英雄譚の裏側で、俺は魔王に恋をした~国家が作った魔王と、勇者落第の俺がうっかり世界を壊す~

佐々木鳥

文字の大きさ
3 / 8

第3話 俺、食事をふるまう

しおりを挟む

 焦げた木の匂いがまだ残る村で、俺とヴァンは一息ついていた。
 さっきまで雨を降らせていた雲は、いつの間にかどこかへ消えていた。澄みきった空気が、焼け跡の冷たさをやけに際立たせている。

「なぁヴァン。いつまでその布一枚でいるつもりだ?」
「特に不便を感じない」
「少しは恥ずかしがれよ! 頼むから着てくれ! こっちが見てられない!!」

 焦げ跡だらけの家の中を探って、年季の入った木箱の衣櫃をこじ開けた。
 中から出てきたのは、農作業用らしきズボンと、首元が黒ずんだシャツ。少し焦げ臭いが、着ることが出来そうだ。

「……これって、火事場泥棒だよな」
「定義的にはそうだな」
「じゃあ金、置いとこ。――これでよし」

 瓦礫の隅に銀貨を数枚置いて、俺は服を差し出す。
 ヴァンは無表情のまま受け取り、静かに袖を通した。

 その間に、濡れていない木片を集めて火を起こす。
 日も傾き始め、王都まで戻るには距離がありすぎた。夜道を歩くのは危険だ。今日はここで野宿だな。

「おお、着れたか。――ってびっくりするほど似合わないな」

 丈が短く、裾もつんつるてん。
 銀髪に近い淡灰の髪、金の双眸、整いすぎた顔立ち――どこを取っても人間離れしているのに、着ているのは地味な村人服。罰ゲームにしか見えない。

「このような服は初めて着た」
「似合わないってわかったな」

 だが、少なくとも布1枚よりは断然いい。

「とりあえず、何か食うか。俺、干し肉持ってる」
「不要だ」
「腹減ってないのか? 何が起こるか分からないんだから、食える時に食っとけよ」

 荷袋から干し肉を取り出し、焚き火にかざす。
 脂がじゅうっと音を立て、香ばしい匂いが辺りに広がった。

「正確には、“食事”が必要ない体だということだ。魔力が生命維持の燃料になる」
「食えないわけじゃないんだな?」
「必要ないだけだ」
「なら、もう二人分炙ってるから食え」

 肉屋の息子として恥じない解体と加工の腕で作った干し肉。
 冒険者たちの間でも好評な、俺の家の特製品だ。どこに出しても恥ずかしくない味だと自負している。
 なんなら美味いと評判だがなかなか市場に回らないレアな魔物を自分で捕まえて倒したから売り物以上のはずだ。

「肉屋直伝の“炙り干し肉”だ。うまいぞ」
「そうか」
「“そうか”で済ますなよ! 野宿の飯のうまさは、そのまま明日の命に直結すんだぞ!」

 焚き火がぱちんと鳴る。
 うまそうな匂いを前にしても、ヴァンの表情はまったく動かない。じっと俺に渡された肉を見るだけだ。

「冷めても旨いが、焼きたてが一番だぞ」

 ヴァンは一瞬だけ何かを考えているように見えたーー如何せん表情がないのでわからないーーが口を開けた。
 炙った干し肉をひと噛みちぎるーー噛んで、飲み込み、また噛んで飲み込む。食べているというより、“作業している”みたいだ。

 うまいものを食ってるはずなのに、顔がこれっぽっちも変わらねぇ。
 もしかして――

「ーー不味いのか?」
「わからない。……が、食える物だと思う」
「俺の最高の干し肉を“食える物”扱いだと!?」

 もう一口を飲み込んでから、ヴァンはぽつりと呟いた。

「……久しぶりだ。咀嚼という行為をしたのは。十年ぶりか」
「十年!? 何食って生きてたんだよ!?」
「魔王の心臓を移植されてから、食事の必要はなくなった」
「魔王の心臓? 移植?」
「そうだ。魔王の心臓を移植することで、私は“魔王”になった」

 焚き火がまたぱち、と鳴る。
 静寂の中で、その言葉だけが不自然に響いた。

「……怖っ」
「国家繁栄に貢献する、大変名誉なことだ」

 名誉、ねぇ。
 俺は思わずヴァンの顔を見つめる。
 その金の瞳は炎を映しているのに、どこか“生”が宿っていない。
 まるで生きてるのに、心だけが別の場所にあるようだった。

