自衛隊戦国繚乱 プリンセスオブジパングトルーパーズ 

ブラックウォーター

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02 東海の策謀編

戦の終結と、ギャル武将?

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07

 甲斐、古府。
 「やはり今川は劣勢。敗北も時間の問題ですか?」
 「は、それが、じえいたいとか申す織田の同盟者の圧倒的な力ではなく、巧妙な兵糧攻めと分断作戦に引っかかった由。
 おそらくほとんど戦わないままに敗北することになりましょう」
 長いなめらかな金髪と琥珀を思わせる瞳が美しいほっそりした美少女の問いに、隻眼の老将が返答する。
 「ともあれ、まだ情勢はどう転ぶかわかりません。織田は今川を滅ぼすのか、活かすのか。
 ただ、皆々準備は怠りなきよう」
 軍議に列席する武将たちが、金髪美少女の言葉に「は」と頭を下げる。
 「いずれにせよ。わたくしは甲斐の山猿で終わるつもりはありませんわ」
 鈴の鳴るような、だが剣呑な声が、彼女がもっと広く豊かな土地が、そして海が欲しいのだとうかがわせる。なにより彼女は戦いたいのだと。
 甲斐武田軍団の総帥。武田信玄は、戦を始めることができる日を心待ちにしていた。

 一方こちらは尾張。
「対氏実怪談フルコース作戦」の一方で、沓掛城に近い織田の陣では別の作戦が進行中だった。
 「うなぎ?なんの冗談だ?」
 信長は長秀から出された夕餉のおかずに眉をひそめた。
 「まあまあ、騙されたと思って箸をつけてみなされ。
 じえいたいの料理人から教わった料理の仕方でしてな」
 自信満々で膳に乗せられたうなぎの白焼きを、信長はためらいがちに口に入れる。たれがないので醤油を少したらし、柚を絞って味をつけている。
 「これは…!?」
 頭の上に“UMAI!”とかき文字が入った気がした。以前うなぎの煮込みをつまんだことはあったが、泥臭い上にぼそぼそしていてとても喜んで食えるものではなかった。
 だが、こうして開きにして焼くとどうだ。とても柔らかく、香りもいい。
 「これはすごい!飯が進むぞ!じえいたいの料理人は天才だ!もぐもぐ」
 信長は食べるのが止まらなくなってしまう。
 うなぎというのは料理の仕方で大きく食感と味が変わる。イングランドのうなぎゼリーがかの国のメシマズの代名詞になっているように、どろくささとぼそぼそした食感をどうにかするのは難しいのだ。
 実際、うなぎを開きにして焼く食べ方は、諸説あるが江戸時代になってから定着したと言われる。
 「いやあ、なんだか悪いなあ。今川の兵たちがひもじい思いをしているのに、こんな美味しいものを頂いて」
 ほっぺたに飯粒をつけて、少しも悪いと思っていない表情で信長はそんなことを言うのだった。

 実際、飢えに苦しんでいる今川の兵たちにとって、織田の陣から流れてくるうなぎのにおいは空きっ腹を直撃していた。
 一昨日は焼き鳥、昨日はカレー、そして今日はうなぎ。織田勢がいいにおいのするものばかり選んで料理しているのは明らか。粥や雑草汁どころか米のとぎ汁まですすって飢えをしのいでいる身には辛すぎたのである。
 “こっち来て一緒しないか?”と織田の兵たちが時々うなぎをほおばりながら手を振って来から余計に。
 「くそお!うまそうなものこれ見よがしに喰いやがって!」
 「意地が悪いぞ!これが尾張のやり方か!」
 今川の兵たちは、いよいよ限界に来ていたのだった。
 
 「彼らの言葉ではなんと言ったかな?“めしてろ”だったか?
 恐るべし。似たような兵法は伝わっているが、このいいにおいに抗える者はおるまい」
 信長は、田宮と木場が今川の飢えを待って繰り出せと提案した作戦の有効性に舌を巻いた。なんといっても、腹が減っているときにうまそうなにおいは心折れるのに充分だ。同時に、戦いにおける兵糧の重要性を改めて痛感したのだった。
 同じことを自分がやられるのだけはごめん被りたいと。

