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07 復讐の翼
見えざる敵との交戦
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09
2018年12月31日早朝
デウス公国北端、ハーケン半島
連合軍によるハーケン半島制圧戦は、最終段階に入ろうとしていた。
半島に立てこもる“自由と正義の翼”の部隊はすでに4割を失い、残りも潰走を始めていた。
後は、衛星をコントロールしているアンテナ施設を全て破壊すれば決着がつく。
原爆と化した原子炉を地上に落とさせてはならない。
その一念が、連合軍将兵たちに常ならないタフさとモチベーションをもたらしていた。
ここ、アキツィア南部、フューリー空軍基地でも恐らくは最後となるであろう出撃の準備がなされていた。
「いいですか?
対レーダーミサイルですが、衛星通信アンテナのチャンネルを狙うように調整してあります。
撃ちっぱなし可能ですから、撃ったら速やかに回避行動を取って下さい。
ハーケン半島にはまだ無数の対空陣地が残っているということですから」
「わかった。
あなたの腕を信用しているよ」
技官の説明を受けたエスメロードは、短く応じると愛機であるF-15JSのコックピットに収まる。
今回の任務は、ハーケン半島に残存する衛星通信アンテナの破壊。
そのために、対レーダーミサイルを改造したアンテナ破壊用のミサイルをウェポンベイに装備している。
敵航空隊の抵抗が予想されるため、ステルス性能の低下を甘受して、機外のハードポイントにも対空ミサイルを装備できるだけ装備している。
相棒であるリチャードのF-35AJも同じだ。
『今度こそ戦争を終わらせる』
「ああ」
無線で呼びかけてくるリチャードにそれだけ応じて、エスメロードはスロットルを全開にして愛機を離陸させた。
『こちらAWACS。
フレイヤ隊注意せよ。ハーケン半島南部の連合軍が押し返されている。
半島の山間に隠れていた敵部隊の攻撃を受けているようだ。
制空権はいまだ確保されていない。
敵機との交戦も予想される』
「了解」
無線に応じながらも、エスメロードは内心で嘆息する。
衛星の落下まで時間がないとはいえ、丁寧に制空権を確保することさえしないまま突撃して行けということだ。
死んでこいと言われたような任務だが、是非もない。
ハーケン半島南部。
ケン・クーリッジ一等陸尉率いる混成部隊は、待ち伏せを受けて敵の猛攻にさらされていた。
「くそ!目標の衛星通信施設を目前にして!」
ケンは地面に伏せたまま歯がみする。
ハーケン半島はプレート移動によって形成された山岳地帯が特徴だ。
そして、岩盤質の山間には多くの広い洞窟が存在する。
そこであれば、多数の攻撃ヘリやりゅう弾砲を秘匿することも可能だ。
本来なら偵察隊を先行させて、ひとつひとつ丁寧に敵の潜伏場所をつぶしていくべきだったのだ。
「拙速が仇になったか」
対戦車ミサイルでまた1台の装輪装甲車が撃破されるのを横目に、ケンは渋面になる。
空爆で衛星アンテナを破壊しても、修理されてしまえば元の木阿弥だ。
地上部隊を送り込んで衛星通信施設を接収しなければならない。
今回は特にスピードが求められた結果、自走砲の準備射撃と航空機による空爆を露払いとして、強引に進軍せざるを得なかったのだ。
だが、その結果として地上部隊は待ち伏せを食ってしまった。
“自由と正義の翼”所属のユーロコプター・ティーガーが、ロケット弾と対戦車ミサイルを雨あられと撃ち込んでくる。
岩肌の間に隠れていたりゅう弾砲が、引っ切りなしに砲撃を加えてくる。
「ティーガー接近します!」
「伏せろ!」
攻撃ヘリのスリムだが無骨なシルエットが近づいてくるのが、スローモーションのようにゆっくりと感じられた。
遠目にだが、後部座席のガンナーがトリガーに指をかけたのが見えた。
(これまでか?)
