時空を駆ける荒鷲 シーズン2 F‐15J未智の海原へ

ブラックウォーター

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コフ諸島に舞う鳥たち

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 01 
 ロランセア大陸北端のブローンルック半島よりさらに北に位置するコフ諸島沖。
 "新世界の羅針盤"の旗艦である空母"遼寧"では、新設なったリニアカタパルトの運用テストが繰り返されていた。
 「カタパルト接続遅い!敵さんは待ってくれんぞ!
 やり直しだ!」
 艦隊の飛行隊司令代行を勤めるサニエル・ワンサイト・ハーマン少佐がブリッジの航空管制室の中、マイクに向けて怒鳴る。
 平和維持軍でも三指に入る美貌と呼ばれる容姿からは想像もつかない迫力とおっかなさだ。
 見事な金髪とやや太めの眉、たれ目というおっとりした容姿はパイロットというよりはモデルか器量のいい主婦という印象だ。
 実際資産家のお嬢様で、ハーバード卒のエリート。かつ、根っこのところでは優しくのんびりした性格をしている。
 だが、いざ訓練や戦闘となると、"鬼も裸足で逃げ出す"と揶揄される厳しさと容赦のなさを見せる。普段が普段だけに余計怖いのだ。
 怒鳴られたアドバンスドホーネットのパイロットが気合いを入れ直したのが、ブリッジにも伝わって来た。
 
 空母"遼寧"は、中国海軍より異世界に派遣され、平和維持軍の指揮下に入っていた。
 空母としては老朽化し、役目を終えつつあったため、中国海軍の次期空母のテストベッドとして、新機軸の技術で改装がなされることになる。
 まず、信頼性に問題のあった燃焼缶は全て撤去され、あらたに重油だけでなくジェット燃料にも対応した缶に交換された。 
 これによって、航空機と燃料を共用できるようになり、空母としての燃料供給能力は大きく向上した。
 燃料パイプや蒸気パイプも交換され、金でコーティングされたステンレスという贅沢なものに改められた。これによって、高速運転時に蒸気の噴出などが危ぶまれていた機関の信頼性は大きく向上した。
 併せて、ガスタービンと電動機が増設され、加速力や静粛性の向上が図られた。改装前は20ノットが限界だった速力は、これらの措置によって29ノット以上まで向上した。 
 またこれは、電力に余裕ができるという副次的な効果もあった。
 “新世界の羅針盤”はこの点に目をつけた。ベネトナーシュ王立軍の倉庫に、空母“ほうしょう”の予備パーツとして保管されていたリニアカタパルト2機を盗みだし、強奪した“遼寧”のアングルドデッキに装備することとしたのだ。
 “遼寧”はかつてロシアで建造された折り、計画段階で蒸気カタパルトの搭載が予定されたが頓挫した過去がある。カタパルトを装備するための溝はあらかじめ飛行甲板の下に切られており、取り付け工事は比較的簡単に、短期の作業で済んだ。
 これにより、スキージャンプ方式で発艦させるのとは違い、ペイロードいっぱいまで装備と燃料を積んでも艦載機は発艦できるようになった。
 米軍の原子力空母や、日本の“ほうしょう”には及ばないものの、これですっかり正規空母と呼べる能力を確保していた。
 “新世界の羅針盤”の象徴とも言えるF-22NやF-23Nの性能を十二分に引き出すことのできる空母となったのだった。

