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03 九州の脅威編
視界ゼロの海戦
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13
肥後と薩摩の国境から30キロの海上。
”嵐の前の静けさ”という言葉がある。
現状のミサイル護衛艦”ながと”が正にそれだろう。
風は出ているが、比較的穏やかな海を航行している。
だが、艦長の梅沢一佐以下、クルーたちは全く安心できなかった。
突然周辺が濃霧に覆われ始めたからだ。初夏の九州の海で霧が出るなどありえない。
「妙ですね。霧が風の影響を受けていない。
風に流されず、どういうわけかその場に滞留しているんです」
ウイングの見張り員からの報告で、いよいよクルーたちに緊張が走る。
この霧は”邪気”が作り出してるものだと確信したからだ。
なぜ霧?おそらくはこちらの視界を奪うためだろう。
「レーダーには反応なしだな?」
「はい、気味が悪いくらいなにも映っていません」
CICで指揮を執る霧島一尉は、レーダー員に先ほどからしつこく確認をしている。
どうも嫌な予感がするのだ。
「ソナーと赤外線はどうだ?」
「赤外線には反応なしです」
『ソナーは雑音が多くてはっきりとは…。探すべき音が特定できないわけですから』
霧島はブリッジとソナー室からの返答に舌打ちする。
「キングバード、クレーン応答せよ。
何か見えるか」
『こちらキングバード、赤外線には反応なし』
『こちらクレーン。目視はあてにしないでください。霧が深すぎて高度を下げることができないんです』
2機のSH-60Kからも、色よい報告は返ってこなかった。
対水上戦闘を想定してヘリを2機搭載してきたのはいいが、今回に関してはあてが外れたかと霧島は思う。
『副長、この霧は確かにおかしいが、あるいは物の怪はこの周辺にはいないのではないか?』
ブリッジの梅沢が霧島に呼びかける。
「いえ、F-35BJやEV-22が周辺を捜索していますが、不審なものはなにも見当たらなかったということです。
物の怪が抜錨した時間から計算すると、いるとすればこの周辺、この霧の中です」
霧島は反論する。
はきとした根拠はなく、直感と言われてしまえばそれまでだが、物の怪はこの霧に隠れて自分たちを狙っているという確信があった。
薩摩に潜り込ませた間諜からの報告で、島津家当主、島津義久が”邪気”に呑まれ、安宅船と一体化して物の怪と化したという情報を得た。
しかも、目標はどうやら”ながと”とその副長である霧島らしい。
まあ、義久からすれば、かわいい妹たちを怪しげな薬でたぶらかされたのだ。
霧島と、その牙城ともいえる”ながと”に憎しみを抱いたとしても不思議はない。
善後策が検討された結果、霧島の考えで、”ながと”が単艦で南下し迎え撃つこととなった。
僚艦である”おおすみ””あかぎ”や、肥後に進出した毛利勢を戦闘に巻き込むことを怖れたのだ。
船と一体化した物の怪がどのような攻撃オプションを持っているかは不明だ。が、それ自体が直接の戦闘を想定していないヘリ母艦や輸送艦である僚艦は、戦闘となれば足手まといだったろう。
射程の短い武装と、モノコック構造の木造船しかもたない小早川や大内の水軍も然りである。
ここにきて、”ながと”のクルーたちは霧島がまたしても慧眼であったことを確信していた。
おそらく物の怪と化した義久は、この霧に紛れて攻撃を仕掛けて来るだろうから。
ならば、一騎打ちの方がやりやすい。
霧の中で航空機は無力であることは、今しがたSH-60Kが証明してくれたところだ。
「CIWSとSEARAMの安全装置は外してあるな?」
「はい、いつでも射撃可能です」
霧島の問いに、兵装担当の一曹が返答する。
「副長は、敵が至近距離にいながらレーダーに探知されていないとお考えで?」
船務長の松島一尉が訝る。
霧島が不意打ちを怖れている理由を彼なりに推測したのだ。至近距離からの攻撃は、ESSMや主砲では迎撃が間に合わない。CIWSとSEARAMをいつでも撃てる態勢にしておく必要があるわけだ。
「確信はないけどね」
霧島は略帽を脱いで髪を撫でながら返答する。
最新鋭のイージス艦の副長として、イージスシステムの力を信じている。だが、どんな高度なシステムにも限界や弱点はあるものだ。
注意し過ぎるということはない。
それが霧島の考えだった。
その時だった。
「アンノウン飛行物体、急速接近!数2、4時方向、距離約1000!」
レーダー員が大声で報告する。
「迎撃!」
それ見たことかという空気がCICに拡がる。
今まで何も映っていなかった対空レーダーに、突然飛行物体の反応が現れたのだ。しかも、1000メートルと離れていない。
CIWSの射撃が開始され、どうにか飛行物体は迎撃される。
あらかじめCIWSを準備しておかなければ間に合わなかっただろう。
『CIC、今爆発を確認した。凄まじい威力だ。
直撃したら下手すりゃ沈むぞ!』
ブリッジから連絡が入る。
「物の怪の攻撃と見て間違いないな!