ケンはそう思った。
だが、次の瞬間ティーガーが火の玉になって爆散していた。
「ステルス仕様のF-15だ!
味方が来てくれたぞ!」
「エスメロード…助かったぜ」
ティーガーを撃墜したのがエスメロードのF-15JSであったことは、ケンにとって落としかけたモチベーションを取り戻すのに充分だった。
「よし!前進するぞ!」
他の連合軍機も駆けつけてきて、山間の敵砲兵部隊に攻撃をかけ始める。
ケンはこの機を逃さず、進軍を命じたのだった。
『あぶない所でしたね』
「ああ。一人でも多くの地上部隊が無事だといいが…」
少し寄り道をして、出がけの駄賃とばかりに敵攻撃ヘリ部隊を撃墜したフレイヤ隊は、本来の任務である衛星通信アンテナの破壊に向かっていた。
いまのところこちらに向かってくる機影はないが、敵には多数のステルス機が残っていると聞く。
油断はまったくできなかった。
『レーダーに感。ユニティアのIFFを発しているが、ハーケン半島北部から接近している。
フレイヤ隊交戦せよ。
注意しろ、反応の小ささからして、ステルス機と思われる』
エスメロードの予測通り、E-767が敵の接近を伝える。
「放熱パターン照合。
F-22だな。手強そうだ」
『しかし、倒せない相手じゃありません』
エスメロードの言葉に、リチャードが自信満々で応じる。
取りあえず、彼らを倒さなければアンテナの破壊は不可能なことは間違いない。
「よし、交戦するぞ。
パワーマキシマム、オールウェポンズフリー、コンバットマニューバゴウゴウゴウッ!」
F-15JSとF-35AJはアフターバーナーを吹かして敵に肉薄していった。
『放熱パターンはイーグルのものだが、レーダーの反射が小さい。
うわさの“龍巣の雷神”に間違いない。
各機、予定通り迎撃だ。衛星アンテナをやらせるな』
ユニティア空軍第10航空師団第3航空隊、通称レイヴン隊1番機。
ヘンリー・ニコルソン大尉、TACネーム“アイアンクロー”は、部下たちに冷静に命じていた。
4機のF-22が彼の命令に応じてアフターバーナーを作動させ、正面の敵に突撃していく。
ニコルソンはここを決して通さないと決めていた。
13年前の“悪魔の花火大会”で失われたものは永遠に戻らない。
だが、あれを引き起こし、今もまたくだらない戦争を続ける馬鹿どもを粛正してやることはできる。
“雷神”がどれほど強かろうと邪魔はさせない。
そう心に刻んでいた。
『注意、レーダー照射を受けている!』
「回避、FOX-2!」
『FOX-2』
ロングレンジで飛来するAMRAAM空対空ミサイルを回避したエスメロードとリチャードは、回避行動を続けながら99式空対空誘導弾を放つ。
ミサイルをウェポンベイ以外にも機外搭載しているF-22は狙いやすい。
99式はいずれも初弾命中で、2機の敵機を火の玉に変えた。
(おかしい。迎撃が目的ならなぜミサイルをわざわざ外装する必要がある?)
エスメロードは敵のミサイルを回避しながら疑問に思う。
F-22は元々ウェポンベイの狭さが問題視されていた機体だ。
今は連合軍の攻勢を受けているところで、一出撃で少しでも多くのミサイルを持って行かなければならないのはわかる。
(だが、自慢のステルス性能を犠牲にしてまでやることか?)
「FOX-2」
さらに1機のF-22を撃墜しながら、エスメロードは嫌な予感を覚えていた。
その予感は的中することになる。
レーダーに反応はなかったが、IRST(赤外線捜索追尾システム)にわずかに反応があった。
「キッド!こいつらは囮だ!