 “遼寧”の司令官室。“新世界の羅針盤”の首領であり、艦隊司令も兼ねるイーサン・博斗・港崎中佐は私物を段ボールから出していた。あまり快適とは言えなそうな部屋だが、まあ住めば都ということもあるだろう。
 梱包を解くと、写真立てが出てくる。こちらの世界に派遣される前、まだ米軍の所属だった頃の写真だ。在りし日の米海軍太平洋艦隊第692戦闘飛行隊の8名。
 「もう生き残っているのは私だけか」
 そんな言葉が口を突いて出る。4人がドゥベ戦争で、2人が“自由と正義の翼”動乱で、さらに1人が平和維持軍指揮下の反乱鎮圧作戦の中で戦死した。
 写真立ての下には、今まで与えられた勲章を詰め込んだ菓子箱があった。
 名誉戦傷章7つ。銀星章2つ。海軍十字章1つ。ドゥベ公国龍騎章1つ。平和維持軍戦功章1つ。
 戦闘中の負傷を慰労する意味で授与される名誉戦傷章7つは、非公式だが米軍の歴史の中でトップタイ記録だった。
 ネイビーシールズの若造士官だったころアフガニスタンで何度も死にかけ、航空隊に鞍替えしてこちらに来てからも何度も死に損なった。
 特にドゥベ戦争の折り、“荒鷲”と呼ばれた伝説的なパイロットが駆るF-15JSと交戦した時は、撃墜されることなく戻れたのが奇跡としか言いようがなかった。
 まあ、なんとか着陸に成功したものの、ブレーキが故障していてオーバーランしてしまい、足を骨折して入院したまま終戦を迎えることにはなったが。
 他の連中に関しては、名誉戦傷章は遺族が受け取ることになった。
 一体われわれは何のために戦って、彼らはなんのために死んだのだ?その疑問に答えるものはなかった。
 ドゥベ戦争では両大陸全部を敵に回し、ドゥベ公国とアメリカの見通しの甘さを思い知らされて惨敗。“自由と正義の翼”動乱では、かつて敵だった者たちとくつわを並べて戦ったが、あろうことかアメリカ政府が国益というエゴのために敵を支援しているというオチがついた。
 その後、平和維持軍が創設され、ようやくまともな組織と指揮官の下で戦えるようになったかと思えば、それも歪められた。無能な幕僚と、ポピュリズムに流されるしか能のない政治家と官僚のせいで、兵たちは手足を縛られたも同然の状態で前線に送られ、出なくてもいい戦死者が出た。
 それだけならまだしも、平和維持軍の活動が政争や権力争いの道具に使われ、こちらの世界のために必死で戦った者たちの功績が否定されるような扱いがされる。
 もう港崎は我慢の限界だった。
 実の所、港崎は平和維持軍に恩や義理を感じてこそいないが、激しい憎悪を抱いているというわけでもなかった。
 だが必死で戦い、国家と世界に献身した者たちを侮辱することだけは許すつもりはなかった。
 落とし前はなんとしてもつけさせる必要がある。今度は血を流すのはやつらの方だ。
 「クソでも食らえ」
 そう言った港崎は、勲章を詰め込んだ菓子箱をクローゼットの奥に押し込んだ。

 イーサン・博斗・港崎。38歳。
 元米海軍航空隊パイロット。元ドゥベ軍パイロット。そして、現在は平和維持軍のパイロットだ。
 彼の人生は、常に己のアイデンティティとの戦いだった。
 両親は日本人だが、有力政治家の愛人の子であったため、母親は渡米して彼を生んだ。
 幼い港崎は自分をアメリカ人と思って疑ったことはなかったが、突然日本に住まわされることになる。父が子に恵まれず、自分を養子とすることに決めたのだ。
 家の居心地は決して良くはなかった。義母は自分を実の子のように可愛がってくれたし、寛大にも実母に定期的に会うことも許してくれた。父も、言葉が怪しい自分をしっかりと導こうとしてくれていたと思う。
 だが、義母が40を過ぎて妊娠すると状況は180度変わることになる。生まれた子は女の子で、父は引き続き自分を跡継ぎにと考えていたようだし、母もお兄ちゃんとして妹に優しくしてあげなさいと笑顔で言っていた。
 だが、結局自分は家では妾の子という立場に逆戻りしたのは、周りの反応の変化を見れば明らかだった。
 ともあれ、日本を自分の国と思えていなかった港崎にとって、それはある意味で渡りに船だった。大学はアメリカ西海岸の公立大学を受験して見事合格し、そのまま1人暮らしを始めたのだった。
 父は学費の心配はしなくていいと言ってくれたが、あまり家の世話にはなりたくないと、学費を節約する道を港崎は模索する。
 取りあえず学費を安くしてもらえるということで、ROTC(予備士官候補生教程)に応募し、兵隊の真似事を始めることになる。
 教練軍曹から怒鳴られ、尻を叩かれるのも、さっさと家から独立するためと思えばどうということはなかった。
 それに、日本の家で、そしてアメリカに戻ってからも俗世間のしがらみやドロドロぶりを経験してきた港崎にとっては、世間から隔絶された軍隊という組織も悪くないと思えた。学歴やコネのありなしの格差はあっても、取りあえず妾の子だとか、東洋人だとかが問題にされることはない。使えるかどうかが問題なのだ。
 卒業と同時に任官し、対潜ヘリのコ・パイロットが最初の仕事だった。その後はネイビーシールズやら情報部やらを転々とし、何度かあった結婚のチャンスを逃したりすることもあったりで、最終的に落ち着いた先は航空隊だった。
 21世紀において、アメリカと正面から事を構えようとする国や勢力はない。高高度から地上に向けて爆弾を投下するのがパイロットとなった港崎のもっぱらの仕事だった。それは明日も明後日も続くはずだった。
 時空門が開いて、異世界に義勇軍として派遣されることが決まるまでは。
 未智の空、未智の海原でGPSも高度な軍事ネットワークもない異世界で、近代兵器を備えた地球の軍人同士の戦いが始まった。
 その後はどうということもない。戦って、誰かが死んで、誰かが生き残って。それだけだ。
 だが、人の死。とくに戦いの中での死は意義のあるものでなければならないと思えた。くだらないエゴや保身のために、誇りある兵に無駄死にを強いる者は絶対に許さない。
 例え昨日までのお仲間に銃を向けたとしても。
 アメリカ人にも日本人にもなりきれず、戦う意味も見いだせないまま命令されるままに軍務に服してきただけの港崎は、初めて打ち倒すべき敵の存在を認めた気がした。
 ひたすら中途半端で自分が何者かもわからないまま生きてきた自分の人生は、この戦いのためにあった。
 今はそう思えるのだった。

 02
 『こちらストリングバッグ。これより給油を開始する。シグルド6位置につけ』
 「シグルド6了解」
 コフ諸島沖海域。木ノ原の乗るF-15JSは給油を受けようとしていた。
 「いつ見ても無茶なもんだよなあ…」
 自分の前方上にぴったりとつけたV-22Tオスプレイのカーゴドアが開き、中から長くごつい金属製の給油ブームが伸びてくる。
 艦載機として最低限の改造しかされておらず、給油方式がフライングブーム方式のままのF-15JSやF-4J、RF-4Eなどに給油するために、日本面と揶揄される日本人の想像力が妙な方向に働いた結果だった。
 フライングブーム式は大きくかさばるブームが小型の機体への搭載は困難で、またブームが発着艦の時に邪魔になるため、艦載機には困難と言われてきた。
 なら、短距離離陸、垂直着陸が可能で、なおかつ戦闘機と併走できる足をもつV-22にやらせればいい。というのが自衛隊の考えだった。
 キャビンは長大な給油ブームに占領され、さらにキャビン内部にも予備燃料タンクが装備されたため居住性は最悪。しかも、重くなった分機動性は悪化し、簡単に敵の的になることが予測された。
 まあさりとても、空中給油ができなければ空母艦載機としては役に立たないから、運用の困難は現場のがんばりでカバーすることとして採用が決まったのだった。
 それに、フライングブーム式だと給油が早く終わるからこれはありがたいことだった。
 「こちらシグルド6、給油に感謝する!戦闘哨戒を継続する!」
 『ストリングバッグ了解。幸運を祈る』
 重そうな給油ブームがするするとキャビンに収納される光景は、いつ見ても違和感を感じる。キャビンはさぞかし燃料のひどいにおいがするだろうな。と木ノ原は思う。
 『この海域に入って今日で2日目だ。そろそろ見つけたいものだな』
 無線からシグルド隊隊長で、今回の木ノ原のバディである龍坂一尉の声が聞こえる。
 万全の準備がされたとはとても言えず、見切り発車もいいところの有り様で、空母"ほうしょう"を中心とした"菊"機動部隊と名付けられた臨時編成の部隊はこの海域に進出して来た。
 "新世界の羅針盤"を追撃するために。
 コフ諸島沖に“新世界の羅針盤”の艦隊がいることはこれまでの偵察の結果から間違いないが、折からの深い霧のおかげでさっぱり見つけられないのだ。
 「ま、退屈してるしここいらでおっぱじめたいところですが、新しく乗ってきた連中大丈夫ですかねえ?
 ゴール大尉の所属部隊はバリバリの“一新派”の先鋒だし、西郷一尉の部隊も、もとは“佐幕派”よりだったのに、今じゃ同じく“一新派”の先鋒だ。
 任務に政治を持ち込まれても困ると思いますがね?」
 木ノ原は今まで口にしなかった疑念を口にしてみる。
 新しく“ほうしょう”に配属されてきた部隊は、そろってくせ者ぞろいだったのだ。
 平和維持軍が“佐幕派” “一新派”に2分されたとはいっても、その両派にもいろいろいる。
 8機のラファールMで構成されるルイ・カーツ・コ・ゴール大尉が所属するのは、アーチー・モリー准将率いるEU及び英連邦系の派閥で、平和維持軍の旧体制下では冷遇されていたため、“一新派”の急先鋒として早い内から活動していた。
