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02
壁にぶつかって
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04
「惠子さん、今度の休み、一緒に出かけんかい?」
ある夜、祥二は思い切って恵子をデートに誘ってみた。
赤線では好ましいこととされない。
世間の目も、商売女と付き合うことには優しくはない。
それはわかっていた。
だが、どうしても恵子ともう一歩先へ進みたかった。
商売女と客という関係から、一歩前進したかったのだ。
「でもいいのかい?赤線の女と外歩いてるところ、誰かに見られたら…」
恵子がすっぱりと断るのではなく、自分の世間体を気にしてくれている。
それが嬉しかった。
「かまわんさ。大都会のど真ん中じゃ。誰も気にしとらんよ」
祥二は自信を持って言い切った。
たまの休日、いつもと髪型や雰囲気を変えた恵子と新宿を歩く。
映画を見て、食事をするだけだったが本当に楽しかった。
(でも…恵子はわしをどう思っとるじゃろう…?)
そこはまだ、祥二が確信を持てないところだった。
自分は恵子のことが好きだとはっきり思う。
だが、恵子にとって自分はどんな存在か。
ともあれ、急ぐこともない。
デートができたのは一歩前進。
これからゆっくり発展していけばいい。
そう思うことにした。
が、祥二は呑気に歓楽街通いをしている状況ではなくなっていく。
仇敵である鳩山一郎が、病気のために引退を発表したのだ。
後に続いた石橋湛山も、病気と周囲の引き下ろし工作によって短命に終わる。
先だっての総裁選で、石橋に僅差で敗れた岸信介が組閣することになる。
だが、そこで問題が発生することになる。
「悪いが、岸さんの下につくなら、俺は池田と縁を切るかも知れねえ」
祥二が支援する池田勇人の盟友であり、岸の弟である佐藤栄作が、なんと自由民主党への入党と政権への協力を渋ったのだ。
岸は鳩山一郎を担いで、かつて自分が所属する吉田茂政権を倒閣した仇敵。
だから協力はできないとそっぽを向いたのだ。
岸はもちろん、池田も佐藤に辣腕を振るってもらう予定でいた。
だから、これは大変な事態だった。
多くの人間が、必死で佐藤を説得した。
だが、佐藤は頑として首を縦に振らなかった。
「いやあ、参っちゃったよ。元々気性の荒い人とは思ってたけど、あそこまで頑固だとは」
夜の赤線。祥二は酔いに任せて、恵子に愚痴をこぼしていた。
「まあ、一度敗北して倒された恨みって、なかなか消せないものだってわかるけど…」
恵子がお酌をしながら相手をする。
この辺は、赤線でもだんとつの人気と指名数を誇る恵子らしい。
どんな人間の立場、支点にも立てる。自分がその人間だったらどう思うか、的確に分析できるのだ。
「佐藤さん自身にとっても、お兄さんである岸総理が政権を握った今がチャンスのはずなんだけどなあ…」
祥二は大きくため息をつく。
佐藤は、吉田政権が倒れて鳩山政権が成立すると、保守合同に抗って自民党入りを拒否した。多くの保守政治家が、鳩山にすり寄る中でのことだった。
吉田に殉じた面もあったが、単純に鳩山を恨んでいたのだ。
その恨み、鳩山が引退した今でも消えないらしい。
「理屈じゃないんじゃないかな?因縁浅からぬ政敵だし。時流が変わったからって一緒にやろうって言われてもそれは、って…」
恵子の言葉に、祥二は学校で習った歴史を思い出す。
明治期、本来なら藩閥と超然内閣に対して連携すべきだった当時の政党は、党同士の対立に終始してまったく国民の利益を代弁できなかった。
念願かなって政党内閣が成立しても、政党人たちは自分たちの利益や保身を優先して、数ヶ月で政権を投げ出さざるを得ない有様だった。
「条理よりも意地か…。なら、どうすればいいんだろう…?」
過去の悪夢が現在進行形で進んでいる。
祥二は頭を抱えた。
「理屈じゃないなら、あえて感情に訴えてみちゃどうかな?」
「感情に?」
恵子の言葉に、祥二は問い返す。
そうしてうまくいくものだろうか?
