自衛隊戦国繚乱 プリンセスオブジパングトルーパーズ 

ブラックウォーター

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04 関東の甘計編

サジタリウスの矢と空に咲く花

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03

 「赤外線反応、急速に上昇中!」
 「敵、発射体勢を取りつつあり!」
 夜もふけた伊勢と伊賀の国境の山中、無線で自衛隊員達の怒号が飛び交う。
 ”宿儺”と名付けられた物の怪が、今正に“V2”こと質量爆弾を撃ちあげようとしているからだ。
 この物の怪は、二つの頭を持つ。推測だが、片方の口から鉱物を食って再構成し、体内で砲弾のようなものを作ることが可能なようだ。
 そして、どういう原理かは不明だが、その砲弾をロケットのように打ち上げることができる。打ち上げられた砲弾は弾道ミサイルそのものの軌道で、いったん大気圏を離脱して再突入。重力に任せて高速で目標に着弾する。
 砲弾そのものはそれほど大きくはないが、密度の高い金属で構成されている上に、落下速度が速いため、落下のエネルギーだけで小型の核兵器に相当する破壊力をたたき出す。
 人口密集地に直撃すれば間違いなく大惨事だ。なんとしても阻止しなければならなかった。
 「化け物め!やらせるかよ!」
 SH-60Kが対戦車ミサイルを”宿儺”に向かってつるべ打ちに放つ。だが、それでも”宿儺”は仁王立ちの姿勢を崩そうとはしなかった。
 『やばい!対戦車ミサイルだけじゃだめだ!』
 『16式!まだやつを射程に捕らえられないのか!?』
 『無茶言うなよ!こんなに暗くて道の悪いところで!』
 ”宿儺”に対する頼みの綱である105ミリライフル砲を装備した16式機動戦闘車は、夜の闇と悪路に阻まれ、思うように進めないでいた。 
 巨体を仁王立ちにして、顔を天に向けた”宿儺”は、勝ち誇ったように噴煙を噴き出し、まばゆい光とともに楔形の物体を口から打ち上げた。
 光の尾を引いて、“V2”が高度を急速に上げていく。

 「くそ!”V2”の発射を確認!」
 『かまうな!”宿儺”を殲滅だ!』
 『目視で捕らえた!射撃開始する!』
 “V2”を正確に目標に着弾させるために、大気圏を離脱するまでは“宿儺”は一カ所に留まって電波による誘導を継続しなければならない。そこを狙って自衛隊は集中砲火を浴びせる。だが、“宿儺”の頑強さは予想以上だった。
 ”V2”を誘導すべく、仁王立ちのまま動かない”宿儺”に執拗に対戦車ミサイルやAPFSDS(装薬筒付翼安定型徹甲弾)の射撃が浴びせられる。だが、”宿儺”は体に穴が開き、血が噴き出そうと姿勢を崩すことはしなかった。
 ”これが渾身の一幕”とばかりに、”V2”が大気圏を離脱するまで自衛隊の執拗な攻撃に耐え続けたのだった。

 『サジタリウス本部より”はぐろ”!
 見ての通りだ!”宿儺”は殲滅したが”V2”の発射阻止に失敗!後は任せる』
 『こちらスワロー3!アムラームによる迎撃に失敗!』
 “V2”の発射阻止も、岐阜から飛び立ったF-35BJの空対空ミサイルによる撃墜も失敗した連絡が、“はぐろ”にもたらされる。
 “宿儺”の発見から、“V2”発射までの時間が短すぎた。スクランブル発進したF-35BJも間に合わなかったのである。
 「”はぐろ”了解。
 諸君、迎撃準備だ」
 ”はぐろ”CIC。艦長である深町一佐が決然と命令する。
 「弾道計算開始!」
 「イージスシステムをミサイル防衛モードへ!」
 「リンク16正常に作動中!」
 CICにクルーたちの大声が飛び交う。21世紀の日本では可能性でしかなかったミサイル防衛が、現在進行形で現実のものになっている。みな緊張しつつも、士気は高い。が…。
 『こちらスターヴュー!”V2”の軌道が前回と違います。このままだと尾張と美濃を飛び越えてしまいます!」
 高性能レーダーを装備した早期警戒機、AW-101Eからの通信に、”はぐろ”CICが驚愕と焦燥で満たされる。てっきり岐阜か、あるいは尾張を標的にしていると思っていた”V2”が、全く別の方向に飛んでいく。慌てずにはいられない事態だった。
 「弾道再計算、急げ!」
 「やっていますが…!」
 弾道軌道の再計算は困難の極みだった。
 弾道ミサイル防衛は、ゴルフ場に例えるとわかりやすい。
 隣のコースからショットが飛んできたのを確認した後で、そのショットの軌道を計算し、こちらからショットを打ってボールとボールをぶつける。
 素人考えでも正気の沙汰ではないことを実現する。それがミサイル防衛だった。 
 「くそ、目標は清洲や岐阜じゃなかったってことか」
 「だとしたらどこだ?それがわかればなんとかなるんだが…」
 増して今回は人工衛星や早期警戒管制機などによる早期の発見と弾道の見極めができないというハンデがついている。
 敵の目標が予測とは全くちがう場所だったと言うことは、計算を根本的にやり直さなければいけないことを意味していた。
 「ちくしょう。目標はどこなんだ?」
 深町は拳を握りしめて焦りを露わにする。
 イージス艦の艦長を拝命するのはこれで3度目になる。ミサイル防衛の訓練はしこたま受けてきた。
 だからこそ予測がついてしまう。衛星や早期警戒管制機の支援がない今の状況では、どこに落ちるかわからない“V2”の弾道再計算は間に合わない可能性が高い。
 『“はぐろ”へ、こちら竹中。敵の目標は恐らく小田原です』
 その時入った半兵衛からの通信に、深町以下CICにいる全員が頭に“?”を浮かべる。
 「竹中殿、どういうことです?」
 『“宿儺”の行動の意味を考えてみたんです。
 彼の目的が織田家に対する復讐にあるとしたら?推測ですが、前回の美濃攻撃は試射と恫喝、ついでに陽動を兼ねていたかも知れません。
 尾張でも美濃でもないとしたら、敵の目標は織田信長様本人です!』
 竹中の言葉に、深町は一瞬思考を巡らせ、ついで、今自分たちになにができるかを頭の中で手早く整理する。
 そして、決断を下す。
 「砲雷長、“V2”の弾道計算は中止!
 “V2”目標を小田原として、スタンダードに諸元入力だ!」
 「よろしいのですか?」
 「信長様が戦死されたら俺たちも終わりだ。やむをえんだろう」
 深町は言い切る。“他の場所に落ちたら不幸が起きたと思うしかない”と言外に付け加えて。
 「了解。スタンダードに“V2”コースおよび諸元入力。迎撃準備」
 砲雷長が指示に応じてSM-3艦対空ミサイルに“V2”の予測進路と追跡軌道を入力していく。

 “V2”は、弾道軌道の頂点に達すると、重力に引かれるまま落下し始める。
 そしてそのまま大気圏に再突入する。猛烈な摩擦熱と振動にさらされるが、密度の高い金属を砂と泥を合成したセラミックで覆った構造のため、分解してしまうことも燃え尽きてしまうこともない。
 空気圧と振動でセラミックが剥離し始めるが、原型を止めたまま大気圏を突破していく。
 “V2”は摩擦熱で太陽のようにまばゆく輝きながら落下していった。
 
 「スタンダード、諸元入力よし!」
 「スタンダード、攻撃始め!」
 砲雷長からの報告を受けて、深町はただちに攻撃を命じる。
 「スタンダードふた発、よーい、てーーっ!」
 ミサイル長の指示で、対空ミサイル担当の海曹がタッチパネルの発射ボタンを押す。
 「艦長、小田原に連絡して、“V2”の破片に注意するように呼びかけます」
 「ああ、それとF-35のスクランブルと、対空ミサイルの準備を具申しろ。
 後、念のため要人は装甲車両の中に退避させろ。
 残念だがそこまで責任は持てん」
 深町は船務長の具申を入れて、小田原に連絡を取らせることにする。
 “V2”の撃墜は大気圏再突入後になるから、撃墜が成功しても破片が地上や海上に降り注いでしまうことまでは防げない。
 そこは小田原方面の部隊のがんばりに期待するしかなかった。
 物の怪が発射した質量爆弾に対する、イージスシステムによる迎撃。前代未聞のミッションが開始されたのである。

 “はぐろ”前部甲板、Mk41VLSの内、2セルのハッチが開き、2発のSM-3が光の尾を引いて轟音を発しながら発射される。
 程なく2発のミサイルは加速用のブースターを投棄し、上昇用のロケットモーターに点火して、急速に上昇していく。
 夜の闇を明るく照らしながら、2本の光の矢は東の空に向けて飛翔していく。

 「スタンダード、予定通りの軌道で“V2”と交差します!
 終端誘導モードに切り替わります!」
 「やはり目標は小田原の織田勢だったか。半兵衛殿に自衛隊を上げて感謝しないとな」
 砲雷長からの報告を受けて、深町は一気に心が軽くなるのを感じる。
 目標が半兵衛の推測通り小田原であるなら、SM-3はほぼ確実に“V2”を撃墜できるのだ。
 スクリーンの中では、SM-3を示すミサイルのアイコンが、“V2”を現すアイコンに突撃しようとしているところだった。

 “はぐろ”からの誘導に従って慣性飛行を行っていたSM-3は、自らのレーダーに“V2”を捕らえると、慣性誘導を離れて終端誘導に入る。
 弾頭底部に装備されたロケットが点火され、突撃破砕型の弾頭が“V2”を直撃し、次いで炸裂した。少し遅れて、2発目の弾頭が既にひびが入っていた“V2”を同じように直撃し、ばらばらに粉砕する。
 大気圏再突入の熱と振動に耐えられるようにできている弾道ミサイルを易々と破壊する威力の弾頭には、高密度の金属の塊である“V2”も耐えられなかったのだ。
 だが、ばらばらに飛散した“V2”の破片は、空気抵抗を受けてスピンがかかり、大幅に速度を落としがならもなお地上に向けて落下を続行していた。
 
 “V2”の直撃は避けられても、破片は下にいるものたちでなんとかするしかなかった。
 “かつらぎ”からスクランブル発進したF-35BJが空対空ミサイルによる撃墜で、大きな破片から撃墜していく。
 AH-64Dのスティンガーミサイルや、地上からの91式携帯地対空誘導弾の攻撃も加わる。
 “V2”の破片は全てではないものの、自衛隊の対空ミサイルによって粉砕され、地上に深刻な被害を及ぼすことはなかったのである。

 「信長公、危険だと申し上げています」
 「ならぬ!兵たちを危険にさらして、私だけ安全なところに隠れていられるか!」
 田宮の言葉を、信長は遮る。
 信長は、危険なので装輪装甲車の中に退避されたいという自衛隊の要請を、頑なに拒んでいたのだ。
 「それも指揮官の勤めです!指揮官が簡単に死んだら、たとえ優勢でも軍は瓦解しますよ?」
 「知。お前の言っていることは正しい。だが、正しさでは人を説得はできないし、納得もさせられないのだ」
 そう言った信長の真剣な眼が、田宮を射すくめる。
 単なる意地や虚栄ではない。信長の覚悟と責任感を感じた田宮は何も言えなくなってしまう。
 理屈から言えば田宮と自衛隊の言い分が正しい。だが、正しいだけだ。
 “兵たちを危険にさらして、自分だけ安全なところにいるやつ”という悪感情を信長が抱かれれば、今後の士気にも関わってくる。
 「破片が降ってきたら、俺が身を呈して守るしかないか」
 「それは困るな。お前が死んでしまったら、私も生きていけないからな」
 そう言って田宮と信長は見つめ合う。
 “こんな時にラブ臭をふりまくなよ”“イチャつくにしても空気読め”
 時間と場所を考えず、2人だけの甘ったるいフィールドを形成する2人に、周囲は生暖かい視線を注ぐ。
 何はともあれ、信長の覚悟と剛胆さが力に変わったかのように、織田勢が破片によって深刻な被害を受けることはなかったのであった。

 一方、小田原城では、自衛隊の対空戦闘に、北条の兵たちがなにごとかと騒いでいた。
喧噪の中、北条早雲が思案に暮れていた。
 (確かに見た。光を放ちながら落ちてくる何かを、別の何か…光の矢とでも言うのか?
 光の矢が撃ち抜き、破壊した。
 そして、ばらばらになったその何かの破片を今じえいたいが破壊している…)
 早雲は、自衛隊の意図が読めずに困惑しつつも、自衛隊の強さだけは痛烈に認識していた。
 (やはり、じえいたいと戦うわけには行かない。
 戦えば北条は滅ぶ)
 早雲には、空に瞬く光、咲く花が、命の終わりの象徴、誰かを送る光に見えた。
 このままでは、自分達があんな風に咲いて散ることになる。
 これまで立場になければ口出しせずを貫いていた早雲が、何が何でもこの戦いを終わらせることを決意した瞬間だった。
 そう、例え愛してやまない娘と対立することになろうとも。
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