自衛隊戦国繚乱 プリンセスオブジパングトルーパーズ 

ブラックウォーター

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04 関東の甘計編

ミノコウガ・バタフライ

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04

 美濃、高賀山山中。
 「これはまた…」
 「見事に全てが吹っ飛んでいますなあ…」
 陸自の保科三尉と滝川一益はただただ目の前の光景に呆然とするばかりだった。
 信じられない光景だった。以前ヘリでこの場所を訪れた時は、うっそうとした原生林が拡がっていたはずだった。
 それが、今はどうだ。森林を構成していた木は文字通り根こそぎ倒れてしまい、はるか先まで景色が見渡せる有様だ。放射状に外側に向けて倒れて横たわる木々の中心には、直径500メートルはあろうかという巨大なクレーターができている。
 帝政ロシアの時代に隕石の衝突によってできた、いわゆるツングースカバタフライを想起させる。まあ、規模ははるかに小さいが。
 “宿儺”と名付けられた物の怪が伊勢の山中から放った質量弾、自衛隊での通称“V2”が着弾した結果がこれだった。
 
 「どうだ、なにかわかったか?」
 「放射能や爆発物の痕跡はゼロ。まあ当たり前ですけどね。
 やはり質量爆弾です。主成分は恐らく鉄ですね」
 保科は特科から借りてきた、砲弾やミサイルに詳しい二曹に“V2”の子細を調べさせていた。
 「しかし、そんな物じゃ大気圏に再突入したときに溶けちまうだろ?」
 「スペースシャトルの断熱材みたいに、セラミックかなにかで表面を覆っているのかも知れません。人間様を安全に着陸させるわけじゃない。地上に叩きつけることさえできりゃいいんだから、ハードルはそれほど高くないと思います。
 まあ、今のところ確証はありませんがね」
 二曹の返答に、保科は取りあえず素人考えはやめて、目の前の現実を見るべきと頭を切り換える。
 現に質量爆弾がこの高賀山に直撃し、多くの被害をもたらしたのだ。僻地で人がほとんど住んでいなかったこともあり、死者はゼロ。
 だが、その衝撃は15キロ以上も離れた岐阜まで届き、町を大きく揺さぶった。夕べは夜中だというのに、地上の太陽のような爆発と山火事で、本を読むのに明かりがいらないほどだった。
 「地面に直撃した衝撃だけでもちょっとした核兵器なみだな」
 「まあ、隕石の直撃は簡単に核兵器なみの衝撃と熱をもたらしますからね。
 今回は山の中だったからまだましだったものの…」
 二曹は“もし都市部に直撃していたら”という言葉を呑み込む。岐阜には3万人が暮らしている。直撃すれば、衝撃と火事、家屋の倒壊で大惨事となることだろう。
 そして、そうなる可能性は高い。“宿儺”が健在である限りは。保科は町一つが“V2”に吹き飛ばされる場面を想像して、背筋に冷たいものが走るのを感じた。

 DDG-180“はぐろ”。
 “ながと型”ミサイル護衛艦の2番艦だ。
 海自では8隻目のイージス艦として建造された。
 低速域での燃費を向上させる電動機の採用。システムの近代化。データリンクの強化。新しい世代のミサイルへの対応。など、前級からの変更点は多い。
 だが、外観上の最大の特徴は、拡大されたヘリ格納庫だろう。“あきづき型”の技術やノウハウがフィードバックされ、対潜ヘリであれば2機。AW-101、V-22などの大型機でも1機を搭載可能となっている。それに伴い、後部VLSのレイアウトも変更されている。
 将来大型化が予想されるヘリの運用をにらんだ設計だが、最大の目的はミサイル防衛をより確実ならしめることにある。大型の回転翼機をベースとした早期警戒機を運用できるようにすることで、ミサイルへの対処能力を向上させる目的があるのだ。
 第105任務部隊の旗艦を務めるが、現在は“しもきた”“かつらぎ”とは別行動を取り、伊勢や近江の戦線の後方支援を行っている。
 主砲や対艦ミサイルによる対地攻撃や、地上部隊への航空支援を行う対潜ヘリの補給、整備などが任務だ。
 だが、新たに出現した“宿儺”の脅威に対して対処が求められ、“はぐろ”艦内で会議が開かれていた。

 「精密な誘導能力はないかも知れないな」
 「失礼だが、希望的観測はお勧め致しませぬ。これが試射、あなた方で言う“ぜろしょっと”という可能性もあるように思えるのです」
 “はぐろ”艦長、深町一等海佐の言葉を、織田家から派遣された滝川一益が遮る。
  確かに、“V2”が弾道ミサイルのようなものであるなら、狙った目標に正確に当てるのは難しいことだろう。
  21世紀においても実はそうだ。“下手な鉄砲も数打ちゃ当たる”で多数を同時に発射して飽和攻撃となすか、NBC兵器を搭載して単発の破壊力を上げる方法が取られる。湾岸戦争でイラク軍が用いたR-11、通称スカッドにしても、威嚇効果こそ高かったが、多数が発射された割りには有効弾はわずかだったとされる。
 だが、試射を行って弾道計算を正確なものにすれば、それ以降は狙った場所に着弾させられる可能性は確かに高くなる。
 「弾道飛行の軌道は、打ち上げ時の速度と角度でほとんど決定されます。
 逆に言えば、打ち上げの軌道計算や風や湿度の読みさえ正確なら、後は勝手に目標に向けて落ちていくだけってことになりますな。まあ、大変でしょうけど」
 「それなんだが、“V2”発射時に妙な電波が観測されたらしい。
 やたら高出力で、発信源を調べたところ十中八九“宿儺”が発していたものと見てよさそうだ」
 “はぐろ”砲雷長に、陸自代表の仰木三佐が相手をする。
 「なるほど、ある程度の誘導も可能というわけですか。
 でも、それって朗報じゃないですか?もしやつが“V2”の大気圏離脱まで一カ所に留まって電波を出して誘導し続けなけりゃいけないなら、その時を狙ってミサイルや砲弾をしこたまお見舞いしてやればいい」
 「それが、きやつは危険を感じるとカレイかコウイカのように擬態を行って周辺に同化してしまうそうです。あの巨大な体をどうやって隠しているのか…。
 そうやって次弾の準備をしているやも知れませぬ。
 織田の物見もじえいたいも、今のところやつを見失っております」
 笑顔になる砲雷長の言葉に、一益が苦渋の表情で応じる。
 「次にやつを見つけられるのはやつが“V2”の発射態勢を整えた後ってことですか…。先回りして発射前につぶすのは難しそうですね…」
 「戦力のほとんどが近江と相模に廻されてて、伊勢には充分な数を廻せていないからな。特に戦車が2両とも相模にいるのが痛い。
 交戦した偵察隊の報告によれば、“宿儺”の装甲は相当に強固だ。成形炸薬弾か徹甲弾が必要になる」
 列席している幹部と武将たちは揃って渋面を浮かべる。今の自分たちの手元にある戦力では困難が予想されたからだ。
 近江では六角がしつこく抵抗を続けていて、海自のSH-60Jはフル回転状態だ。
 山城、丹波、大和では、将軍義輝遭難の騒ぎに乗じて、豪族、国人たちが不穏な動きを見せている。特に三好勢が織田への恭順を拒否して籠城作戦に出ているのには手を焼いている。
 上野では武田が頑張っているが、兵の数が足りずに苦戦を強いられている。
 相模、小田原は言わずもがな、北条と交戦の真っ最中だ。
 仰木が手帳に動員できる戦力を書きだしてみる。
 「岐阜のF-35は“V2”迎撃に廻す必要があるから対地攻撃への参加は難しいか。
 アパッチは関東に出払ってるから、ヘルファイアを装備できるのはシーホークくらい。
 砲戦はこの“はぐろ”の主砲と、16式(機動戦闘車)の105ミリ。
 うーむ、やつが“V2”を発射する前に始末できるか怪しいですね」
 仰木の言葉を受けて、深町が口を開く。
 「やはり発射前の制圧は困難とみておいた方がいいな。
 やむを得ん、ミサイル防衛と“宿儺”の排除を同時に進行させるものとする。
 難しい作戦だが、みなの能力と経験に期待したい」
 深町の言葉に、列席する幹部自衛官と武将たちが「は!」と応じる。
 「サジタリウス作戦」と名付けられた作戦は、こうして実行に移されるのだった。

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