11 / 26
02
いざ訪問
しおりを挟む
05
翌日、祥二は菓子折を持って佐藤邸を訪れていた。
「まさか、わしが説得役を拝命するとはのう…」
祥二は緊張していた。
池田に談判して、とにかく佐藤を感情に訴えて揺さぶってはどうかと具申した。
『ほうか。それもひとつの手じゃのう。祥二、すまんがお前さんに頼めんかのう?』
池田は、言い出しっぺが責任を持てとばかりに祥二を佐藤邸に寄越したのだ。
具申しておいてなんだが、意外なことだった。
政治家の説得は政治家の仕事だとばかり思っていた。
てっきり池田に近しい田中角栄か、大平正芳あたりが使いに出されると思っていたのだ。
「ともあれ、任された以上はやり遂げんとの」
そう断じて、佐藤邸の門を叩いたのだった。
「おう、入ってくんな」
「お邪魔致します」
祥二は通された応接間で、佐藤栄作と対面していた。
相変わらずご機嫌斜めらしく、しかめっ面をしている。
「飲むかい?あいにく俺は下戸だが」
「いえ、まだ仕事がありますので」
社交辞令でしかない勧めを、祥二は丁重に辞する。
「それで、話ってのはなんだい?」
「はい、佐藤先生、いえ、佐藤のおじ貴。どうしても自民党と岸政権にご協力を願えませんか?」
「前に言ったとおりだ。兄貴…岸総理も俺に取っちゃ鳩山や石橋と同じく、吉田の親父の仇だ。彼と手を取り合うのは嫌だ」
佐藤は取り付く島もない。
その表情には、まだ根深い悔恨が刻まれていた。
「佐藤のおじ貴、お気持ちはわかるつもりです。僕も、鳩山政権が立ち上がった時は、悔しくて夜も眠れませんでしたから」
祥二はそこで一度言葉を句切る。
「正直に申し上げて、僕にはおじ貴と兄君がどんなご兄弟だったのか良く知りません。それに、池田の親父さんとも、どんなつき合いがあったのかも知っているとは言えません。でも、彼らとこのままケンカ別れですか?」
「わかってくんな。理解はできても…納得できねえことはある」
そう言った佐藤の表情には、わずかだが迷いがあった。
(恵子、君は僕の女神だよ)
胸中で恵子の慧眼に感謝して、祥二は口を開く。
「若造の言うことと思って、聞いて頂きたいことがあります」
「なにかな?」
佐藤は話しだけは聞いてくれるらしい。
祥二は慎重に切り出す。
「僕には幼なじみがいました。物心つく前からのつき合いでした。でも、あるときケンカになり、そのまま疎遠になりました。そのころは戦争も末期状態で、みんな絶望し、未来が見えずにいらだってました。友達と思っていたあいつと、なんであんなに険悪になったのか。それさえ思い出せない。そんな時代だったんです」
そこで茶を口に含む。
「仲直りすることができないまま、あの日が来ました。広島への原爆投下の日です」
佐藤はその言葉に、目を丸くする。
「それで、彼は?」
「その日、広島の市街にいました」
「そのあとの消息は?」
佐藤の問いに、祥二は黙って首を横に振った。
本当に嫌な記憶だった。
いつかは仲直りしたいと思っていたのに、あの日その機会は永遠に失われたのだ。
翌日、祥二は菓子折を持って佐藤邸を訪れていた。
「まさか、わしが説得役を拝命するとはのう…」
祥二は緊張していた。
池田に談判して、とにかく佐藤を感情に訴えて揺さぶってはどうかと具申した。
『ほうか。それもひとつの手じゃのう。祥二、すまんがお前さんに頼めんかのう?』
池田は、言い出しっぺが責任を持てとばかりに祥二を佐藤邸に寄越したのだ。
具申しておいてなんだが、意外なことだった。
政治家の説得は政治家の仕事だとばかり思っていた。
てっきり池田に近しい田中角栄か、大平正芳あたりが使いに出されると思っていたのだ。
「ともあれ、任された以上はやり遂げんとの」
そう断じて、佐藤邸の門を叩いたのだった。
「おう、入ってくんな」
「お邪魔致します」
祥二は通された応接間で、佐藤栄作と対面していた。
相変わらずご機嫌斜めらしく、しかめっ面をしている。
「飲むかい?あいにく俺は下戸だが」
「いえ、まだ仕事がありますので」
社交辞令でしかない勧めを、祥二は丁重に辞する。
「それで、話ってのはなんだい?」
「はい、佐藤先生、いえ、佐藤のおじ貴。どうしても自民党と岸政権にご協力を願えませんか?」
「前に言ったとおりだ。兄貴…岸総理も俺に取っちゃ鳩山や石橋と同じく、吉田の親父の仇だ。彼と手を取り合うのは嫌だ」
佐藤は取り付く島もない。
その表情には、まだ根深い悔恨が刻まれていた。
「佐藤のおじ貴、お気持ちはわかるつもりです。僕も、鳩山政権が立ち上がった時は、悔しくて夜も眠れませんでしたから」
祥二はそこで一度言葉を句切る。
「正直に申し上げて、僕にはおじ貴と兄君がどんなご兄弟だったのか良く知りません。それに、池田の親父さんとも、どんなつき合いがあったのかも知っているとは言えません。でも、彼らとこのままケンカ別れですか?」
「わかってくんな。理解はできても…納得できねえことはある」
そう言った佐藤の表情には、わずかだが迷いがあった。
(恵子、君は僕の女神だよ)
