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第二章 公爵子息はみんなを幸せにして
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とある平日の午前。
「あなた、ジョルジュがまた笑ったわよ」
「ああ、にっこりして本当によく笑う子だな」
腕に抱いた赤ん坊の笑顔に、ローラ・フォルバンは上機嫌だ。夫であるリシャールも、つられてにっこりとする。フォルバン公爵家は、新しい家族を迎えて笑顔が絶えなかった。
言うまでもなく、里実とリシャールの子ジョルジュである。黒い髪は父親似、目の色は母親の血だろう。男の子を望むローラのたっての願いで、フォルバン家で養育することとなったのだ。里実も承諾している。
「ほらマリアンヌ。お姉ちゃんでちゅよー。いないいない……ばあ……」
「うーん……。赤ちゃんにもいろいろいるわね……。どうしたらこの子は笑ってくれるのかしら……?」
部屋のもう一方では、ティアナとアリーチェが赤ん坊をあやしていた。最近生まれた妹、ジョルジュの同い年で腹違い(?)の姉マリアンヌだ。どういうわけか、弟と違ってまるで愛想がない。どれだけあやしても微笑みかけても、にこりともしない。
「まあまあ、女の子は小さい内はあんまり笑わないものなのよ」
ローラが苦笑しながら娘ふたりに話しかける。説得力が半端ない。その腕に抱かれているジョルジュは、あやしてもいないのに姉ふたりににっこりと笑いかけている。
「それにしても……ねえ……?」
「比べちゃかわいそうだけど……。ちょっと無愛想すぎない……?」
お嬢様ふたりが、むすっとしたままの妹を見て言う。おもちゃで遊んであげても、ミルクをあげても、おむつを替えてあげても、まるで笑わない。
(うーむ……。これは少し問題かも知れんなあ……)
リシャールは上の娘ふたりの様子を見て思う。
誰しも赤ん坊はかわいい。だが、どのくらいかわいいかはそれぞれだ。無愛想な赤ん坊よりは、よく笑う方が愛おしく思えるのが人情と言うものだろう。母性の強いローラはともかく、上の娘ふたりの愛情に差がつかないか心配だ。実際、姉としての思いの振り子はジョルジュに触れつつある。
思い出せば、ティアナもアリーチェも乳飲み子のころはあまり笑わない子だった。
『うーん……。こう無愛想ではなあ……。外で人に会ってもにこりともしないし……』
『まあまああなた。女の子ってこういうものなのですわ』
それでも、ローラも自分も娘たちを愛していたし、健やかなることを願って止まなかった。だが、今は少し状況が違う。マリアンヌにはジョルジュという比較対象がある。あまり穏やかではなかった。
「お嬢様方。ジョルジュ様とマリアンヌ様の新しい服が届きました」
メイドのひとりが平たい木の箱を持って部屋に入って来る。
「あ、届いたのね」
「待ちかねましてよ」
ティアナとアリーチェが花が開くような笑顔になる。先だって街の洋裁店にベビーウエアを頼んであった。それが完成し届いたようだ。
(あれ……?これで全部か……?)
リシャールは、開けられた箱を見て違和感を覚える。ベビーウエアはどれもいいできだ。デザイナーもお針子さんも優秀な者が揃った店だけはある。それはいい。が……。
「マリアンヌにはこっちかなあ……?でもジョルジュにも似合いそう」
「うーん……。こっちの色もいいと思うけど……。形はこれの方がかわいいし……」
熱心に妹と弟の服を選ぶ姿に、公爵は困惑する。娘ふたりが注文したベビーウエアは、全部女物だった。赤ん坊とはいえ、服には男女で違いがある。男の子にはシンプルで質実剛健なデザインを。女の子には華やかで飾りの多いものを。
ところが、ティアナとアリーチェが弟に合わせようとしているのは全部女の子向けだ。フリルがたくさんついた、赤ん坊が着ると花のようにみえるものばかりだ。
「なあおふたりさん……。それレディースじゃあないのかね……?」
公爵はためらいがちに問う。娘ふたりが真面目な顔で振り向く。
「ジョルジュはかわいいからこれでいいんですわ」
「そうですとも。こんなに愛らしいのに、飾りのない服なんてもったいない」
それが当然。なにが疑問なのか?そんな調子でふたりが応答する。
「あ……ああ……。そうだな……」
リシャールはそう言うのが精一杯だった。女の子は着せ替えが好きだ。かわいい弟に女物の服を着せたがる娘ふたりに、やめろと言える空気ではなかったのだ。
(参ったなこりゃ……)
公爵は内心で頭を抱えた。弟は人形ではないのだ。ジョルジュが変な育ち方をしないか、微妙に心配だった。ついでに、弟に夢中な姉ふたりにマリアンヌが不満そうな顔をしていることも。