後ろに回り込まれているぞ!」
『了解!逃がすか!』
エスメロードが言い終わらないうちに、後方から4発のAMRAAMが飛来していた。
フレアを発射しながら、間一髪のタイミングでF-15JSは回避に成功する。
リチャードのF-35AJはさらに大胆だった。
F-22をさらに1機撃墜し、その爆発を目くらましとして回避したのだ。
『“龍巣の雷神”貴様もここまでだ』
敵の隊長機がわざわざ無線で徴発してくる。
「ほざけ」
互いに回避機動を取りながら、ショートレンジでのミサイルの撃ち合いが始まった。
『F-22、さすがだな!』
リチャードは敵を照準に捉えそこない、ミサイルの発射をいったん断念する。
「FOX-2!」
エスメロードは衝突のリスクも覚悟で敵機に接近し、回避不可能な距離から04式を叩き込む。
F-22がF-15Jのすぐ近くで爆散し、火の玉となって後方に流れ去る。
『怯むな!正義は我らにある!
古い秩序の犬を叩きつぶせ!』
敵1番機の声は、狂気的だが冷静だった。
(さすが、ここ数日の猛攻を生き抜いてきただけはある)
エスメロードはそう思いながらも、さらに1機を撃墜していた。
F-22は世界でもトップクラスのステルス戦闘機だ。
だが、ロールアウトから時間が経っている機体でもある。
各国の軍隊や情報機関に、その性能とスペックを詳しく調べられているのだ。
(もはや丸裸だな)
エスメロードはHMDに敵を捉えながら思う。
兵器の最大の強みは、性能よりも未知の存在であることだ。
秘密のヴェールが兵器を無敵の存在にする。
前世で生きていた世界の、ゼロ戦と呼ばれた戦闘機を思い出す。
第二次大戦緒戦でこそ猛威を振るったものの、無傷の機体が鹵獲され弱点が露呈したことで、急速に陳腐化することになる。
F-22も同じだ。
何度も実戦に投入されて、そのスペックと性能を示しすぎている。
特に放熱パターンは完璧に知られていて、すぐれたIRSTの目はごまかせない。
『FOX-2』
エスメロードが取りこぼした1機を、リチャードが04式で真横から撃墜する。
先だって遭遇したJ-20と同じで、F-22にオフボアサイト射撃能力がないのが仇になった。
F-22は優秀な機体だが、F-15JSとF-35AJに対して圧倒的な機動性を発揮できるほどではない。
ステルス性能と高性能レーダーを活かして敵をいち早く発見して撃墜するだけだから、横に向けてミサイルを撃てる能力は不要と考えられたらしい。
だが接近戦に持ち込まれると、正面に向けてしかミサイルを撃てないハンデは痛かった。
『残りは隊長機だけだ』
『我々の正道を邪魔するか、“雷神”!』
無線で痛い言葉を並べ続ける敵1番機は、フレイヤ隊の機動性の前に逃げ回るので精一杯だった。
『FOX-2』
「FOX-2」
時間差で放たれたフレイヤ隊の十字砲火を回避しきれず、エンジンに被弾して爆発四散する。
『こちらAWACS。
周辺に敵影なし。
フレイヤ隊、予定通り衛星アンテナの破壊にかかれ』
「フレイヤ1コピー」
エスメロードは高度を下げ、敵のレーダーと対空砲火をさけてローパスを行う。
敵地上部隊も馬鹿ではない。こちらに気づいて対空ミサイルと対空自走砲で攻撃してくる。
だが、低高度を飛行するステルス性能の高い2機を捉えることはかなわなかった。
『目標、照準に捉えた!』
「発射!」
F-15JSとF-35AJは同時にウェポンベイを展開し、内蔵していたアンテナ破壊用ミサイルを発射する。
戦果を確認することなく、対空砲火から逃れてそのままアンテナの上空をパスする。
『こちらAWACS。
地上から衛星への通信の途絶を確認。フレイヤ隊、よくやってくれた』
戦果はすぐにE-767から伝えられる。
『ニアラス、やりましたね』
「ああ、やったんだ」
リチャードとエスメロードは無線ごしに笑い合う。
(ビールを飲みたい)
エスメロードは痛烈にそう思った。
2018年12月31日早朝
デウス公国北端、ハーケン半島
連合軍によるハーケン半島制圧戦は、最終段階に入ろうとしていた。
半島に立てこもる“自由と正義の翼”の部隊はすでに4割を失い、残りも潰走を始めていた。
後は、衛星をコントロールしているアンテナ施設を全て破壊すれば決着がつく。
原爆と化した原子炉を地上に落とさせてはならない。
その一念が、連合軍将兵たちに常ならないタフさとモチベーションをもたらしていた。
ここ、アキツィア南部、フューリー空軍基地でも恐らくは最後となるであろう出撃の準備がなされていた。
「いいですか?
対レーダーミサイルですが、衛星通信アンテナのチャンネルを狙うように調整してあります。
撃ちっぱなし可能ですから、撃ったら速やかに回避行動を取って下さい。
ハーケン半島にはまだ無数の対空陣地が残っているということですから」
「わかった。
あなたの腕を信用しているよ」
技官の説明を受けたエスメロードは、短く応じると愛機であるF-15JSのコックピットに収まる。
今回の任務は、ハーケン半島に残存する衛星通信アンテナの破壊。
そのために、対レーダーミサイルを改造したアンテナ破壊用のミサイルをウェポンベイに装備している。
敵航空隊の抵抗が予想されるため、ステルス性能の低下を甘受して、機外のハードポイントにも対空ミサイルを装備できるだけ装備している。
相棒であるリチャードのF-35AJも同じだ。
『今度こそ戦争を終わらせる』
「ああ」
無線で呼びかけてくるリチャードにそれだけ応じて、エスメロードはスロットルを全開にして愛機を離陸させた。
『こちらAWACS。
フレイヤ隊注意せよ。ハーケン半島南部の連合軍が押し返されている。
半島の山間に隠れていた敵部隊の攻撃を受けているようだ。
制空権はいまだ確保されていない。
敵機との交戦も予想される』
「了解」
無線に応じながらも、エスメロードは内心で嘆息する。
衛星の落下まで時間がないとはいえ、丁寧に制空権を確保することさえしないまま突撃して行けということだ。
死んでこいと言われたような任務だが、是非もない。
ハーケン半島南部。
ケン・クーリッジ一等陸尉率いる混成部隊は、待ち伏せを受けて敵の猛攻にさらされていた。
「くそ!目標の衛星通信施設を目前にして!」
ケンは地面に伏せたまま歯がみする。
ハーケン半島はプレート移動によって形成された山岳地帯が特徴だ。
そして、岩盤質の山間には多くの広い洞窟が存在する。
そこであれば、多数の攻撃ヘリやりゅう弾砲を秘匿することも可能だ。
本来なら偵察隊を先行させて、ひとつひとつ丁寧に敵の潜伏場所をつぶしていくべきだったのだ。
「拙速が仇になったか」
対戦車ミサイルでまた1台の装輪装甲車が撃破されるのを横目に、ケンは渋面になる。
空爆で衛星アンテナを破壊しても、修理されてしまえば元の木阿弥だ。
地上部隊を送り込んで衛星通信施設を接収しなければならない。
今回は特にスピードが求められた結果、自走砲の準備射撃と航空機による空爆を露払いとして、強引に進軍せざるを得なかったのだ。
だが、その結果として地上部隊は待ち伏せを食ってしまった。
“自由と正義の翼”所属のユーロコプター・ティーガーが、ロケット弾と対戦車ミサイルを雨あられと撃ち込んでくる。
岩肌の間に隠れていたりゅう弾砲が、引っ切りなしに砲撃を加えてくる。
「ティーガー接近します!」
「伏せろ!」
攻撃ヘリのスリムだが無骨なシルエットが近づいてくるのが、スローモーションのようにゆっくりと感じられた。
遠目にだが、後部座席のガンナーがトリガーに指をかけたのが見えた。
(これまでか?)
ケンはそう思った。
だが、次の瞬間ティーガーが火の玉になって爆散していた。
「ステルス仕様のF-15だ!
味方が来てくれたぞ!」
「エスメロード…助かったぜ」
ティーガーを撃墜したのがエスメロードのF-15JSであったことは、ケンにとって落としかけたモチベーションを取り戻すのに充分だった。
「よし!前進するぞ!」
他の連合軍機も駆けつけてきて、山間の敵砲兵部隊に攻撃をかけ始める。
ケンはこの機を逃さず、進軍を命じたのだった。
『あぶない所でしたね』
「ああ。一人でも多くの地上部隊が無事だといいが…」
少し寄り道をして、出がけの駄賃とばかりに敵攻撃ヘリ部隊を撃墜したフレイヤ隊は、本来の任務である衛星通信アンテナの破壊に向かっていた。
いまのところこちらに向かってくる機影はないが、敵には多数のステルス機が残っていると聞く。
油断はまったくできなかった。
『レーダーに感。ユニティアのIFFを発しているが、ハーケン半島北部から接近している。
フレイヤ隊交戦せよ。
注意しろ、反応の小ささからして、ステルス機と思われる』
エスメロードの予測通り、E-767が敵の接近を伝える。
「放熱パターン照合。
F-22だな。手強そうだ」
『しかし、倒せない相手じゃありません』
エスメロードの言葉に、リチャードが自信満々で応じる。
取りあえず、彼らを倒さなければアンテナの破壊は不可能なことは間違いない。
「よし、交戦するぞ。
パワーマキシマム、オールウェポンズフリー、コンバットマニューバゴウゴウゴウッ!」
F-15JSとF-35AJはアフターバーナーを吹かして敵に肉薄していった。
『放熱パターンはイーグルのものだが、レーダーの反射が小さい。
うわさの“龍巣の雷神”に間違いない。
各機、予定通り迎撃だ。衛星アンテナをやらせるな』
ユニティア空軍第10航空師団第3航空隊、通称レイヴン隊1番機。
ヘンリー・ニコルソン大尉、TACネーム“アイアンクロー”は、部下たちに冷静に命じていた。
4機のF-22が彼の命令に応じてアフターバーナーを作動させ、正面の敵に突撃していく。
ニコルソンはここを決して通さないと決めていた。
13年前の“悪魔の花火大会”で失われたものは永遠に戻らない。
だが、あれを引き起こし、今もまたくだらない戦争を続ける馬鹿どもを粛正してやることはできる。
“雷神”がどれほど強かろうと邪魔はさせない。
そう心に刻んでいた。
『注意、レーダー照射を受けている!』
「回避、FOX-2!」
『FOX-2』
ロングレンジで飛来するAMRAAM空対空ミサイルを回避したエスメロードとリチャードは、回避行動を続けながら99式空対空誘導弾を放つ。
ミサイルをウェポンベイ以外にも機外搭載しているF-22は狙いやすい。
99式はいずれも初弾命中で、2機の敵機を火の玉に変えた。
(おかしい。迎撃が目的ならなぜミサイルをわざわざ外装する必要がある?)
エスメロードは敵のミサイルを回避しながら疑問に思う。
F-22は元々ウェポンベイの狭さが問題視されていた機体だ。
今は連合軍の攻勢を受けているところで、一出撃で少しでも多くのミサイルを持って行かなければならないのはわかる。
(だが、自慢のステルス性能を犠牲にしてまでやることか?)
「FOX-2」
さらに1機のF-22を撃墜しながら、エスメロードは嫌な予感を覚えていた。
その予感は的中することになる。
レーダーに反応はなかったが、IRST(赤外線捜索追尾システム)にわずかに反応があった。
「キッド!こいつらは囮だ!
後ろに回り込まれているぞ!」
『了解!逃がすか!』
エスメロードが言い終わらないうちに、後方から4発のAMRAAMが飛来していた。
フレアを発射しながら、間一髪のタイミングでF-15JSは回避に成功する。
リチャードのF-35AJはさらに大胆だった。
F-22をさらに1機撃墜し、その爆発を目くらましとして回避したのだ。
『“龍巣の雷神”貴様もここまでだ』
敵の隊長機がわざわざ無線で徴発してくる。
「ほざけ」
互いに回避機動を取りながら、ショートレンジでのミサイルの撃ち合いが始まった。
『F-22、さすがだな!』
リチャードは敵を照準に捉えそこない、ミサイルの発射をいったん断念する。
「FOX-2!」
エスメロードは衝突のリスクも覚悟で敵機に接近し、回避不可能な距離から04式を叩き込む。
F-22がF-15Jのすぐ近くで爆散し、火の玉となって後方に流れ去る。
『怯むな!正義は我らにある!
古い秩序の犬を叩きつぶせ!』
敵1番機の声は、狂気的だが冷静だった。
(さすが、ここ数日の猛攻を生き抜いてきただけはある)
エスメロードはそう思いながらも、さらに1機を撃墜していた。
F-22は世界でもトップクラスのステルス戦闘機だ。
だが、ロールアウトから時間が経っている機体でもある。
各国の軍隊や情報機関に、その性能とスペックを詳しく調べられているのだ。
(もはや丸裸だな)
エスメロードはHMDに敵を捉えながら思う。
兵器の最大の強みは、性能よりも未知の存在であることだ。
秘密のヴェールが兵器を無敵の存在にする。
前世で生きていた世界の、ゼロ戦と呼ばれた戦闘機を思い出す。
第二次大戦緒戦でこそ猛威を振るったものの、無傷の機体が鹵獲され弱点が露呈したことで、急速に陳腐化することになる。
F-22も同じだ。
何度も実戦に投入されて、そのスペックと性能を示しすぎている。
特に放熱パターンは完璧に知られていて、すぐれたIRSTの目はごまかせない。
『FOX-2』
エスメロードが取りこぼした1機を、リチャードが04式で真横から撃墜する。
先だって遭遇したJ-20と同じで、F-22にオフボアサイト射撃能力がないのが仇になった。
F-22は優秀な機体だが、F-15JSとF-35AJに対して圧倒的な機動性を発揮できるほどではない。
ステルス性能と高性能レーダーを活かして敵をいち早く発見して撃墜するだけだから、横に向けてミサイルを撃てる能力は不要と考えられたらしい。
だが接近戦に持ち込まれると、正面に向けてしかミサイルを撃てないハンデは痛かった。
『残りは隊長機だけだ』
『我々の正道を邪魔するか、“雷神”!』
無線で痛い言葉を並べ続ける敵1番機は、フレイヤ隊の機動性の前に逃げ回るので精一杯だった。
『FOX-2』
「FOX-2」
時間差で放たれたフレイヤ隊の十字砲火を回避しきれず、エンジンに被弾して爆発四散する。
『こちらAWACS。
周辺に敵影なし。
フレイヤ隊、予定通り衛星アンテナの破壊にかかれ』
「フレイヤ1コピー」
エスメロードは高度を下げ、敵のレーダーと対空砲火をさけてローパスを行う。
敵地上部隊も馬鹿ではない。こちらに気づいて対空ミサイルと対空自走砲で攻撃してくる。
だが、低高度を飛行するステルス性能の高い2機を捉えることはかなわなかった。
『目標、照準に捉えた!』
「発射!」
F-15JSとF-35AJは同時にウェポンベイを展開し、内蔵していたアンテナ破壊用ミサイルを発射する。
戦果を確認することなく、対空砲火から逃れてそのままアンテナの上空をパスする。
『こちらAWACS。
地上から衛星への通信の途絶を確認。フレイヤ隊、よくやってくれた』
戦果はすぐにE-767から伝えられる。
『ニアラス、やりましたね』
「ああ、やったんだ」
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お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。
これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。
じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――!
本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。
アイデア提供者:ゆう(YuFidi)
URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464
転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?
山下小枝子
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