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07 復讐の翼
インタヴュー キャンプゼラ
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08
2020年10月6日
アキツィア北部、ゼラ、外人部隊養成キャンプ
「アウグスト・“イリューション”バロムスキー。
元デウス国防空軍第4航空師団第7航空隊、通称ディアマント隊1番機。
エヴァンゲルブルグのクーデターを煽動していたとされる人物。
クーデーター鎮圧後失踪。
ハーケン半島に立てこもる“自由と正義の翼”の指揮を執っていたと推測される。
戦後はアキツィア共和国に亡命。外人部隊の教官を務める」
マットはレコーダーに人物紹介を吹き込みながら、目の前の人物はどのような者なのだろうと思う。
御年41歳。理知的で穏やかな雰囲気をまとう。
アキツィア軍の迷彩服を着用していても、司祭か学者のようにも見えるくらいだ
アジテーターとしての才能を遺憾なく発揮して、デウス軍の過激分子たちを煽動。エヴァンゲルブルグのクーデターを誘発した人物とはとても思えなかった。
「あの戦争のことを調べてるブン屋がいるとは意外だな。
例によって国益やら外交関係やらで肝心な部分は隠蔽、歪曲。
今となっちゃ誰の記憶にも残ってないと思ってたぜ」
バロムスキーが「飲むかい?」と勧めてくるビールを丁重に辞して、マットは質問を勧めていく。
「率直にうかがいます。
あなたは公式にはデウス戦争末期までデウス軍のパイロットとして戦ったとなっています。
が、実際にはクーデターの失敗の後離反して“自由と正義の翼”に参加していたんですね?」
バロムスキーはビールをあおると、慎重に答え始める。
「その通りだ。
クーデターが鎮圧されれば、それを煽動していた俺たちの正体が発覚するのも時間の問題と言えたからな。
あの戦争を終わらせず、世界を際限のない混沌の中に投げ込む。
そのためのプランBは、あらかじめ用意してあった。
なにより、クーデターに失敗したやつらに用はない。
後は任せてとんずらしたってわけさ」
マットは、天気のことでも話すようなバロムスキーの口調が鼻についた。
「ずいぶん冷酷な話ですね。
仮にも一緒に戦ったお仲間でしょう?
クーデターを起こさせておいて、失敗したら用済みですか?」
「おいおい。
俺は煽動こそしたが、やつらになにも強制はしちゃいないぜ?
もともと自分たちの限界と敗北を認められないやつらだ。
少しおだてて煽ってやったら簡単に逸脱した。
ニワトリと卵の議論だが、最終的に引き金を引いたのはやつらだ。
後先考えず爆発して、結果に責任を負う気なんざこれっぽちもない。
どいつもこいつも、かつての“悪魔の花火大会”になにも学んじゃいない。
逆の立場だったら、あんたそんなやつらと心中してやる気になれるか?」
バロムスキーのその言葉に、マットは悔しいが頭を叩かれた気分だった。
マットが追っている歴史の真実が、まさに“悪魔の花火大会”になにも学んでいない者たちによって引き起こされた悲劇であるのだから。
戦争のどさくさに紛れてデウスの全てを奪い取ろうとしたユニティアも、クーデターを起こしたデウス軍の不満分子たちも、ある意味では同じ穴のムジナだ。
バロムスキーを咎めてどうこうなる問題ではない。
「あなたにそこまでさせた理由はなんです?
デウスも連合国もない、全てを混沌に放り込む決意をさせたのは」
バロムスキーは、真剣な面持ちになり、ビールのボトルを机の上に置く。
「おふくろだよ。
おふくろは“悪魔の花火大会”の犠牲にされた。
停戦協定が結ばれないまま講和会議が始まったのは、最初から弾道ミサイルの撃ち合いを起こすことを互いに視野に入れていたからだ。
そして、おふくろは国益とかいうエゴの犠牲になって吹き飛ばされた」
「そうだったんですか…。お気の毒です。
しかし…だからといって世界に復讐しなければ怒りが収まらなかったんですか?」
混ぜ返されたマットの言葉に、バロムスキーが冷たく鋭い視線を返す。
マットは心臓をわしづかみにされた気分だった。
表面上穏やかでも、目の前にいるのは百戦錬磨で殺しの経験も豊富な軍人。それを思い知らされた気分だった。
「弾道ミサイルの撃ち合いなんて薄汚い恫喝をしながら講和交渉を行っていた政府の武官代表。
それがよりによって俺の親父だったんだ」
その言葉には、マットも声も出なかった。
夫が妻を政治や外交の犠牲にする。そんなことが現実にあるとは。
「実の父親が、実の母親を外交ゲームのために必要な犠牲と割り切ったんだ。
で、息子である俺は、そのあとなにを信じればいい?
