戦憶の中の殺意

ブラックウォーター

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第一章 不穏な客たち

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「お食事の用意ができました」
 相馬に案内されて、全員がダイニングに移動する。
「お、ビュッフェ形式か……」
 誠はよだれをたらしそうになる。
 どうやら昼食は、ビュッフェのようだ。 皿に盛り付けられた料理が、所狭しとテーブルに並んでいる。焼き鳥、刺身、ローストビーフ、野菜、スパゲッティ、それにのりと酢飯もある。手巻き寿司もできるわけだ。
「では、いただきます」
 食事は和やかに始まる。
「ちょっと、ガツガツしなくてもいいじゃない。子どもが見てるでしょ」
「モグモグ……だってうまいんだもん」
 料理を手当たり次第に皿に取って口に運ぶ誠に、七美が呆れる。
「まあまあ、いいじゃないか。多少意地汚くても許されるのがビュッフェだからね」
 横で味噌汁を楽しんでいた金髪碧眼の男が、苦笑交じりに言う。極めて流暢な日本語で。
 彼はアルフレッド・ラバンスキーと名乗った。四十五歳。元はアメリカ海兵隊の士官で、退役後キーロア共和国軍外人部隊に入隊。六年前の戦争を戦ったらしい。
「ラバンスキーさんは……納豆お好きなんですか?」
 七美がふと、彼の手元にある皿を見る。
 外国人の彼が生の魚だけでなく、納豆まで手巻き寿司にして食べている。珍しい。
「ああ、日本暮らしが長かったからね。それに、海兵隊にいた。揚陸艦の中で冷凍物とレーション(野戦糧食)ばかり食わされてたころに比べれば、天国だよ」
 ラバンスキーはそう言って、スマホを見せる。米軍の軍服を着た、今より年若い彼が映っている。バックにはシーサー。沖縄の勤務だったらしい。
「実は、合同演習で輸送艦『しもきた』に一緒に乗ったことがあったんだけどね……」
 ラバンスキーの部下らしい日本人が、会話に割り込む。
 彼は山瀬一樹。三十二歳。もとは自衛官で、退職後やはりキーロア共和国軍外人部隊に入隊。現在も将校として在籍しているとのことだ。
「食事時に、ラバンスキー当時大尉が突然涙を流し初めてね。なにごとかと思えば、飯がうますぎて感動したんだって」
 ニヤつきながら言う。
「ええ……まじっすか……?」
 誠が、ローストビーフを口に運びつつ相手をする。
「これが実話なんだなあ。訓練が終了した日、帰りたくないって愚痴っててさ」
 漬物を口に放り込みながら、山瀬が笑いを噛み殺す。
「おいおい、人の過去をべらべらと……。まあ、自衛隊の飯がうまかったのは事実だがね……」
 ラバンスキーが苦笑いになる。
「そう言えば……下の子……ラリサの妹っていっていいのかな? アレクサンドラちゃんも、美味しそうに生魚食べてるよね」
 七美がふと、ダイニングの向こうを見やる。倉木が養育している中でも最年少の女の子、アレクサンドラだ。生のサケやマグロを、美味しそうに食べている。
(そう言えばそうか……。あちらには、生魚食う習慣はないか……)
 誠は思う。記憶が正しければ、魚介類を生で食べる習慣は世界中探しても珍しい。日本生まれの日本育ちには、ピンと来にくいが。
「サーリャ……アレクサドラですカ。実はですネ……」
 横で大根と海老のサラダをつまんでいた少年が、口を開く。倉木の養い子の一人、十二歳のニコライだ。多少たどだどしいが、日本語に問題はないらしい。
「アレクサンドラが日本に里子に来たのは、三歳になるかならないかの時でしタ。日本のご飯食べて育ったし、言葉もほとんど日本語しか話せないんでス」
 沈痛な面持ちで、ジェンダーレスな美少年は言う。彼自身にとっても、他人事ではない問題だ。
「そうだったのか……」
「まだ小さいのに苦労したのね……」
 誠と七美は顔を見合わせる。美味しそうに刺身を口に運ぶ八歳の少女。よもや、そんないきさつがあろうとは。
「まあまとめると、平和に感謝して美味しく残さず食べましょう。というところかな?」
 山瀬が笑顔で大人の余裕を見せる。空気が重くなったところを和ませる。その気さくさはさすがと言えた。
「うまいことおっしゃる。そういうのも陸自で習うんですか?」
 誠が冗談交じりに問う。
「あそこで教わるのは、ハシの使い方と食べるときのお行儀作法くらいさ」
 山瀬も冗談で返した。
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