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06 鮮血の京都編
危険な決意と巻き起こる騒乱
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04
京都、二条城。
「それはできかねます」
信長のいつも通りの歯に衣着せぬ物言いに、銀髪のはかなげな少女、将軍、足利義昭は不満が顔に出ないように必死で堪える。
そして、強気な態度を精一杯作って食い下がる。
「し…しかし、あの兵器はあまりにも危険で人道にもとるものです。
周辺の寺社仏閣や惣村からも抗議の文が来ているのです。
信長殿、“ねんりょうきかばくだん”の使用、中止してはいただけませんか?」
今日、義昭が二条城に信長を呼びつけた用件がそれだった。
摂津や河内、和泉でいまだ抵抗を続ける一向一揆に対して、空自のF-35BJの燃料気化爆弾による攻撃が行われ、大きな戦果を上げている。
だが、そのあまりの破壊力に周辺の住人が恐れを抱き、幕府に対して抗議の声が殺到しているのだ(信長に抗議しても皮肉で返されるか、にべもない返答がかえってくるだけであるため)。
なにより、義昭自身が燃料気化爆弾を認める事ができなかった。
信長の支援を受けて京に上り、身の回りの整理がついた後、義昭は越前にこっそり戻った。長年世話になった寺に改めてあいさつと例を述べたかったのだ。
だが、越前と加賀の国境で義昭が見たものはこの世の地獄だった。
轟音を上げて疾駆する鉄の剣から何かが投下されると、地表に青白い炎がものすごい勢いで拡がる。遠目からでも確認できた。青白い炎が収まった後には、数え切れない程の屍が地表を埋め尽くしていたのだ。
一向一揆の人海戦術の前には最善の策。そんな理屈はなんの免罪符にもならない。
人にはやってはいけないことがあるのだ。義昭はどんな正論を聞かされようと、燃料気化爆弾の使用を認めるつもりはなかった。
だが、信長には通じない話であるようだ。
「一向一揆の人海戦術は非常に厄介です。最後の一兵になるまで向かってくるやつらです。
まともに戦うべきではないし、そうする価値もない。
例の爆弾による殲滅は非常に有効な作戦なのです」
「戦のやり方や我々の評判のことを言っているのです!
手を血で汚さないまま一方的に何百もの命を奪うやり方は、人々の恐怖と猜疑心を買うだけです!」
混ぜ返された義昭の言葉に、信長は一度深呼吸する。横で聞いている光秀と藤孝にはわかった。売り言葉に買い言葉で過激なことを言いそうになるのを、信長が抑えているのだと。
「手を血で汚さないとおっしゃるが、それはこちらの兵に犠牲が出ない戦い方ということでもある。それのなにが悪いのです?」
「戦いにはただ勝てばいいというものではありません。
たとえ戦だろうと、最低限の礼節というものはあるのではありませんか?
むろん、私はあなた方の戦が礼節を欠くと言うつもりはありません。
なれど、誰もがそう思ってくれるわけではありません」
「では兵士に出なくてもいい犠牲を強いろと?」
「犠牲が出ると決めつけずに、なんとかするのが将たるものの勤めではありませんか?」
珍しく双方折れずに白熱していく議論に、横に控えている光秀と藤孝は肝を冷やした。信長の堪忍袋がいつ切れるか気が気でないのだ。
だが、信長の返答は2人の予想を超えていた。
「では、義昭様が対案をお出し下さい。
“ねんりょうきかばくだん”を使わず、我々が悪評を買わず、なおかつ兵たちに出なくてもいい犠牲を出さない。
その現実的な案が提示されれば、作戦の変更もやぶさかではありません」
「そ…それは…」
義昭は信長の返答に言葉に詰まる。
信長の言うとおりの対案など出しようがないのは明らかだったからだ。