 空腹と、氏実を心配する気持ちで心折れそうな今川勢に、さらに残酷な仕掛けが施される。
 『義元公。氏実様は連日怖い話を聞かされてそろそろ限界ではないかな?
 既に、夜にお一人で用足しに行けなくなりつつあり!
 これからもお話はどんどん怖くなっていきますぞ!
 これで、もし用足しに付き合う者がいなければどうなるか?
 あるいは布団にそそうをされてしまうかも知れません!』
 指揮通信車の拡声器から、おなじみの勝家の声が聞こえる。
 「そこまでやりますか彼らは…」
 雪斎は織田のやりかたのいやらしさに、飢えで血色の悪い顔をさらに真っ青にする。
 「おのれ、織田のやつらめ…!」
 そう言う義元の声も弱々しい。飯テロでただでさえ心が弱っているところに、追い打ちをかけるように氏実を辱めることをほのめかす脅し。怒る気力もなくなりそうだった。
 「殿、この辺が潮時かも知れません」
 雪斎は義元に進言する。どうせ進退窮まっているのなら、誰かが切り出さなければならないことだ。
 「ばかな!織田に屈せよというのか師匠!?
 そんなことになったら、わしは亡き父、今川家を駿河の太守に育て上げた父になんと言って詫びればいいのだ!?」
 「では戦いますか?
 兵たちが飢えに苦しんで槍を振るうこともならない有様で。
 氏実様とてこの先どうなるかわからない。
 今川家の主として、どうすべきか。ここは冷静に判断なさるべきです!」
 ぴしゃりと返された言葉に、義元は天を仰ぐ。わかっているのだ。このままでは兵たちは飢え死にするか、抵抗もできないまま殺される。氏実の待遇は(織田がたの言葉を信じるなら)今のところ悪くないようだが、この先はわからない。
 だが、「降伏しよう」という言葉がどうしても出てこなかった。自分とて今まで何もしてこなかったわけではない。
 領内では法を整備し、流通を活性化し、治水工事を行ったり商業作物を奨励したりと、国を富ますために努力してきた。その成果もあったと信じている。
 軍事面でも、モザイク状態の三河を苦労してまとめ、織田の勢力をたたき出したのは自分だという自負もある。
 その自分が、補給を絶たれ、兵を飢えさせ、ろくに戦いもしないまま負ける。その事実を受け入れることができないでいた。
 「しかし、降伏したとして織田からどんな要求がなされるかわからんぞ。
 わしの首1つというわけにも行くまい。家老たちの首も要求されたらどうする?」
 感情論で降伏を受け入れられないとは言えない義元は、そんな思いつきの理屈を口にしてしまう。
 「思い出して下さい。
 殿は前におっしゃいました。
 じえいたいと織田勢が“なぜ一気にこの沓掛に攻めてこないのか”。
 織田勢は我らを殲滅するのではなく、利用する意図があるのかも知れません」
 雪斎の推測は、義元にも重臣たちにもわずかだが希望をもたらした。だが、それはそれで織田の走狗としてこの先働くことを意味する。
 命さえ助かればそれでいいのか?みなが自問する。
 「殿、今は命を一番に考えて下さい。多くの兵たちを生かすためです。兵たちを飢え死にから救う。それはもまた1つの勝利であるはずです。
 それと、お年頃の女の子にとっておねしょは重大な問題です。悪くすると心に傷が残ってしまうかも知れない。
 氏実様のためにもここはご決断を!」
 雪斎の眼を見た義元は、静かに目を閉じて応える。
 「あいわかった」
 兵たちの胃袋と氏実の乙女心(と膀胱)を人質に取られた今川義元は、ここに降伏を決意したのである。

