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03 九州の脅威編

傀儡の悪夢の終わり 再び歩み始めて

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07

 筑後と豊後の国境の戦いは、毛利と自衛隊優勢から一転。
 “邪気”に呑み込まれた立花道雪によって、戦況はうっちゃられようとしていた。
 肌は石灰のように白くなり、その顔にはなんの表情も浮かべていない。
 球状の下半身を持ち、どういう原理なのか宙に浮いている。
 下半身とは対照的に、上半身は美人である道雪の面影を残しているだけに、異形さが際だって見える。
 道雪は、手に持った弓に矢をつがえ、自衛隊に向けて放っていく。
 (自分たちの力で滅ぶがいい)
 あらん限りの呪いを込めて。

 「な…なんだ?」
 SH-60Kのパイロットは、機体に走った衝撃に一瞬たじろいだ。
 大友の本陣では、どうやら“邪気”に呑まれたものが出たようだ。
 遠目からはよくわからないが、慎重に対応しなければならない。
 「うわっ…!」
 そう思ったとき、突然操縦が効かなくなる。
 何事かと操縦桿とペダルに目線をやって、機長は心臓が口から飛び出そうになった。
 「これは…!?」
 コックピット全体が、カビとも蜘蛛の巣ともつかない白く粘ついたものに覆われていたからだ。
 それは操縦桿とペダルに絡みつき、まるで意思を持つようにヘリの操縦をジャックしていた。
 「くそ!やめろ!」
 機長は必死で操縦を奪い返そうとする。
 自分の愛機が毛利の陣を攻撃しようとしていたからだ。
 『ホワイトホーク!何をやってる!?』
 「こちらホワイトホーク!“邪気”に機体を乗っ取られた!
 撃墜されたし!」
 そう言った機長は操縦席から離れる。このまま菌糸が拡がっていけば、自分たちも拘束されてしまう。
 「飛び降りろ!」
 機長はコ・パイロットや、ドアガンである重機関銃についていた者たちに怒鳴る。
 重機関銃にも菌糸が巻き付いていくのを見た機長は、せめて弾を抜いておくべきかとも考えたが、そんな暇はないとすぐに思い直す。
 幸いにして下は川だ。今なら何とかなる。
 SH-60Kの乗員たちは一斉に川に飛び込んでいく。
 無人となったヘリは、容赦なくヘルファイア対戦車ミサイルや重機関銃を毛利の将兵たちに浴びせていく。
 「なんてことだ…」
 川の中、濡れ鼠の機長は恐怖した。
 今回の物の怪は、こちらの装備をジャックすることができるのだ。
 つまり、こちらが強力な装備を持っているほど敵が有利になることになってしまう。

 自衛隊と毛利勢に混乱が急速に拡がっていく。
 今度は16式機動戦闘車が乗っ取られたのだ。
 物の怪と化した道雪の矢が命中し、磁石のように車体に張り付いた鏃から、菌糸状のものが拡がって車体を覆っていく。
 16式は対BC防御がされているが、ちょうど砲弾を装填しているところで、砲口から薬室を経由して入り込まれたのだ。
 白い膜状のものは、瞬く間に車内に拡がっていく。
 「くそ!止めようがないぞ!」
 「脱出だ!人質に取られるな!」
 16式の乗員たちは、車両のコントロールを取り戻すのを断念し、脱出を優先させる。
 自分たちがこのまま菌糸に拘束されて人質に取られれば、味方が16式への攻撃をためらうだろう。
 そうなれば、さらに犠牲が拡大する危険がある。
 「普通科!重火器で16式を攻撃してくれ!
 完全に乗っ取られて…」
 16式の車長が無線に言い終わる前に、怖れていたことは起きていた。
 砲塔の屋根に設置されていた自動式の砲塔が回転し、50口径重機関銃の射撃を開始したのだ。
 毛利の兵たちが、味方であるはずの自衛隊の車両によって無残に射殺されていく。
 「みんな伏せろ!」
 110ミリ携帯対戦車弾ことパンツァーファウスト3が暴走する16式に発車される。
 装甲貫通力700ミリの成形炸薬弾が炸裂し、メタルジェットが容赦なく装甲を抜いて車内を蹂躙する。
 だが、燃え上がりながらも16式は止まることはなかった。
 戦車や走行車両を無力化する一番手っ取り早い方法は、最も脆弱な部品である乗員を殺すことだ。
 つまり、無人のまま動き続ける戦闘車は、エンジンと電気系統が全損しない限りは止まらないことを意味していた。
 「怯むな!対戦車兵器攻撃続行!」
 「自衛隊は一時撤退だ!立花道雪に近づくな!」
 「おい、待ってくれ!
 自衛隊が撤退したらわしらはどうなる?」
 車両と航空機を下がらせる支持を下す陸自の一尉に、毛利の武将がくってかかる。
 「このまま敵が増えていったらどうなると思う?」
 ぴしゃりと切り返され、武将は言葉を失う。
 どうなるかは火を見るより明らかだったからだ。
 「対空部隊!91式携帯SAMはどうした!
 物の怪を撃ち落とせ!」
 『そ…それが…』
 無線から聞こえた歯切れの悪い返事の意味は、一尉にもすぐわかった。
 光の尾を引いて飛んで行く対空ミサイルが、道雪に届くことなく次々と爆発しているのだ。
 どうやら、道雪が不可視な周波数のレーザーのようなもので迎撃しているらしい。
 「自身は回避と防御に徹し、攻撃は乗っ取ったこちらの装備に任せるか…」
 うまい手だと思わずにはいられない。
 「危ない!逃げろ!」
 誰かの声が響く。その意味は、すぐに多くの者たちが理解する。
 乗っ取られたSH-60Kが対空ミサイルでやっと撃墜されたが、最後っ屁とばかりに毛利と自衛隊の隊列に向かって落ちてきたのだ。
 多くの兵たちが、爆発と飛散した破片で命を落とす。
 その様は正にこの世の阿鼻叫喚だった。

 『隊長!撃って下さい!』
 「馬鹿!そんなことができるか!」
 自衛隊に対する撤退命令は遅きに失した。
 戦場の上空では、あろうことか日の丸を冠したF-35BJ同士のドッグファイトが行われていた。
 なんとか道雪を撃ち落とそうと近づきすぎてしまい、2番機であるホーネット2が矢を受けて乗っ取られてしまったのだ。
 「くそ!まさか空中戦をやることになるとは!」
 コールサイン、“ホーネット1”こと桐山三佐は、アムラーム対空ミサイルを撃ってくるかつての僚機から必死で逃げ回っていた。
 操縦が効かないばかりが脱出装置も作動せず、ホーネット2のパイロットは人質に取られているも同然だった。
 桐山はバディである一尉を撃つことなどできなかった。
 一尉はこちらの世界に来てから結婚した女がいて、もうすぐ子供も生まれるのだ。
 なんとかミサイルとガンパックが弾切れになるまで持ちこたえようとしたが、強烈なGが急速に桐山を疲労させていく。
 『ホーネット1、そのまま上昇!
 やつを物の怪から遠ざけてくれ』
 もうだめかと思ったとき、無線から耳慣れた声が聞こえる。
 「霧島副長か?
 どうするんだ?」
 『今は説明してる暇がない!
 上昇すればやつの力は鈍るはずだ』
 桐山はそれ以上質問することをせず、アフターバーナーを前回にして愛機を上昇させる。
 霧島であれば何かしら策がある。特に根拠があるでもないが、そう思えたのだ。
 そして、その予測は間違っていなかった。
 高度が上がると、急にホーネット2の動きが精彩を欠き始めたのだ。
 「助かった!」
 桐山は上昇から機体を反転させると、逆にホーネット2の後ろにつける。
 にわかに動きにキレがなくなり始めたホーネット2は、もはや彼の敵ではなかった。
 これならしばらくはしのげそうだった。
 『物の怪は俺が何とかします。
 しばらく持たせて下さい!』
 「わかった!
 たのんだぞ!」
 桐山は、もはや霧島の両手以外には頼るものがない事に気づいた。
 敵の迎撃能力はイージス艦なみである上に、うかつに近づけば乗っ取られてしまう。
 いつも通り、霧島が道雪の胸を揉んで“邪気”から解放するのが唯一の策というわけだ。
 だが、生身の人間に物の怪をどうにかできるのか?
 そこに関しては、桐山はわからなかった。

 V-22のベンチシートに座る霧島は、桐山がうまく敵となってしまったかつてのバディを揺動してくれたことに、ひとまず安心した。
 ホーネット2が桐山を無視して地上部隊やV-22に向かって来たらどうしようかと思っていたのだ。
 「やはり間違いないようだな。距離が離れるとコントロールの精度が落ちる」
 「ああ、無線による操縦ってのは遠くなるほどエネルギーがいる。
 その物理法則は、物の怪と言っても無視はできないらしい」
 霧島は機長である陸自の一尉の言葉に応じる。
 毛利勢と自衛隊を大混乱に落とし入れている道雪の能力だが、万能ではないらしい。
 “ながと”に乗っていた霧島は、立花道雪が物の怪と化し、自衛隊の機体や車両を乗っ取って攻撃してきているという知らせを受けた。
 “あかぎ”に搭載されていたV-22を借りて飛び立ったのはいいが、現場まで無事たどり着けるかまでは確信を持てなかったのだ。
 「よし、ここいらでいい。
 カーゴドアを開けてくれ」
 V-22が、道雪の直上2000メートルについたところで、パラシュートをつけた霧島が立ち上がる。
 「わかった。気をつけてな!」
 機長にも異議はなかった。
 近づきすぎると、レーザーで撃たれるか、乗っ取られてしまう危険がある。
 なるたけ高高度で霧島を放り出して、後はスカートの裾を挙げて一目散に退散。
 それ以外に方法はないのだ。
 通常なら経験のない者にぶっつけ本番でパラシュート降下を行わせるなどあり得ないことだが、今はそんなことを言っている時ではない。
 霧島に最低限降下のレクチャーをして、素人でもコントロールが容易で危険の少ないラムエアータイプのパラシュートを選択して、なんとか最低限の安全を確保したのだ。
 「お世話になりました!」
 陸自レンジャー部隊員にパラシュートのチェックを済ませてもらった霧島は、敬礼してカーゴドアから飛び出す。
 (くそ!一カ所でじっとしていてはくれんか!)
 霧島は道雪が移動し始めたことに気づいて焦る。
 このままでは、自分は道雪を空中で捕まえることができない。
 (やむを得ん)
 霧島は拡げていた両腕と両脚を閉じ、身体をまっすぐにすると、道雪の方向に頭を向ける。
 人間にとって一番空気抵抗の小さい姿勢となった霧島は、まるでミサイルのように道雪へ向けて落ちていく。 
 (くそ!これじゃシュワルツェネッガーじゃないか!)
 霧島は内心に毒づいていた。シュワルツェネッガーなら多少荒っぽく着地しても問題なさそうなものだが、自分は何の変哲もないただの護衛艦乗りだ。
 イレギュラーなスピードで降下したらあの世行きだ。
 「くうっ!」
 目視で距離を測り、素人の計算だがなんとか減速できる高さでパラシュートを開く。
 速度はかなり落ちたが、それでも相応のスピードで降下していることに変わりはない。
 球状の下半身を持つ白亜の物の怪と化した道雪が、急速に大きくなる。
 「ぐおっ!」
 まともから道雪の背中にぶつかる形になった霧島は悲鳴を上げる。
 なんとか死なない程度に減速できていた形だが、衝撃と痛みはすさまじかった。
 ともあれ、うまい具合に道雪に背後から抱きつく形になる。
 「立花道雪殿、御免!」
 背後から道雪の胸の膨らみをぎゅっと握る。
 「キャアアアアアアあああああああああーーーーーーーっ!」
 怖ろしい悲鳴とともに、霧島の指の間からどす黒いものが抜けていく。
 どれくらいそうしていただろうか。霧島の腕の中には、長い黒髪が特徴の美女が収まっているだけだった。
 が、その状況を楽しむ余裕は霧島にはなかった。
 「うお!やばい!」
 パラシュートが風に流されていく先には、よりによって木立があった。
 道雪を腕に抱いていては方向転換もままならない。
 「ぐわっ!」
 霧島は太い木の幹に強かに右腕を打ち付けていた。
 ぼきりと、何かが折れる感触が伝わり、次いで激痛が霧島を襲った。

 「乗っ取られた車両と航空機、コントロールを回復しました」
 「了解、いてて」
 地上の陸自普通科と合流した霧島は、骨折した右腕を手当てしてもらいながら報告を受けていた。
 傍らでは、変身したときに破れてしまった衣服の代わりに、取り合えず陸自の迷彩服を着た道雪が診察を受けている。
 一応手錠はかけられているが、もはや抵抗する気がないのはわかっていた。
 霧島と一緒に大木と全力で愛し合ってしまったため、怪我を心配して医官に見せていた。
 だが、道雪本人が気にしているのはそこではないようだった。
 「どうです?感覚はありますか?」
 「信じられないけど、あります。
 夢ではないのですね?」
 どうやら、一度“邪気”に呑まれた副作用なのか、失われていた道雪の両脚の感覚と機能が復活したようなのだ。
 ぎごちなくだが、足を動かすこともできるらしい。
 「スキャンの結果出ました。
 不思議です。一度完全に神経がやられた痕跡があるんですが、どういうわけか今は完全に繋がって機能しています。
 これ、意図的にできたら医療に革命が起きますよ」
 看護師が、狐につままれたようという様子で結果報告をする。
 「道雪殿。手を。
 立ってみて下さい」
 「ええ…」
 差し出された霧島の両手を道雪は取り、ゆっくりと上半身に、次いで足腰に力を入れる。
 ぎごちなくだが、道雪の身体は上がっていき、ついに直立する。
 「おお?」
 「クララが立った、ですな」
 医官と看護師がそろって笑顔になる。
 二人とも職業柄、足を無くしたり、一生車いすの身体になったりという患者に遭遇した経験はあるのだろう。
 失った両脚の機能と感覚を道雪が取り戻した。
 それを自分のことのように喜んでいるのだ。
 「道雪殿。リハビリ…要するに歩く訓練をすれば、あなたは歩けるようになるでしょう。
 どうでしょう?毛利の下で働いてはいただけませんか?
 あなたが歩けるようになるまで、援助は惜しみません」
 「わが主、大友宗麟と、兵たちの命が保証されるのでしたら…」
 道雪は少し考えて返答する。
 ある意味で死よりも苦しい選択かも知れない。
 というより、自分も宗麟も、妹や娘と同じように淫蕩に堕落させられるだろう。
 だが、それでも命あっての物種。
 どうせこのままでは大友は滅ぶのだから。
 なにより、道雪は霧島という男に興味が湧いていた。
 あそこまで危険を冒して、仲間を、ついでに自分を救った男とはどのような人物か、知りたくなったのだ。
 
 かくして、立花道雪は毛利に下ることとなる。
 「雷鳴と名高い立花道雪も、女だったということか」
 「猛将と名高く厳しいと評判の人物も、霧島殿のち○ぽには勝てなかったようだ」
 そんな噂が毛利家の将兵たちの間で囁かれたのは言うまでもない。
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