飛行物体はボールと命名する」
霧島はマイクに返答する。
対空レーダーでも確認した。どう見てもこの時代の黒色火薬で出せる威力ではない。”邪気”の力が引き起こした爆発と見て良かった。
妙なのは、砲弾とは全く違う、放物線を描きながら回転して飛んで来たことだ。
「主砲、敵に対し攻撃始め!」
「しかし、レーダーに捉えられません!」
「狙いなんぞいい!撃ちまくれ!」
「りょ…了解。主砲照準、目標先ほどのボールの発射地点。
撃ちーかた始めー!」
「撃ちーかた始めー」
どんな状況でも敵を正確に補足して、一発で仕留めるなどということができるのはゴルゴ13だけだ。
現実の戦闘において相手の姿が確認できないときは、とにかく弾をばらまくのは定石だ。
主砲には、正確に狙いをつけることは諦めて、近接信管を備えた対空弾が装填されている。
きれいに当てられなくとも、至近弾ならばダメージを与えることもできるはずだった。が…。
「砲弾全て着水。炸裂したものは確認できず!」
「ちっ!逃げられたか!」
霧島は歯噛みする。どうやら、まぐれ当たりが期待できる相手ではないようだ。
「キングバード、クレーン!状況はわかってるな?
捜索を頼む」
霧島は、ヘリ2機に望みをかけた。
「だめだ。視界は相変わらずゼロだし、赤外線にも反応がない」
「これがステルス性能の効果だとしたら大したもんです」
キングバードことSH-60K対潜ヘリ1番機の機長とコ・パイロットは忸怩たるものを感じていた。
”ながと”の目となるはずの自分たちが、まったく何も見つけられないというのだから。
「…?危ねえっ!」
機長はとっさに舵を切り、高度を下げる。
一瞬前までヘリがいた場所を、一条の水流が薙ぎ払う。一直線に伸びていることからして、ものすごい水圧であることが分かる。
直撃していたら恐らく墜落していただろう。
「キングバードより”ながと”!敵の攻撃を受けた!
クジラみたいに高圧の水流で攻撃してきやがる!」
『”ながと”了解。無理をするな、高度を取れ』
言われるまでもなく、機長は機体を上昇させていた。
「くそ!ヘリの索敵はあてにできんか。
引き続き周辺を警戒!
また来るぞ!SEARAM及びCIWS、各自の判断で撃ってよし!」
霧島は改めて警戒を命じる。
そして、それは間違っていなかった。
「ボール来ます!12時方向!距離約1500!」
「正面だと?なんて速さだ!」
「迎撃!」
今度は正面から攻撃が来た。SEARAMは艦橋が死角となってしまうため、主砲とCIWSによる迎撃となる。
放物線を描いて飛来する”ボール”の迎撃は予想以上に困難だった。
今度は先ほどよりも近くで炸裂が起こり、衝撃がCICにも伝わって来る。
「レーダー員、野球は得意か?」
「は…?まあ、一応高校時代は野球部でした。弱小でしたがね」
霧島の唐突な問いに、レーダー員は苦笑いを浮かべて返答する。
「じゃあ、貴官の選球眼が頼りだな。
次からはおそらく直球と変化球織り交ぜて投げて来るぞ」
「地区予選もろくに勝てなかったのに、いきなり大谷をノックアウトしろってか?
いやだなあ」
霧島のいうことは無茶ぶりもいいところで、レーダー員は冗談めかして返す。
ボールが球形をしていて放物線を描いて飛んでくるのは、野球のピッチングのように球筋に変化をつけるため。
要はそういうことのようだ。
そして、イージスシステムはそういう攻撃を想定していない。つまり、人間の計算と勘がたよりだ。
ほとんど素人同然のバッターが、大リーガーからホームランを打てと言われているに等しい。
「あらたにボールの反応!6時方向、数2、距離2000!」
物の怪はいつの間にかまた後ろに回り込んでいた。
「くそ!これじゃ釈迦の手のひらの孫悟空だ!」
松島が吐き捨てる。
敵はレーダーに反応せず、音もないくせに恐ろしく速い。単純計算して、60ノット以上で航行しながら全く音を立てていないことになる。
こちらが敵のおおまかな位置をつかめるのは、敵が撃ってきてからだ。
これでは反撃のしようがない。
「ブリッジ、敵がどうやってこっちを探知しているか、なにか痕跡はつかめないか?」
霧島はブリッジに聞いてみる。
レーダーや赤外線を当てにする段階はとっくに過ぎている。
『栗山です。副長、シャチやイルカはどうやって周辺の状況をさぐるかご存知ですよね?』
栗山のなぞかけに、霧島は少し考える。
「そりゃもちろん、超音波を利用したエコーロケーションで…。
待てよ、もしかしてやつにはこの霧が?」
『可能性は高いと思います。これだけの濃霧なら、やつにとってはエコーロケーションを行うのに十分かも』
先回りした霧島の言葉に、栗山は静かに返答する。
それなら霧の中でも正確に撃って来るくせに、敵の反応が全くないのも説明がつく。
電波でこちらの位置を探っているのなら、その電波の反応がなければおかしい。
だが、エコーロケーションを用いる、言わば潜水艦のパッシブソナーのようなものであれば?霧を媒介として、こちらの音を感知しているなら、存在を隠したまま一方的に攻撃することも可能だ。
「くそ!俺たちはシャチに目をつけられたクジラってわけか!」
砲術長の米村が拳を握って悔しがる。
CICの誰もが、シャチの群れに襲われ、捕食されていくクジラを想起する。シャチは時に最大の動物であるシロナガスクジラさえもエサにする。そして、食いちぎられた死体は無残なものだそうだ。
「知ってるか?
クジラはシャチに襲われると尾びれを振って抵抗するそうだ。時には尾びれでシャチを蹴り殺す。
俺たちもそうだ。
相手になってやろうじゃないか」
霧島は大きな声でそう宣言する。
その言葉に、消沈気味だったCICに自信が戻って行く。
「何か策が?」
「ああ、試してみたい作戦がある。
航海長はいいこと言った。おかげで策を思いついたぞ」
霧島は自信ありげに通信用のマイクに手を伸ばした。
肥後と薩摩の国境から30キロの海上。
”嵐の前の静けさ”という言葉がある。
現状のミサイル護衛艦”ながと”が正にそれだろう。
風は出ているが、比較的穏やかな海を航行している。
だが、艦長の梅沢一佐以下、クルーたちは全く安心できなかった。
突然周辺が濃霧に覆われ始めたからだ。初夏の九州の海で霧が出るなどありえない。
「妙ですね。霧が風の影響を受けていない。
風に流されず、どういうわけかその場に滞留しているんです」
ウイングの見張り員からの報告で、いよいよクルーたちに緊張が走る。
この霧は”邪気”が作り出してるものだと確信したからだ。
なぜ霧?おそらくはこちらの視界を奪うためだろう。
「レーダーには反応なしだな?」
「はい、気味が悪いくらいなにも映っていません」
CICで指揮を執る霧島一尉は、レーダー員に先ほどからしつこく確認をしている。
どうも嫌な予感がするのだ。
「ソナーと赤外線はどうだ?」
「赤外線には反応なしです」
『ソナーは雑音が多くてはっきりとは…。探すべき音が特定できないわけですから』
霧島はブリッジとソナー室からの返答に舌打ちする。
「キングバード、クレーン応答せよ。
何か見えるか」
『こちらキングバード、赤外線には反応なし』
『こちらクレーン。目視はあてにしないでください。霧が深すぎて高度を下げることができないんです』
2機のSH-60Kからも、色よい報告は返ってこなかった。
対水上戦闘を想定してヘリを2機搭載してきたのはいいが、今回に関してはあてが外れたかと霧島は思う。
『副長、この霧は確かにおかしいが、あるいは物の怪はこの周辺にはいないのではないか?』
ブリッジの梅沢が霧島に呼びかける。
「いえ、F-35BJやEV-22が周辺を捜索していますが、不審なものはなにも見当たらなかったということです。
物の怪が抜錨した時間から計算すると、いるとすればこの周辺、この霧の中です」
霧島は反論する。
はきとした根拠はなく、直感と言われてしまえばそれまでだが、物の怪はこの霧に隠れて自分たちを狙っているという確信があった。
薩摩に潜り込ませた間諜からの報告で、島津家当主、島津義久が”邪気”に呑まれ、安宅船と一体化して物の怪と化したという情報を得た。
しかも、目標はどうやら”ながと”とその副長である霧島らしい。
まあ、義久からすれば、かわいい妹たちを怪しげな薬でたぶらかされたのだ。
霧島と、その牙城ともいえる”ながと”に憎しみを抱いたとしても不思議はない。
善後策が検討された結果、霧島の考えで、”ながと”が単艦で南下し迎え撃つこととなった。
僚艦である”おおすみ””あかぎ”や、肥後に進出した毛利勢を戦闘に巻き込むことを怖れたのだ。
船と一体化した物の怪がどのような攻撃オプションを持っているかは不明だ。が、それ自体が直接の戦闘を想定していないヘリ母艦や輸送艦である僚艦は、戦闘となれば足手まといだったろう。
射程の短い武装と、モノコック構造の木造船しかもたない小早川や大内の水軍も然りである。
ここにきて、”ながと”のクルーたちは霧島がまたしても慧眼であったことを確信していた。
おそらく物の怪と化した義久は、この霧に紛れて攻撃を仕掛けて来るだろうから。
ならば、一騎打ちの方がやりやすい。
霧の中で航空機は無力であることは、今しがたSH-60Kが証明してくれたところだ。
「CIWSとSEARAMの安全装置は外してあるな?」
「はい、いつでも射撃可能です」
霧島の問いに、兵装担当の一曹が返答する。
「副長は、敵が至近距離にいながらレーダーに探知されていないとお考えで?」
船務長の松島一尉が訝る。
霧島が不意打ちを怖れている理由を彼なりに推測したのだ。至近距離からの攻撃は、ESSMや主砲では迎撃が間に合わない。CIWSとSEARAMをいつでも撃てる態勢にしておく必要があるわけだ。
「確信はないけどね」
霧島は略帽を脱いで髪を撫でながら返答する。
最新鋭のイージス艦の副長として、イージスシステムの力を信じている。だが、どんな高度なシステムにも限界や弱点はあるものだ。
注意し過ぎるということはない。
それが霧島の考えだった。
その時だった。
「アンノウン飛行物体、急速接近!数2、4時方向、距離約1000!」
レーダー員が大声で報告する。
「迎撃!」
それ見たことかという空気がCICに拡がる。
今まで何も映っていなかった対空レーダーに、突然飛行物体の反応が現れたのだ。しかも、1000メートルと離れていない。
CIWSの射撃が開始され、どうにか飛行物体は迎撃される。
あらかじめCIWSを準備しておかなければ間に合わなかっただろう。
『CIC、今爆発を確認した。凄まじい威力だ。
直撃したら下手すりゃ沈むぞ!』
ブリッジから連絡が入る。
「物の怪の攻撃と見て間違いないな!
飛行物体はボールと命名する」
霧島はマイクに返答する。
対空レーダーでも確認した。どう見てもこの時代の黒色火薬で出せる威力ではない。”邪気”の力が引き起こした爆発と見て良かった。
妙なのは、砲弾とは全く違う、放物線を描きながら回転して飛んで来たことだ。
「主砲、敵に対し攻撃始め!」
「しかし、レーダーに捉えられません!」
「狙いなんぞいい!撃ちまくれ!」
「りょ…了解。主砲照準、目標先ほどのボールの発射地点。
撃ちーかた始めー!」
「撃ちーかた始めー」
どんな状況でも敵を正確に補足して、一発で仕留めるなどということができるのはゴルゴ13だけだ。
現実の戦闘において相手の姿が確認できないときは、とにかく弾をばらまくのは定石だ。
主砲には、正確に狙いをつけることは諦めて、近接信管を備えた対空弾が装填されている。
きれいに当てられなくとも、至近弾ならばダメージを与えることもできるはずだった。が…。
「砲弾全て着水。炸裂したものは確認できず!」
「ちっ!逃げられたか!」
霧島は歯噛みする。どうやら、まぐれ当たりが期待できる相手ではないようだ。
「キングバード、クレーン!状況はわかってるな?
捜索を頼む」
霧島は、ヘリ2機に望みをかけた。
「だめだ。視界は相変わらずゼロだし、赤外線にも反応がない」
「これがステルス性能の効果だとしたら大したもんです」
キングバードことSH-60K対潜ヘリ1番機の機長とコ・パイロットは忸怩たるものを感じていた。
”ながと”の目となるはずの自分たちが、まったく何も見つけられないというのだから。
「…?危ねえっ!」
機長はとっさに舵を切り、高度を下げる。
一瞬前までヘリがいた場所を、一条の水流が薙ぎ払う。一直線に伸びていることからして、ものすごい水圧であることが分かる。
直撃していたら恐らく墜落していただろう。
「キングバードより”ながと”!敵の攻撃を受けた!
クジラみたいに高圧の水流で攻撃してきやがる!」
『”ながと”了解。無理をするな、高度を取れ』
言われるまでもなく、機長は機体を上昇させていた。
「くそ!ヘリの索敵はあてにできんか。
引き続き周辺を警戒!
また来るぞ!SEARAM及びCIWS、各自の判断で撃ってよし!」
霧島は改めて警戒を命じる。
そして、それは間違っていなかった。
「ボール来ます!12時方向!距離約1500!」
「正面だと?なんて速さだ!」
「迎撃!」
今度は正面から攻撃が来た。SEARAMは艦橋が死角となってしまうため、主砲とCIWSによる迎撃となる。
放物線を描いて飛来する”ボール”の迎撃は予想以上に困難だった。
今度は先ほどよりも近くで炸裂が起こり、衝撃がCICにも伝わって来る。
「レーダー員、野球は得意か?」
「は…?まあ、一応高校時代は野球部でした。弱小でしたがね」
霧島の唐突な問いに、レーダー員は苦笑いを浮かべて返答する。
「じゃあ、貴官の選球眼が頼りだな。
次からはおそらく直球と変化球織り交ぜて投げて来るぞ」
「地区予選もろくに勝てなかったのに、いきなり大谷をノックアウトしろってか?
いやだなあ」
霧島のいうことは無茶ぶりもいいところで、レーダー員は冗談めかして返す。
ボールが球形をしていて放物線を描いて飛んでくるのは、野球のピッチングのように球筋に変化をつけるため。
要はそういうことのようだ。
そして、イージスシステムはそういう攻撃を想定していない。つまり、人間の計算と勘がたよりだ。
ほとんど素人同然のバッターが、大リーガーからホームランを打てと言われているに等しい。
「あらたにボールの反応!6時方向、数2、距離2000!」
物の怪はいつの間にかまた後ろに回り込んでいた。
「くそ!これじゃ釈迦の手のひらの孫悟空だ!」
松島が吐き捨てる。
敵はレーダーに反応せず、音もないくせに恐ろしく速い。単純計算して、60ノット以上で航行しながら全く音を立てていないことになる。
こちらが敵のおおまかな位置をつかめるのは、敵が撃ってきてからだ。
これでは反撃のしようがない。
「ブリッジ、敵がどうやってこっちを探知しているか、なにか痕跡はつかめないか?」
霧島はブリッジに聞いてみる。
レーダーや赤外線を当てにする段階はとっくに過ぎている。
『栗山です。副長、シャチやイルカはどうやって周辺の状況をさぐるかご存知ですよね?』
栗山のなぞかけに、霧島は少し考える。
「そりゃもちろん、超音波を利用したエコーロケーションで…。
待てよ、もしかしてやつにはこの霧が?」
『可能性は高いと思います。これだけの濃霧なら、やつにとってはエコーロケーションを行うのに十分かも』
先回りした霧島の言葉に、栗山は静かに返答する。
それなら霧の中でも正確に撃って来るくせに、敵の反応が全くないのも説明がつく。
電波でこちらの位置を探っているのなら、その電波の反応がなければおかしい。
だが、エコーロケーションを用いる、言わば潜水艦のパッシブソナーのようなものであれば?霧を媒介として、こちらの音を感知しているなら、存在を隠したまま一方的に攻撃することも可能だ。
「くそ!俺たちはシャチに目をつけられたクジラってわけか!」
砲術長の米村が拳を握って悔しがる。
CICの誰もが、シャチの群れに襲われ、捕食されていくクジラを想起する。シャチは時に最大の動物であるシロナガスクジラさえもエサにする。そして、食いちぎられた死体は無残なものだそうだ。
「知ってるか?
クジラはシャチに襲われると尾びれを振って抵抗するそうだ。時には尾びれでシャチを蹴り殺す。
俺たちもそうだ。
相手になってやろうじゃないか」
霧島は大きな声でそう宣言する。
その言葉に、消沈気味だったCICに自信が戻って行く。
「何か策が?」
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