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どう思って

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「そのお嬢さんと結婚するなら、早く決めた方がいいんじゃないかねえ?」
 カフェを出て、銀座に向けて歩きながら恵子がそんなことを言う。
「な…なにを言うんじゃ。そんなつもりはないよ」
 祥二は慌てて即答する。
 自分が好きなのは恵子なのだ。
(じゃが…)
 一方で、己の優柔不断も自覚していた。
 尊敬する池田勇人の盟友で、自分にとっても恩人である佐藤栄作の紹介だから。
 そう言い訳して、ズルズルと初美との見合いやデートを承諾してしまった。
 はっきり言って、自分がわからなくなりつつある。
「本当にそうかい?お嬢様…初美さんのこと、憎からず思ってるだろう?」
 そう言った恵子は、いかにも大人の女という感じの余裕ある絵美を浮かべる。
(どうも…女ちゅうんはわからんのう…)
 祥二は内心で首をかしげていた。
 昨日の初美といい、恵子といい、どうもわからない。
 自分は必死になって独占するほどの値打ちがない男ということか。
 あるいは、女という生き物はさほど独占欲が強くないものなのか。
 はたまた、自分が女に夢を見すぎなのだろうか。
「あくまで、“憎からず”じゃ。確かに上品で美人じゃし、頭もいい。好感の持てるお嬢様じゃ。じゃけど、それだけよ」
 嫌いではないと好きは、全く意味合いが異なる。
 そう言うニュアンスで恵子に伝える。
「そう。なら、それでいいけど…」
 恵子が奥歯にものが引っかかったような反応をする。
(惠子さんは、どう考えておるんじゃろう…?)
 祥二の頭にそう疑問が浮かぶ。
 
 赤線の廃止が刻々と迫っている。
 恵子も、赤線からの退去を決めている。
 では、そのあとどうするのか。
 祥二は恵子と一緒になりたいと思っている。
 必要なら、店を始めるための出資もしたいと考えている。
 だが、肝心の恵子の方が煮え切らないのだ。
(芸妓の身請けじゃないんだ。べつに、元立ちんぼでもええじゃないか)
 祥二は、恵子が赤線の女であることに、わだかまりはない。
 夫婦として過ごせば、やがて過去も思い出になっていく。
 そのつもりだった。
 だが、恵子の方に引け目があることは理解できた。
 だから、早く決めたい気持ちがあっても待ってきたのだ。
(しかし…そろそろはっきりさせる時か…)
 そう思った祥二は、踏み込んだ質問をしてみることにする。
「のう…。恵子さんは…その…もしわしが初美さんと結婚したとして、どう思うかのう?」
 一度口にしてしまえば取り消せない、後戻りは効かないのを覚悟で、祥二は発言していた。
「あたしは…祥二さんに本当に幸せになって欲しいからさ…。もし、お嬢様と本気で結婚したいって思ってて…彼女と一緒に幸せになれる目算があるなら…。嬉しいかなっ…て」
 少し寂しそうに、そして力強く笑って、恵子がそう答える。
 祥二は頭を叩かれた気分だった。
 恵子か初美か。
 そんな考えに囚われて、自分がどうしたいのか、どうすべきと思うかがすっぽり抜け落ちていたことに、いまさら気づいたのだった。

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