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第3話 俺、食事をふるまう
しおりを挟む焦げた木の匂いがまだ残る村で、俺とヴァンは一息ついていた。
さっきまで雨を降らせていた雲は、いつの間にかどこかへ消えていた。澄みきった空気が、焼け跡の冷たさをやけに際立たせている。
「なぁヴァン。いつまでその布一枚でいるつもりだ?」
「特に不便を感じない」
「少しは恥ずかしがれよ! 頼むから着てくれ! こっちが見てられない!!」
焦げ跡だらけの家の中を探って、年季の入った木箱の衣櫃をこじ開けた。
中から出てきたのは、農作業用らしきズボンと、首元が黒ずんだシャツ。少し焦げ臭いが、着ることが出来そうだ。
「……これって、火事場泥棒だよな」
「定義的にはそうだな」
「じゃあ金、置いとこ。――これでよし」
瓦礫の隅に銀貨を数枚置いて、俺は服を差し出す。
ヴァンは無表情のまま受け取り、静かに袖を通した。
その間に、濡れていない木片を集めて火を起こす。
日も傾き始め、王都まで戻るには距離がありすぎた。夜道を歩くのは危険だ。今日はここで野宿だな。
「おお、着れたか。――ってびっくりするほど似合わないな」
丈が短く、裾もつんつるてん。
銀髪に近い淡灰の髪、金の双眸、整いすぎた顔立ち――どこを取っても人間離れしているのに、着ているのは地味な村人服。罰ゲームにしか見えない。
「このような服は初めて着た」
「似合わないってわかったな」
だが、少なくとも布1枚よりは断然いい。
「とりあえず、何か食うか。俺、干し肉持ってる」
「不要だ」
「腹減ってないのか? 何が起こるか分からないんだから、食える時に食っとけよ」
荷袋から干し肉を取り出し、焚き火にかざす。
脂がじゅうっと音を立て、香ばしい匂いが辺りに広がった。
「正確には、“食事”が必要ない体だということだ。魔力が生命維持の燃料になる」
「食えないわけじゃないんだな?」
「必要ないだけだ」
「なら、もう二人分炙ってるから食え」
肉屋の息子として恥じない解体と加工の腕で作った干し肉。
冒険者たちの間でも好評な、俺の家の特製品だ。どこに出しても恥ずかしくない味だと自負している。
なんなら美味いと評判だがなかなか市場に回らないレアな魔物を自分で捕まえて倒したから売り物以上のはずだ。
「肉屋直伝の“炙り干し肉”だ。うまいぞ」
「そうか」
「“そうか”で済ますなよ! 野宿の飯のうまさは、そのまま明日の命に直結すんだぞ!」
焚き火がぱちんと鳴る。
うまそうな匂いを前にしても、ヴァンの表情はまったく動かない。じっと俺に渡された肉を見るだけだ。
「冷めても旨いが、焼きたてが一番だぞ」
ヴァンは一瞬だけ何かを考えているように見えたーー如何せん表情がないのでわからないーーが口を開けた。
炙った干し肉をひと噛みちぎるーー噛んで、飲み込み、また噛んで飲み込む。食べているというより、“作業している”みたいだ。
うまいものを食ってるはずなのに、顔がこれっぽっちも変わらねぇ。
もしかして――
「ーー不味いのか?」
「わからない。……が、食える物だと思う」
「俺の最高の干し肉を“食える物”扱いだと!?」
もう一口を飲み込んでから、ヴァンはぽつりと呟いた。
「……久しぶりだ。咀嚼という行為をしたのは。十年ぶりか」
「十年!? 何食って生きてたんだよ!?」
「魔王の心臓を移植されてから、食事の必要はなくなった」
「魔王の心臓? 移植?」
「そうだ。魔王の心臓を移植することで、私は“魔王”になった」
焚き火がまたぱち、と鳴る。
静寂の中で、その言葉だけが不自然に響いた。
「……怖っ」
「国家繁栄に貢献する、大変名誉なことだ」
名誉、ねぇ。
俺は思わずヴァンの顔を見つめる。
その金の瞳は炎を映しているのに、どこか“生”が宿っていない。
まるで生きてるのに、心だけが別の場所にあるようだった。
「ノア」
「ん?」
考え込んでいた俺を、静かな声が呼び戻した。
「命令だ。私の奴隷なら――私を殺す手伝いをしろ」
「いきなり飯食いながら、何言ってんだよ!?」
こいつ、唐突に“殺す話”を切り出すの好きすぎだろ。
さっきも何の前触れもなく俺を殺しかけてたし。
「私はもう間もなく、勇者に倒される。王国の筋書き通りに」
「勇者? 筋書き??」
「君には、民衆が希望を抱き、国全体が国王のもと、団結できるようになる“魔王の死”の演出に協力してもらう」
どこからツッコめばいいのか分からない。
「……ていうか死の演出とか、いや重っ! 飯中の話じゃないだろ。消化が悪くなる」
「十年ぶりだが、問題なくできるはずだ」
「お前じゃなくて俺の消化!!」
ああもう、会話がずれてる気がする。
ヴァンは淡々と干し肉を口に運び続ける。
異常な話をしても、声のトーンひとつ変わらない。ほんとに感情のある人間か?