誰を憎めばいい?誰を殺せば気が晴れる?
間違っているのは世界そのものだ。
それを正さない限り、俺たちの時間は“悪魔の花火大会”の時から止まったまま。
そういうことだ」
マットはさすがに言い返す言葉を持たなかった。
“悪魔の花火大会”で身内を失うことがなかった自分はまだ幸福な方だったのだろう。
敵には攻撃され、味方には必要な犠牲と見捨てられる。
そうして大切な人を失ったら、誰しも鬼にならずにはいられない。
それがわかったのだ。
だが、彼の考えを素直に認めるわけにもいかないマットは、質問を変える。
「しかし、あなた方の企みは“雷神”によって阻止された」
「ま、そういうことだ。
やつの腕には敬服したが、悔しくもあったね。
こっちの機体は21世紀になってロールアウトした最新鋭機。
むこうは70年代の機体を改造したやつだ。
機体の性能でも戦力でも俺たちが圧倒的優位なはずだった」
バロムスキーはそこで言葉を切る。
「だが、本当にすげえやつだった。
こちらの機体の弱点を瞬時に見抜いて、対応策を編み出しやがった。
後は一方的にボコボコやられるだけだった。
人間じゃないなにかを相手にしている気分だったよ。
良く生き残れたもんだと思ってる」
そう言ったバロムスキーの表情にわだかまりはなかった。
敗北した過去を、彼なりに消化できているのだろう。
マットはもう一つの本題に入ることにする。
「バロムスキーさん。
“自由と正義の翼”のことを詳しく教えて頂けますか?
武装ゲリラに過ぎなかったはずの彼らが、一国の軍隊に匹敵する力をどうやって備えられたのか」
バロムスキーは、再び穏やかな表情になって口を開く。
「簡単な話さ。
“自由と正義の翼”は各国の政治家や軍隊、企業や金融機関から支援を受けていたんだ。
たまげるぜ。
デウスだけじゃない。ユニティアやイスパノ、はてはアキツィアの政財界の大物たちまでが、スポンサーのリストに名を連ねてるんだからな」
マットはその言葉をにわかには信じられなかった。
それが本当なら、最終的に自分たちに牙を剥くことになる存在を各国が支援していたことになる。
「それなら、強力な軍事力を持てたのも納得できます。
しかし、各国の有力者たちはなぜそんな危険なことをしたんです?
“自由と正義の翼”はテロリストです。
現に核ミサイルが放たれ、衛星が各国代表が集まる会議を直撃したじゃないですか」
「損をしないために複数の馬に賭けておくギャンブラーは、いつの時代も存在する。
核ミサイルはやり過ぎにしても、“自由と正義の翼”によって戦争が泥沼化することも、ある程度必要経費として受任すべきと考えたんだろうさ。
ビジネスにリスクはつきもの、ていうお定まりの理屈でな」
皮肉めいた笑いを浮かべるバロムスキーに、マットはただ愕然とするしかなかった。
今まで、自分の祖国はそれほど善良な存在ではないが、悪党でもないと思ってきた。
だが、その祖国は国益やらビジネスやらという理屈でテロリスト集団を支援し、その結果もう少しで世界が滅ぶかも知れなかったのだ。
「バロムスキーさん、大変参考になるお話しでした。
差し支えなければ、このインタヴューを裏付ける資料をお借りできないでしょうか?
証言を裏付ける物証があれば、報道にも真実みが出ます」
「おう、いいぜ。
もう使うこともないかと思ってたが、役に立つならな。
あんたのくそ度胸も気に入ったしな」
そう言ってバロムスキーは、クビからチェーンで下げていたアルミのケースを差し出す。中には一枚のメモリーカードが入っていた。
「ありがとうございます。
早速拝見させていただきます。
ただ…あなたのお立場は大丈夫でしょうか?