義昭の思惑としては、信長に燃料気化爆弾の使用を中止させるか、そうでなくとも自分の命令を無視して使用を強行したという事実を作ることができればよかった。
そうすれば、少なくとも今後信長に悪評を負わせて、幕府はあずかり知らないで通すことができる。
だが、対案を出せと言われて出せなければ、幕府も信長の作戦を追認したことになってしまう。いくら対案云々が信長の言葉遊びであっても、建前としては幕府も共犯ということだ。
「明日の日没までお待ちします。
申し訳ないが、それに間に合わない場合作戦は実行されるとお考え下さい」
そう言って一礼し、信長は部屋を出て行く。
残された義昭は無力感を噛みしめていた。
「私は…信長殿に対してなにもできないのでしょうか…?」
義昭が今にも泣きそうな顔をしていることに、光秀は胸がつぶれそうになる。
今まで、義昭は信長に担がれながらも、傀儡ではないという自負と自信だけは持ち続けていた。今はその自負と自信すら揺らいでいるのだ。
「義昭様、義昭様は将軍ではありませんか。そのようなこと…」
「信長殿が正しいことをしているのを、感情論で否定しているだけなのでしょうか…」
「感情論の何がいけないのです!?」
光秀は大きな声を出してしまっていた。
義昭はきょとんとする。普段穏やかな光秀らしくなかったからだ。
横にいる藤孝も面食らっている。
光秀は咳払いして落ち着くと続ける。
「義昭様、理屈に惑わされてはなりません。
残虐な戦い方を止めたい。多くの命が一瞬にして失われるのが悲しい。
そういう感情を持つことが間違っているはずがありません」
義昭は、光秀を見る。
光秀の言葉は、まだ未熟な義昭をして現実逃避か甘い理想論としか思えないものだった。
だが、理屈に惑わされてはならないという言葉には、胸の霧が晴れた気分だったのだ。
(そうだ。命を大事にしたいという思いが間違っている道理がない)
義昭は、胸の奥で何かの決意が固まったのを感じた。
今まで、信長のやり方に不満があっても、彼女が決めたことならやむを得ないと思ってきた。今の幕府には、なにより自分には信長が必要なのだから。
だが、かくなる上は最悪の場合信長と離別することも考える必要がある、と思えるようになったのだ。あるいは、もっと過激な手段に出ることもあり得るかも知れない。
自分は傀儡ではないと思い続けているだけではだめだ。そんなものは自己満足に過ぎない。行動が伴わなければ。
本当の傀儡になり果てる前に。
「光秀。理屈に惑わされずに自分の心に従うというのは難しいものですね。
私にできるでしょうか?」
「義昭様なればきっと!」
義昭の返答に、光秀は笑顔で返す。
一方、1人だけ蚊帳の外の藤孝は、きな臭くなっていく話について行けずにいた。
藤孝にも義昭に対する忠義はあるが、光秀ほど愚直なほどに忠実になれるかと言われれば、正直自信が無いのだ。
「仮の話、あくまで仮の話です。
例え信長殿の意向に反しても、自分の心に従って行動したいと私が願ったら、光秀は力を貸してくれますか?」
義昭の質問に、光秀は一瞬考える顔になる。
だがそれは、義昭の意向が不満なのではなく、ことは簡単ではないという意味なのだと義昭にはわかった。当然のことだ。相手は織田信長と自衛隊なのだから。
だが、それも一瞬だった。
「義昭様のお心のままに。
この明智日向守光秀、全力で義昭様をお支えする所存です!」
光秀はそう言って平伏する。その声に迷いの色はもはやなかった。
「藤孝はどうでしょう?力を貸してくれますか?」
急に水を向けられた藤孝は困惑する。
「恐れながら…。もしわたしが想像している通りのことを義昭様がお考えなら、お止めせざるを得ません…。
時には逆命利君も臣下の役目と考えておりますれば…」
藤孝は、まだ光秀ほどの愚直さも覚悟も持てなかった。もちろん義昭のことは敬愛している。命じられれば一命を賭す覚悟だが、勝てないとわかっている戦いはごめんだ。
「藤孝、あなたの考えていることはわかります。
しかし、去就ははっきりさせてくださいね。面従腹背は困りますよ?」
義昭が側まで寄ってきて、ぞっとするような笑みを浮かべながら言う。
藤孝は、そこに来て初めて迷いを持った。
今の今まで、織田や自衛隊と敵対するなど問題外と思っていた。だが、義昭は覚悟を決めている。自分に対しても、怖ければ離脱するなり織田に鞍替えするなりしてかまわないと言っている。
そこまでの覚悟を義昭が持っているのなら、その気持ち、軽く扱うことはできないと思えたのだ。
「恐れ入ります」
藤孝は、どう身を振るとも応えられず、そう言って頭を下げるだけだった。
主君に殉ずるか、逆命利君か、本当に迷っていたのだ。
その時藤孝は気づかなかった。傍らの光秀が、自分に妖艶で狂気すら含んだ目線を送っていたことに。
かくしてその日、足利義昭は信長を排除する意向を固める。
それは今までのツケの清算。
取りあえずは利害の一致を見て成立していた呉越同舟が、ご破算になった瞬間と言えた。
京都が戦火に呑まれるカウントダウンが始まろうとしていた。
1ヶ月後、山城と大和の国境。
『こちらトンビ。赤いスモークを確認。予定通り特科は射撃を開始されたし』
味方の場所をスモークで確認したOH-1偵察ヘリの間接射撃指示に従い、155ミリりゅう弾砲の射撃が開始される。りゅう弾が隊列を組んで攻めてくる敵軍勢に着弾し、なぎ払っていく。
「よろしい!棒火矢隊前へ、撃ち漏らした敵を掃討せよ!」
「ライフル隊も遅れるな!殲滅だ!」
支援砲撃で統制を失った敵軍勢に、前田利家と丹羽長秀の部隊が攻撃をかけるべく前進していく。
「やはりあまり効率は良くないか…。まさか山林ごと焼き払うわけにもいかんしな」
後方で指揮を執る信長は、大和という場所での戦いの難しさを再確認していた。
元々山がちである上に、道も曲がりくねっている。
敵も密集して攻めてくることはあまりないから、燃料気化爆弾を用いることができないのだ。もしそんなことをすれば、山火事が起こってどこに延焼するかわからない。
どうしてもしらみつぶしに砲撃を加える作戦にならざるを得ないのだ。
「信長様は有能な上にお優しいのですね。
わたくし、東大寺を焼いてしまったことを今さらながら悔いております。
信長様なればあんなへたくそなことはしなかった…と」
後詰めの部隊の将として脇に控えている、小柄な美少女が、悲しそうな表情で言う。
大和の武将、松永久秀だ。ツーサイドアップの長い髪と大きな目。一見すると子供のように見えるが、その身にまとう雰囲気はやたらと妖艶で色っぽいものがある。
「買いかぶってくれるな。
武器を持たない民を巻き添えにするのは忍びないと言うこともあるが、単にこの美しい山間を焼き払うのが感情的に嫌なだけだ。
じせいたいの幹部たちも、その辺りは同意してくれたしな」
「そこがお優しいというのですよ」
久秀は一転して笑顔になると混ぜ返す。
「しかし、この1月、急に畿内が騒がしくなった。
確認できているだけでも丹波、摂津、大和、河内、和泉。
示し合わせたように織田に敵対して兵を挙げている。
弾正よ、偶然にしてはできすぎと思わんか?」
久秀は少し考えて口を開く。
「確かにきな臭い事態ですが…。
しかしながら、丹波では国人一揆、摂津、河内では一向一揆、大和では寺社勢力、和泉では海賊。
どうも共通点や利害の一致が見いだせないのですが…」
「そう、やつらが示し合わせる理由がないな。
誰かが作為的に煽動するか、あるいは支援でもしない限りは」
信長がつないだ言葉に、久秀は興味深そうな顔になる。
「もし信長様のおっしゃるとおりなら、まったくばらばらの勢力をいかにして同時多発的に動かしているのやら…。
あ…おぜぜとか?
しかし、これだけの数を動員するとなると相当の額が必要ですね?
そのお金の流れをたどることができれば、騒ぎの黒幕を突き止めることもできましょうか?」
久秀の推理に、信長はにやりとする。
この女、やはりカミソリのように頭が切れる。
「話が早いな。
弾正、すまんがその金の流れを調べてくれんか?」
「わたくしでよろしいので?」
久秀が目を丸くする。
「そう思っている」
「承知致しました」
信長の言葉をうけて、久秀は優雅な姿でおじぎをすると陣を後にする。
「さて、凶と出るか吉と出るか…」
信長は誰ともなくつぶやいて、この先の事態を予想してみる。
魂胆はわかっている。誰が黒幕であれ、最終的な目的は京都と、他ならぬ織田信長自身と見て間違いない。
でなければこんな手の込んだ、金もかかることをする説明がつかない。
(厄介だが、面白くなりそうだ)
信長は不安を感じながらもそう思っていた。
もし、黒幕が自分の予想している人物なら、今回の騒ぎをきっかけに織田による天下統一をさらに加速できるかもしれなかった。
まあ、油断は禁物だが。
大和での騒乱はほどなく鎮圧されるが、その他の場所での一揆や騒乱はむしろ激しさを増していく。
おそらく、その後ろにいる人物の思惑に従って。
畿内に権謀術数が展開されようとしていたのだった。
京都、二条城。
「それはできかねます」
信長のいつも通りの歯に衣着せぬ物言いに、銀髪のはかなげな少女、将軍、足利義昭は不満が顔に出ないように必死で堪える。
そして、強気な態度を精一杯作って食い下がる。
「し…しかし、あの兵器はあまりにも危険で人道にもとるものです。
周辺の寺社仏閣や惣村からも抗議の文が来ているのです。
信長殿、“ねんりょうきかばくだん”の使用、中止してはいただけませんか?」
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摂津や河内、和泉でいまだ抵抗を続ける一向一揆に対して、空自のF-35BJの燃料気化爆弾による攻撃が行われ、大きな戦果を上げている。
だが、そのあまりの破壊力に周辺の住人が恐れを抱き、幕府に対して抗議の声が殺到しているのだ(信長に抗議しても皮肉で返されるか、にべもない返答がかえってくるだけであるため)。
なにより、義昭自身が燃料気化爆弾を認める事ができなかった。
信長の支援を受けて京に上り、身の回りの整理がついた後、義昭は越前にこっそり戻った。長年世話になった寺に改めてあいさつと例を述べたかったのだ。
だが、越前と加賀の国境で義昭が見たものはこの世の地獄だった。
轟音を上げて疾駆する鉄の剣から何かが投下されると、地表に青白い炎がものすごい勢いで拡がる。遠目からでも確認できた。青白い炎が収まった後には、数え切れない程の屍が地表を埋め尽くしていたのだ。
一向一揆の人海戦術の前には最善の策。そんな理屈はなんの免罪符にもならない。
人にはやってはいけないことがあるのだ。義昭はどんな正論を聞かされようと、燃料気化爆弾の使用を認めるつもりはなかった。
だが、信長には通じない話であるようだ。
「一向一揆の人海戦術は非常に厄介です。最後の一兵になるまで向かってくるやつらです。
まともに戦うべきではないし、そうする価値もない。
例の爆弾による殲滅は非常に有効な作戦なのです」
「戦のやり方や我々の評判のことを言っているのです!
手を血で汚さないまま一方的に何百もの命を奪うやり方は、人々の恐怖と猜疑心を買うだけです!」
混ぜ返された義昭の言葉に、信長は一度深呼吸する。横で聞いている光秀と藤孝にはわかった。売り言葉に買い言葉で過激なことを言いそうになるのを、信長が抑えているのだと。
「手を血で汚さないとおっしゃるが、それはこちらの兵に犠牲が出ない戦い方ということでもある。それのなにが悪いのです?」
「戦いにはただ勝てばいいというものではありません。
たとえ戦だろうと、最低限の礼節というものはあるのではありませんか?
むろん、私はあなた方の戦が礼節を欠くと言うつもりはありません。
なれど、誰もがそう思ってくれるわけではありません」
「では兵士に出なくてもいい犠牲を強いろと?」
「犠牲が出ると決めつけずに、なんとかするのが将たるものの勤めではありませんか?」
珍しく双方折れずに白熱していく議論に、横に控えている光秀と藤孝は肝を冷やした。信長の堪忍袋がいつ切れるか気が気でないのだ。
だが、信長の返答は2人の予想を超えていた。
「では、義昭様が対案をお出し下さい。
“ねんりょうきかばくだん”を使わず、我々が悪評を買わず、なおかつ兵たちに出なくてもいい犠牲を出さない。
その現実的な案が提示されれば、作戦の変更もやぶさかではありません」
「そ…それは…」
義昭は信長の返答に言葉に詰まる。
信長の言うとおりの対案など出しようがないのは明らかだったからだ。
義昭の思惑としては、信長に燃料気化爆弾の使用を中止させるか、そうでなくとも自分の命令を無視して使用を強行したという事実を作ることができればよかった。
そうすれば、少なくとも今後信長に悪評を負わせて、幕府はあずかり知らないで通すことができる。
だが、対案を出せと言われて出せなければ、幕府も信長の作戦を追認したことになってしまう。いくら対案云々が信長の言葉遊びであっても、建前としては幕府も共犯ということだ。
「明日の日没までお待ちします。
申し訳ないが、それに間に合わない場合作戦は実行されるとお考え下さい」
そう言って一礼し、信長は部屋を出て行く。
残された義昭は無力感を噛みしめていた。
「私は…信長殿に対してなにもできないのでしょうか…?」
義昭が今にも泣きそうな顔をしていることに、光秀は胸がつぶれそうになる。
今まで、義昭は信長に担がれながらも、傀儡ではないという自負と自信だけは持ち続けていた。今はその自負と自信すら揺らいでいるのだ。
「義昭様、義昭様は将軍ではありませんか。そのようなこと…」
「信長殿が正しいことをしているのを、感情論で否定しているだけなのでしょうか…」
「感情論の何がいけないのです!?」
光秀は大きな声を出してしまっていた。
義昭はきょとんとする。普段穏やかな光秀らしくなかったからだ。
横にいる藤孝も面食らっている。
光秀は咳払いして落ち着くと続ける。
「義昭様、理屈に惑わされてはなりません。
残虐な戦い方を止めたい。多くの命が一瞬にして失われるのが悲しい。
そういう感情を持つことが間違っているはずがありません」
義昭は、光秀を見る。
光秀の言葉は、まだ未熟な義昭をして現実逃避か甘い理想論としか思えないものだった。
だが、理屈に惑わされてはならないという言葉には、胸の霧が晴れた気分だったのだ。
(そうだ。命を大事にしたいという思いが間違っている道理がない)
義昭は、胸の奥で何かの決意が固まったのを感じた。
今まで、信長のやり方に不満があっても、彼女が決めたことならやむを得ないと思ってきた。今の幕府には、なにより自分には信長が必要なのだから。
だが、かくなる上は最悪の場合信長と離別することも考える必要がある、と思えるようになったのだ。あるいは、もっと過激な手段に出ることもあり得るかも知れない。
自分は傀儡ではないと思い続けているだけではだめだ。そんなものは自己満足に過ぎない。行動が伴わなければ。
本当の傀儡になり果てる前に。
「光秀。理屈に惑わされずに自分の心に従うというのは難しいものですね。
私にできるでしょうか?」
「義昭様なればきっと!」
義昭の返答に、光秀は笑顔で返す。
一方、1人だけ蚊帳の外の藤孝は、きな臭くなっていく話について行けずにいた。
藤孝にも義昭に対する忠義はあるが、光秀ほど愚直なほどに忠実になれるかと言われれば、正直自信が無いのだ。
「仮の話、あくまで仮の話です。
例え信長殿の意向に反しても、自分の心に従って行動したいと私が願ったら、光秀は力を貸してくれますか?」
義昭の質問に、光秀は一瞬考える顔になる。
だがそれは、義昭の意向が不満なのではなく、ことは簡単ではないという意味なのだと義昭にはわかった。当然のことだ。相手は織田信長と自衛隊なのだから。
だが、それも一瞬だった。
「義昭様のお心のままに。
この明智日向守光秀、全力で義昭様をお支えする所存です!」
光秀はそう言って平伏する。その声に迷いの色はもはやなかった。
「藤孝はどうでしょう?力を貸してくれますか?」
急に水を向けられた藤孝は困惑する。
「恐れながら…。もしわたしが想像している通りのことを義昭様がお考えなら、お止めせざるを得ません…。
時には逆命利君も臣下の役目と考えておりますれば…」
藤孝は、まだ光秀ほどの愚直さも覚悟も持てなかった。もちろん義昭のことは敬愛している。命じられれば一命を賭す覚悟だが、勝てないとわかっている戦いはごめんだ。
「藤孝、あなたの考えていることはわかります。
しかし、去就ははっきりさせてくださいね。面従腹背は困りますよ?」
義昭が側まで寄ってきて、ぞっとするような笑みを浮かべながら言う。
藤孝は、そこに来て初めて迷いを持った。
今の今まで、織田や自衛隊と敵対するなど問題外と思っていた。だが、義昭は覚悟を決めている。自分に対しても、怖ければ離脱するなり織田に鞍替えするなりしてかまわないと言っている。
そこまでの覚悟を義昭が持っているのなら、その気持ち、軽く扱うことはできないと思えたのだ。
「恐れ入ります」
藤孝は、どう身を振るとも応えられず、そう言って頭を下げるだけだった。
主君に殉ずるか、逆命利君か、本当に迷っていたのだ。
その時藤孝は気づかなかった。傍らの光秀が、自分に妖艶で狂気すら含んだ目線を送っていたことに。
かくしてその日、足利義昭は信長を排除する意向を固める。
それは今までのツケの清算。
取りあえずは利害の一致を見て成立していた呉越同舟が、ご破算になった瞬間と言えた。
京都が戦火に呑まれるカウントダウンが始まろうとしていた。
1ヶ月後、山城と大和の国境。
『こちらトンビ。赤いスモークを確認。予定通り特科は射撃を開始されたし』
味方の場所をスモークで確認したOH-1偵察ヘリの間接射撃指示に従い、155ミリりゅう弾砲の射撃が開始される。りゅう弾が隊列を組んで攻めてくる敵軍勢に着弾し、なぎ払っていく。
「よろしい!棒火矢隊前へ、撃ち漏らした敵を掃討せよ!」
「ライフル隊も遅れるな!殲滅だ!」
支援砲撃で統制を失った敵軍勢に、前田利家と丹羽長秀の部隊が攻撃をかけるべく前進していく。
「やはりあまり効率は良くないか…。まさか山林ごと焼き払うわけにもいかんしな」
後方で指揮を執る信長は、大和という場所での戦いの難しさを再確認していた。
元々山がちである上に、道も曲がりくねっている。
敵も密集して攻めてくることはあまりないから、燃料気化爆弾を用いることができないのだ。もしそんなことをすれば、山火事が起こってどこに延焼するかわからない。
どうしてもしらみつぶしに砲撃を加える作戦にならざるを得ないのだ。
「信長様は有能な上にお優しいのですね。
わたくし、東大寺を焼いてしまったことを今さらながら悔いております。
信長様なればあんなへたくそなことはしなかった…と」
後詰めの部隊の将として脇に控えている、小柄な美少女が、悲しそうな表情で言う。
大和の武将、松永久秀だ。ツーサイドアップの長い髪と大きな目。一見すると子供のように見えるが、その身にまとう雰囲気はやたらと妖艶で色っぽいものがある。
「買いかぶってくれるな。
武器を持たない民を巻き添えにするのは忍びないと言うこともあるが、単にこの美しい山間を焼き払うのが感情的に嫌なだけだ。
じせいたいの幹部たちも、その辺りは同意してくれたしな」
「そこがお優しいというのですよ」
久秀は一転して笑顔になると混ぜ返す。
「しかし、この1月、急に畿内が騒がしくなった。
確認できているだけでも丹波、摂津、大和、河内、和泉。
示し合わせたように織田に敵対して兵を挙げている。
弾正よ、偶然にしてはできすぎと思わんか?」
久秀は少し考えて口を開く。
「確かにきな臭い事態ですが…。
しかしながら、丹波では国人一揆、摂津、河内では一向一揆、大和では寺社勢力、和泉では海賊。
どうも共通点や利害の一致が見いだせないのですが…」
「そう、やつらが示し合わせる理由がないな。
誰かが作為的に煽動するか、あるいは支援でもしない限りは」
信長がつないだ言葉に、久秀は興味深そうな顔になる。
「もし信長様のおっしゃるとおりなら、まったくばらばらの勢力をいかにして同時多発的に動かしているのやら…。
あ…おぜぜとか?
しかし、これだけの数を動員するとなると相当の額が必要ですね?
そのお金の流れをたどることができれば、騒ぎの黒幕を突き止めることもできましょうか?」
久秀の推理に、信長はにやりとする。
この女、やはりカミソリのように頭が切れる。
「話が早いな。
弾正、すまんがその金の流れを調べてくれんか?」
「わたくしでよろしいので?」
久秀が目を丸くする。
「そう思っている」
「承知致しました」
信長の言葉をうけて、久秀は優雅な姿でおじぎをすると陣を後にする。
「さて、凶と出るか吉と出るか…」
信長は誰ともなくつぶやいて、この先の事態を予想してみる。
魂胆はわかっている。誰が黒幕であれ、最終的な目的は京都と、他ならぬ織田信長自身と見て間違いない。
でなければこんな手の込んだ、金もかかることをする説明がつかない。
(厄介だが、面白くなりそうだ)
信長は不安を感じながらもそう思っていた。
もし、黒幕が自分の予想している人物なら、今回の騒ぎをきっかけに織田による天下統一をさらに加速できるかもしれなかった。
まあ、油断は禁物だが。
大和での騒乱はほどなく鎮圧されるが、その他の場所での一揆や騒乱はむしろ激しさを増していく。
おそらく、その後ろにいる人物の思惑に従って。
畿内に権謀術数が展開されようとしていたのだった。
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