「筋書きとか演出とかは一旦置いといてさ。俺に命令だって言ったけど、この契約って、どういう仕組みなんだ?」
「ノア。君は契約主である私の意に反する行動ができない。契約は、私が死ぬまで解けない」
「ふむ……想像通りだな」
とはいえ“死ぬまで従属”とか、気軽に飲み込める言葉じゃないが。
「加えて、私が命じたことに抵抗すれば、左目から腐って死ぬ」
「こわっ!?」
「かなり醜悪な死に様になるだろう」
おっそろしいことを真顔で言うよな、お前って。なんかわかってきたぞ。
「対価に眼球を使ったから、私は君の位置と視界を共有できる。君からは、一切できないがな」
「おい、それ完全に監視だろ! 風呂とか見んなよ!?」
「必要な時だけ確認する」
「必要な時なんてねぇよ!!」
一方的にも程がある。
でも不思議と、こいつの淡々とした言い方がツボに入り始めている自分が怖い。
火のはぜる音が落ち着くまで、俺たちはしばし黙っていた――妙に、居心地は悪くなかった。
「……なぁヴァン。お前さ、セラフィア聖王国の魔法騎士団副団長、ヴァン・アリステアだろ?」
その名を口にした瞬間、ヴァンの手がわずかに止まった。俺は気にせず火に木をたす。
「知っていたか」
「聞き覚えがあったんだ。さっき思い出した。“王の矛”――国王直属の最強騎士団。国の誇りであり、同時にーー“処刑装置”と呼ばれる完全無欠の戦力を持つ男」
「間違ってはいない。私は王の敵を刺す矛であり、王の振るう剣。王が望む首を並べるのも、私の仕事の一つだ」
一拍の間。焚き火が風に吹かれて一瞬小さくなる。
「へぇ……職務内容の説明が怖すぎるな」
「事実を述べただけだ」
「怖ぇんだよ、その“事実”が!」
乾いた会話が夜に沈んでいく。
それでも、さっきより少しだけ互いの距離が縮まった気がした。
「……あーもう、疲れた。寝るわ」
「どこで?」
「この家で唯一、屋根が残ってる場所。お前は?」
「睡眠は不要だ」
「じゃあ、見張りよろしく」
屋根の残骸を見上げながら、俺は苦笑した。
こんな状況で寝るとか、頭どうかしてると思う。
でも、今日一日で頭を使いすぎて、もう何も考えたくなかった。
「君は妙に図太いな」
「命は握られてるけど、お前とは仲良くなれそうな気がしてさ」
「……そうか。お前は頭がおかしいのだな」
「俺もそう思うよ、ご主人様」
ため息をついて横になる。
ヴァンは焚き火の光を見つめたまま動かない。
食わなくて寝ないとか、ほんとに人間かよ。
……それでも、隣に人が居る夜は久しぶりだ。
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