26 / 26
04
決断の時
しおりを挟む
03
東京都庁第10会議室。
いよいよ赤線廃止が迫ったその日、各界の人間を集めた連絡会が行われていた。
東京都や警視庁の人間たちに加え、国会議員や東京の各商工会の幹部たちが一同に会していた。
商工会の理事であり、池田勇人の後援者である山名祥二も列席している。
議題は、赤線廃止後の性風俗に関してだ。
「つまり、新たに風俗営業として性産業を許可制とする。その他には…公衆浴場法でトルコ風呂を認めると…」
都議会議員が渋面でレジュメの内容をかいつまむ。
「その通りです。売春は全面禁止。それは既定路線ですから」
警視庁代表の警視正が、さも当然という表情で返答する。
(おためごかしじゃのう…)
レジュメを読んでいた祥二は、内心で大きなため息をつく。
売春は全面的に禁止する、という建前が一人歩きした結果がこれとは。
売春行為を違法とするという能書きが書かれているだけで、内実がまるで伴っていない。
いわゆる“本番行為”を伴わない性サービスは、風営法で許可制として認める。
“本番行為”に関しては、トルコ風呂を受け皿とする。
つまりはそう言っているのだ。
トルコ風呂は、21世紀でいうところのソープランドだ。
女を買うわけではない。男女がセックスをする場所を提供する代価として、入浴料を取るだけと言う建前。
実質的な売春の容認だ。
だが、それを誰も認めないし問題ともしない。
(いかにも日本らしいお茶の濁し型じゃ)
そう思わずにはいられない。
日本人は往々にして、100か0かの問題への対処が苦手だ。
徹底してやるか、最初からなにもしないか。
そういう割り切りが下手なのだ。
いつも中途半端な対応でお茶を濁したり、適当な理屈をつけて“対処するだけはした”と言い訳する。
その結果、根本的な問題は解決されず、却って状況を悪くする。
売春防止法と赤線の廃止に関してもそうだ。
性欲という人間の本能は、理屈ではどうにもならない。
だが、売春を違法化して健全な社会体制を作った、という主張はしたい。
なら、看板を取り替え、建前上売買春はない、という体裁を作ればいい。
内実?知らん。男と女の話だもの。
つまりはそういうことだ。
(これでは、赤線廃止に伴い混乱だけが残りよって、実質はなにも変わらんじゃないか)
祥二は、列席する各会のエリートたちに内心で舌打ちした。
事の始まりは、日本社会の健全化を求めるアメリカ政府の外圧と、売春を規制すべしとする世論の高まりを受けてだったはず。
だが、売春防止法のふたを開けてみれば、女が身体を売る状況は全く変わりがない。
それどころか、赤線で生計を立てていた人たちを、意味もなく困らせるだけだ。
連絡会に集まった偉い人たちにとっては、それで充分なのだろう。
売春を本格的に全面禁止すれば、地下に潜るだけ。
さりとて、欧州のいくつかの国のように、売春行為を許可制として行政が管理するというのは、大衆に対し説明がめんどくさい。
なら建前上、“売春は違法になった”というポーズだけ整えればいい。
そういう話だ。
(こんなことのために、恵子は商売替えを余儀なくされた)
祥二は、自分の思い人の顔をまぶたに浮かべていた。
怒りがこみ上げてくる。
赤線で身体を売っている女だって、必死で生きているのだ。
それが、政治ゲームと言葉遊びの犠牲になるとは。
納得できるものではなかった。
(まあ、いい機会じゃ。決断の時よ)
祥二は、この日の連絡会をきっかけに、ある決意を固めていたのだった。
東京都庁第10会議室。
いよいよ赤線廃止が迫ったその日、各界の人間を集めた連絡会が行われていた。
東京都や警視庁の人間たちに加え、国会議員や東京の各商工会の幹部たちが一同に会していた。
商工会の理事であり、池田勇人の後援者である山名祥二も列席している。
議題は、赤線廃止後の性風俗に関してだ。
「つまり、新たに風俗営業として性産業を許可制とする。その他には…公衆浴場法でトルコ風呂を認めると…」
都議会議員が渋面でレジュメの内容をかいつまむ。
「その通りです。売春は全面禁止。それは既定路線ですから」
警視庁代表の警視正が、さも当然という表情で返答する。
(おためごかしじゃのう…)
レジュメを読んでいた祥二は、内心で大きなため息をつく。
売春は全面的に禁止する、という建前が一人歩きした結果がこれとは。
売春行為を違法とするという能書きが書かれているだけで、内実がまるで伴っていない。
いわゆる“本番行為”を伴わない性サービスは、風営法で許可制として認める。
“本番行為”に関しては、トルコ風呂を受け皿とする。
つまりはそう言っているのだ。
トルコ風呂は、21世紀でいうところのソープランドだ。
女を買うわけではない。男女がセックスをする場所を提供する代価として、入浴料を取るだけと言う建前。
実質的な売春の容認だ。
だが、それを誰も認めないし問題ともしない。
(いかにも日本らしいお茶の濁し型じゃ)
そう思わずにはいられない。
日本人は往々にして、100か0かの問題への対処が苦手だ。
徹底してやるか、最初からなにもしないか。
そういう割り切りが下手なのだ。
いつも中途半端な対応でお茶を濁したり、適当な理屈をつけて“対処するだけはした”と言い訳する。
その結果、根本的な問題は解決されず、却って状況を悪くする。
売春防止法と赤線の廃止に関してもそうだ。
性欲という人間の本能は、理屈ではどうにもならない。
だが、売春を違法化して健全な社会体制を作った、という主張はしたい。
