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第4話 魔王、衣装替えをする
しおりを挟む村から歩いて三日。王都の城壁が見えてきた。
瓦礫の山となってしまった村から西へ続く街道は、人影もまばらで、昼下がりの風がやけに心地よい。
隣を歩くのは、淡灰の髪を持つ男――魔王ヴァン・アリステア。
「……もうすぐ王都につくぞ」
「そうか」
「一旦、休憩しとくか?」
「不要だ」
「お前は本当に『不要だ』って台詞が好きだな」
返事はない。いつも通り、無表情で淡々と歩いている。
けれどこの距離にも、もう慣れてしまった。いや、慣れさせられたというべきか。
ヴァンから離れすぎると、契約の副作用で頭痛や吐き気が襲ってくる。
本来なら対価として失われるはずのヴァンの左目が再生してしまったせいで、術式が歪んだ――らしい。
あれから三日。距離を取ること自体が“命懸け”だと悟ってから、俺たちはほぼ常に行動を共にしている。
やがて見えてきたのは、高い城壁と白い尖塔。
王都セラフィア。光の都と呼ばれるこの国の中心だ。
「おお……郊外から戻ると、王城の立派さがよくわかるな。外からでも目立つ」
「王城は建国以来、七度焼かれている」
「縁起でもねぇ情報を突然だすな」
「再建のたびに規模が拡大した。私は魔王として西側を破壊する予定だ。再建で“星晶硝子”の壁面を全面に貼りたいらしい」
「……まじか」
石畳の熱気、城壁の白さ、往来の喧噪。
王都は相変わらず“人の密度”が段違いだ。
門前で、衛兵が俺たちを見るなり顔色を変えた。
「ア、アリステア様!?」
「通る」
「っ、承知しました!」
堂々と歩くヴァンの背中に、兵士たちは息を呑む。
「……なぁ、俺も一緒に入っていいやつ?」
「同行者だ。通せ」
「お前の身分、便利すぎるな」
まさかの身元証明なし入国。まぁ、この顔が身分証明書か。
小汚い冒険者姿の俺を、通行人たちがジロジロ見てくる。いや、ヴァンもだ。
ヴァンの村人服は丈の短いズボンに焦げた布の上衣。見慣れて忘れていたが、靴に至っては木の皮を巻いているだけ。あんまりな服装だ。
どっかで服を買わなきゃな……。
「なぁ、服買おうぜ? お前、視線が痛いんだよ」
「不要だ」
「お前が気にしなくても、俺が気になるんだっての」
通りすがりの女性陣がちらちらとヴァンを見て、頬を染めている。
そりゃそうだ。見た目だけなら神話の彫像が歩いてるみたいなんだから。――ただし服は農民、足は木の皮。
「ならば、瞬間転移で宿舎に戻り、着替えてからまたここに戻る」
「……は? 瞬間転移?」
「そうだ」
「もしかして村から王都まで、俺も一緒に転移できたんじゃね?」
「私の魔力量なら造作もない」
「じゃあなんで歩かせた?」
「聞かれなかったから」
「天然ボケやめろや魔王ぉ!!」
瞬きの間に、ヴァンの姿が消える。
魔法陣の光が石畳に走った途端、契約の干渉が全身を駆け抜ける。……吐き気、頭痛、最悪な感覚。
「おい離れたらダメだって――」
「戻った」
「早っ!?」
そこには完璧に整った騎士団服姿のヴァン。
黒の上衣に銀の紋章、腰には王家認定の剣。光を反射して眩しい。通行人の視線がいっそう集まる。
「……お前、めっちゃ目立ってるぞ」
「これ以外の服を持っていない」
「休みの時の普段着1着ぐらいはあるだろ」
「ない。常に戦闘に備えろと教えられた」
「……いや、冷静に考えるとおかしいだろ、それ」
ヴァンは批判する俺をただ見ている。
「常に国を守るという心構えは大切だ」
「ヴァン、お前……」
俺は結局、何も言えなかった。
◆◇◇
昼過ぎのギルドは喧騒に満ちていた。
金属音、笑い声、怒号、そして香草酒の匂い。
