英雄譚の裏側で、俺は魔王に恋をした~国家が作った魔王と、勇者落第の俺がうっかり世界を壊す~

佐々木鳥

文字の大きさ
2 / 8

第2話 魔王、奴隷契約を提案する

しおりを挟む

 雨が降っていたので、俺と“自称魔王”は、比較的被害がマシだった家の軒下で雨宿りしていた。
 なお、全裸だった男には、いつも持ち歩いている魔物解体用の清潔な布を腰に巻かせてある。

「……無いよりマシだろ」

 さっきよりはマシ、のはずだった。
 ただ、俺より少なくとも三つほど年下に見える美形の青年が、裸で薄汚れた俺と一緒にいたら――どう見ても事案だ。
 通報どころか、騎士団にその場でイチモツを斬られる案件である。

「……で、お前、魔王って言ったよな?」
「そうだ」
「そっかー。まじの魔王かー。だからあんな意味わかんない再生力持ってんのね」
「そうだ。聖剣で心臓を刺されない限り、私は死なない」

 さっきまで死んでた奴の言葉は、妙に説得力がある。

 そして唐突にヴァンは言った。
「実演するか」

 そう言って、俺の腰のナイフを抜き取り――

「おいおいおいおい!? 何してんだ!!」
「見せた方が早い」

 喉元に刃を当てるな! なんでそんな冷静に切ろうとしてんだ!?

「いやもう見たから! ついさっき見たから! 魔王だって信じてるって!」
「そうか」

 その声には、一切の迷いがなかった。
 まるで“死”や“痛み”さえも、経験ではなく仕様として処理しているような、冷たい理性の声だった。
 この男、感情という機能をどこかに置き忘れてきたらしい。

 その躊躇のなさと、感情の欠片もない返答に、背筋が冷たくなった。

「誤解のないように言っておく。私は“生まれながらの魔王”ではない。セラフィア聖王国の政策により開発された“魔王”だ」
「……開発って、そんな小麦の新品種みたいに言わなくても」
「似たようなものだ。魔王という品種の、今作版が私だ」

 いや、例えがシャレになってねぇんだよ。
 本人が淡々としてるのが一番怖い。

 作られた“今作魔王”。
 ってことは、今までの魔王たちも全部――セラフィア聖王国産の“人造魔王”ってことか?

 つまり国が魔王を作って、国が勇者に討たせて、国が「平和を取り戻した」と宣伝してる……?
 ……全部、自作自演ってことか?

「俺、今めっちゃ知らなくてもいいこと聞いてない?」
「そうだ。国家機密だ」

 即答すんな。

 男は冷たい空気を吸い込み、遠くの煙を見つめた。
「この村の爆発は、私の暴走が原因だ。定期的に魔力が制御を超える。国家はそれを“魔物災害”として処理する」
「処理って……いや、待て。お前、それ……自首案件じゃね?」

 言いながら気づく。
 この男、罪悪感ゼロだ。
 まるで“人の命”という概念を、システムエラーの一項目くらいにしか感じていないような、そんな顔……に見える。
 いや、そもそもこの顔、会ったときから一度も表情が動いていない。

「だからこそ、君を殺す必要がある」
「急展開すぎるだろ!?」

 男が手を上げる。
 その瞬間、空気が圧し潰されたように重くなった。
 息をするだけで肺が軋む。

(やばい。コイツ、桁違いだ)

「君は私の“再生”を見た。国家に知られれば、君は実験棟送りになる。だから私が、先に楽に殺して――」

「待て待て待て!! 喋らねぇ! 墓まで持ってく!!」
「信用できない」
「頼むよ、まだ死にたくねぇんだ! 契約でも、金でも、何でも払うから!!」

 息を荒げながら懇願する俺に、ヴァンは一瞬だけ考え込む素振りを見せた。
 そして、静かに呟く。

「……その方法もあるか」

 男の掌に淡い光が灯る。
 地面に魔法陣が浮かび上がる。

「君、私の“奴隷”となれ」
「……はい?」
「契約を結ぶ。命令は絶対。君が従う限り、私は君を殺す理由を失う」
「つまり、要約すると“死にたくなければ俺の奴隷になれ”ってことか?!」
「そうだ。命の保証をしてやる」

 そんな完全主導権渡して得る保証はやだな!

「契約の発動には媒介が要る。血か、臓器ひとつだ」
「無理無理!!」

 俺の悲鳴も虚しく、ヴァンは淡々と頷いた。

「わかりやすいものほど支配力が強い。……眼球でいいか」
「聞いてねぇぇぇ!!」

 男は小さく息を吐くと、そのまま――自分の左目に指を突っ込んだ。

「っ――は?」

 ぐち、と湿った音がした。
 金色の眼球が男の長い指に摘まれる。グチグチと、聞いたことのない音。
 目から溢れた血が頬を伝い、雨に混じって消えた。

「何やってんだ!!!」
「対価を払うのは契約主だ。お前は私の左目ひとつ分の価値だ」
「俺の価値そんなもんなの!? てか冷静に言うな!!」

 怖い怖い。躊躇いゼロで目ん玉くり抜くとか、恐怖の塊だろ。

「これくらいの欠損ならすぐ再生する」
「そういう問題じゃねぇ!! そもそも俺、奴隷になりたくねぇ!!」

 思わず駆け寄って、その手ごと眼球を押し込む。そんなグロいもん出そうとするな!

 世界が白く弾けた。

 ビキィンッ!

 足元から光の紋が走る。
 雨でぬかるんだ地面に、複雑な紋章が咲く。
 左目が熱い。まるで焼印でも押されたようだ。

「な、なんだこれ!? なんか光ったぞ!?」
「契約、成立だ」
「はぁ!?」
「今、お前が私の対価を受け取った。それで契約は完了だ」
「触っただけなんだが!?」

 男が淡々と告げた。
 足元の光が消え、静寂が戻る。
 だが、目の奥の異様な熱だけは消えない。

「……痛ってぇ。これ、呪いの類じゃねぇだろうな?」
「問題ない。正規の術式だ」

 男は再生しきった左目を軽く瞬かせて言った。

「痛みに騙されるな。お前は今、正式に“私の契奴隷”だ」

 ……それはそれで嫌なんだが。

「……なぁ、俺、今すげぇ取り返しのつかないことされた気がする」
「安心しろ。お前はもう、私のものだ」
「俺、お前のこと死体だと思って、親切心で手ぇ貸しただけなのに、こんなのって……」

 本当に、昨日までただのCランク冒険者だったんだぞ。
 まさか今日、生き返った全裸の男に行動の自由を乗っ取られるとは思ってなかった。

「……そういえば、お前、名前は?」

 不本意とはいえ、俺の生殺与奪の権を握った男の名前を今さらながら聞いてみる。

「ヴァン・アリステア」
「ヴァン……どっかで聞いたな。俺はノア。まぁ、よろしくな、ご主人様」
「主従の呼称は不要だ。ノア、今日見聞きしたことを第三者に話すことを禁じる以外は、君は自由に振る舞え」
「……え、なんか優しいな」
「契約相手が死ぬと、私にも多少の損害が出る。それに――秘密を知り、私に服従する都合のいいお前には、他にやってもらいたいことがある」
「こき使う気満々じゃねぇか!」

 いつの間にか、雨は止んでいた。
 焦げた村の空気が、ひどく澄んでいる。

 俺は空を見上げて、小さく息をついた。

 ――どうしてこうなったんだ、俺。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

絶対に追放されたいオレと絶対に追放したくない男の攻防

藤掛ヒメノ@Pro-ZELO
BL
世は、追放ブームである。 追放の波がついに我がパーティーにもやって来た。 きっと追放されるのはオレだろう。 ついにパーティーのリーダーであるゼルドに呼び出された。 仲が良かったわけじゃないが、悪くないパーティーだった。残念だ……。 って、アレ? なんか雲行きが怪しいんですけど……? 短編BLラブコメ。

転生したら乙女ゲームのモブキャラだったのでモブハーレム作ろうとしたら…BLな方向になるのだが

松林 松茸
BL
私は「南 明日香」という平凡な会社員だった。 ありふれた生活と隠していたオタク趣味。それだけで満足な生活だった。 あの日までは。 気が付くと大好きだった乙女ゲーム“ときめき魔法学院”のモブキャラ「レナンジェス=ハックマン子爵家長男」に転生していた。 (無いものがある!これは…モブキャラハーレムを作らなくては!!) その野望を実現すべく計画を練るが…アーな方向へ向かってしまう。 元日本人女性の異世界生活は如何に? ※カクヨム様、小説家になろう様で同時連載しております。 5月23日から毎日、昼12時更新します。