08

 織田の本陣。
 沓掛城を出て降伏の意思表示を伝えに来た義元と雪斎を、信長は丁重にもてなしていた。
 「刀をお預けしなくてよろしいのか?」
 「いまさら刀一本でなにができる?1人2人殺すのが限界。あとはなますにされるか、鉛玉を全身に撃ち込まれて終わりでしょう?」
 信長のもっともな物言いに、義元と雪斎は刀を帯びたまま進められた椅子にかける。
 陣の中に置かれたテーブルを挟んで信長の側には、勝家、長秀、藤吉郎、そして自衛隊がわの人間として木場と田宮が腰掛けている。
 彼らが噂に聞くじえいたいか。まだら模様の服装は奇妙だが、草木の間に隠れるには合理的だと義元は思う。
 「して、降伏の条件を伺えますかな?」
 「条件は2点。
 1つは、三河岡崎城とその周辺を我が友、松平元康の所領と承認することだ。
 2つめに、この織田信長が駿河、遠江、三河東部を安堵するという書状をあなたが受け取り、同意の書面を書くこと」
 信長が出した条件に、義元と雪斎はいろいろな意味でたじろいだ。
 岡崎を元康の所領と認め、要は独立を認めるという話は、正直痛手だが呑めない要求ではない。岡崎はもともと松平の土地であり、周辺の豪族や農民たちも今川ではなく元康に忠誠心を抱いているのだから。
 だが、信長が今川の所領を安堵する書状を受け取ることは、いろいろな意味で問題だった。所領を没収されることがないのだから実質は何も損はない。だが、信長から安堵されると言うことは信長に臣従することを意味する。
 面子の問題は脇に置いても、これから今川は織田のために敵の矢面に立ち、死ぬ気で働くことを約定するも同じだった。
 「それで、わしや主立った者の処罰と、わが娘氏実のことは?」
 「今川の方々には現状の地位に留まり、辣腕を振るってもらうとも。
 氏実はお返ししよう。元康とその配下の者たちをこちらに招く代価と考えてもらえばけっこう」
 信長の言葉に、義元と雪斎は顔を見合わせる。勝者にしてはずいぶん寛大で気前のいい条件だったからだ。
 「なにせ、義元殿にはこれからたいそう苦労をおかけするだろうからな」
 信長は一度言葉を切り、紅茶で口を濡らす。
 「あの甲斐の虎、武田信玄が今川の失墜を見逃すとは思えぬ。よく言って野心家、悪く言って欲深いあの御仁のことだ。もはや同盟するより制圧して領土を頂いてしまった方が得策と判断したら、武田勢が雪崩を打ってあなたの国に押し入ってくるだろう。
 義元殿には頑張ってそれを押しとどめてもらわなければならん」
 義元はぎょっとする。武田勢の強さと冷酷さは有名だ。今川が武田と同盟を結んでいるのも、その強さと冷酷さが自分たちに向かないようにするためだった。
 だが、同盟関係と言っても最終的には国の立場を担保するのは軍事力だ。今度の戦いで、今川は人的損失こそ少ないが、兵糧攻めで兵は疲弊し、多くの物資を失い、なにより面子を失った。ついでに、駿河、遠江の兵力を泥縄式に抽出してしまったから、現状今川の本拠地は無防備と言って良かった。
 武田がこれ幸いと攻めてこないとは言い切れなかった。
 「し…しかし、我らはどうなる?守ってばかりではいずれ押し切られてしまうのでは?」
 「そこは心配無用だ。われわれ織田が美濃から信濃を経由して甲斐に攻め入る。
 それまで持ちこたえてもらいたい。物資や兵糧が必要なら融通してもいい」
 義元は少し考える。信長の作戦は合理的だ。武田の将兵は精強だが、物資や兵糧などの調達能力では織田には到底叶わないことだろう。甲斐と信濃は山がちで農業に向かないのだ。それに、武田には海がないから、よそから融通してもらうのも難しい。
 だが、義元は信長の腹をもう少し探ることにする。
 「お話はわかりました。
 しかし、蒸し返すようですが、氏実を返して頂いて本当に良いのか?我らが裏切ったり逃げ出したりする心配はなされないのかな?」
 この辺りははっきりさせておく必要がある。他人の善意に甘えるようでは大名たる資格はないからだ。自分たちの関係を担保するために、信長にはどのような策があるのか。義元は気になるところだった。
 信長は、まるで漫画の悪役令嬢のような笑みを浮かべて応じる。
 「その時こそ自衛隊の出番だとも。裏切ったり逃げだそうとするなら後ろからでも撃つ。
 さぞひどいことになるだろうなあ。腕や足、首は胴体と泣き別れになって、どれが誰の者かもわかるまい。
 埋葬するときにさぞ苦労するだろう」
 義元と雪斎はそろって青くなる。自衛隊の力は断片的にだが知っている。米蔵をピンポイントで爆破する爆弾。神出鬼没に今川の補給路を寸断したゲリラ戦術。今川自慢の大船をあっさり海の藻屑に変えた白い鉄の鳥。
 それらの力が自分たちに向けられたら…。
 「恐れ入りました」
 「ご無礼いたしました」
 義元と雪斎は頭を下げる。
 一方、木場と田宮は苦笑しながらも、信長の慧眼と交渉力に舌を巻いていた。
 織田家の力は順調に伸びている。現地調達して作った兵器も行き渡りつつある。してみると、武器弾薬も燃料も限りがある自衛隊が、槍と弓しか持たない兵相手に正規戦に参加するのは効率が悪い。
 一方で、督戦隊として用いるなら、自衛隊の力は極めて有効に機能するはずだった。よほどの馬鹿でないかぎり、機銃弾や対戦車ミサイル、ロケット弾が後ろから飛んでくる危険を冒して織田を裏切ろうとはしないだろう。
 なまじ人質を取るより、裏切りや逃亡を防止するにはよほど有効なやり方と言えた。まあ、旧ソ連のように、勝てもしない戦いに兵たちを追い立てるようなことをするつもりは毛頭ないが。
 「私の意図は納得してもらえたかな?」
 「は。この今川義元、今このときより織田信長公を主と仰ぎます。
 これよりは、織田家のために全力で働く所存!」
 義元はそう答え、岡崎周辺を松平の所領と認める書面に署名し花押を書く。同じように、信長から駿河、遠江、三河東部の安堵を受ける同意書にも署名し花押を書く。
 「では、氏実殿をここへ」
 信長の指示に応じ、氏実が陣へと呼ばれる。
 「ちちうえー!」
 「おお、氏実!もう会えぬかと思うたぞ!」
 義元と氏実は抱き合って再会を喜ぶ。周りもその姿に自然に笑顔になる。
 「父上、駿河に帰れるという折角のお言葉なれど、氏実はお兄ちゃん…田宮殿の下で働きたく思います」
 「なんと?そこにおわすじえいたいのお方の下でか?」
 氏実の申出に、義元は怪訝そうな顔をする。氏実は強かで知恵が回り、時に破天荒だが、今度はどんな腹づもりなのだろうか?
 「聞けば、今川の補給を絶ちきって飢えさせる作戦は織田とじえいたいの発案。ところが、氏実を捕まえて今川の士気を挫き、降伏を受け入れさせる作戦は田宮殿がお考えになった策だとか。
 彼の下で、その知恵と見識に学びたいのです」
 この言葉には、義元と雪斎だけでなく、信長や勝家も驚いた顔になる。結局のところ、今川が降伏を決意する決定打になったのは氏実が人質に取られたことだ。その作戦を立案したのは他ならぬ田宮なのだから。それに学ぼうという氏実はなかなかの慧眼といえた。
 「それに、あんなに怖くて恥ずかしい思いをさせられて、もうお嫁に行けないから田宮殿に責任を取って頂かないとですしねー」
 続けられた氏実の言葉に、場が凍り付く。
 「知、氏実様になにしたの?」
 「まさか嫌がるのを無理やり…?」
 藤吉郎と勝家が田宮に疑いの視線を向ける。
 「氏実様、誤解を招く言い方をしないで頂きたい!
 なにしたもなにも、提出した作戦計画書通りのことをしていただけだ!」
 必死で弁明する田宮だった。が…。
 「あれ、でも待てよ…?作戦計画書には氏実様に怖い話を聞かせて脅かすってところまでは書いてあったけど、その先は…?」
 「そう言えば…夜1人で用足しに行けなくするってことは書いてなかった気が…」
 半分笑いながら藤吉郎が言った言葉に、勝家が今気づいたように考え込む顔になる。
 「ああ…わかってはいたが、やっぱりわが夫は変態だ…」
 信長が顔を赤くしながらそんなことを言う。
 「ちょっ…!」
 田宮は慌てる。確かに氏実を従わせるためにやってきたことはいろいろアレだったかも知れないが、変態呼ばわりは心外だ。
 「まあ、安心せよわが夫よ。たとえ変態でもお前は私の大切な夫だ」
 と信長。
 「うんうん。知がどんな変態でもボクがちゃんとお嫁にもらってあげるから」
 と藤吉郎。
 「そうとも…。変態でも私は知殿を愛しているとも」
 と勝家。
 「大好きだよ、お兄ちゃん。変態だけどねー」
 と氏実。
 田宮は目の前が真っ暗になる思いがした。
 「変態変態いうなーーーーーっ!」
 田宮の悲痛な絶叫が響くのだった。
 義元は眉間にしわを寄せて深く嘆息する。
 「はあ…わしはこんな連中に敗北したのか…?」
 「殿、残念ながらそれが現実です」
 雪斎にも、今の義元をフォローする言葉はなかったのだった。
 何はともあれ、今川は正式に織田の配下に入り、ともに戦う約束がなされたのだった。