「あなた、ジョルジュがまた笑ったわよ」
「ああ、にっこりして本当によく笑う子だな」
腕に抱いた赤ん坊の笑顔に、ローラ・フォルバンは上機嫌だ。夫であるリシャールも、つられてにっこりとする。フォルバン公爵家は、新しい家族を迎えて笑顔が絶えなかった。
言うまでもなく、里実とリシャールの子ジョルジュである。黒い髪は父親似、目の色は母親の血だろう。男の子を望むローラのたっての願いで、フォルバン家で養育することとなったのだ。里実も承諾している。
「ほらマリアンヌ。お姉ちゃんでちゅよー。いないいない……ばあ……」
「うーん……。赤ちゃんにもいろいろいるわね……。どうしたらこの子は笑ってくれるのかしら……?」
部屋のもう一方では、ティアナとアリーチェが赤ん坊をあやしていた。最近生まれた妹、ジョルジュの同い年で腹違い(?)の姉マリアンヌだ。どういうわけか、弟と違ってまるで愛想がない。どれだけあやしても微笑みかけても、にこりともしない。
「まあまあ、女の子は小さい内はあんまり笑わないものなのよ」
ローラが苦笑しながら娘ふたりに話しかける。説得力が半端ない。その腕に抱かれているジョルジュは、あやしてもいないのに姉ふたりににっこりと笑いかけている。
「それにしても……ねえ……?」
「比べちゃかわいそうだけど……。ちょっと無愛想すぎない……?」
お嬢様ふたりが、むすっとしたままの妹を見て言う。おもちゃで遊んであげても、ミルクをあげても、おむつを替えてあげても、まるで笑わない。
(うーむ……。これは少し問題かも知れんなあ……)
リシャールは上の娘ふたりの様子を見て思う。
誰しも赤ん坊はかわいい。だが、どのくらいかわいいかはそれぞれだ。無愛想な赤ん坊よりは、よく笑う方が愛おしく思えるのが人情と言うものだろう。母性の強いローラはともかく、上の娘ふたりの愛情に差がつかないか心配だ。実際、姉としての思いの振り子はジョルジュに触れつつある。
思い出せば、ティアナもアリーチェも乳飲み子のころはあまり笑わない子だった。
『うーん……。こう無愛想ではなあ……。外で人に会ってもにこりともしないし……』
『まあまああなた。女の子ってこういうものなのですわ』
それでも、ローラも自分も娘たちを愛していたし、健やかなることを願って止まなかった。だが、今は少し状況が違う。マリアンヌにはジョルジュという比較対象がある。あまり穏やかではなかった。
「お嬢様方。ジョルジュ様とマリアンヌ様の新しい服が届きました」
メイドのひとりが平たい木の箱を持って部屋に入って来る。
「あ、届いたのね」
「待ちかねましてよ」
ティアナとアリーチェが花が開くような笑顔になる。先だって街の洋裁店にベビーウエアを頼んであった。それが完成し届いたようだ。
(あれ……?これで全部か……?)
リシャールは、開けられた箱を見て違和感を覚える。ベビーウエアはどれもいいできだ。デザイナーもお針子さんも優秀な者が揃った店だけはある。それはいい。が……。
「マリアンヌにはこっちかなあ……?でもジョルジュにも似合いそう」
「うーん……。こっちの色もいいと思うけど……。形はこれの方がかわいいし……」
熱心に妹と弟の服を選ぶ姿に、公爵は困惑する。娘ふたりが注文したベビーウエアは、全部女物だった。赤ん坊とはいえ、服には男女で違いがある。男の子にはシンプルで質実剛健なデザインを。女の子には華やかで飾りの多いものを。
ところが、ティアナとアリーチェが弟に合わせようとしているのは全部女の子向けだ。フリルがたくさんついた、赤ん坊が着ると花のようにみえるものばかりだ。
「なあおふたりさん……。それレディースじゃあないのかね……?」
公爵はためらいがちに問う。娘ふたりが真面目な顔で振り向く。
「ジョルジュはかわいいからこれでいいんですわ」
「そうですとも。こんなに愛らしいのに、飾りのない服なんてもったいない」
それが当然。なにが疑問なのか?そんな調子でふたりが応答する。
「あ……ああ……。そうだな……」
リシャールはそう言うのが精一杯だった。女の子は着せ替えが好きだ。かわいい弟に女物の服を着せたがる娘ふたりに、やめろと言える空気ではなかったのだ。
(参ったなこりゃ……)
公爵は内心で頭を抱えた。弟は人形ではないのだ。ジョルジュが変な育ち方をしないか、微妙に心配だった。ついでに、弟に夢中な姉ふたりにマリアンヌが不満そうな顔をしていることも。
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