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第三章
鮮血に染まる海と空
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06
「現在速力マッハ0.8。予定通り、目標到達まで10分」
「よろしい。”ハーメルンの笛”を鳴らしなさい。全面攻撃開始です!」
メグレス連合東部のヴィリ空軍基地を発進したラーチン率いる8機のSu-47は、ドローミ海のベネトナーシュ王国領海に向けて粛々と飛んでいた。”ハーメルンの笛”の効果はほどなく現れる。巨大で不気味な影が眼下の海面に群がり集まり、抜けるような青空に突然雲が立ち込め始める。海竜の何頭かが水面の顔をもたげ、身の毛もよだつような咆哮を上げる。いいぞ、もっと吠えろ。ラーチンは思う。エコーロケーションの延長線上にある、海竜が発する超音波は、ほとんど瞬時に大気中に気圧の谷間を発生させ、爆弾低気圧と呼んで差し支えない強烈な雨風を引き起こす。海竜にしてみれば、外敵から身を守る手段に過ぎないが、海が荒れると困る人間はじめ他の生き物にとっては迷惑この上ないものだ。
なお、頂点捕食者である海竜に外敵?と思うかも知れないが、異世界の海の環境は過酷だ。巨大な頭足類であるダゴンや、巨大で獰猛な哺乳類のケイトス、毒を持つ魚貝類、航海や漁の邪魔だからとちょっかいを出してくる人間など、海竜の脅威になりえる存在はいくらでもいる。
ハーメルンの笛は、脅威を感じると超音波で悪天候を引き起こし、なおかつイルカやクジラのように社会性を持つ海竜の性質を利用したものだった。まずは海竜の群れの中に水中マイクを投下し、敵の接近、警戒を呼び掛けるエコーロケーションを出して、海竜に戦闘態勢を取らせる。首尾よく天候が崩れ、雨風が激しくなり始めたころ合いで、有機コンピューターから、子供の海竜が大人に助けを求めるのと同じ波長のテレパシーを発する。重要なのは、悪天候の中ということだった。海竜のテレパシーは、水を媒介にして他者の思念を感知するものだ。空気中ではだめなのだ。ではどうするか。簡単だ。空気中を水で満たしてしまえばいい。豪雨が、大気の中の水分が、空気中でも思念波を確実にやりとりしてくれるのだ。
このようにして、海竜を目標まで意のままに誘導し、後はそのどう猛さを敵に向けてけしかけ、武器となすことができるのだ。Su-47ならではだな、とラーチンは思う。Su-47は、元々電子戦、ソフトキルが重要になる21世紀の空戦を見越して、機体はかなり大きく、内部スペースやペイロードにも余裕があるように作られている。捕まえた海竜の子供の脳幹から抽出した生体組織から作った有機コンピューターはかなりかさばるものになったが、問題なく塔載できた。他の戦闘機には不可能なことだ。
そして、海竜を引き連れて向かった先の戦場で、Su-47に搭載されたもう一つの機能が絶大なる力を発揮する。
「敵影見ゆ!イーグル6、サムライファルコン6、ファントム6、早期警戒管制機1!」
部下からの報告に、ラーチンはレーダーに目を落とす。数ではややこちらが不利だが、どうということはない。我々の機体は不敗なのだから。見ているがいい、イポーネツども、そして、ロシア軍の頑迷な無能者ども。このSu-47こそ、最強の機体だと証明してやる。ラーチンは興奮を抑えられなかった。
「敵Su-47部隊の機動、海竜の動きと完全に一致します。Su-47が海竜を誘導していると見てよし!海竜の数、20...25...いえ、もっといます!」
「北西から侵入する飛行隊、敵本隊のサポートに回る模様」
護衛艦”はぐろ”のCIC(中央情報室)に、矢継ぎ早に報告が飛び交う。
「やはり、Su-47に海竜を誘導する装置が装備されていたか...」
「われと特戦の兵たちがあそこで見たもの...。やはりそういうことだったようじゃな、艦長...」
”はぐろ”艦長の中井一佐の言葉に、シグレが苦々し気に相手をする。ヴィリ空軍基地の研究施設で見たもの。海竜の子供の生首や、脳や脊髄が薬液につけられ標本になっていたおぞましく無残な光景。あの基地所属の義勇軍が、何の罪もない海竜の子供を殺して、その生体組織を戦闘機の部品の一部にしているのは、予想はついていた。だが、改めてその事実が裏付けられると、改めておぞましさを感じずにはいられないのだ。
「海竜も被害者、一番悪いのは人間。それはわかっています。しかし、我々は”灯台”を守らねばなりません!
ホワイトホーク、対潜警戒を厳となせ!対潜ミサイル、攻撃始め!」
中井の言い分に、シグレには言い返す言葉もなかった。事情はどうあれ、海竜は巨大で獰猛な捕食者だ。襲って来たなら対処しなければならない。Mk41VLSから、07式垂直発射魚雷投射ロケットが次々と発射される振動を感じながら、シグレはなにもできない無力感をかみしめた。
「敵Su-47部隊をレーダーで確認、数8。目標アルファ1から8と命名します!ミーティアの射程に入るまで3分!」
ハイドラ隊副隊長の大塚が、戦況を全員に伝えていく。
「ハイドラ隊全機、予定通りお願いします!俺と及川で先行します!」
「了解!お前だけが頼りだ!頼むぞ、潮崎!」
どうせ頼られるなら女がいいんだが。そんなことを思いながら、潮崎はバディの及川と同時にアフターバーナーに火を入れる。後続するF-15Jが、射程に入ると同時に一斉にミーティア対空ミサイルを発射する。
「馬鹿どもめ、撃って来たな。全機、各個に反撃開始です!」
ラーチンが言い終わる前に、自動緊急回避システムが作動し、自動操縦で最も最適な回避軌道を取りつつ、敵への射線を取る。ミサイル発射の表示がディスプレイに出ると同時に、ラーチンはためらわずトリガーを引く。これこそが、有機コンピューターのもう一つの機能だった。水、この場合大雨で空気中に充満した雨粒を媒介として、敵のパイロットの殺気や敵意を感じ取り、自動的に最適な回避行動をとりつつ、合わせて射線を取って反撃する。名付けて”サイコドライブ”。自分たちは、ただサイコドライブの指示に従い、撃てと言われたときに撃てばいい。Su-47の無敵を約束してくれる神の力。
「た...隊長おおおおおっーー!」
そんなことを思った時、部下の情けない声が無線から響き、レーダーから、突然味方の反応が一つ消えた。何が起きた、と思った瞬間に、さらにもう一つが消える。ばかな...。我々のSu-47が撃墜された...?
