こいつは、普通じゃない。

「なぁ、あんた……何者だ?」

 男は目を伏せ、何かを考えているようだ。
 そして、ひとつ頷くと静かに言った。

「……私は、国家の政策により“魔王”になった男だ」

 雨音が、世界を覆った。
 言葉の意味を飲み込むより先に、風が吹き抜ける。
 崩れかけた屋根の瓦が、一枚だけカランと落ちた。

 魔王。
 その響きだけで、背筋が冷たくなる。

 けれど、不思議と恐怖よりも先に思ったのは――

「……この国、やっぱヤベぇな」
「国家を貶める発言は控えろ」

 冗談みたいに始まる、英雄譚の裏側。
 偶然にしては整いすぎた出会いだった。
 崩壊した村のど真ん中で、雨に濡れる男は美しくて――全裸だが。

 そしてそれが、俺の人生を狂わせる始まりだった。

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