 8機のF-35CJで構成される西郷敬望一尉の所属するのは、日本の自衛隊出身者の中でも改革派で知られる嶋津晶海将補の派閥だ。統合幕僚本部の幕僚の一人だったイェーツ・トークリバー大将と、嶋津が親類であり友人同士であった縁で、元は穏健改革路線だった。が、トークリバーの急死後、統合幕僚本部の凋落は不可避と判断して“一新派”についたのだ。
 何かに心酔したり、凝り固まっている主義者がパイロットをやるほど危険なことはない。パイロットは機体の一部であることが求められる。命令があれば飛び、作戦を遂行するか、作戦遂行が不可能と判断すれば帰還する。その当たり前の鉄則を主義主張でねじ曲げるものが出てくる危険があるように思えてしまうのだ。
 かつて、旧日本陸海軍がアジアの解放や反米英の思想にはまりこんで自縄自縛となり、軍隊の本分を忘れ暴走していったように。
 『それは、遠回しに私を非難しているのか?』
 「そういうつもりはないですが…」
 前述したモリーと嶋津の派閥が平和維持軍内部で台頭してきたのは、両派閥が強固な同盟関係を築いて、大きな影響力を持ったことによる。
 実は、そのきっかけを作ったのは龍坂だったのだ。
 両派閥はそれまでのいきさつや、立ち位置や価値観の違いから蛇蝎のように憎み合っていた。それこそ、食堂やバーで会っても目も合わせないほどに。
 それでは空気が悪くなるばかりだと、龍坂は取りあえずの取っかかりとして、同じ基地に所属していた西郷とゴールを引き合わせ、一緒に酒を飲んでみることを提案したのだ。
 西郷とゴールは最初は仏頂面でひと言も口を聞かずにらめっこをしていたが、いざ酒を酌み交わし始めると、龍坂のとりなしもあって意気投合してしまった。
 龍坂としては、両派閥が仲良くしてくれればいい話だったのだが、事態は龍坂の思惑を越えて動き始めてしまう。
 統合幕僚本部の政変をきっかけに嶋津閥は“一新派”寄りの動きを見せ始める。急進的な動きを嫌われ、モリー閥は内部粛清や集団左遷が検討されていたが、嶋津閥の反対ととりなしで沙汰止みとなってしまう。
 その見返りとして、モリー閥から嶋津閥に不足していた物資や資金が廻され、両派閥の関係は強固なものとなっていく。
 そして、とうとう両派閥は実質的に平和維持軍上層部を取り込んでしまい、“佐幕派”を一掃して急進的な改革を推し進め始めたのだった。
 「ゴール大尉なんかは個人的な恨みもあるようだし、心配ですね」
 「言い過ぎだぞ!私は彼を知っている。任務に私情を持ち込むような人物じゃない」
 龍坂は言い切るが、木ノ原は心配なことこの上なかった。
 龍坂は人の機微を読むのが得意で、西郷とゴールの仲立ちの成功も、その才能があったればこそだった。しかし、天才であるゆえに、凡俗のひがみやわだかまりを理解できないところがある。有り体に言えば、“話し合えばみんな仲良しになれる”と世の中や人社会を楽観視し過ぎている。人の心の善の部分を信じすぎているのだ。
 “地獄への道は善意によって舗装されている”という言葉がある。
 木ノ原は、龍坂が良かれと思ってしたことが、とんでもない結果を生まないことを祈ることしかできなかった。
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