「敵のミサイルは全て回避。アルファ3に続き、アルファ7の撃墜を確認」
潮崎は、2機目のSu-47の撃墜を確認すると、敵ミサイルをかわしながら急旋回して再び攻撃のポジションを取る。いい感じだ。ディーネやメイリンの予測はおおむね当たっていた。橋本が先だって遭遇したSu-47の行動を分析する限り、敵の動きはこちらが撃ったら、回避しつつ反撃。というものになるはずだった。早い話が、おそらくはこちらの殺気や敵意を感知し、こちらの第一撃を回避して、攻撃の直後にできる隙をうまくついて反撃する、いうなれば後の先をとる戦い方が主体となる。
ここで、ハイドラ隊所属のF-15JSや、他のF-15Jにも装備されたベネトナーシュ王立空軍の最新鋭索敵システム、サイコセンサーと、サイコトランスミッターの力がものをいう。サイコセンサーによって、敵の、厳密に言って敵戦闘機の有機コンピューターの思念波を読み取り、敵が回避する方向を狙ってミサイルを打つ。いわば敵の心が読めるに等しいのだから、敵の回避行動がどれだけ速かろうと、敵の攻撃が正確だろうと問題ではない。それに加えて、サイコトランスミッターによって発っせられる味方部隊全員の思念波のフィールドにより、潮崎にとって次の一手を決める情報を速く正確に得ることができる。無線でコミュニケーションを取るよりもはるかに早く、部隊の仲間の眼と思考を通して、思念波というダイレクトな方法で、戦局全体を見ることができるのだ。
「ミサイルまた来るぞ!全機、回避優先!」
敵の殺気を再び感知し、潮崎は無線に指示を出す。F-15Jが散開してフレアを発射し、回避行動を取ったまさにその瞬間、5発のR-73空対空ミサイルが発射され、一瞬前までハイドラ隊がいた場所をミサイルが走り抜けていく。GPSや地上レーダー基地からの情報支援やデータリンクがない状況にしては、恐ろしく正確な射撃だった。おそらく、情報にあったメグレス軍の有機コンピューターの仕事だろう。
「簡単にはいかんか...」
今までとは一転して先手を取って来たSu-47の動きを見た潮崎は、Su-47のパイロットたちが、慎重になり始めたのを感じ取った。まずいことだ。やつらが自分たちのシステムと戦略に絶対の自信を持って、いわば慢心している間に片づけてしまうのが最善の策だったのだ。だが、あちらが自分たちは万能ではないと気づいた以上、この先は簡単にはミサイルを当てさせてはくれないだろう。長丁場になるな...。潮崎は眉にしわを寄せながらそう思った。
一方、橋本の所属するアールヴ隊は、同じ第2航空師団のシグニュー隊(F-4J、4機)とともに、海を大挙して南下する海竜の群れを相手にしていた。といっても、海竜たちの護衛のつもりであるらしいMig-29Mの部隊がうるさく、まずは彼らを排除するのが優先事項となってはいたが。
「新しいシステムはいい感じだな!敵の動きが手に取るようだ!」
橋本は興奮気味に言いながら04式空対空誘導弾を発射し、Mig-29Mの一機を撃墜する。F-15JSとは違い、他の機体に装備されたサイコセンサーとサイコトランスミッターは、米軍のLANTIRN(赤外線航法および目標指示システム)に似た。巨大なペットボトルという外見のポッドにまとめられ、機外のハードポイントに装備されていた。多少空気抵抗は受けるが、飛行に大きな支障はない。
「見える!見えるぞ!まるで全てに自分が乗っているようだ!」
サイコトランスミッターによって発信される仲間の思念波で形成されるフィールドがサイコセンサーによって増幅され、橋本の脳に戦況がダイレクトに伝えられてくる。ここからでは見えない敵機の動きが、この角度からでは味方の死角になって見えないはずの敵ミサイルの機動が、字義通り手に取るようにわかる。横殴りの雨の中だというのに、全てがガラス張りのようだ。
「そこか!」
橋本は敵の殺気を目標に、僚機を狙ったミサイルと、それを放った敵機を同時に狙って2発のミサイルを発射する。敵ミサイルは針の先をぶつけるような正確さで撃墜される。敵機の方に関しては、わざわざ回避行動を取るのを待ってロックオンしてやる。回避行動を取って加速度がついているため、進路を容易に変更できないMig-29Mは、なすすべもなく炎に包まれた。だが...。
「シグニュー4が!?」
F-4Jの一機から送られてくる思念波が突然途絶する。見ると、燃えた鉄の塊となったF-4Jからパイロットと兵装士官が脱出するまさにその瞬間だった。敵もやるじゃないか、と橋本は思う。旧式のF-4JとMig-29Mの性能差を差し引いても、敵部隊、特に隊長機らしいやつは侮れない。
それに、サイコセンサーが全員に使えるものではないことも問題だな。と考える。司令部は基地所属のパイロット全員にサイコセンサーの適正テストを受けさせたのだが、どうにか対応していると言えるのが潮崎と橋本だけだったのだ。
ぶっちゃけた話がニュー〇イプ能力の格差と言って差し支えなかった。潮崎と橋本と、それ以外のパイロット達で、索敵、迎撃能力に大きな差があることは、両者に作戦遂行に当たって大きな齟齬をもたらしていた。アニメやゲームの中ならともかく、1つの部隊に突出して能力の高いものが存在するというのは、現実では必ずしもいいこととは限らないのだ。
戦局は王立軍側に有利だったが、肝心の海竜の群れへの攻撃という戦略目標が、いまだ達成されないでいた。
「くそ!イポーネツのマルチロールファイター、噂通りだ!」
Mig-29M部隊を率いるゴルチェンコは苦戦を強いられていた。旧式のF-4Jはともかく、F-2の性能には敵ながら舌を巻いた。
空対艦ミサイルを4発もぶら下げながらドッグファイトができる戦闘機なんてありか?増槽を投棄し、敵より身軽なはずのこちらがついていくのに苦労するほどの機動性を持っているのだ。
こちらの兵装の選択がまずかったか、とゴルチェンコは思う。マニュアル通り、空対艦ミサイルを各機に装備させたのは失敗だった。最初は敵のイージス艦を攻撃することも視野に入れていたのだ。だが、こんなことになるなら、兵装は空対空ミサイルに限定するべきだった。自分たちは空を守ることに専念し、海上目標の襲撃、破壊という戦略的目標は、海竜に任せておけばよかったのだ。
ひどくなる一方の雨風の中で、視界は全く効かず、後方に控えるA-100早期警戒管制機とのデータリンクが、自分たちにとっての唯一の道しるべだった。イージス艦によって強固なバックアップがされている王立軍に対する、索敵、情報面での不利は明らかだ。海竜が目標に到達するまで粘れるか?そう自問したが、ゴルチェンコはすぐに、とにかくやるしかないと頭を切り替える。もう後には引けないのだ。
「アールヴ5およびハイドラ4。思念波の受信率が上昇しています。システムの出力を下げてください!」
『こっちはどれどころじゃないんだ!』
『いまそんなことしたら撃墜されちまう!』
E-767のモニター席から通信を送るメイリンに、橋本と潮崎からにべもない答えが返ってくる。メイリンは困惑する。戦闘中にああしろこうしろと言っても始まらないのはわかるが、このままでは二人が本当に危険かもしれないのだ。
「サイコシンクロニティが上昇していくとどうなる?」
「さあ、ここまで上昇するのは前例がないからなんとも...。100%で他人の殺気や敵意を感じられるようになる。120%で他人の行動が全て未来予測可能になる。150%で他人の心身に干渉して動きを封じることまでできるようになる。その先は...」
助手として、隣に座るディーネの言葉に、メイリンは途中で返答に詰まってしまう。サイコトランスミッターで、他人の思念波を情報として受け取れる”場”を形成し、然る後サイコセンサーに適性のある人間が”場”に飛び交う他人の思念波を受信する、それらを総合してサイコシンクロニティと呼ぶ。だが、それは非常に危険な可能性をはらんでいた。サイコシンクロニティは、言わば人と人の自我や人格の境界を超える現象だ。本来人は、自我という囲いの中に囚われている生き物だ。一方で、自我の境界が決してなくならないからこそ、人は自分を、パーソナリティを維持することができる。それが取り払われようとしているのだ。なにが起こるか予想がつかない。
「ともあれ、戦況がこれでは、二人にセーブしろともいいにくいね。わかった。ちょっと出てくる。後よろしく」
「よろしくって、どこ行くの?」
突然席を立ったディーネに、意図を読めないメイリンは尋ねる。
「場外乱闘♡」
ディーネはぞっとするような笑顔でそう返すと、身支度をして、エアロックへと向かう。
「なんだ?」