胸中で恵子の慧眼に感謝して、祥二は口を開く。
「若造の言うことと思って、聞いて頂きたいことがあります」
「なにかな?」
佐藤は話しだけは聞いてくれるらしい。
祥二は慎重に切り出す。
「僕には幼なじみがいました。物心つく前からのつき合いでした。でも、あるときケンカになり、そのまま疎遠になりました。そのころは戦争も末期状態で、みんな絶望し、未来が見えずにいらだってました。友達と思っていたあいつと、なんであんなに険悪になったのか。それさえ思い出せない。そんな時代だったんです」
そこで茶を口に含む。
「仲直りすることができないまま、あの日が来ました。広島への原爆投下の日です」
佐藤はその言葉に、目を丸くする。
「それで、彼は?」
「その日、広島の市街にいました」
「そのあとの消息は?」
佐藤の問いに、祥二は黙って首を横に振った。
本当に嫌な記憶だった。
いつかは仲直りしたいと思っていたのに、あの日その機会は永遠に失われたのだ。
0
あなたにおすすめの小説
if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜
かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。
徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。
堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる……
豊臣家に味方する者はいない。
西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。
しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。
全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)
三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。
佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。
幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。
ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。
又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。
海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。
一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。
事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。
果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。
シロの鼻が真実を追い詰める!
別サイトで発表した作品のR15版です。
もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら
俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。
赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。
史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。
もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。
日露戦争の真実
蔵屋
歴史・時代
私の先祖は日露戦争の奉天の戦いで若くして戦死しました。
日本政府の定めた徴兵制で戦地に行ったのでした。
日露戦争が始まったのは明治37年(1904)2月6日でした。
帝政ロシアは清国の領土だった中国東北部を事実上占領下に置き、さらに朝鮮半島、日本海に勢力を伸ばそうとしていました。
日本はこれに対抗し開戦に至ったのです。
ほぼ同時に、日本連合艦隊はロシア軍の拠点港である旅順に向かい、ロシア軍の旅順艦隊の殲滅を目指すことになりました。
ロシア軍はヨーロッパに配備していたバルチック艦隊を日本に派遣するべく準備を開始したのです。
深い入り江に守られた旅順沿岸に設置された強力な砲台のため日本の連合艦隊は、陸軍に陸上からの旅順艦隊攻撃を要請したのでした。
この物語の始まりです。
『神知りて 人の幸せ 祈るのみ
神の伝えし 愛善の道』
この短歌は私が今年元旦に詠んだ歌である。
作家 蔵屋日唱
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる