自衛隊戦国繚乱 プリンセスオブジパングトルーパーズ 

ブラックウォーター

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04 関東の甘計編

美母の憂鬱と4つの戦い

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01

 上野、渋川。
 「夜襲だーっ!」
 「みんな起きろ!敵だーっ!」
 暗闇の中から突然放たれてきた無数の矢が、武田の陣に向けて降り注ぐ。
 「誰かある!
 状況を報告なさい!」
 騒ぎに飛び起きた金髪の美少女、武田信玄が報告を求める。
 「は、東より北条がたの夜襲の由!数は約1000ほどと思われますが、詳細不明!」
 例え奇襲を受けても、精強な武田の伝令は正確に状況を報告する。
 「姉さんはここをお願いします!
 わたくしは騎馬隊を率いて敵側面を突きます!」
 「わかりました信廉、頼みます」
 「御意。馬曳けい!信春、行きますよ!」
 「了解です!騎馬隊行くぞ!」
 信玄の双子の妹、信廉はいち早く、馬場信春指揮下の騎馬隊を引率して出撃していく。武田の騎馬隊は精強であるだけでなく器用でつぶしが効く。道が悪かろうが急坂だろうが、そして視界の効きにくい夜間だろうが疾風のごとき速度で駆け回る。
 まあ、あらかじめ馬で走りやすい場所を調査してあり、その調査結果に従い各所に目印をつけていることも大きいが。特に、自衛隊が融通してくれた反射テープは、たいまつや月の明かりでかなり有効な道しるべとなってくれる。
 「各隊!その場で方陣を組みなさい!乱戦に持ち込まれてはなりません!」
 初めは寝ぼけていた武田の兵たちも、命令が下ると反応は早い。各部隊が四角、あるいは菱形の陣形を組んで、槍や弓を外側に向ける。
 敵がどの方向から攻めてこようと対処可能だ。
 結果として、北条の夜襲は失敗に終わることになる。暗闇の中で乱戦に持ち込み、可能なら信玄と信廉を討つ作戦だったが、武田の反応が予想以上に早かった。
 本陣は方陣によってガードされてしまい、攻めあぐねた北条勢を側面から騎馬隊が突く。北条勢は逆に全滅させられかねない状況に追い込まれ、早々に撤退を決意したのだった。
 「なんとか死者は出ずに済みましたが、重軽傷者多数。北条もなかなかやりますな」
 「こちらは受け身なのが歯がゆいですね。まあ、織田との戦の後で余裕がないからしかたないですけれど」
 被害報告をする山本勘助に、信玄が渋面を浮かべながら応じる。武田が織田との戦いで疲弊しているところを火事場泥棒同然に北条が攻めてきた。まあ、武田が北条の制止も聞かず、今川領に攻め込んだツケを払わされている面もあるが。今川領への侵攻を、三角同盟の違背だと、北条氏康が激怒したのだ。
 自衛隊と織田勢の支援を受けて、なんとか馬見塚、草津は防衛したものの、それが限界だった。攻勢をかけてくる北条に対して、武田は防戦一方だったのである。
 「相模の攻略が1日も早くなってくれるといいのですけど…」
 騎馬隊を率いて戻って来た信廉がつぶやく。
 「と言っても難しいでしょうね。なにせ攻略対象はあの小田原城ですから」
 信玄が自衛隊から融通された薬を飲みながら相手をする。小田原城はかつて武田も上杉も落とすことが叶わなかった強固にして強大な城だ。加えて、名将北条氏康が守っている。自衛隊と織田勢の力を持ってしても、時間がかかることだろう。
 「まあ仕方ありません。わたくしたちの役目は北条の本丸が倒れるまで持ちこたえることですからね」
 信玄は薬を水筒の水で流し込みながら、自分たちの役割を再確認していたのだった。
 同時に、自分と信廉を救ってくれた男の顔を思い出す。今回の相模攻めにも彼は参加しているらしい。
 あの男がいるならば、鉄壁の小田原城もなんとかなるのではないか。
 なにか根拠があるわけではないが、信玄はそう思ったのだった。

 さて、ところ変わってこちらは近江長浜周辺。
 「大砲、準備射撃始め!」
 「続いて投石機及び棒火矢、弓銃、放てーっ!」
 好青年の前田利家と黒髪色白美人の柴田勝家の指揮下の部隊が、浅井、朝倉連合軍に対して火力にものを言わせて猛攻をかけていた。
 そこかしこで爆発が起こり、飛散した破片が浅井、朝倉の兵たちを引き裂いていく。
 兵の数ではともかく、火力と情報収集力、補給能力でとても勝負にならない織田勢に対して、連合軍はよく戦ったと言えた。だが、それもこの辺りが限界だった。
 海自から派遣されたSH-60J(陸自の機体はほとんど関東に廻されている)の50口径重機関銃による攻撃によって、琵琶湖の水上補給路を寸断された浅井勢がまず息切れを起こす。
 そして、岐阜に作られた飛行場から飛び立ったF-35BJの空爆によって越前からの補給が絶たれると、朝倉勢も内側から瓦解していく。さらに、美濃から越前への織田勢の侵攻によって越前に逃げ帰ることさえままならない。
 今や、浅井、朝倉連合軍は包囲され、殲滅されるのを待つばかりとなっていたのである。
 「関東では複雑な駆け引きや戦略が展開されているのに、こちらはなんの工夫もひねりもない力押しだな」
 「権六、仕方あるまいよ。浅井も朝倉も頑迷で、こちらの話なんぞ聞きやしない。
 一方で、北条と本格的に事を構える前に幕府と朝廷の言質が必要。となれば、近江を突貫して山城に入るしかないからな」
 戦闘が終わり、水分補給をしながらぼやく勝家に、利家が鎧の組紐を外しながら相手をする。
 「しかしな、せめて伊勢の制圧が済んでからにできなかったのか?
 所期の作戦じゃあ、近江と伊勢の2方面から畿内を目指すはずだったろ。美濃、近江、山城と支配地域が横に長くのびるのはうまくないんじゃないか?」
 勝家が懸念を示す。“鬼柴田”“かかれ柴田”とあだ名されていても、いのしし武者ではない。むしろ彼女は戦いを進めるのは慎重を期す方だった。
 実際、浅井、朝倉を破った後は、近江南部を領土とする六角家をスルーして山城に入る予定になっている。
 六角家はゲリラ戦を得意とし、幕府に何度となく征伐されかかりながら今日まで生き延びてきた。表だった動きこそ今はないが、織田に対する反抗心を露わにしている。その六角に脇腹を見せながら進むというのは気持ちいいものではない。
 「それも仕方ないさ。伊勢は一向一揆がしぶとく抵抗を続けているからな。
 一向一揆を根絶やしにしない限り伊勢を確保したことにならないわけだから、時間をかけるのもやむなしさ」
 利家が苦々しさを噛みしめながらも応える。
 普通の武家は主家が滅ぼされれば瓦解する。だが、一向一揆は与するものをことごとく根絶やしにしない限り動き続けるのだ。時間がかかるのもやむを得ないことだった。
 「長秀殿と藤吉郎が頑張ってくれるといいんだが…。
 なんにせよ、早く京に信長様をお招きしてお顔を拝見したいものだな」
 勝家はそう言って日が傾き始めた空を仰ぐ。
 「田宮殿の顔の間違いじゃないのか?」
 利家が意地悪く言う。図星を突かれた勝家が真っ赤になる。
 「そ…それは…。確かに会いたいけど…。
 叉左、そういうあんたはどうだ?松殿と離れて寂しいのではないか?」
 「う…うむ…。確かに、あいつの顔を見られないのはな…」
 勝家が混ぜ返した言葉に、利家も赤くなる。年の離れた、まだ若い、というよりも幼いと言った方がいい妻のことを思い出しているのだ。
 早く戦いを終わらせて、愛しい人に会いたい。少し寂しかったが、その気持ちが2人のモチベーションとなっていたのだった。
 
 それから3日後、浅井、朝倉連合軍はついに壊滅する。
 織田勢は、ついに山城に入る。荒廃しきった京都とは言え、天下に号令するのに必要な最大のパズルのピースである。
 利家と勝家が信長の名代として、将軍、足利義輝と正親町天皇に拝謁。
 “北条は上野西部を乱すべからず”という将軍の命令書を頂戴することに成功する。
 関東ではエアクッション揚陸艇とヘリボーンによって伊豆が電撃的に織田勢と自衛隊によって制圧されていた。
 北条の本拠地である小田原攻めに、間一髪大義名分が間に合ったのであった。

02

 伊勢、長島周辺の山中。
 「長秀、一向一揆の連中は山に身を隠すようだよ」
 「うむ、おおむね予定通りだな。後は自衛隊の誘導に従って夜襲をかけ、壊滅させる」
 「暗闇の中です。同士討ちに注意してください」
 ベリーショート美少女の木下藤吉郎と人当たりのいい中年男性の丹羽長秀の両武将は、一向一揆のゲリラ掃討作戦について打ち合わせていた。参謀役の銀髪美少女、竹中半兵衛が作戦の詳細を確認していく。
 なんと言っても一向一揆はしぶとい。拠点が落とされれば後退して別の場所を拠点とする。指導者が戦死すれば、新たな指導者を選び出して戦いを継続する。
 形勢不利と見れば、“南無阿弥陀仏”の筵旗を投げ出して隠れるのも常套手段だ。ただ、最近はこの伊勢でも織田勢の包囲が功を奏して、一向一揆は孤立しつつある。かつては一向一揆は多くのものの心のよりどころであり、自警団的な性質も持っていた。だが、伊勢の地に織田によって新たな法秩序が築かれつつある今は、一向一揆はただの厄介者として住人たちからも疎まれている。
 町や村に保護を求めることはできない(織田勢が出した命令で、一向一揆をかくまうことは重罪とされている。逆に、密告には賞金が出る)ため、野山に隠れるくらいしか方法はなくなっている。かつてにように一般人に紛れたり、人の盾を使う作戦は不可能となっているわけだ。
 自衛隊のヘリの赤外線センサーで居場所を突き止め、3方から夜襲をかけて殲滅する。その段取りは既についていた。
 「さて、じゃあ夜が更けるまで休憩としますかー」 
 「藤吉郎、言っておくが陣中で女子を侍らせるのはだめだぞ。規律が乱れる元だ」
 「えー?そりゃないよー。かわいい女の子招いてるのに-!」
 臆面もなくぶーたれる藤吉郎に、長秀は眉間にしわを寄せる。
 「藤吉郎!お前には貞操観念というものがないのか!?“知はボクの嫁”と言った言葉は偽りだったのか!?」
 「そんなことない!ボクが好きな男は知だけだよ!それに、この世で一番愛しているのも知だ!
 ただ、かわいい女の子を見つけると我慢できないって言うか-」
 力説した舌の根も乾かぬうちに、てへぺろと欲望に忠実過ぎる言い訳をする藤吉郎に、長秀はだめだこりゃと嘆息する。
 「と に か く!陣中ではだめだ!」
 「はーい…。
 それにつけても、早いところ一向一揆のやつらを壊滅させないとねー。
 そろそろ我が正妻の顔が見たいしね-」
 なんだかんだで、知のことは愛していることに偽りはない様子の藤吉郎を見ていると、長秀も怒る気になれなくなってくる。
 「申し上げます!
 先だってから出没している物の怪を見たという者がおります」
 伝令の報告に、長秀と藤吉郎が振り向く。
 「なに?例の“宿儺”か?」
 「恐らくは。巨大な図体に、頭が二つあったそうです。場所はここから南西に半里ほどの谷の由」
 長秀と藤吉郎が顔を見合わせる。
 「長秀、どうする?」
 「まあ、一向一揆の征伐が先だな。予定通りだ。
 鬼退治となると我らだけでは荷が重い。じえいたいに改めて協力を仰がんとな」
 「了解、まずは一向一揆の賊徒どもからだね。
 方向も違うし、物の怪と道中遭遇することもないだろうしね。
 ただ、谷に物見を派遣、自衛隊の偵察隊にも出てもらって“宿儺”の様子を探らせる。
 それでいいね」
 「それは私が手配しましょう」
 藤吉郎の言葉に半兵衛が応え、物の怪の動向は探らせるが、一向一揆の殲滅が優先という方針が確認される。
 そう、殲滅だ。根絶と言ってもいいかも知れない。
 赤ん坊の頃から枕元で、“南無阿弥陀仏の教えこそ絶対”“極楽往生の道は法や秩序にも優先する”と教えられてきた者たちだ。
 “南無阿弥陀仏と唱えれば何をしても許される”と本気で信じている。かつてはどうだったか知らないが、今は自分たちが世を乱し、破壊者となり果てていることに気づいていない。
 もちろん、応仁の乱以来、農民たちに守護や荘園が苛烈な負担をかけ、ひどい搾取を行って来たことは斟酌されるべきだろう。当時は権力者の横暴に対抗するために一向一揆というやり方を取るしかなかったことも。
 だが、今や彼らはただのカルト集団になり果て、新たに確立されつつある法や安寧にとって害悪でしかなくなっている。
 そして、カルト化が進みすぎた一向一揆門徒たちは、もはや新しい法秩序に対応していくことはできないだろう。
 彼らが従順になり、法に従うようになるのは死んだ後だけ。それが現実なのだ。
 人当たりの良さで知られる長秀も、明るさと人なつっこさで知られる藤吉郎も、一向一揆にだけは一辺の慈悲もかけるつもりはなかった。なまじ一向一揆と対話しようとして、少なくない大名が痛い目にあった。同じ轍を踏むつもりはない。
 妥協は一切許されないのだ。例え端から見れば大量虐殺と写ろうとも。
 (しかし…)
 一向一揆の殲滅優先という話には異論はないが、半兵衛はどうにもその物の怪が気にかかった。
 彼女の経験から言うと、物の怪は狂ったように人に害をなす。まるで人を殺すことそのものが目的。全てを憎悪し、破壊しようとしているかのように。
 だが、“宿儺”と名付けられたその物の怪は、何をするでもなくクマやシカなどの野生動物を狩って食うだけだ。それ以外にやっていることといえば、ひたすら石を食い続けていること。
 その行動には何か怖ろしい意味があるのではないか?なにか根拠があるでもないが、半兵衛は嫌な予感を感じていたのだった。
 後に、半兵衛の嫌な予感は最悪の形で現実のものになる。

 相模、小田原城。
 「敵はたった5日で伊豆を制圧したのか?」
 「なんという速さだ!じえいたいとかいう連中、一体何者なのだ?」
 「伊豆方面の守備隊は何をしていた!?」
 小田原城の評議の間では、伊豆を制圧し、相模に迫ろうとしている織田勢と自衛隊に対する善後策が話し合われていた。
 だが、情報が少ないために会議は堂々巡りするばかりで、実りある議論にはほど遠かった。
 「まずいのが、京の公方様より、”北条は上野西部を乱すべからず”という命令が出たことだ。こちらの大義を主張することが難しくなるぞ。
 織田の相模への侵攻も、こちらの上野侵攻に対する報復と主張できるわけだからな」
 「何を言うか。関東のことは関東で決める。京から口を出されるいわれはない!」
 「そうとも、われわれには鎌倉公方様がおわすのだ。それを無視して京から一方的に命令されるなど不愉快!」
 「だが、大義と言う意味で考えれば厄介だ。味方からも戦意を失うものが出て来るかも知れんぞ」
 重臣たちはこの点に関しては、まずいことになったという認識を多少なり共有していた。
 戦国時代とは言っても、力が全てを決するわけでは必ずしもない。戦いを正当化する大義は常に要求されるのだ。そもそも、北条先代当主は、もとは幕府の高級官僚である伊勢氏の娘で、実際に幕府の実務に関わった経験もある。
 が、幕府の権威が地に落ちて、誰かが実力で関東をまとめなければならないという状況になる。その時、先代当主は力のみにうったえることをしなかった。伊勢新九郎と言う名を捨て、かつて鎌倉幕府の執権であった北条の名を名乗ったのだ。
 もちろん詭弁ではあったが、北条の名と旗には、関東の支配を多くの者に受け入れさせる力があった。はったりでもペテンでも、自分たちの生活と命を保証してくれるものに人はなびく。
 そうであれば、衰えたとはいえ、幕府から北条の軍事行動を認めないという意思を表示されたのはいかにも具合が悪いのである。
 21世紀で例えれば、ある下請け会社の社長の判断が、元請けの会社に認められないと告げられたようなものか。下請けとはいえ独立した存在。元請けの言いなりになる理由はない。だが、元受けににらまれることを怖れる従業員が出て来ることはどうしても避けられないのだ。
 「この中に男はいないのか!?」
 評議の間に響いたどこぞ国の鉄の女宰相のような声に、皆がぎょっとして顔を上げる。
 見れば、当主である姫カット黒髪の美少女、氏康が評議の間の入り口に立っていた。
 「上野西部は我らが実力で切り取った土地だ!武田に返せと言われて聞ける話ではないわ!」
 「では氏康さま、なんとしますか?」
 重臣の一人の問いに、氏康はふっと不敵に微笑む。
 「この小田原城を要塞化して立て籠もる!その上で陸と海から一撃離脱で織田勢に攻撃をかけ続けるのだ!やがて刈り入れの時期が来れば、敵も戦を続けることはできまい!
 北条の粘り強さを、あの赤毛の色ぼけ女に見せつけてやるのだ!」
 氏康の言葉に、重臣たちはみな勇気づけられる。氏康の鶴の一声で、評議は小田原城に籠城する方向で決するのであった。一応。
 ”氏康さまは私怨にかられていまいか?””男が嫌い、男の言いなりになる女も嫌いと言う私情を軍事に持ち込む方とは思いたくないが…”
 元々凛として近寄りがたい雰囲気を持つ氏康が、どす黒いオーラを背中にまとってさらに近寄りがたくなっている。それが、重臣たちを不安にさせずにはいられなかったのだった。

 「ふう…」
 湯あみを済ませ、自室に戻った北条家先代当主、北条早雲は湯巻を脱ぎ捨て、特注の姿見に自分の裸を映してみる。かなり値が張ったが、やはり自分の全身を映し出せるというのはいいものだ。
 さすがに腹や尻は昔のようにはいかないが、たるみ気味な分妖艶で成熟した色気を感じさせるとは自負する。定期的に鍛える習慣をつけている賜物だ。
 肌の手入れも怠っていないから、すくなくとも年寄り臭い感じはしないはずだ。肌が雪のように白いのも、ちょっとした自慢だ。
 手前みそだが、年増であっても十分美しいと思う。
 「でも…」
 早雲の心中は複雑だった。
 自分が女であることを利用して世を渡って来たこと、なにより、元々男好きであることが、我が子、氏康の人格をゆがめてしまった自覚があるからだ。
 「まさか、あの子がこれほど男を嫌悪するようになるなんて…。そして、それが戦の原因になるなんて…」
 早雲は、姿見にこつんと頭を打ち付けながら葛藤する。
 「んん…」
 早雲は、無意識に自分の胸の膨らみの頂点と、股の間に手を伸ばしていることに気づく。自分の性欲の強さが時々嫌になる。いい年をして、1日に何度も自慰をすることがやめられない。
 かつて男の出入りが激しかったことが氏康の反感を買った反省から、今は男と関係を持つことを避けている。が、どうにも肌が、女の芯が男を求めるのだ。
 (私が悪いのだ…こんなに爛れている母親のようにはなるまいと、氏康は意固地になっている…)
 今の氏康のやり方と態度では、北条は確実に滅びる。それは自業自得と言えるかもしれない。
 でも、お腹を痛めて産んだ娘がかわいい。死んで欲しくない。氏康が頑なになってしまった原因は自分にあるのだし。
 どうすればいいのだろう?
 美しい生まれたままの姿で、北条早雲は姿見に顔を押し付けて自問自答するのだった。
 
 03

 一方、こちらは小田原城の南西の海岸。
 “しもきた”からエアクッション揚陸艇とヘリで上陸した自衛隊と織田勢が橋頭保を設置する作業にかかっている。
 海岸で水際作戦を期していた北条の兵たちは、自衛隊の近代兵器と織田の火力の前にほとんど戦わずに撤退した。
 強襲揚陸作戦と言っていいものか怪しい結果と言えた。
 「田宮二尉、お疲れ様です~。新しい弾薬、どうでしたか~?」
 施設科の堀越一曹が、田宮率いる偵察救難隊に駆け寄って来る。
 「今のところ問題なしだ。現状ジャムはゼロ。火薬のかすは多少多いが、誤差の範囲だろう。
 殺傷力は、正直体感では違いがわからん」
 田宮がメモにまとめた内容に、堀越は”ふむふむ”と目を通していく。
 「これならおおむね使えると思って良さそうですね~。施設科の面目躍如です~」
 堀越は自分の仕事の成果に満足していた。防衛省、自衛隊作成のマニュアル、”戦国時代に飛ばされた時の対処法”に書いてある通りにやって来ただけだが、それでもやり遂げたのは自分の力だと胸を張れる。
 何かといえば、小銃弾である5.56ミリライフル弾を現地調達した材料で生産する試みが成功しつつあるのだ。
 薬きょうは銅。火薬は硝酸とセルロースと硫化物質。弾丸は鉛と銅と鉄という具合に試行錯誤を重ねた。
 結果、何とか89式小銃で使えるレベルの弾薬が完成した。田宮指揮下の偵察救難隊は、実戦でのテストを依頼されたのだ。
 今のところ人力のプレス機を使ったり、火薬に詳しい職人に調合を任せたりしていてあまり効率は良くない。コストパフォーマンスの点からいえば、銃弾一発に10日分の生活費が消える有様だ。
 だが、少なくとも弾薬の消費を抑えられるという意味では値千金と言えた。訓練では薬きょうを回収してリロードすることと合わせて、少なくともすぐに弾がなくなってしまう懸念は自衛隊から消えたのである。
 そのことは、”戦国自衛隊”を地で行く最期を怖れる自衛隊員達にとって、大きな自信と余裕となった。もはや、残弾を気にして必要な時に弾をばらまくのをためらう必要はない。
 「知、おめでとう。
 弾薬の調達成功のようだな。これで、自衛隊は今まで以上に力を振るえるというわけだ」
 陣中の視察に来ていたらしい赤毛巨乳美少女の織田家当主、信長が田宮に嬉しそうに話しかけて来る。
 「まあ、ありがたいです。でも、供給を安定させるには時間がかかるでしょう。
 やはり、戦の主役は信長様と織田家の兵たちですよ」
 信長は、なにか思うところがあるのか、田宮のほっぺたをむにっとつかむ。
 「そこは、”どんな敵も俺が蹴散らしてやる!”とか言うところだろう!
 全くお前はどうしていつもそうやって小さくまとまるのだ!?はったりでも虚栄でもいいから、頼もしい言葉を待っている女子…あ、いや…人間はあまたいるのだぞ!」
 「いででで」
 夫婦漫才ともいえる光景に、周囲はただ生温かい目線を向ける。
 人は、時に冷酷なだけの真実より暖かく優しい嘘を求める。そして、誰かが必死になって行動すれば、嘘が本当になることもある。田宮には十分その資質があると、多くの人間が認めている。
 だが、田宮本人に時として他人のために嘘をつき、そして嘘を真実にしようという意思が乏しい。
 ”そんなことだから女の子たちを悶々とさせるんだよ”
 そんな陰口も叩かれるのだった。
 自衛隊内部でさえ、いっそ田宮をどこぞのやんごとなき血筋の末裔ということにして、征夷大将軍か関白にでも。という議論はあったりする。が、田宮のヘタレぶりを考えると、とてもカリスマにはなりえないと判断されて、立ち消えていたのだった。
 ”英雄になろうとして戦うんじゃない。戦った結果として英雄と呼ばれるだけだ”
 映画”ブラックホークダウン”のエヴァーズマン軍曹の言葉だ。まさに正論だった。
 だが、多くの者が英雄を求める時に、そんな正論はなんのありがたみもない。
 英雄であるべき、英雄であって欲しい人物が、小さくまとまっている。
 それはとても困る話なのであった。

 それからわずか4日後、いろいろな場所で事態は織田家の思いもしない方向に推移する。

 京都花の御所。
 「狼藉なり!何者だ!名を名乗れ!」
 火が放たれ、燃え盛る御所の中、孤立無援の将軍、長い金髪が美しい美女、足利義輝は太刀を振るいながら怒鳴る。将軍の権威が衰えたとは言え、御所を焼き討ちにするものが出るなど世も末だ。
 「あなたの時代は終わった。心の底からそう考えるものと思っていただければけっこうですよ」
 きれいで透明な、だが毒の蜜が滴るような声が応える。
 
 その日、花の御所は焼き払われ、将軍、義輝の所在も不明となる。
 織田がたの武将である柴田勝家と前田利家が、近江の六角征伐のために京を離れていた。そのわずかなスキを突かれた形となった。
 義輝を頂く織田が天下をまとめると思われた情勢は一度白紙に戻る。
 日本、特に畿内と関東は、この時を境に再び混とんに呑まれようとしていた。

 伊勢、伊賀との国境の山中。
 「グオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーー…」
 巨体と二つの首を持つ異形の物の怪が、天を仰ぎながら仁王立ちになって咆吼をあげている。 
 「何をしようと言うんでしょうか?」
 「わからんな」
 少し離れた場所に身を潜め、“宿儺”と名付けられた物の怪の様子を偵察している陸自の三尉は、部下の三曹の言葉にそれだけ応じる。
 実際、これからなにが始まるのか皆目検討もつかないのだ。
 だが、様子を見ている内に、なんとなく想像がついて来る。
 「口から煙を噴いているぞ。体の中で火でも焚いてるのか?」
 「赤外線反応強くなります。温度がさらに上昇中」
 “宿儺”の二つの首の内一つが天に向けて大きく口を開け、激しく煙を噴き出している。
 三尉にはその光景に見覚えがあった。種子島宇宙センターで、H2Aロケットが打ち上げられる時の様子に似ているように思えたのだ。
 「岐阜に連絡だ。
 “宿儺”はロケットを打ち上げようとしている様子。質量爆弾か何かの可能性あり。F-35のスクランブルを要請!」
 「了解」
 が、通信担当の陸士長が無線のマイクを手に取った瞬間、それは起こった。
 天に向けられた“宿儺”の口からまばゆい光が閃き、次いでくさび形の物体が光の尾を引いて打ち上げられたのだ。それはミサイルそのものだった。
 「訂正する!“宿儺”がミサイルのような物を打ち上げた!
 F-35のスクランブルを要請!
沖合の“はぐろ”にも連絡!対空ミサイルによる迎撃を要請せよ!」
 三尉の指示で、速やかに各所に通信が送られる。
岐阜の飛行場から2機のF-35BJがスクランブル発信する。長島の沖合で対地支援を務めるミサイル護衛艦“はぐろ”にも迎撃要請が伝えられる。
 だが、それらは遅きに失した。“宿儺”が口から打ち上げた物体はまるでロケットか弾道ミサイルのようにみるみる上昇して行く。
 F-35BJのアムラーム対空ミサイルも、“はぐろ”のSM-3対空ミサイルも、追いつくことが叶わなかったのである。
 完全に不意を突かれた形となったために、物体が大気圏に再突入した後の迎撃も間に合わなかった。
 その日、美濃は巨大な爆発と振動に襲われたのだった。
 
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「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

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神崎未緒里
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本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

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