早期警戒管制機、A-100の護衛を務めていたMig-29Mのパイロットは、突然レーダーに小さな影が映ったことに驚く。鳥か何かか?そう思った時、機体に振動が走り、上下に揺さぶられる。
「なんだ!?なにかとぶつかったのか!?」
慌てて周りを見回したパイロットは、後ろを振り返って仰天する。青い肌と、コウモリのような大きな翼が特徴の魔族らしい女が、機体の背中に乗っていたのだから。その手には、素人が見ても業物とわかる短い槍が握られていた。女はこちらを見て、軽く微笑むと、機体背面を足場にして思い切り跳躍する。
「お...俺を踏み台にしたぁ!?」
パイロットは確かに見た。A-100の主翼の上に着地した女が、主翼上にある扉を飴細工のようにこじ開け、機内に入っていくのを。
「こちらサハリン01、メーデー!緊急事態発生!」「機内の気密が破れました!気圧急速に低下!」「侵入者です!電子機器が片っ端から壊されています!」「寝ぼけるな!この高度で侵入者なんてありえんだろ!」「キャビンにも穴が開けられました!」「くそっ!高度が維持できないぞ!」
おそらくあの女がしかけたであろう破壊工作で、大混乱に陥ったA-100から悲痛な通信が入り続け、そのまま気体のあちこちから煙を出しながら高度を落としていく。
Mig-29Mのパイロットは、航空隊の要である早期警戒管制機がなすすべもなく無力されていくのを、指をくわえて見ていることしかできなかった。
「海竜の群れの南下は止まりませんか?」
「はい、申し訳ありません。敵のSu-47がいまだ健在です。敵は逃げ回りながら、”灯台”に海竜の群れを誘い込む作戦に切り替えた模様です」
ベネトナーシュ王立軍インギャルド基地の地下にあるコマンドルーム。モニターを通じてドローミ海の戦況を見ていたルナティシアの言葉に、義勇軍の幕僚が重々しく応じる。
戦況は明らかに王立軍側に傾きつつあった。味方のF-4J支援戦闘機が2機撃墜されるという失点はあったものの、メグレス軍の早期警戒管制機が戦線離脱し、敵戦闘機の数は確実に減っていく。
だが、肝心の海竜の群れの南下が阻止できていない。”はぐろ”が対潜ミサイルや魚雷、90式艦対艦誘導弾まで総動員して海竜の群れを押し戻そうとしているが、足止め程度にしかなっていないのは明らかだった。
「このままでは、”灯台”にいる人たちが...」
ルナティシアは、両手を握りあわせて視線をテーブルの上に落とす。油田建設予定地には、多くの船員や工員がいる。海竜が低気圧を起こしながら南下し、彼らの元に到達すれば、多数の犠牲が出ることは自明だった。こんなことなら、強制的に彼らを避難させればよかったと、ルナティシアは思う。「王立軍と義勇軍の力を信じている」と笑って、現地に残ることを選択した彼らの生命に関する責任感が、自分には欠けていたと今になって思えてきた。
「お願い、潮崎様…彼らを守って…!」
ルナティシアは、必死で祈った。神ではなく潮崎に。彼女にできるのはそれだけだったのだ。
「目標センターにマーク!対艦誘導弾発射!」
橋本は、海面に浮上してきた海竜に対し、対艦誘導弾を発射した。海竜の背中の鱗は強固だが、新たに開発された弾頭の前では無力だった。この弾頭は、自己鍛造弾と榴弾の2段構えの構造となっており、まず自己鍛造弾が炸裂して爆発成形侵徹体が敵の装甲に穴をうがつ。その穴に、遅発信管を備えた榴弾が潜り込み、目標の内部で炸裂するというえげつない代物だった。海竜が粉々に爆散して跡形もなくなる。
ディーネの破壊工作で、A-100が無力化され、メグレス軍のデータリンクが遮断された事で、王立軍側は俄然有利になった。GPSも、地上レーダー基地もない中で、データリンクすら失ったMig-29Mは戦闘どころではなくなり、高度を上げて退避していった。
「全機!でかいやつから狙え!あれが油田にたどり着いたらやばいぞ!」
眼下には、全長だけならシロナガスクジラに匹敵しそうな大物もいる。作業用の木造船など一呑みにしてしまいそうだ。
『こちらホワイトホーク、爆雷による攻撃を続行する。浮上してきたやつらを頼むぞ』
ホワイトホークことSH-60K哨戒ヘリが、深度を調定した爆雷をばらまいていく。爆雷が炸裂したことを示す水柱が上がり、何頭かの海竜が浮上してくる。海竜は、危険を察知すると、まず呼吸の確保を優先し、また超音波で低気圧を誘発して身を守ろうとする習性がある。魚雷や爆雷で海面に追い立てて、対艦ミサイルで仕留めるのが定石となっていた。
「くたばれ白鯨!」
橋本はエイハブ船長になったつもりで、HMDの照準に大物をとらえ、対艦ミサイルのトリガーを引く。大物は派手に爆発し、血肉が突風に巻き上げられて天高く舞い上がり、空と海を赤く染める。それは鮮血の暴風雨とでも言うべき、残忍で凄絶な光景だった。
「ちっ、対艦ミサイルが売り切れた!アールヴ隊、シグニュー隊各機、対艦ミサイルは何発残ってる?」
『こちらシグニュー1。こっちも残弾なしだ』
『こちらアールヴ2。残り1発』
他の機の残弾もおおむねなしか、あっても1発だった。
「まずい、やつらまだ南下を諦めていないぞ…」
海竜は、海上から数えられるだけでも10頭以上残っている。身体の大きいやつから葬ってやったとはいえ、まだ15メートル級の大きさを持つ個体が少なからずいる。どうする?どうすればいい?右手を見ると、”灯台”のあだ名の元になっている、背の高い電波塔を持つ、半没潜式の仮設海上施設がおぼろげに見える。周囲には、海底へのくい打ち作業や、資材の搬入のための船が多数停泊している。当然船に乗れる数だけの人がいることになる。海竜の群れがあそこにたどり着けば、彼らが犠牲になってしまう。
なにか手はないか?橋本は、必死で思考を巡らせた。
『後ろにつかれた!振り切れない!』
ハイドラ3こと竹内のF-15Jが、2機のSu-47に追跡され、至近距離から放たれたミサイルに食いつかれ爆散する。竹内は辛うじて脱出していたが、いぜんとして、ハイドラ隊は窮地にあった。8機いたSu-47は既に2機まで減っていたが、この2機がしつこくこの空域に居座り、海竜の群れの誘導を継続しようとする。なにより悪いことに、ハイドラ隊は、対空ミサイルのほとんどを今までの戦闘で使い果たしていた。
「くそっ!しつこいやつらだ!」
潮崎のF-15JSも、ウエポンベイに6発積んでいたミサイルを撃ち尽くしてしまい、あまつさえ20ミリガトリングガンも、残弾は50発を切っている。今しがた松本機の撃墜を阻止できなかったように、Su-47の動きは読めるのに肝心の攻撃がかけられないという理不尽にされされていた。
「このままじゃやつらの勝ちだってか?」
認められない。そんなことがあってたまるか。
『ハイドラ4、受信率が危険域に達しています!これ以上は本当に危険だ!1度引いて下さい!』
その時無線から聞こえるメイリンの言葉にはっとして、コンソールのウィンドウのひとつを見ると、サイコシンクロニティの危険域を表す警告が灯っていた。
そこで潮崎は、頭の中に電球が灯ったように何かが閃くのを感じた。
「ハイドラ4よりアールヴ5、聞こえるか?ちょっと試して見たいことがある」
『こちらアールヴ5、なんだ?面白いことか?」
無線に応じた橋本の声は、理不尽な戦況に辟易しているように聞こえた。
「もちろんだ。サイコトランスミッターのリミッターを外せ。面倒だ、俺とお前で、でかいのを一発お見舞いしてやろう!」
「無茶です!2人1度にサイコシンクロニシティを200%まであげるなんて!」
E-767のメイリンは顔面蒼白で反対する。2人とも自分の言うことを聞いていなかったらしい。新しいシステムは扱いを間違えれば危険だとあれほど言ったのに。
『あたしは賛成だ。200%といっても一瞬でいいんだ。試して見る価値はある』
『メイリン、言ったろ。みんなで平和に暮らすんだって。任せておけ!』
橋本と潮崎の声は明るく、能天気とさえ言えるものだった。なんで、お天気の事でも話すみたいに言える?こんな大事なことを…。
「わかりました。でも、必ず無事に戻って来てくださいね?」
それだけ言うのが精一杯だった。メイリンにできることは、2人の無事を祈ることだけだった。
「準備はいいか?」
『いつでもどうぞ!』
潮崎は、F-15JSを橋本のF-2と併走させ、同時に、橋本と合わせてサイコシンクロニシティを意図的に引き上げていく。150%で他人の心身に干渉して無力化できる。170%で他人の心と体を外部から自在に操れる。190%で、念じるだけで周囲全ての人間の深層意識や感覚まで支配することができる程の思念波を発する。では、計測できる限界値である200%は?