冒険者にとって、ここは職場であり、居酒屋であり、第2の実家でもある。
「ノアさん!? もう戻ってきたんですか!? 早かったですね。それで原因は何でしたか?」
「原因は私だ」
「おい、何言ってんだ魔王ぉ!?」
ギルド中の視線が一斉に俺たちへ。周囲が一瞬で凍りつく。
「っ……ご、ご冗談を……!」
「冗談ではないぞ」
「すみません!! 本当に冗談です。お前、今まで最低限しか口を開かなかったのにどうした」
「報告の虚偽は良くない」
(――こいつ、変なところで謎に素直なんだよな)
慌ててフォローする俺。
「こいつ、“魔物討伐の功績者”です! 爆発の原因を止めた方の人!」
事前にヴァンと打ち合わせしていた内容を伝える。
「……そうなのですか?」
「そう!」
「そうだそうだ」
俺が騒いだせいか、注目が集まってしまった。すると当然、こいつの話題になる。
「セラフィア聖王国魔法騎士団副団長、ヴァン・アリステア……!?」
「あの“国王の剣”がここに!?」
ヴァンを中心にざわめくギルド。
「任務中だ。騒ぐな」
「っ、すんません!!」
荒くれ冒険者たちが一瞬で沈黙。
……いや、ギルドで変な緊張感出すなよ副団長。
◆◇◇
報告を終え、報酬を受け取ると、ちょうど腹が鳴った。
「なあ、腹減ったろ。飯行こうぜ」
「不要だ」
「もうその単語、禁止にしないか」
昼時の香草の香りに誘われ、近くの食堂へ。
俺が勝手に二人分の料理を頼むと、ヴァンは黙って席に着いた。
「なぜ二人分?」
「お前の分だよ」
「不要だ」
「俺だけ食べてたら、俺が性格悪いやつになるだろ」
「かまわない」
「うるせぇな、いいから食え」
スープが運ばれる。ヴァンはスプーンを手に取る――が、動きがやけにぎこちない。
(あ、これ……“食べ方忘れてる”タイプのやつだ)
ゆっくり口に運び、咀嚼、飲み込み。完全に“燃料補給”。
「……どうだ?」
「食える」
この三日で、ヴァンの食事の感想が死ぬほど貧相でかつ失礼なのは分かっていたから驚きはない。そばで注文を聞いていた女中さんが、ほんの少しだけ眉をひそめたけど。
「他には?」
「お前の肉より柔らかい」
「このスープに入っている肉は3日間ぐらいハーブと酒につけたものを使っているんだ、この店直伝の黄金レシピがあるらしい。こういう丁寧な下処理が美味しさに繋がるんだよな」
ヴァンがじっと見つめてくる。
「……君は、命令されていないのによく喋る」
「そういう性格なんだよ。っていうかお前、ちょくちょく返事が遅いときあるけど、何考えてんの?」
「考える必要のあることだけを考えている」
「会話の楽しみって概念、どっかに落としてきたんだな?」
湯気が揺れて、匂いが鼻に抜ける。
「……君の顔は、食事中もよく動く」
「お前の表情は、いつも動かないな」
◆◇◇
夜。宿の窓を叩く風が、街の喧騒を遠ざけていく。
契約の副作用のせいで、同じ宿に泊まることになった俺たちは、それぞれのベッドを挟んで向かい合っていた。
「ノア」
「ん?」
「明日、国王への報告がある。同行しろ」
「了解。……俺って今、何の立場なんだ?」
「奴隷」
「言い方」
「事実だ」
沈黙。ヴァンがふいに口を開く。
「ノア。君の左目、痛むか」
「……あー、ちょっとチカチカする、かな」
「離れすぎると干渉が起きる。実験してどれぐらい耐えれるのか確認をする」
「鬼か!? 今!? そんなことしなくていいから、俺と一緒にいればいいだろ!」
ヴァンからの返事がない。まさか本当にやるのか?
ヴァンは無言でランタンを消す。どうやらやらないことにしらたしい。最後の灯が金の瞳に映った。
きっと今日も、ずっと起きているのだろう。
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