なら、看板を取り替え、建前上売買春はない、という体裁を作ればいい。
内実?知らん。男と女の話だもの。
つまりはそういうことだ。
(これでは、赤線廃止に伴い混乱だけが残りよって、実質はなにも変わらんじゃないか)
祥二は、列席する各会のエリートたちに内心で舌打ちした。
事の始まりは、日本社会の健全化を求めるアメリカ政府の外圧と、売春を規制すべしとする世論の高まりを受けてだったはず。
だが、売春防止法のふたを開けてみれば、女が身体を売る状況は全く変わりがない。
それどころか、赤線で生計を立てていた人たちを、意味もなく困らせるだけだ。
連絡会に集まった偉い人たちにとっては、それで充分なのだろう。
売春を本格的に全面禁止すれば、地下に潜るだけ。
さりとて、欧州のいくつかの国のように、売春行為を許可制として行政が管理するというのは、大衆に対し説明がめんどくさい。
なら建前上、“売春は違法になった”というポーズだけ整えればいい。
そういう話だ。
(こんなことのために、恵子は商売替えを余儀なくされた)
祥二は、自分の思い人の顔をまぶたに浮かべていた。
怒りがこみ上げてくる。
赤線で身体を売っている女だって、必死で生きているのだ。
それが、政治ゲームと言葉遊びの犠牲になるとは。
納得できるものではなかった。
(まあ、いい機会じゃ。決断の時よ)
祥二は、この日の連絡会をきっかけに、ある決意を固めていたのだった。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜
かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。
徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。
堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる……
豊臣家に味方する者はいない。
西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。
しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。
全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)
三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。
佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。
幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。
ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。
又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。
海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。
一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。
事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。
果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。
シロの鼻が真実を追い詰める!
別サイトで発表した作品のR15版です。
もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら
俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。
赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。
史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。
もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。
日露戦争の真実
蔵屋
歴史・時代
私の先祖は日露戦争の奉天の戦いで若くして戦死しました。
日本政府の定めた徴兵制で戦地に行ったのでした。
日露戦争が始まったのは明治37年(1904)2月6日でした。
帝政ロシアは清国の領土だった中国東北部を事実上占領下に置き、さらに朝鮮半島、日本海に勢力を伸ばそうとしていました。
日本はこれに対抗し開戦に至ったのです。
ほぼ同時に、日本連合艦隊はロシア軍の拠点港である旅順に向かい、ロシア軍の旅順艦隊の殲滅を目指すことになりました。
ロシア軍はヨーロッパに配備していたバルチック艦隊を日本に派遣するべく準備を開始したのです。
深い入り江に守られた旅順沿岸に設置された強力な砲台のため日本の連合艦隊は、陸軍に陸上からの旅順艦隊攻撃を要請したのでした。
この物語の始まりです。
『神知りて 人の幸せ 祈るのみ
神の伝えし 愛善の道』
この短歌は私が今年元旦に詠んだ歌である。
作家 蔵屋日唱
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる