戦憶の中の殺意

ブラックウォーター

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第五章 真実への道

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「一度頭を白紙に戻そう。事実関係だけを整理してみるんだ」
 メインロッジのロビーに戻った誠は、ノートにわかっていることを書き出していく。
「やはり……足跡が気になるな……」
 疑問が頭から離れない。
 従業員用ロッジの周辺にあった、足跡を消した痕跡。一方で、くっきりと残っていたサンダルの跡。
(例えば……誰かが共犯者で犯人の替え玉をやってアリバイ工作をしたとすればどうだ……? あの足下は……従業員用ロッジ側にいたんだというアピールだとすれば……)
 ちょうど、メインロッジには全員が集まっている。沖田と速水も含めて。一人一人見やる。
(でも……このメンバーで替え玉をできる人となると……)
 自分の推測が確かなら、犯人の体格はとにかく特殊で目立つ。
 替え玉のハードルは、かなり高いと見ていい。さらに言えば、伸縮素材のワンピースを着ていたという。そうそう余人が真似られるものではない。
 まして、顔見知りの相馬が本人ではないと断定できなかったのだ。
「先輩。あんまり根を詰めすぎないでくださいね。おかわりいかがです?」
 真奈が、ほうじ茶を勧めてくる。
「ああ、ありがとう。頂くよ」
 誠の茶碗には、まだ半分ほど残っている。せっかくなので全部飲み干してしまう。
(うん……待てよ……?)
 注がれるおかわりを眺めながら、少年の頭の中で糸がつながる。
「そうか……わかったぞ!」
 つい立ち上がって、大声を上げてしまう。
「な……なにがわかったんだ……?」
 びっくりした様子の速水が聞いてくる。
「この方法であれば、ラバンスキーさんに睡眠薬を飲ませられますよ」
 自信ありげに誠が応答する。
「この方法って……。どういうことです?」
 まるで話が見えない様子の真奈が、首をかしげる。
「いいですか? 同じお茶を飲んだのに犯人が眠らなかった事実はペンディングとしましょう。ちょっと借りるぞ」
 後輩の手から、きゅうすを拝借する。
「真奈、まあ座んなよ」
「はい……」
 真奈は、素直に誠の向かいのソファーに腰掛ける。
「犯人はなんらかの方法で、ラバンスキーさんと同じお茶を飲んでも眠らない細工をしていた。犯人が眠らなかったので、油断したでしょう。まして、大事な話をしている最中だ、勧められたお茶を断るのも感じが悪い。そう思っているときに……」
 誠が自分の茶碗を真奈の前に移動させ、注ぐまねをする。
「こんな風に、『もう一杯いかがですか?』と勧められたら?」
 その場にいる全員が、同じ答えに達する。
「今の高森君みたいに飲んでしまう。しかも、冷めているはずだから一気に……」
 千里が代表して結論を述べる。
「さらに言うなら犯人は、できるだけラバンスキーさんにしゃべらせて、喉が渇くように仕向けたはずです。例えば……あの動画の中のシャドウ1が彼であることを知っていることをあえて告げる、とかね。動揺したところで、心配はない、あれは戦争だった、恨む気はない、あなたを信頼している、と言って揺さぶる。戦争経験者で心理戦にも長けているラバンスキーさんでも、不安からおしゃべりになったと思いませんか?」
 なんの根拠もなく単なる推測にすぎない。だが、誠には確信があったし、他の者たちも納得の話だった。
「そうして首尾よく眠ってしまったところでズドン……」
 速水が、手で拳銃の形を作り真奈に向けて撃つまねをする。
「ぐうっ……!」
 真奈が頼まれもしないのに、死ぬ演技をする。ぐったりとソファーにもたれる。
「そうか……この方法なら、ラバンスキーの血中の酸素濃度が平常だったことも理解できる。酸素濃度は、日常レベルの緊張や不安程度では誤差の範囲だからな」
 沖田が補足する。
 少なくともラバンスキーに関しては、撃ち合った果てに死んだのではないことは確実のようだ。
(後は……犯行時刻とアリバイの矛盾をどう説明するかだが……)
 誠は再び考え込む。
「皆さん、お食事の前に温泉に入ってこられてはいかがでしょう?」
 ブラウバウムが声をかけてくる。今日の夕食の当番は彼のようだ。なんでも、故郷オーストリアの料理を振る舞ってくれるらしい。
「では行きますか……」
 沖田が全員を見回す。
「そうですね……。ひとっ風呂浴びて……それからまた推理とします……」
 誠も腰を上げる。
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