まあいい。と潮崎は思考を中断る。サイコシンクロニシティによる精神干渉はうまくいっているらしい。Su-47の有機コンピューターに干渉して、トリガーを引けないようにするイメージをしたら、本当に撃ってこない。この調子で、敵を無力化できれば何でも良いのだ。
「5秒前、4、3、2、1…」
空気を高圧に圧縮していくのをイメージする。エネルギーは解放される場所を求めて臨界に達していく。
”なるほど、潮崎くんの趣味趣向はこういう感じなのか。彼女になる女は大変だねえ”
ちゃっかりこちらの意識と記憶を覗いていたらしい橋本が思念波で話しかけてくる。
”やかましい!お前こそ、女の子と仲良くなるときはこういうやり方してるのか。なんだかなあ”
やぶ蛇だったかという橋本の思考が伝わってくる。まあ、こういうのも貴重な体験かとも思える。
「200%臨界!今だ!」
『トラン○ムバースト!』
橋本のいろいろ問題なかけ声に潮崎は”あほ!”と心の中で突っ込みを入れながらタイミングを合わせて、200%のサイコシンクロニシティの思念波を思い切り解放した。
次の瞬間、ドローミ海に衝撃が走った。いや、衝撃ではなかったかも知れない。とにかく、眼には見えないが、とてつもない力を持った波動が、爆風のように瞬時に拡がったのだ。”はぐろ”の対空レーダーが一瞬だが機能が麻痺し、無線にも強烈なノイズが走る。それこそ、あらゆる周波数の電波に干渉するほどすさまじい波だったのだ。
『隊長!操縦不能です!た…助けてくれ…!』
「落ち着きなさい!気体を水平に保つんです!」
唯一残ったラーチンの僚機が、コントロールを失って錐もみ状態になりながら落下していく。
「動け!我が愛機!なぜ動かん!」
ラーチンは突然操縦が聞かなくなったSu-47をなんとか紙飛行機のように飛行させながら、有機コンピューターや自動操縦装置にあらゆる命令を打ち込んだ。しかし、ハングアップしてしまったらしい電子機器は、なんの反応も示さなかった。
「なんだ?これは…」
ラーチンは、よく見るとコンピューターはハングアップしているのではない事に気づいた。すさまじいエネルギーと情報を一度に送り込まれ、処理が追いつかずオーバーヒートを起こしかけている。しかも、命令してもいないのに、勝手に強力なデータ通信を、味方陣営のあらゆる場所に送ろうとしているように見えた。まずい、いきなりこんな量のデータをこんな早さで送られたら…。
次の瞬間、Su-47の有機コンピューターを介して発信された、すさまじい量のエネルギーの波と、大量の情報は、そのまま爆弾と化してメグレス連合全土の軍のネットワークと通信網を襲った。
ネットワークにつながったあらゆる場所で、コンピューターが負荷に耐えきれず焼き付き、ハードディスクは火を噴いて貴重なデータを抱いたまま、溶けた黒い塊に変わっていく。航空機や戦車、、地上レーダー施設から弾道ミサイル発射装置まで、ネットワークにつながっていたあらゆる物が基板を焼かれ、逆流したエネルギーでバッテリーが液漏れを起こし、あるいは電気系統が焼き切れて、使用不能になった。
メグレス軍の近代兵器は、すさまじいパワーをもつソフト・キルによって、一瞬にして破壊し尽くされ、無力化されたのであった。
機体にすさまじい衝撃が走り、首が折れるかと思うほどの加速度が掛かる。それでもラーチンはどうにかSu-47を海上に不時着させていた。ヘルメットを脱ぎ、ゆがんで開かないキャノピーを火薬爆発で排除し、周囲を見回す。雨と波は、先ほどまでとは打って変わって穏やかになっている。こうしてはいられない。救難信号を出して中間を呼ばなければ、まだ終わったわけではない。有機コンピューターとサイコドライブは、メグレス軍にも、ロシア人義勇軍にも値千金のものだ。その技術はまだこちらの手の内に…。
「なんだ?」
突然機体が大きく揺れたことで、思考が中断される。それでは終わらず、2度、3度と機体が海上で激しく揺さぶられる。目をこらしたラーチンは、海面を黒く、巨大な影が泳ぎ回り、彼の愛機にぶつかってきているのだと気づいた。ラーチンの背筋に冷たい物が走る。まさかこいつら知っているのか?自分がこいつらの子供を捕まえて、生物実験や有機コンピューターの開発のベースに利用したことを…。それだけの知能はないだろうと思いながらも、ラーチンはコックピットからPDW(個人防衛火器)として装備されていたAK-105を取り出して装填する。そして、海面に目線を戻した時、ちょうどコックピットのすぐ横に首をもたげた海竜の一頭ともろに目が合ってしまった。
「くそっ!」
恐怖に駆られてラーチンは引き金を引く。だが、海竜の強固な鱗には、5.45ミリなど蚊に食われたほどのこともない。ラーチンは気づかなかったが、海竜は彼の恐怖心を察知して、優位を確信し、攻撃に積極的になり始めた。Su-47に断続的に衝撃が走り、ラーチンは必死でコックピットにしがみつくことしかできなくなる。
「馬鹿な!私は…絶対に生き延びて…!」
こんなところでは死ねない。自分はなんのためにロシア軍での冷や飯ぐらいの立場に耐えてきた?なんのためにザストの男妾などやってきた?なんのために、傲慢で虫の好かないかの国と、その同盟国に頭をさげて、情報や技術の支援を頼んだ?こんなところで死ぬためでは絶対にない!
だが、ついに機体はひっくり返され、ラーチンは海へと投げ出される。彼にとってせめてもの幸いだったのは、後ろから襲いかかって来た海竜に一瞬にして肋骨と背骨をかみ砕かれ、苦痛や恐怖を感じる暇も無く絶命したことだった。
「ハイドラ4,アールヴ5,応答せよ」
E-767の通信室には緊張が走っていた。今し方、モニターの潮崎と橋本のサイコシンクロニシティが200%の表示に達して、計測限界の出力のままロックされてしまってから、無線や電子機器の調子がおかしい。両名の安否が確認できないのだ。耳障りなノイズしか返ってこない無線に、オペレーターは必死に呼びかけ続ける。
メイリンはあらゆる神に対して祈っていた。神々よ、どうか2人をお助けください。彼らは我が身を省みず私たちを守ってくれたのです。死んで英雄になるなんてあんまりではないですか…。
『こちらアールヴ5、どうにか生きてる』
『こ…ちらハイドラ4、なんとかまだ飛んでるぜ』
通信室に割れんばかりの歓声が湧き上がる。誰もが肩を抱き合い、笑顔を向け合って喜んでいる。よかった。本当によかった。「だがちょっと待てよ」とオペレーターは思う。コールサインが両名で逆だ。女のF-2がアールヴ5で、男のF-15JSがハイドラ4のはずだ。そんなに混乱しているのか?
「おいおい、しっかりしてくれよ?自分たちのコールサインを間違えるなんて、らしくないな」
オペレーターの言葉に、通信室に「そういえば」という空気が拡がる。
「おいおい、なに言ってるんだ、俺がハイドラ4…って、なんだこの声…。え、ちょっと待てえ!なんで俺におっぱいがついてるんだ!?」
「ええ!?なにこれ…?なんであたしイーグルに乗ってるの?これどうなってるわけ!?」
橋本の一人称が“俺”になり、潮崎がおねえっぽい言葉で話している…。しかも、2人の言っていることはまるで意味がわからない。「どういうこと?」と、通信室にいる誰もが、隣の人間と顔を見合わせた。
「現在速力マッハ0.8。予定通り、目標到達まで10分」
「よろしい。”ハーメルンの笛”を鳴らしなさい。全面攻撃開始です!」
メグレス連合東部のヴィリ空軍基地を発進したラーチン率いる8機のSu-47は、ドローミ海のベネトナーシュ王国領海に向けて粛々と飛んでいた。”ハーメルンの笛”の効果はほどなく現れる。巨大で不気味な影が眼下の海面に群がり集まり、抜けるような青空に突然雲が立ち込め始める。海竜の何頭かが水面の顔をもたげ、身の毛もよだつような咆哮を上げる。いいぞ、もっと吠えろ。ラーチンは思う。エコーロケーションの延長線上にある、海竜が発する超音波は、ほとんど瞬時に大気中に気圧の谷間を発生させ、爆弾低気圧と呼んで差し支えない強烈な雨風を引き起こす。海竜にしてみれば、外敵から身を守る手段に過ぎないが、海が荒れると困る人間はじめ他の生き物にとっては迷惑この上ないものだ。
なお、頂点捕食者である海竜に外敵?と思うかも知れないが、異世界の海の環境は過酷だ。巨大な頭足類であるダゴンや、巨大で獰猛な哺乳類のケイトス、毒を持つ魚貝類、航海や漁の邪魔だからとちょっかいを出してくる人間など、海竜の脅威になりえる存在はいくらでもいる。
ハーメルンの笛は、脅威を感じると超音波で悪天候を引き起こし、なおかつイルカやクジラのように社会性を持つ海竜の性質を利用したものだった。まずは海竜の群れの中に水中マイクを投下し、敵の接近、警戒を呼び掛けるエコーロケーションを出して、海竜に戦闘態勢を取らせる。首尾よく天候が崩れ、雨風が激しくなり始めたころ合いで、有機コンピューターから、子供の海竜が大人に助けを求めるのと同じ波長のテレパシーを発する。重要なのは、悪天候の中ということだった。海竜のテレパシーは、水を媒介にして他者の思念を感知するものだ。空気中ではだめなのだ。ではどうするか。簡単だ。空気中を水で満たしてしまえばいい。豪雨が、大気の中の水分が、空気中でも思念波を確実にやりとりしてくれるのだ。
このようにして、海竜を目標まで意のままに誘導し、後はそのどう猛さを敵に向けてけしかけ、武器となすことができるのだ。Su-47ならではだな、とラーチンは思う。Su-47は、元々電子戦、ソフトキルが重要になる21世紀の空戦を見越して、機体はかなり大きく、内部スペースやペイロードにも余裕があるように作られている。捕まえた海竜の子供の脳幹から抽出した生体組織から作った有機コンピューターはかなりかさばるものになったが、問題なく塔載できた。他の戦闘機には不可能なことだ。
そして、海竜を引き連れて向かった先の戦場で、Su-47に搭載されたもう一つの機能が絶大なる力を発揮する。
「敵影見ゆ!イーグル6、サムライファルコン6、ファントム6、早期警戒管制機1!」
部下からの報告に、ラーチンはレーダーに目を落とす。数ではややこちらが不利だが、どうということはない。我々の機体は不敗なのだから。見ているがいい、イポーネツども、そして、ロシア軍の頑迷な無能者ども。このSu-47こそ、最強の機体だと証明してやる。ラーチンは興奮を抑えられなかった。
「敵Su-47部隊の機動、海竜の動きと完全に一致します。Su-47が海竜を誘導していると見てよし!海竜の数、20...25...いえ、もっといます!」
「北西から侵入する飛行隊、敵本隊のサポートに回る模様」
護衛艦”はぐろ”のCIC(中央情報室)に、矢継ぎ早に報告が飛び交う。
「やはり、Su-47に海竜を誘導する装置が装備されていたか...」
「われと特戦の兵たちがあそこで見たもの...。やはりそういうことだったようじゃな、艦長...」
”はぐろ”艦長の中井一佐の言葉に、シグレが苦々し気に相手をする。ヴィリ空軍基地の研究施設で見たもの。海竜の子供の生首や、脳や脊髄が薬液につけられ標本になっていたおぞましく無残な光景。あの基地所属の義勇軍が、何の罪もない海竜の子供を殺して、その生体組織を戦闘機の部品の一部にしているのは、予想はついていた。だが、改めてその事実が裏付けられると、改めておぞましさを感じずにはいられないのだ。
「海竜も被害者、一番悪いのは人間。それはわかっています。しかし、我々は”灯台”を守らねばなりません!
ホワイトホーク、対潜警戒を厳となせ!対潜ミサイル、攻撃始め!」
中井の言い分に、シグレには言い返す言葉もなかった。事情はどうあれ、海竜は巨大で獰猛な捕食者だ。襲って来たなら対処しなければならない。Mk41VLSから、07式垂直発射魚雷投射ロケットが次々と発射される振動を感じながら、シグレはなにもできない無力感をかみしめた。
「敵Su-47部隊をレーダーで確認、数8。目標アルファ1から8と命名します!ミーティアの射程に入るまで3分!」
ハイドラ隊副隊長の大塚が、戦況を全員に伝えていく。
「ハイドラ隊全機、予定通りお願いします!俺と及川で先行します!」
「了解!お前だけが頼りだ!頼むぞ、潮崎!」
どうせ頼られるなら女がいいんだが。そんなことを思いながら、潮崎はバディの及川と同時にアフターバーナーに火を入れる。後続するF-15Jが、射程に入ると同時に一斉にミーティア対空ミサイルを発射する。
「馬鹿どもめ、撃って来たな。全機、各個に反撃開始です!」
ラーチンが言い終わる前に、自動緊急回避システムが作動し、自動操縦で最も最適な回避軌道を取りつつ、敵への射線を取る。ミサイル発射の表示がディスプレイに出ると同時に、ラーチンはためらわずトリガーを引く。これこそが、有機コンピューターのもう一つの機能だった。水、この場合大雨で空気中に充満した雨粒を媒介として、敵のパイロットの殺気や敵意を感じ取り、自動的に最適な回避行動をとりつつ、合わせて射線を取って反撃する。名付けて”サイコドライブ”。自分たちは、ただサイコドライブの指示に従い、撃てと言われたときに撃てばいい。Su-47の無敵を約束してくれる神の力。
「た...隊長おおおおおっーー!」
そんなことを思った時、部下の情けない声が無線から響き、レーダーから、突然味方の反応が一つ消えた。何が起きた、と思った瞬間に、さらにもう一つが消える。ばかな...。我々のSu-47が撃墜された...?
「敵のミサイルは全て回避。アルファ3に続き、アルファ7の撃墜を確認」
潮崎は、2機目のSu-47の撃墜を確認すると、敵ミサイルをかわしながら急旋回して再び攻撃のポジションを取る。いい感じだ。ディーネやメイリンの予測はおおむね当たっていた。橋本が先だって遭遇したSu-47の行動を分析する限り、敵の動きはこちらが撃ったら、回避しつつ反撃。というものになるはずだった。早い話が、おそらくはこちらの殺気や敵意を感知し、こちらの第一撃を回避して、攻撃の直後にできる隙をうまくついて反撃する、いうなれば後の先をとる戦い方が主体となる。
ここで、ハイドラ隊所属のF-15JSや、他のF-15Jにも装備されたベネトナーシュ王立空軍の最新鋭索敵システム、サイコセンサーと、サイコトランスミッターの力がものをいう。サイコセンサーによって、敵の、厳密に言って敵戦闘機の有機コンピューターの思念波を読み取り、敵が回避する方向を狙ってミサイルを打つ。いわば敵の心が読めるに等しいのだから、敵の回避行動がどれだけ速かろうと、敵の攻撃が正確だろうと問題ではない。それに加えて、サイコトランスミッターによって発っせられる味方部隊全員の思念波のフィールドにより、潮崎にとって次の一手を決める情報を速く正確に得ることができる。無線でコミュニケーションを取るよりもはるかに早く、部隊の仲間の眼と思考を通して、思念波というダイレクトな方法で、戦局全体を見ることができるのだ。
「ミサイルまた来るぞ!全機、回避優先!」
敵の殺気を再び感知し、潮崎は無線に指示を出す。F-15Jが散開してフレアを発射し、回避行動を取ったまさにその瞬間、5発のR-73空対空ミサイルが発射され、一瞬前までハイドラ隊がいた場所をミサイルが走り抜けていく。GPSや地上レーダー基地からの情報支援やデータリンクがない状況にしては、恐ろしく正確な射撃だった。おそらく、情報にあったメグレス軍の有機コンピューターの仕事だろう。
「簡単にはいかんか...」
今までとは一転して先手を取って来たSu-47の動きを見た潮崎は、Su-47のパイロットたちが、慎重になり始めたのを感じ取った。まずいことだ。やつらが自分たちのシステムと戦略に絶対の自信を持って、いわば慢心している間に片づけてしまうのが最善の策だったのだ。だが、あちらが自分たちは万能ではないと気づいた以上、この先は簡単にはミサイルを当てさせてはくれないだろう。長丁場になるな...。潮崎は眉にしわを寄せながらそう思った。
一方、橋本の所属するアールヴ隊は、同じ第2航空師団のシグニュー隊(F-4J、4機)とともに、海を大挙して南下する海竜の群れを相手にしていた。といっても、海竜たちの護衛のつもりであるらしいMig-29Mの部隊がうるさく、まずは彼らを排除するのが優先事項となってはいたが。
「新しいシステムはいい感じだな!敵の動きが手に取るようだ!」
橋本は興奮気味に言いながら04式空対空誘導弾を発射し、Mig-29Mの一機を撃墜する。F-15JSとは違い、他の機体に装備されたサイコセンサーとサイコトランスミッターは、米軍のLANTIRN(赤外線航法および目標指示システム)に似た。巨大なペットボトルという外見のポッドにまとめられ、機外のハードポイントに装備されていた。多少空気抵抗は受けるが、飛行に大きな支障はない。
「見える!見えるぞ!まるで全てに自分が乗っているようだ!」
サイコトランスミッターによって発信される仲間の思念波で形成されるフィールドがサイコセンサーによって増幅され、橋本の脳に戦況がダイレクトに伝えられてくる。ここからでは見えない敵機の動きが、この角度からでは味方の死角になって見えないはずの敵ミサイルの機動が、字義通り手に取るようにわかる。横殴りの雨の中だというのに、全てがガラス張りのようだ。
「そこか!」
橋本は敵の殺気を目標に、僚機を狙ったミサイルと、それを放った敵機を同時に狙って2発のミサイルを発射する。敵ミサイルは針の先をぶつけるような正確さで撃墜される。敵機の方に関しては、わざわざ回避行動を取るのを待ってロックオンしてやる。回避行動を取って加速度がついているため、進路を容易に変更できないMig-29Mは、なすすべもなく炎に包まれた。だが...。
「シグニュー4が!?」
F-4Jの一機から送られてくる思念波が突然途絶する。見ると、燃えた鉄の塊となったF-4Jからパイロットと兵装士官が脱出するまさにその瞬間だった。敵もやるじゃないか、と橋本は思う。旧式のF-4JとMig-29Mの性能差を差し引いても、敵部隊、特に隊長機らしいやつは侮れない。
それに、サイコセンサーが全員に使えるものではないことも問題だな。と考える。司令部は基地所属のパイロット全員にサイコセンサーの適正テストを受けさせたのだが、どうにか対応していると言えるのが潮崎と橋本だけだったのだ。
ぶっちゃけた話がニュー〇イプ能力の格差と言って差し支えなかった。潮崎と橋本と、それ以外のパイロット達で、索敵、迎撃能力に大きな差があることは、両者に作戦遂行に当たって大きな齟齬をもたらしていた。アニメやゲームの中ならともかく、1つの部隊に突出して能力の高いものが存在するというのは、現実では必ずしもいいこととは限らないのだ。
戦局は王立軍側に有利だったが、肝心の海竜の群れへの攻撃という戦略目標が、いまだ達成されないでいた。
「くそ!イポーネツのマルチロールファイター、噂通りだ!」
Mig-29M部隊を率いるゴルチェンコは苦戦を強いられていた。旧式のF-4Jはともかく、F-2の性能には敵ながら舌を巻いた。
空対艦ミサイルを4発もぶら下げながらドッグファイトができる戦闘機なんてありか?増槽を投棄し、敵より身軽なはずのこちらがついていくのに苦労するほどの機動性を持っているのだ。
こちらの兵装の選択がまずかったか、とゴルチェンコは思う。マニュアル通り、空対艦ミサイルを各機に装備させたのは失敗だった。最初は敵のイージス艦を攻撃することも視野に入れていたのだ。だが、こんなことになるなら、兵装は空対空ミサイルに限定するべきだった。自分たちは空を守ることに専念し、海上目標の襲撃、破壊という戦略的目標は、海竜に任せておけばよかったのだ。
ひどくなる一方の雨風の中で、視界は全く効かず、後方に控えるA-100早期警戒管制機とのデータリンクが、自分たちにとっての唯一の道しるべだった。イージス艦によって強固なバックアップがされている王立軍に対する、索敵、情報面での不利は明らかだ。海竜が目標に到達するまで粘れるか?そう自問したが、ゴルチェンコはすぐに、とにかくやるしかないと頭を切り替える。もう後には引けないのだ。
「アールヴ5およびハイドラ4。思念波の受信率が上昇しています。システムの出力を下げてください!」
『こっちはどれどころじゃないんだ!』
『いまそんなことしたら撃墜されちまう!』
E-767のモニター席から通信を送るメイリンに、橋本と潮崎からにべもない答えが返ってくる。メイリンは困惑する。戦闘中にああしろこうしろと言っても始まらないのはわかるが、このままでは二人が本当に危険かもしれないのだ。
「サイコシンクロニティが上昇していくとどうなる?」
「さあ、ここまで上昇するのは前例がないからなんとも...。100%で他人の殺気や敵意を感じられるようになる。120%で他人の行動が全て未来予測可能になる。150%で他人の心身に干渉して動きを封じることまでできるようになる。その先は...」
助手として、隣に座るディーネの言葉に、メイリンは途中で返答に詰まってしまう。サイコトランスミッターで、他人の思念波を情報として受け取れる”場”を形成し、然る後サイコセンサーに適性のある人間が”場”に飛び交う他人の思念波を受信する、それらを総合してサイコシンクロニティと呼ぶ。だが、それは非常に危険な可能性をはらんでいた。サイコシンクロニティは、言わば人と人の自我や人格の境界を超える現象だ。本来人は、自我という囲いの中に囚われている生き物だ。一方で、自我の境界が決してなくならないからこそ、人は自分を、パーソナリティを維持することができる。それが取り払われようとしているのだ。なにが起こるか予想がつかない。
「ともあれ、戦況がこれでは、二人にセーブしろともいいにくいね。わかった。ちょっと出てくる。後よろしく」
「よろしくって、どこ行くの?」
突然席を立ったディーネに、意図を読めないメイリンは尋ねる。
「場外乱闘♡」
ディーネはぞっとするような笑顔でそう返すと、身支度をして、エアロックへと向かう。
「なんだ?」
早期警戒管制機、A-100の護衛を務めていたMig-29Mのパイロットは、突然レーダーに小さな影が映ったことに驚く。鳥か何かか?そう思った時、機体に振動が走り、上下に揺さぶられる。
「なんだ!?なにかとぶつかったのか!?」
慌てて周りを見回したパイロットは、後ろを振り返って仰天する。青い肌と、コウモリのような大きな翼が特徴の魔族らしい女が、機体の背中に乗っていたのだから。その手には、素人が見ても業物とわかる短い槍が握られていた。女はこちらを見て、軽く微笑むと、機体背面を足場にして思い切り跳躍する。
「お...俺を踏み台にしたぁ!?」
パイロットは確かに見た。A-100の主翼の上に着地した女が、主翼上にある扉を飴細工のようにこじ開け、機内に入っていくのを。
「こちらサハリン01、メーデー!緊急事態発生!」「機内の気密が破れました!気圧急速に低下!」「侵入者です!電子機器が片っ端から壊されています!」「寝ぼけるな!この高度で侵入者なんてありえんだろ!」「キャビンにも穴が開けられました!」「くそっ!高度が維持できないぞ!」
おそらくあの女がしかけたであろう破壊工作で、大混乱に陥ったA-100から悲痛な通信が入り続け、そのまま気体のあちこちから煙を出しながら高度を落としていく。
Mig-29Mのパイロットは、航空隊の要である早期警戒管制機がなすすべもなく無力されていくのを、指をくわえて見ていることしかできなかった。
「海竜の群れの南下は止まりませんか?」
「はい、申し訳ありません。敵のSu-47がいまだ健在です。敵は逃げ回りながら、”灯台”に海竜の群れを誘い込む作戦に切り替えた模様です」
ベネトナーシュ王立軍インギャルド基地の地下にあるコマンドルーム。モニターを通じてドローミ海の戦況を見ていたルナティシアの言葉に、義勇軍の幕僚が重々しく応じる。
戦況は明らかに王立軍側に傾きつつあった。味方のF-4J支援戦闘機が2機撃墜されるという失点はあったものの、メグレス軍の早期警戒管制機が戦線離脱し、敵戦闘機の数は確実に減っていく。
だが、肝心の海竜の群れの南下が阻止できていない。”はぐろ”が対潜ミサイルや魚雷、90式艦対艦誘導弾まで総動員して海竜の群れを押し戻そうとしているが、足止め程度にしかなっていないのは明らかだった。
「このままでは、”灯台”にいる人たちが...」
ルナティシアは、両手を握りあわせて視線をテーブルの上に落とす。油田建設予定地には、多くの船員や工員がいる。海竜が低気圧を起こしながら南下し、彼らの元に到達すれば、多数の犠牲が出ることは自明だった。こんなことなら、強制的に彼らを避難させればよかったと、ルナティシアは思う。「王立軍と義勇軍の力を信じている」と笑って、現地に残ることを選択した彼らの生命に関する責任感が、自分には欠けていたと今になって思えてきた。
「お願い、潮崎様…彼らを守って…!」
ルナティシアは、必死で祈った。神ではなく潮崎に。彼女にできるのはそれだけだったのだ。
「目標センターにマーク!対艦誘導弾発射!」
橋本は、海面に浮上してきた海竜に対し、対艦誘導弾を発射した。海竜の背中の鱗は強固だが、新たに開発された弾頭の前では無力だった。この弾頭は、自己鍛造弾と榴弾の2段構えの構造となっており、まず自己鍛造弾が炸裂して爆発成形侵徹体が敵の装甲に穴をうがつ。その穴に、遅発信管を備えた榴弾が潜り込み、目標の内部で炸裂するというえげつない代物だった。海竜が粉々に爆散して跡形もなくなる。
ディーネの破壊工作で、A-100が無力化され、メグレス軍のデータリンクが遮断された事で、王立軍側は俄然有利になった。GPSも、地上レーダー基地もない中で、データリンクすら失ったMig-29Mは戦闘どころではなくなり、高度を上げて退避していった。
「全機!でかいやつから狙え!あれが油田にたどり着いたらやばいぞ!」
眼下には、全長だけならシロナガスクジラに匹敵しそうな大物もいる。作業用の木造船など一呑みにしてしまいそうだ。
『こちらホワイトホーク、爆雷による攻撃を続行する。浮上してきたやつらを頼むぞ』
ホワイトホークことSH-60K哨戒ヘリが、深度を調定した爆雷をばらまいていく。爆雷が炸裂したことを示す水柱が上がり、何頭かの海竜が浮上してくる。海竜は、危険を察知すると、まず呼吸の確保を優先し、また超音波で低気圧を誘発して身を守ろうとする習性がある。魚雷や爆雷で海面に追い立てて、対艦ミサイルで仕留めるのが定石となっていた。
「くたばれ白鯨!」
橋本はエイハブ船長になったつもりで、HMDの照準に大物をとらえ、対艦ミサイルのトリガーを引く。大物は派手に爆発し、血肉が突風に巻き上げられて天高く舞い上がり、空と海を赤く染める。それは鮮血の暴風雨とでも言うべき、残忍で凄絶な光景だった。
「ちっ、対艦ミサイルが売り切れた!アールヴ隊、シグニュー隊各機、対艦ミサイルは何発残ってる?」
『こちらシグニュー1。こっちも残弾なしだ』
『こちらアールヴ2。残り1発』
他の機の残弾もおおむねなしか、あっても1発だった。
「まずい、やつらまだ南下を諦めていないぞ…」
海竜は、海上から数えられるだけでも10頭以上残っている。身体の大きいやつから葬ってやったとはいえ、まだ15メートル級の大きさを持つ個体が少なからずいる。どうする?どうすればいい?右手を見ると、”灯台”のあだ名の元になっている、背の高い電波塔を持つ、半没潜式の仮設海上施設がおぼろげに見える。周囲には、海底へのくい打ち作業や、資材の搬入のための船が多数停泊している。当然船に乗れる数だけの人がいることになる。海竜の群れがあそこにたどり着けば、彼らが犠牲になってしまう。
なにか手はないか?橋本は、必死で思考を巡らせた。
『後ろにつかれた!振り切れない!』
ハイドラ3こと竹内のF-15Jが、2機のSu-47に追跡され、至近距離から放たれたミサイルに食いつかれ爆散する。竹内は辛うじて脱出していたが、いぜんとして、ハイドラ隊は窮地にあった。8機いたSu-47は既に2機まで減っていたが、この2機がしつこくこの空域に居座り、海竜の群れの誘導を継続しようとする。なにより悪いことに、ハイドラ隊は、対空ミサイルのほとんどを今までの戦闘で使い果たしていた。
「くそっ!しつこいやつらだ!」
潮崎のF-15JSも、ウエポンベイに6発積んでいたミサイルを撃ち尽くしてしまい、あまつさえ20ミリガトリングガンも、残弾は50発を切っている。今しがた松本機の撃墜を阻止できなかったように、Su-47の動きは読めるのに肝心の攻撃がかけられないという理不尽にされされていた。
「このままじゃやつらの勝ちだってか?」
認められない。そんなことがあってたまるか。
『ハイドラ4、受信率が危険域に達しています!これ以上は本当に危険だ!1度引いて下さい!』
その時無線から聞こえるメイリンの言葉にはっとして、コンソールのウィンドウのひとつを見ると、サイコシンクロニティの危険域を表す警告が灯っていた。
そこで潮崎は、頭の中に電球が灯ったように何かが閃くのを感じた。
「ハイドラ4よりアールヴ5、聞こえるか?ちょっと試して見たいことがある」
『こちらアールヴ5、なんだ?面白いことか?」
無線に応じた橋本の声は、理不尽な戦況に辟易しているように聞こえた。
「もちろんだ。サイコトランスミッターのリミッターを外せ。面倒だ、俺とお前で、でかいのを一発お見舞いしてやろう!」
「無茶です!2人1度にサイコシンクロニシティを200%まであげるなんて!」
E-767のメイリンは顔面蒼白で反対する。2人とも自分の言うことを聞いていなかったらしい。新しいシステムは扱いを間違えれば危険だとあれほど言ったのに。
『あたしは賛成だ。200%といっても一瞬でいいんだ。試して見る価値はある』
『メイリン、言ったろ。みんなで平和に暮らすんだって。任せておけ!』
橋本と潮崎の声は明るく、能天気とさえ言えるものだった。なんで、お天気の事でも話すみたいに言える?こんな大事なことを…。
「わかりました。でも、必ず無事に戻って来てくださいね?」
それだけ言うのが精一杯だった。メイリンにできることは、2人の無事を祈ることだけだった。
「準備はいいか?」
『いつでもどうぞ!』
潮崎は、F-15JSを橋本のF-2と併走させ、同時に、橋本と合わせてサイコシンクロニシティを意図的に引き上げていく。150%で他人の心身に干渉して無力化できる。170%で他人の心と体を外部から自在に操れる。190%で、念じるだけで周囲全ての人間の深層意識や感覚まで支配することができる程の思念波を発する。では、計測できる限界値である200%は?
