赤線の記憶 それでも僕は君を

ブラックウォーター

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理解されて

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「こんなに感じる女は…初めてだ…!」
「あんっ…!違いますよ…お客さんが上手だから…!」
 恵子との交わりは、驚くほど甘美だった。
 今まで抱いたどんな女よりも興奮したし、具合がいいと思えた。
(すごいな…)
 祥二は素直にそう思っていた。
 あえぎ声もすごく色っぽいし、感じている表情も妖艶で素晴らしい。
 毎日でも通いたい。
 本気でそう思えた。

「まあ、飲んでいって下さいよ。明日も朝から忙しいんでしょう、社長さん?」
「ありがとう。…あれ、社長だって名乗ったかの?」
 事後、お酌を受けながら、祥二は一瞬引っかかる。
 手前味噌だが、自分の年齢で経営者をやっている人間は多くない。
 たとえ朝鮮戦争特需の中、若くして起業する(あるいは起業せざるをえない)者が多かったとしてもだ。
「名乗るもなにも…。あの池田さんの支援者だもの。顔くらい存じてますよ」
「え…?そうなの?僕ってけっこう有名人だったりするんかの?」
 意外な気持ちになる祥二に、恵子が悪戯っぽくほほえむ。
「まあ、良くも悪くもってところですかね…。池田さんが、正に良くも悪くも目だったお方だったでしょ?後援会員の社長さんも、池田さんとあわせてよく知られてますよ」
「そうだったのか…。日陰に徹してるつもりだったんだけどな…」
 祥二は、自分が有名人であることを、まったく喜べなかった。 
 後援会というのは、常に隠密行動を要求される。
 あからさまな金集めや票田狩りをマスコミに嗅ぎつけられようものなら、勝てる選挙も勝てなくなる。

 それに、吉田政権当時の世に言う“抜き打ち解散”の時を思い出してしまう。
 勢力維持をかけて、乾坤一擲の解散総選挙に討って出た。
 吉田が解散を決意したのは、資金力にものを言わせれば勝てると、当時の池田が進言したからだ。
 そして、自分も資金集めに奔走したひとりだった。
 だが、結果は敗北。
 吉田政権瓦解の決定的な要因となってしまう。
(思い出したくもないわい)
 吉田が政権にある当時から、国民の轟々たる非難を浴びていたのだ。
 吉田政権の崩壊によって、旧吉田派は落ち武者同然の立場となってしまう。
 そしてその筆頭である池田の後援者である自分も、“吉田政権の犬”“政商”というレッテルを貼られ、白眼視されるはめになった。
「なにか功績を立てて有名になったんじゃなく、盛大にずっこけて顔を覚えられたってわけか…」
 力なく笑って、祥二はヤケ気味におちょこの中身を呑み下す。
「まあ、そう卑下したものでもないでしょ?“貧乏人は麦を食え”とか“中小企業経営者の自殺もやむを得ない”とか。当時の報道はさんざんだったけど、池田さんはあの人なりに頑張ってたんでしょう?それを支えていたあなたも」
 恵子の優しい声と言葉に、救われた気分になる。
 そもそも、池田の悪印象は、代案もなく非難だけする野党の印象操作と、マスコミの切り取り、偏向報道のせいもあった。
 当時の日本は、どんなことをしてもドッジラインを遵守して緊縮財政を行う必要があったのだ。
 なのに、誰もが感情論で池田を悪者にした。
 にもかかわらず、歓楽街の片隅に、池田の必死さと頑張りを理解してくれる人がいる。
 こんなに嬉しいことはなかった。
「わかってくれるかい?池田の親父さんは、苦しい情勢の中で必死じゃった。確かに放言癖はあったが、立派な男じゃ。嬉しいよ…」
 祥二はつい涙を流していた。
 池田が理解されることは、自分が理解されることに思えたのだ。
 “反動主義者”“ブルジョアの金庫番”“なんでも金で買おうとするやつ”
 財界でもそんな陰口を叩かれてきて、内心辛かったのだ。
「あらあら…。殿方がお酒の席で湿っぽくなっちゃいけないねえ…」
 そう言いながらも、恵子はハンカチを差し出してくれる。
(わし、とんでもなくええ女に出会おうたかも)
 祥二がそう思えた瞬間だった。
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