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02
幸せな時
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08
その日もまた、祥二と恵子はデートをしていた。
演劇を鑑賞して、料亭で食事にして、そしてホテルでしけこむ。
いつも通りのデートの流れだった。
「いまさらだけどさ、祥二さんて変わってるよね」
「ん?どうしてだい?」
美しい裸をさらしたまま煙草をくゆらせながら言う恵子に、祥二が相手をする。
「だってさ…。私は…毎晩他の男に抱かれてるんだよ?それなのに、まるでわだかまりがないみたいでさ…」
恵子の胸中は複雑だ。
祥二のことは嫌いではない。
むしろ愛してさえいる。
だが、自分は商売女だ。
毎晩のように、他の男に身体を許し続けている。
「ものは考えようじゃ。それだけ多くの男がメロメロになるいい女。それが彼女なんじゃ。嬉しいじゃないか」
祥二は恵子に向けて笑う。
恵子が耳まで真っ赤になる。
歓楽街の女、特に商売女はおだてに弱くては務まらない。
だが、祥二に褒められるのは悪い気ではない。
「相変わらずお上手だねえ。モテるでしょ?」
「いや、女にはあいにく縁がないよ。まあ、恵子以外の女に興味はないがね」
「祥二さんみたいにいい男が、それはどうかと思うけどねえ…?容姿だって悪くないし、社長さんで、お金だって持ってるんだからさ。男の価値は女の数で決まるってこともあるよ」
照れ隠しに、恵子がそんな反応をする。
祥二はおかしくなる。
自分は恵子さえいれば充分だ。
「ははは…。声をかけてなびいてくれる女がいればいいんじゃが…」
祥二は力なく笑う。
会社を経営していても、男社会で出会いがない。
接待で芸妓や水商売の女と知り合うこともあるが、どうにもプライベートでお付き合いしようという気になれない。
知り合いの政治家や実業家には、既婚でありながら酒の相手の女をお持ち帰りする男もいる。
それも、男の甲斐性というものかとも思う。
だが、自分でやってみようとは思わなかった。
恵子よりいい女など、とてもじゃないがそうそう落ちているものじゃない。
「まあ、そういうこと言ってないで、物怖じせずに気になる女に声かけてみたらどうかねえ?失敗しても、それも経験になると思うよ…?」
恵子が笑顔で言う。
(不思議なもんだな。ちょうどいい間合い。距離感ていうのか…)
祥二は思う。
恵子とお付き合いしていていいところ。
それは、互いに過度に束縛したり干渉したりしないところだ。
もともと祥二は、女の全てを自分のものにしたいと望むタイプではない。
恋人同士でも、夫婦であっても、適度な間合いは必要と考えいる。
だから、恵子が仕事で男に抱かれることにも、まったくではないにせよわだかまりは感じない。
「まあ、恵子がそう言うなら…ひとつやってみようかのう…」
祥二は一応そう応じておく。
たまには女に声をかけておくのも、いい経験になるかも知れない。
その時は予測もしていなかった。
祥二に、意図せぬ形でご縁が持ち上がることを。
恵子との関係を、改めて考える必要に迫られることを。
祥二と恵子は程なく知ることになる。
昭和32年のこの時が、ふたりが付き合っていて一番穏やかで幸せな時だった。
そしてそれは、長くは続かないのだと。
その日もまた、祥二と恵子はデートをしていた。
演劇を鑑賞して、料亭で食事にして、そしてホテルでしけこむ。
いつも通りのデートの流れだった。
「いまさらだけどさ、祥二さんて変わってるよね」
「ん?どうしてだい?」
美しい裸をさらしたまま煙草をくゆらせながら言う恵子に、祥二が相手をする。
「だってさ…。私は…毎晩他の男に抱かれてるんだよ?それなのに、まるでわだかまりがないみたいでさ…」
恵子の胸中は複雑だ。
祥二のことは嫌いではない。
むしろ愛してさえいる。
だが、自分は商売女だ。
毎晩のように、他の男に身体を許し続けている。
「ものは考えようじゃ。それだけ多くの男がメロメロになるいい女。それが彼女なんじゃ。嬉しいじゃないか」
祥二は恵子に向けて笑う。
恵子が耳まで真っ赤になる。
歓楽街の女、特に商売女はおだてに弱くては務まらない。
だが、祥二に褒められるのは悪い気ではない。
「相変わらずお上手だねえ。モテるでしょ?」
「いや、女にはあいにく縁がないよ。まあ、恵子以外の女に興味はないがね」
「祥二さんみたいにいい男が、それはどうかと思うけどねえ…?容姿だって悪くないし、社長さんで、お金だって持ってるんだからさ。男の価値は女の数で決まるってこともあるよ」
照れ隠しに、恵子がそんな反応をする。
祥二はおかしくなる。
自分は恵子さえいれば充分だ。
「ははは…。声をかけてなびいてくれる女がいればいいんじゃが…」
祥二は力なく笑う。
会社を経営していても、男社会で出会いがない。
接待で芸妓や水商売の女と知り合うこともあるが、どうにもプライベートでお付き合いしようという気になれない。
知り合いの政治家や実業家には、既婚でありながら酒の相手の女をお持ち帰りする男もいる。
それも、男の甲斐性というものかとも思う。
だが、自分でやってみようとは思わなかった。
恵子よりいい女など、とてもじゃないがそうそう落ちているものじゃない。
「まあ、そういうこと言ってないで、物怖じせずに気になる女に声かけてみたらどうかねえ?失敗しても、それも経験になると思うよ…?」
恵子が笑顔で言う。
(不思議なもんだな。ちょうどいい間合い。距離感ていうのか…)
祥二は思う。
恵子とお付き合いしていていいところ。
それは、互いに過度に束縛したり干渉したりしないところだ。
もともと祥二は、女の全てを自分のものにしたいと望むタイプではない。
恋人同士でも、夫婦であっても、適度な間合いは必要と考えいる。
だから、恵子が仕事で男に抱かれることにも、まったくではないにせよわだかまりは感じない。
「まあ、恵子がそう言うなら…ひとつやってみようかのう…」
祥二は一応そう応じておく。
たまには女に声をかけておくのも、いい経験になるかも知れない。
その時は予測もしていなかった。
祥二に、意図せぬ形でご縁が持ち上がることを。
恵子との関係を、改めて考える必要に迫られることを。
祥二と恵子は程なく知ることになる。
昭和32年のこの時が、ふたりが付き合っていて一番穏やかで幸せな時だった。
そしてそれは、長くは続かないのだと。
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