「ノア」
「ん?」

 考え込んでいた俺を、静かな声が呼び戻した。

「命令だ。私の奴隷なら――私を殺す手伝いをしろ」
「いきなり飯食いながら、何言ってんだよ!?」

 こいつ、唐突に“殺す話”を切り出すの好きすぎだろ。
 さっきも何の前触れもなく俺を殺しかけてたし。

「私はもう間もなく、勇者に倒される。王国の筋書き通りに」
「勇者? 筋書き??」
「君には、民衆が希望を抱き、国全体が国王のもと、団結できるようになる“魔王の死”の演出に協力してもらう」

 どこからツッコめばいいのか分からない。

「……ていうか死の演出とか、いや重っ! 飯中の話じゃないだろ。消化が悪くなる」
「十年ぶりだが、問題なくできるはずだ」
「お前じゃなくて俺の消化!!」

 ああもう、会話がずれてる気がする。
 ヴァンは淡々と干し肉を口に運び続ける。
 異常な話をしても、声のトーンひとつ変わらない。ほんとに感情のある人間か?

「筋書きとか演出とかは一旦置いといてさ。俺に命令だって言ったけど、この契約って、どういう仕組みなんだ?」
「ノア。君は契約主である私の意に反する行動ができない。契約は、私が死ぬまで解けない」
「ふむ……想像通りだな」

 とはいえ“死ぬまで従属”とか、気軽に飲み込める言葉じゃないが。

「加えて、私が命じたことに抵抗すれば、左目から腐って死ぬ」
「こわっ!?」
「かなり醜悪な死に様になるだろう」

 おっそろしいことを真顔で言うよな、お前って。なんかわかってきたぞ。

「対価に眼球を使ったから、私は君の位置と視界を共有できる。君からは、一切できないがな」
「おい、それ完全に監視だろ! 風呂とか見んなよ!?」
「必要な時だけ確認する」
「必要な時なんてねぇよ!!」

 一方的にも程がある。
 でも不思議と、こいつの淡々とした言い方がツボに入り始めている自分が怖い。

 火のはぜる音が落ち着くまで、俺たちはしばし黙っていた――妙に、居心地は悪くなかった。

「……なぁヴァン。お前さ、セラフィア聖王国の魔法騎士団副団長、ヴァン・アリステアだろ?」

 その名を口にした瞬間、ヴァンの手がわずかに止まった。俺は気にせず火に木をたす。

「知っていたか」
「聞き覚えがあったんだ。さっき思い出した。“王の矛”――国王直属の最強騎士団。国の誇りであり、同時にーー“処刑装置”と呼ばれる完全無欠の戦力を持つ男」
「間違ってはいない。私は王の敵を刺す矛であり、王の振るう剣。王が望む首を並べるのも、私の仕事の一つだ」

 一拍の間。焚き火が風に吹かれて一瞬小さくなる。

「へぇ……職務内容の説明が怖すぎるな」
「事実を述べただけだ」
「怖ぇんだよ、その“事実”が!」

 乾いた会話が夜に沈んでいく。
 それでも、さっきより少しだけ互いの距離が縮まった気がした。

「……あーもう、疲れた。寝るわ」
「どこで?」
「この家で唯一、屋根が残ってる場所。お前は?」
「睡眠は不要だ」
「じゃあ、見張りよろしく」

 屋根の残骸を見上げながら、俺は苦笑した。
 こんな状況で寝るとか、頭どうかしてると思う。
 でも、今日一日で頭を使いすぎて、もう何も考えたくなかった。

「君は妙に図太いな」
「命は握られてるけど、お前とは仲良くなれそうな気がしてさ」
「……そうか。お前は頭がおかしいのだな」
「俺もそう思うよ、ご主人様」

 ため息をついて横になる。

 ヴァンは焚き火の光を見つめたまま動かない。
 食わなくて寝ないとか、ほんとに人間かよ。

 ……それでも、隣に人が居る夜は久しぶりだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢モノのバカ王子に転生してしまったんだが、なぜかヒーローがイチャラブを求めてくる

路地裏乃猫
BL
ひょんなことから悪役令嬢モノと思しき異世界に転生した〝俺〟。それも、よりにもよって破滅が確定した〝バカ王子〟にだと?説明しよう。ここで言うバカ王子とは、いわゆる悪役令嬢モノで冒頭から理不尽な婚約破棄を主人公に告げ、最後はざまぁ要素によって何やかんやと破滅させられる例のアンポンタンのことであり――とにかく、俺はこの異世界でそのバカ王子として生き延びにゃならんのだ。つーわけで、脱☆バカ王子!を目指し、真っ当な王子としての道を歩き始めた俺だが、そんな俺になぜか、この世界ではヒロインとイチャコラをキメるはずのヒーローがぐいぐい迫ってくる!一方、俺の命を狙う謎の暗殺集団!果たして俺は、この破滅ルート満載の世界で生き延びることができるのか? いや、その前に……何だって悪役令嬢モノの世界でバカ王子の俺がヒーローに惚れられてんだ? 2025年10月に全面改稿を行ないました。 2025年10月28日・BLランキング35位ありがとうございます。 2025年10月29日・BLランキング27位ありがとうございます。 2025年10月30日・BLランキング15位ありがとうございます。 2025年11月1日 ・BLランキング13位ありがとうございます。

絶対に追放されたいオレと絶対に追放したくない男の攻防

藤掛ヒメノ@Pro-ZELO
BL
世は、追放ブームである。 追放の波がついに我がパーティーにもやって来た。 きっと追放されるのはオレだろう。 ついにパーティーのリーダーであるゼルドに呼び出された。 仲が良かったわけじゃないが、悪くないパーティーだった。残念だ……。 って、アレ? なんか雲行きが怪しいんですけど……? 短編BLラブコメ。

「役立たず」と追放された神官を拾ったのは、不眠に悩む最強の騎士団長。彼の唯一の癒やし手になった俺は、その重すぎる独占欲に溺愛される

水凪しおん
BL
聖なる力を持たず、「穢れを祓う」ことしかできない神官ルカ。治癒の奇跡も起こせない彼は、聖域から「役立たず」の烙印を押され、無一文で追放されてしまう。 絶望の淵で倒れていた彼を拾ったのは、「氷の鬼神」と恐れられる最強の竜騎士団長、エヴァン・ライオネルだった。 長年の不眠と悪夢に苦しむエヴァンは、ルカの側にいるだけで不思議な安らぎを得られることに気づく。 「お前は今日から俺専用の癒やし手だ。異論は認めん」 有無を言わさず騎士団に連れ去られたルカの、無能と蔑まれた力。それは、戦場で瘴気に蝕まれる騎士たちにとって、そして孤独な鬼神の心を救う唯一の光となる奇跡だった。 追放された役立たず神官が、最強騎士団長の独占欲と溺愛に包まれ、かけがえのない居場所を見つける異世界BLファンタジー!

なぜ処刑予定の悪役子息の俺が溺愛されている?

詩河とんぼ
BL
 前世では過労死し、バース性があるBLゲームに転生した俺は、なる方が珍しいバットエンド以外は全て処刑されるというの世界の悪役子息・カイラントになっていた。処刑されるのはもちろん嫌だし、知識を付けてそれなりのところで働くか婿入りできたらいいな……と思っていたのだが、攻略対象者で王太子のアルスタから猛アプローチを受ける。……どうしてこうなった?

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

悪役令息(Ω)に転生したので、破滅を避けてスローライフを目指します。だけどなぜか最強騎士団長(α)の運命の番に認定され、溺愛ルートに突入!

水凪しおん
BL
貧乏男爵家の三男リヒトには秘密があった。 それは、自分が乙女ゲームの「悪役令息」であり、現代日本から転生してきたという記憶だ。 家は没落寸前、自身の立場は断罪エンドへまっしぐら。 そんな破滅フラグを回避するため、前世の知識を活かして領地改革に奮闘するリヒトだったが、彼が生まれ持った「Ω」という性は、否応なく運命の渦へと彼を巻き込んでいく。 ある夜会で出会ったのは、氷のように冷徹で、王国最強と謳われる騎士団長のカイ。 誰もが恐れるαの彼に、なぜかリヒトは興味を持たれてしまう。 「関わってはいけない」――そう思えば思うほど、抗いがたいフェロモンと、カイの不器用な優しさがリヒトの心を揺さぶる。 これは、運命に翻弄される悪役令息が、最強騎士団長の激重な愛に包まれ、やがて国をも動かす存在へと成り上がっていく、甘くて刺激的な溺愛ラブストーリー。

アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました

あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」 穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン 攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?   攻め:深海霧矢 受け:清水奏 前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。 ハピエンです。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。 自己判断で消しますので、悪しからず。

【完結】弟を幸せにする唯一のルートを探すため、兄は何度も『やり直す』

バナナ男さん
BL
優秀な騎士の家系である伯爵家の【クレパス家】に生まれた<グレイ>は、容姿、実力、共に恵まれず、常に平均以上が取れない事から両親に冷たく扱われて育った。  そんなある日、父が気まぐれに手を出した娼婦が生んだ子供、腹違いの弟<ルーカス>が家にやってくる。 その生まれから弟は自分以上に両親にも使用人達にも冷たく扱われ、グレイは初めて『褒められる』という行為を知る。 それに恐怖を感じつつ、グレイはルーカスに接触を試みるも「金に困った事がないお坊ちゃんが!」と手酷く拒絶されてしまい……。   最初ツンツン、のちヤンデレ執着に変化する美形の弟✕平凡な兄です。兄弟、ヤンデレなので、地雷の方はご注意下さいm(__)m

処理中です...