まあいい。と潮崎は思考を中断る。サイコシンクロニシティによる精神干渉はうまくいっているらしい。Su-47の有機コンピューターに干渉して、トリガーを引けないようにするイメージをしたら、本当に撃ってこない。この調子で、敵を無力化できれば何でも良いのだ。
「5秒前、4、3、2、1…」
空気を高圧に圧縮していくのをイメージする。エネルギーは解放される場所を求めて臨界に達していく。
”なるほど、潮崎くんの趣味趣向はこういう感じなのか。彼女になる女は大変だねえ”
ちゃっかりこちらの意識と記憶を覗いていたらしい橋本が思念波で話しかけてくる。
”やかましい!お前こそ、女の子と仲良くなるときはこういうやり方してるのか。なんだかなあ”
やぶ蛇だったかという橋本の思考が伝わってくる。まあ、こういうのも貴重な体験かとも思える。
「200%臨界!今だ!」
『トラン○ムバースト!』
橋本のいろいろ問題なかけ声に潮崎は”あほ!”と心の中で突っ込みを入れながらタイミングを合わせて、200%のサイコシンクロニシティの思念波を思い切り解放した。
次の瞬間、ドローミ海に衝撃が走った。いや、衝撃ではなかったかも知れない。とにかく、眼には見えないが、とてつもない力を持った波動が、爆風のように瞬時に拡がったのだ。”はぐろ”の対空レーダーが一瞬だが機能が麻痺し、無線にも強烈なノイズが走る。それこそ、あらゆる周波数の電波に干渉するほどすさまじい波だったのだ。
『隊長!操縦不能です!た…助けてくれ…!』
「落ち着きなさい!気体を水平に保つんです!」
唯一残ったラーチンの僚機が、コントロールを失って錐もみ状態になりながら落下していく。
「動け!我が愛機!なぜ動かん!」
ラーチンは突然操縦が聞かなくなったSu-47をなんとか紙飛行機のように飛行させながら、有機コンピューターや自動操縦装置にあらゆる命令を打ち込んだ。しかし、ハングアップしてしまったらしい電子機器は、なんの反応も示さなかった。
「なんだ?これは…」
ラーチンは、よく見るとコンピューターはハングアップしているのではない事に気づいた。すさまじいエネルギーと情報を一度に送り込まれ、処理が追いつかずオーバーヒートを起こしかけている。しかも、命令してもいないのに、勝手に強力なデータ通信を、味方陣営のあらゆる場所に送ろうとしているように見えた。まずい、いきなりこんな量のデータをこんな早さで送られたら…。
次の瞬間、Su-47の有機コンピューターを介して発信された、すさまじい量のエネルギーの波と、大量の情報は、そのまま爆弾と化してメグレス連合全土の軍のネットワークと通信網を襲った。
ネットワークにつながったあらゆる場所で、コンピューターが負荷に耐えきれず焼き付き、ハードディスクは火を噴いて貴重なデータを抱いたまま、溶けた黒い塊に変わっていく。航空機や戦車、、地上レーダー施設から弾道ミサイル発射装置まで、ネットワークにつながっていたあらゆる物が基板を焼かれ、逆流したエネルギーでバッテリーが液漏れを起こし、あるいは電気系統が焼き切れて、使用不能になった。
メグレス軍の近代兵器は、すさまじいパワーをもつソフト・キルによって、一瞬にして破壊し尽くされ、無力化されたのであった。
機体にすさまじい衝撃が走り、首が折れるかと思うほどの加速度が掛かる。それでもラーチンはどうにかSu-47を海上に不時着させていた。ヘルメットを脱ぎ、ゆがんで開かないキャノピーを火薬爆発で排除し、周囲を見回す。雨と波は、先ほどまでとは打って変わって穏やかになっている。こうしてはいられない。救難信号を出して中間を呼ばなければ、まだ終わったわけではない。有機コンピューターとサイコドライブは、メグレス軍にも、ロシア人義勇軍にも値千金のものだ。その技術はまだこちらの手の内に…。
「なんだ?」
突然機体が大きく揺れたことで、思考が中断される。それでは終わらず、2度、3度と機体が海上で激しく揺さぶられる。目をこらしたラーチンは、海面を黒く、巨大な影が泳ぎ回り、彼の愛機にぶつかってきているのだと気づいた。ラーチンの背筋に冷たい物が走る。まさかこいつら知っているのか?自分がこいつらの子供を捕まえて、生物実験や有機コンピューターの開発のベースに利用したことを…。それだけの知能はないだろうと思いながらも、ラーチンはコックピットからPDW(個人防衛火器)として装備されていたAK-105を取り出して装填する。そして、海面に目線を戻した時、ちょうどコックピットのすぐ横に首をもたげた海竜の一頭ともろに目が合ってしまった。
「くそっ!」
恐怖に駆られてラーチンは引き金を引く。だが、海竜の強固な鱗には、5.45ミリなど蚊に食われたほどのこともない。ラーチンは気づかなかったが、海竜は彼の恐怖心を察知して、優位を確信し、攻撃に積極的になり始めた。Su-47に断続的に衝撃が走り、ラーチンは必死でコックピットにしがみつくことしかできなくなる。
「馬鹿な!私は…絶対に生き延びて…!」
こんなところでは死ねない。自分はなんのためにロシア軍での冷や飯ぐらいの立場に耐えてきた?なんのためにザストの男妾などやってきた?なんのために、傲慢で虫の好かないかの国と、その同盟国に頭をさげて、情報や技術の支援を頼んだ?こんなところで死ぬためでは絶対にない!
だが、ついに機体はひっくり返され、ラーチンは海へと投げ出される。彼にとってせめてもの幸いだったのは、後ろから襲いかかって来た海竜に一瞬にして肋骨と背骨をかみ砕かれ、苦痛や恐怖を感じる暇も無く絶命したことだった。
「ハイドラ4,アールヴ5,応答せよ」
E-767の通信室には緊張が走っていた。今し方、モニターの潮崎と橋本のサイコシンクロニシティが200%の表示に達して、計測限界の出力のままロックされてしまってから、無線や電子機器の調子がおかしい。両名の安否が確認できないのだ。耳障りなノイズしか返ってこない無線に、オペレーターは必死に呼びかけ続ける。
メイリンはあらゆる神に対して祈っていた。神々よ、どうか2人をお助けください。彼らは我が身を省みず私たちを守ってくれたのです。死んで英雄になるなんてあんまりではないですか…。
『こちらアールヴ5、どうにか生きてる』
『こ…ちらハイドラ4、なんとかまだ飛んでるぜ』
通信室に割れんばかりの歓声が湧き上がる。誰もが肩を抱き合い、笑顔を向け合って喜んでいる。よかった。本当によかった。「だがちょっと待てよ」とオペレーターは思う。コールサインが両名で逆だ。女のF-2がアールヴ5で、男のF-15JSがハイドラ4のはずだ。そんなに混乱しているのか?
「おいおい、しっかりしてくれよ?自分たちのコールサインを間違えるなんて、らしくないな」
オペレーターの言葉に、通信室に「そういえば」という空気が拡がる。
「おいおい、なに言ってるんだ、俺がハイドラ4…って、なんだこの声…。え、ちょっと待てえ!なんで俺におっぱいがついてるんだ!?」
「ええ!?なにこれ…?なんであたしイーグルに乗ってるの?これどうなってるわけ!?」
橋本の一人称が“俺”になり、潮崎がおねえっぽい言葉で話している…。しかも、2人の言っていることはまるで意味がわからない。「どういうこと?」と、通信室にいる誰もが、隣の人間と顔を見合わせた。
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