「意固地になってる人って、案外迷ってるかもよ?」
笑ってそう言う恵子に、祥二は真面目に考えを巡らせる。
いかにして、佐藤を感情的に揺さぶるか。
「惠子さん、今度の休み、一緒に出かけんかい?」
ある夜、祥二は思い切って恵子をデートに誘ってみた。
赤線では好ましいこととされない。
世間の目も、商売女と付き合うことには優しくはない。
それはわかっていた。
だが、どうしても恵子ともう一歩先へ進みたかった。
商売女と客という関係から、一歩前進したかったのだ。
「でもいいのかい?赤線の女と外歩いてるところ、誰かに見られたら…」
恵子がすっぱりと断るのではなく、自分の世間体を気にしてくれている。
それが嬉しかった。
「かまわんさ。大都会のど真ん中じゃ。誰も気にしとらんよ」
祥二は自信を持って言い切った。
たまの休日、いつもと髪型や雰囲気を変えた恵子と新宿を歩く。
映画を見て、食事をするだけだったが本当に楽しかった。
(でも…恵子はわしをどう思っとるじゃろう…?)
そこはまだ、祥二が確信を持てないところだった。
自分は恵子のことが好きだとはっきり思う。
だが、恵子にとって自分はどんな存在か。
ともあれ、急ぐこともない。
デートができたのは一歩前進。
これからゆっくり発展していけばいい。
そう思うことにした。
が、祥二は呑気に歓楽街通いをしている状況ではなくなっていく。
仇敵である鳩山一郎が、病気のために引退を発表したのだ。
後に続いた石橋湛山も、病気と周囲の引き下ろし工作によって短命に終わる。
先だっての総裁選で、石橋に僅差で敗れた岸信介が組閣することになる。
だが、そこで問題が発生することになる。
「悪いが、岸さんの下につくなら、俺は池田と縁を切るかも知れねえ」
祥二が支援する池田勇人の盟友であり、岸の弟である佐藤栄作が、なんと自由民主党への入党と政権への協力を渋ったのだ。
岸は鳩山一郎を担いで、かつて自分が所属する吉田茂政権を倒閣した仇敵。
だから協力はできないとそっぽを向いたのだ。
岸はもちろん、池田も佐藤に辣腕を振るってもらう予定でいた。
だから、これは大変な事態だった。
多くの人間が、必死で佐藤を説得した。
だが、佐藤は頑として首を縦に振らなかった。
「いやあ、参っちゃったよ。元々気性の荒い人とは思ってたけど、あそこまで頑固だとは」
夜の赤線。祥二は酔いに任せて、恵子に愚痴をこぼしていた。
「まあ、一度敗北して倒された恨みって、なかなか消せないものだってわかるけど…」
恵子がお酌をしながら相手をする。
この辺は、赤線でもだんとつの人気と指名数を誇る恵子らしい。
どんな人間の立場、支点にも立てる。自分がその人間だったらどう思うか、的確に分析できるのだ。
「佐藤さん自身にとっても、お兄さんである岸総理が政権を握った今がチャンスのはずなんだけどなあ…」
祥二は大きくため息をつく。
佐藤は、吉田政権が倒れて鳩山政権が成立すると、保守合同に抗って自民党入りを拒否した。多くの保守政治家が、鳩山にすり寄る中でのことだった。
吉田に殉じた面もあったが、単純に鳩山を恨んでいたのだ。
その恨み、鳩山が引退した今でも消えないらしい。
「理屈じゃないんじゃないかな?因縁浅からぬ政敵だし。時流が変わったからって一緒にやろうって言われてもそれは、って…」
恵子の言葉に、祥二は学校で習った歴史を思い出す。
明治期、本来なら藩閥と超然内閣に対して連携すべきだった当時の政党は、党同士の対立に終始してまったく国民の利益を代弁できなかった。
念願かなって政党内閣が成立しても、政党人たちは自分たちの利益や保身を優先して、数ヶ月で政権を投げ出さざるを得ない有様だった。
「条理よりも意地か…。なら、どうすればいいんだろう…?」
過去の悪夢が現在進行形で進んでいる。
祥二は頭を抱えた。
「理屈じゃないなら、あえて感情に訴えてみちゃどうかな?」
「感情に?」
恵子の言葉に、祥二は問い返す。
そうしてうまくいくものだろうか?
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いかにして、佐藤を感情的に揺さぶるか。
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