 「元康、久しいな!ずいぶん立派になったではないか」
 「信長様も、ご壮健そうでなによりです」
 義元との交渉がまとまった後、信長は本陣に松平元康と側近たちを招いていた。再会がよほど嬉しいらしく、笑顔で肩を抱き合っている。
 (しかし…。渋谷か原宿のミッション系女子校のJK…?)
 陣を訪れた3人を見れば見るほど、田宮はそんなことを思わずにはいられない。3人の容姿は、どう見てもギャルだったのだ。
 松平元康と名乗った少女は、ピンクのボリュームのある髪をサイドテールにし、きつめの化粧をしている。服装も一応和装とはわかるが、奇抜で肩やへそが出ているなど露出度が高い。
 本多忠勝は、全身が筋肉で引き締まった長身の黒ギャルだった。長い銀髪と、精かんで禽獣を思わせる顔が美しい。真珠色のマスカラと口紅が目を引く。
 酒井忠次は対照的に、前髪をぱっつんにした長い茶髪があざとい、肉感的な白ギャルだ。ピアスやチョーカーと言ったアクセサリーの付け方が実におしゃれだ。
 (まあ、三河じゃこういうのが流行っているのかも知れない。かわいいからいいか)
 苦しいが、そう考えて田宮は自分を納得させる。
 「信長様、この度は岡崎を我らの所領とお認め下さり、感謝の極みです」
 「なに、お前たちにはこれから存分に働いてもらわねばならぬからな。そのくらいは当然のことだ。
 彼ら、じえいたいの方々にもよくお礼を言っておくのだ。ほとんど戦わずして今川を屈服させることができたのは彼らの知恵と策のおかげだ。
 そのおかげで、我らもこうして生きて再会することがかなった」
 信長の言葉に、3人は木場と田宮に向き直る。昨日まで敵だったというわだかまりはなかった。外で見かけた、鉄の車や鉄の鳥。そして巨大な大筒。あれと戦うことにならなかっただけでもありがたく思うべきなのだ。
「じえいたいの方々におかれましては、まことにありがとうございました。
 あなた方の策がなくては、我らは今頃そのへんに骸をさらしていたかも知れませぬ」
 元康が丁寧におじぎをして、忠勝と忠継もそれにならう。こうして見ると、見た目はギャルだが、ちゃらちゃらしたり、礼を欠いたりする感じはない。しっかりと教育を受けた武家の娘さんであることが、その雰囲気からわかる。
 「いえいえ、信長公はあなた方と戦うことを望んでおられなかった。
 もし元康様が戦死されるようなことがあれば、信長様はどれだけ悲しまれたか。とにかく、松平の方々がご無事で、われわれも安心しました」
 そういった田宮が向けた視線に、信長がはにかむことで応える。 
 が、その時田宮は何か冷たいものが体に突き刺さるような感覚を覚えた。
 見れば、元康が冷たくなにか負の感情に満ちた視線を自分に注いでいることに気づく。
 (あれ、俺なんか気に障ること言ったかな?)
 その後も、信長と元康たちは和気あいあいと語り合っていた。が、田宮に対してだけは、元康は冷たい視線を浴びせ続けていたのだった。

