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第一章 不穏な客たち
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「ひでえ話ですね……。モスカレルが外道なことやったのは事実でも、ヴァシリさんには関係ないことでしょう……」
チキンソテーを口に運びながら、誠は眉をひそめる。モスカレル軍の戦争犯罪は自分も聞き及んでいる。被害者にとっては、どれだけ復讐しようと飽き足らないだろう。
だが、ただサッカーが好きなだけの若者にまで怒りを向けるのは、さすがに理不尽に思えた。
「横からすまないが……。高森君だったかな……?」
相馬の左隣に座るラバンスキーが、話に割り込む。
「そう言えるのも、君があの戦争の当事者ではないから、だとは言えないかい? 我々は自分の目でそれを見た。そりゃあひどいものだったよ。もちろん、君はなにも間違ったことは言っていない。だが、そう簡単に割り切れるものではない。戦争で大事なものを奪われた恨みや怒りは、理屈では消せない。そのことは、理解しておいて欲しいものだな」
戦争当時を思い出したのか、金髪碧眼の容貌を険しい表情にする。
「いや、すまないね。八つ当たりみたいで。忘れてくれ」
自分を落ち着かせるように、ラバンスキーは白ワインを口に含んで食事に戻る。
「いえ……俺も少し考えなしでした。嫌がらせはいけない。でも、戦争の被害者がどんな気持ちだったか、考えたことがなかったんですから」
この話はこれまでだと言外に付け加えて、誠も食事を再開した。
「ごちそうさま!」
電話に出る出ないの押し問答の果てに、ヴァシリは食事を中断する。そのまま、ダイニングを後にしてしまう。
「お見苦しいところを申し訳ありません」
電話の相手に謝って席に戻った倉木は、客たちに頭を下げる。責任感の強い男なのだろう。子の不始末は、養父とはいえ親である己の責任と思っているのだ。
「お気になさらず。でも、大変ですね。入団した当初はけっこう注目されてたのに、こんなことになるなんて……」
倉木の隣に座る美魔女が、ナプキンで口元をぬぐって相手をする。
彼女は綾音舞。三十八歳。かつては知らぬ者のないシンガー兼女優だったが今は芸能界を引退。ピアノ教室で講師をして、生計を立てているらしい。
(そう言えば……綾音さん子どもいたけど……不登校かなんかだったか……)
誠はネット記事で読んだ、うろ覚えの情報を思い出す。彼女の娘は学校の人間関係が原因で精神を病み、不登校が続いていると。同じ親として、倉木の苦悩が他人事に思えないというところだろうか。
「ま、焦る必要はないんじゃないですか? 戦場も社会も家庭も、模範解答なんかありはしない。自分の判断と責任でやっていくだけ。それに、ここは戦場と違って時間はある。そうでしょ? 少佐、いえ……オーナー」
山瀬が、フォローを入れる。
「さてと……。ワイン切れたしウォッカでも開けようと思うけど、みなさんはいかがです?」
ロッジの従業員である、栗毛の大男が腰を上げながら言う。
カルロス・ブラウバウム。二十九歳。彼もやはりキーロア共和国軍外人部隊にいたらしい。オーストリアの生まれで、元警察官。特殊部隊にいたこともあるらしい。警察時代に語学を徹底して習わされた。六カ国語が話せて、日本語が一番得意とは本人の弁。
「私も頂こうかしら。ウォッカトニックで」
綾音が手を上げて応じる。
「あたしはストレートで」
相馬は母国伝統の飲み方にこだわるようだ。
「俺はウォッカソーダで……いで!」
「こら未成年」
どさくさにまぎれて酒にありつこうとした誠の耳を、七美が引っ張る。
チキンソテーを口に運びながら、誠は眉をひそめる。モスカレル軍の戦争犯罪は自分も聞き及んでいる。被害者にとっては、どれだけ復讐しようと飽き足らないだろう。
だが、ただサッカーが好きなだけの若者にまで怒りを向けるのは、さすがに理不尽に思えた。
「横からすまないが……。高森君だったかな……?」
相馬の左隣に座るラバンスキーが、話に割り込む。
「そう言えるのも、君があの戦争の当事者ではないから、だとは言えないかい? 我々は自分の目でそれを見た。そりゃあひどいものだったよ。もちろん、君はなにも間違ったことは言っていない。だが、そう簡単に割り切れるものではない。戦争で大事なものを奪われた恨みや怒りは、理屈では消せない。そのことは、理解しておいて欲しいものだな」
戦争当時を思い出したのか、金髪碧眼の容貌を険しい表情にする。
「いや、すまないね。八つ当たりみたいで。忘れてくれ」
自分を落ち着かせるように、ラバンスキーは白ワインを口に含んで食事に戻る。
「いえ……俺も少し考えなしでした。嫌がらせはいけない。でも、戦争の被害者がどんな気持ちだったか、考えたことがなかったんですから」
この話はこれまでだと言外に付け加えて、誠も食事を再開した。
「ごちそうさま!」
電話に出る出ないの押し問答の果てに、ヴァシリは食事を中断する。そのまま、ダイニングを後にしてしまう。
「お見苦しいところを申し訳ありません」
電話の相手に謝って席に戻った倉木は、客たちに頭を下げる。責任感の強い男なのだろう。子の不始末は、養父とはいえ親である己の責任と思っているのだ。
「お気になさらず。でも、大変ですね。入団した当初はけっこう注目されてたのに、こんなことになるなんて……」
倉木の隣に座る美魔女が、ナプキンで口元をぬぐって相手をする。
彼女は綾音舞。三十八歳。かつては知らぬ者のないシンガー兼女優だったが今は芸能界を引退。ピアノ教室で講師をして、生計を立てているらしい。
(そう言えば……綾音さん子どもいたけど……不登校かなんかだったか……)
誠はネット記事で読んだ、うろ覚えの情報を思い出す。彼女の娘は学校の人間関係が原因で精神を病み、不登校が続いていると。同じ親として、倉木の苦悩が他人事に思えないというところだろうか。
「ま、焦る必要はないんじゃないですか? 戦場も社会も家庭も、模範解答なんかありはしない。自分の判断と責任でやっていくだけ。それに、ここは戦場と違って時間はある。そうでしょ? 少佐、いえ……オーナー」
山瀬が、フォローを入れる。
「さてと……。ワイン切れたしウォッカでも開けようと思うけど、みなさんはいかがです?」
ロッジの従業員である、栗毛の大男が腰を上げながら言う。
カルロス・ブラウバウム。二十九歳。彼もやはりキーロア共和国軍外人部隊にいたらしい。オーストリアの生まれで、元警察官。特殊部隊にいたこともあるらしい。警察時代に語学を徹底して習わされた。六カ国語が話せて、日本語が一番得意とは本人の弁。
「私も頂こうかしら。ウォッカトニックで」
綾音が手を上げて応じる。
「あたしはストレートで」
相馬は母国伝統の飲み方にこだわるようだ。
「俺はウォッカソーダで……いで!」
「こら未成年」
どさくさにまぎれて酒にありつこうとした誠の耳を、七美が引っ張る。
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