「役立たず」と追放された神官を拾ったのは、不眠に悩む最強の騎士団長。彼の唯一の癒やし手になった俺は、その重すぎる独占欲に溺愛される

水凪しおん
BL
聖なる力を持たず、「穢れを祓う」ことしかできない神官ルカ。治癒の奇跡も起こせない彼は、聖域から「役立たず」の烙印を押され、無一文で追放されてしまう。 絶望の淵で倒れていた彼を拾ったのは、「氷の鬼神」と恐れられる最強の竜騎士団長、エヴァン・ライオネルだった。 長年の不眠と悪夢に苦しむエヴァンは、ルカの側にいるだけで不思議な安らぎを得られることに気づく。 「お前は今日から俺専用の癒やし手だ。異論は認めん」 有無を言わさず騎士団に連れ去られたルカの、無能と蔑まれた力。それは、戦場で瘴気に蝕まれる騎士たちにとって、そして孤独な鬼神の心を救う唯一の光となる奇跡だった。 追放された役立たず神官が、最強騎士団長の独占欲と溺愛に包まれ、かけがえのない居場所を見つける異世界BLファンタジー!

【土壌改良】スキルで追放された俺、辺境で奇跡の野菜を作ってたら、聖剣の呪いに苦しむ伝説の英雄がやってきて胃袋と心を掴んでしまった

水凪しおん
BL
戦闘にも魔法にも役立たない【土壌改良】スキルを授かった伯爵家三男のフィンは、実家から追放され、痩せ果てた辺境の地へと送られる。しかし、彼は全くめげていなかった。「美味しい野菜が育てばそれでいいや」と、のんびり畑を耕し始める。 そんな彼の作る野菜は、文献にしか存在しない幻の品種だったり、食べた者の体調を回復させたりと、とんでもない奇跡の作物だった。 ある嵐の夜、フィンは一人の男と出会う。彼の名はアッシュ。魔王を倒した伝説の英雄だが、聖剣の呪いに蝕まれ、死を待つ身だった。 フィンの作る野菜スープを口にし、初めて呪いの痛みから解放されたアッシュは、フィンに宣言する。「君の作る野菜が毎日食べたい。……夫もできる」と。 ハズレスキルだと思っていた力は、実は世界を浄化する『創生の力』だった!? 無自覚な追放貴族と、彼に胃袋と心を掴まれた最強の元英雄。二人の甘くて美味しい辺境開拓スローライフが、今、始まる。

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

俺の妹は転生者〜勇者になりたくない俺が世界最強勇者になっていた。逆ハーレム(男×男)も出来ていた〜

陽七 葵
BL
 主人公オリヴァーの妹ノエルは五歳の時に前世の記憶を思い出す。  この世界はノエルの知り得る世界ではなかったが、ピンク髪で光魔法が使えるオリヴァーのことを、きっとこの世界の『主人公』だ。『勇者』になるべきだと主張した。  そして一番の問題はノエルがBL好きだということ。ノエルはオリヴァーと幼馴染(男)の関係を恋愛関係だと勘違い。勘違いは勘違いを生みノエルの頭の中はどんどんバラの世界に……。ノエルの餌食になった幼馴染や訳あり王子達をも巻き込みながらいざ、冒険の旅へと出発!     ノエルの絵は周囲に誤解を生むし、転生者ならではの知識……はあまり活かされないが、何故かノエルの言うことは全て現実に……。  友情から始まった恋。終始BLの危機が待ち受けているオリヴァー。はたしてその貞操は守られるのか!?  オリヴァーの冒険、そして逆ハーレムの行く末はいかに……異世界転生に巻き込まれた、コメディ&BL満載成り上がりファンタジーどうぞ宜しくお願いします。 ※初めの方は冒険メインなところが多いですが、第5章辺りからBL一気にきます。最後はBLてんこ盛りです※

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

成長を見守っていた王子様が結婚するので大人になったなとしみじみしていたら結婚相手が自分だった

みたこ
BL
年の離れた友人として接していた王子様となぜか結婚することになったおじさんの話です。

処理中です...