09

 「退けーっ!退くのだ!死ぬ気で走れーー!」
 今川の武将が大声で撤退を命令し、兵たちも必死で走る。
 彼らの周囲で絶え間なく起こる爆発が、兵たちに死を間近に感じさせる。
 50口径重機関銃がAH-64Dのチェーンガンが、155ミリ自走砲の砲撃が、容赦なく今川勢に浴びせられて…いない。
 自衛隊の行っている砲撃は全て空砲だ。
 地上で起こっている爆発は、全て自衛隊があらかじめしかけておいた火薬の爆発だ。
 今川勢と織田勢の戦いは今川勢の敗北に終わった。だが、織田家は今川が戦わずに負けたことを馬鹿正直に周辺に教えてやるつもりはなかった。どうせなら、今川勢は負けに負けて、多くの兵を失いながらほうほうの体で逃げ帰ったことにしておこう。
 すけべ心と欲に駆られた周辺の勢力が、弱体化した今川領を狙って来るということになれば、今後の方針も立てやすい。
 まあそんなわけで、今川勢はそこかしこに火薬がしかけられた道を必死で駆けているわけだ。
 「織田の殿様は安全だといってたけど、本当に大丈夫なのかあ?」
 「まあ、打ち合わせ通り目印はちゃんとついてる。信じるしかあるまいよ!」
 爆発が起きる度に身の危険を感じる今川兵たちだが、今は計画通り“敗走”するしかなかった。

 数時間前。
 「犬?そこにいるのは犬ではないか?
 お前、また無断で戦闘に参加していたのか?」
 信長に声をかけられ、手ぬぐいを頭にかぶっていた兵の1人がぎょっとして顔を上げる。
 「信長様、お久しぶりです。今川との戦と聞いて、いてもたってもいられず参ったしだい」
 立ち上がり、手ぬぐいをとって背筋を伸ばしたのは、犬千代こと前田叉左右衛門利家だった。非常に大柄でやや無愛想だが、そこそこにイケメンで好青年という印象だ。
 先だって織田家中でトラブルを起こし、現在は追放されている身。だが、手柄を上げて信長に再び認められるべく、時々無断で戦闘に参加していたのだ。
 「まあ信長様。怒らないであげて下さい。
 こう見えて叉左は頑張っていました。主計でそろばん弾いて、陣を構えるための工事で泥まみれになって、今川勢の補給妨害作戦にも何度も参加して成功させているのです」
 信長の側に控えていた藤吉郎が口を挟む。
 信長は藤吉郎の言葉に興味を引かれ、利家をまじまじと観察する。全身泥にまみれ、よく見れば擦り傷切り傷があちこちにある。
 「あいわかった。では犬。これから始まる作戦の手伝いを命じる。
 今からあのじえいたいの工作部隊の指揮下に入り、彼らの指示に従って作戦を遂行せよ。
 作戦を成功させて生きて戻って来い。そうしたら帰参を許す!」
 利家は信長が指さす方向を見て、なにやらきな臭いものを感じる。今川との戦は勝利に決したはずなのに、明らかに戦闘準備が行われているのだ。ともあれ、訝しんでいても仕方がない。
 「は、この前田叉左右衛門利家、行って参ります」
 「よろしい。猿よ。お前から犬を堀越二曹に紹介してやってくれ。この男、遠慮なくこき使ってかまわんとな」
 信長の指示に、藤吉郎が珍しく苦笑いを浮かべる。
 「堀越二曹ですか…。大丈夫なんでしょうか…?叉左、無事に戻って来てね…」
 額に冷や汗を浮かべながらそう言う藤吉郎の言葉の意味を、利家はこの後理解することになる。

 「次、青21番点火!」
 「了解!青21番点火!」
 堀越の指示に従い、利家は火縄に火をつける。数秒後、逃げ惑う今川兵たちのすぐ側で派手な爆発が起きる。見た目の派手さと迫力を重視して、灰や砂などを詰めた袋の下に火薬をしかけて吹き飛ばすようにしている。炸裂と同時に噴煙が派手に舞い上がるため、実態以上に大きく危険な爆発に見えるのだ。
 「あの、堀越殿、かなり大きい爆発のようですが、今川兵たちは大丈夫なのでしょうか?」
 「私の計算を信じなさいな~。火薬の量も配置も、今川の皆さんを殺さないように緻密に計算してますから~。あくまで殺さないようにですけどね~」
 なんだが物騒な言葉が聞こえた気がしたが、利家は気にしないことにする。実際、派手な爆発が絶え間なく起こっているにも関わらず、脱落する今川兵はいまのところいない。
 「いや~、貴重品の火薬を湯水のように使う~。いいですね~。景気がいいですね~。
 ああ…爆破屋冥利に尽きる仕事ですよ~。溢れて来ちゃう~」
 派手な爆発を眺めながら、恍惚とした表情を浮かべる堀越を見て、利家は恐怖する。この女は危険だ。
 味方なら頼もしいが、敵に廻すと怖ろしいという次元ではない。敵であろうと味方であろうと危険であることに変わりがない。
 本当に全てを吹っ飛ばすことに充実感と快感を覚える、言わば爆破愛好症とでも言うべき性癖を持っている。じえいたいの言葉を借りるなら“爆破ふぇち”か“爆破まにあ”というところか?
 「次、青23から25まで点火!」
 「了解、青23から青25まで点火!」
 (早く終わらせて帰りたい)
 堀越の指示通りに火縄に火をつけながらも、利家は一刻も早くこの作戦が終わることを天に祈った。

 “今川は織田に大敗し、多くの兵と物資と領土を失った”
 織田と今川の戦いの結果はそのように周辺に伝わることになる。
 それは、遠からず次の戦いが始まることの予兆でもあった。誰かが負け、あるいは弱体化するということは、そこにつけ込んで戦をしかける者が出て来ることを意味する。それが戦国時代の習いだ。
 織田と自衛隊の戦いはまだ始まったばかりだった。
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