これの内容が報道されたら…」
「心配ないさ。
俺がこうやってアキツィアでどうどうと生活してるのがその証左。
“自由と正義の翼”のことは、徹底してなかったことにされた。
俺をどうかしようってやつもいない。
最近じゃユニティアの情報員も、取締りが厳しくてアキツィア国内じゃまともに活動できない有様だからな」
マットにとって、最後の言葉は意外だった。
アキツィア政府は、常々ユニティアの言いなり、傀儡という避難を受けてきたからだ。
ユニティアの情報員を取り締まる気骨と理由があるとは。
「ユニティアの情報員が取り締まられてるんですか?
またなんで?同盟国でしょ?」
「意趣返しってやつさ。
アキツィアは本来デウスとの戦争を望んでなかった。
それが、ユニティアの都合に振り回されて参戦することになった。
参戦のきっかけはデウスのアキツィア侵攻だったにしても、デウスにそうせざるを得ないように仕向けたのはユニティアだ。
戦後もユニティアは図々しく一人勝ちを狙おうとした。
デウスの領土の割譲、戦後処理、あらゆることでな。
それどころか、戦争で人材難のユニティア軍は、アキツィア自衛軍やイスパノ軍、果てはデウス軍まで、優秀なやつらを引き抜こうとまでしていた。
怒ったアキツィア政府は、ユニティアとの犯罪人引き渡し協定を破棄して、リクルーターをスパイとして取り締まるようになった。
ささやかなだが、効果的な抵抗ってやつさ」
鼻を鳴らして笑うバロムスキーにつられてマットも笑う。
欲張りなだだっ子が、あまりの厚かましさによその家に出入り禁止を食らった。要はそういうことだったからだ。
「今日は本当にありがとうございました。
“自由と正義の翼”の当事者にインタヴューできるとは幸運でした」
「いや、さっきもちょっと言ったが“自由と正義の翼”のことはなかったことにされてるんだ。
組織が崩壊して、今でもしゃばで堂々としているやつはけっこういるぜ。
ま、塀の中にいるやつもいるがな」
その言葉に、マットは興味を引かれた。
存在そのものがなかったことにされているのに、逮捕されている人間がいるとは。
「差し支えなければ、その方の居場所を教えて頂けますか?
お話をうかがいたい」
「居場所もなにも、あんたの国だよ。
やつの名は、ヘンリー・ニコルソン。
ユニティア軍のパイロットで、組織の幹部のひとりだった。
戦後もカタギに戻れずいろいろやらかして、最後は逮捕された。
もったいない話さ。頭のいいやつなのに、その知恵の使い方を間違えたのさ」
マットは、ニコルソンの名をメモに書き込んでいく。
戦後も犯罪から足を洗えなかった人間が、どういう者なのか、興味が湧いたのだ。
アウグスト・バロムスキー。
かつては憎しみに呑まれながらも、現在は未来に向けて生きている男。
彼はもはやかつてのような権謀術数を用いることもなければ、仮面をつけながら生き続けることもない。
素顔で世界と、人と向き合っている。
2020年10月6日
アキツィア北部、ゼラ、外人部隊養成キャンプ
「アウグスト・“イリューション”バロムスキー。
元デウス国防空軍第4航空師団第7航空隊、通称ディアマント隊1番機。
エヴァンゲルブルグのクーデターを煽動していたとされる人物。
クーデーター鎮圧後失踪。
ハーケン半島に立てこもる“自由と正義の翼”の指揮を執っていたと推測される。
戦後はアキツィア共和国に亡命。外人部隊の教官を務める」
マットはレコーダーに人物紹介を吹き込みながら、目の前の人物はどのような者なのだろうと思う。
御年41歳。理知的で穏やかな雰囲気をまとう。
アキツィア軍の迷彩服を着用していても、司祭か学者のようにも見えるくらいだ
アジテーターとしての才能を遺憾なく発揮して、デウス軍の過激分子たちを煽動。エヴァンゲルブルグのクーデターを誘発した人物とはとても思えなかった。
「あの戦争のことを調べてるブン屋がいるとは意外だな。
例によって国益やら外交関係やらで肝心な部分は隠蔽、歪曲。
今となっちゃ誰の記憶にも残ってないと思ってたぜ」
バロムスキーが「飲むかい?」と勧めてくるビールを丁重に辞して、マットは質問を勧めていく。
「率直にうかがいます。
あなたは公式にはデウス戦争末期までデウス軍のパイロットとして戦ったとなっています。
が、実際にはクーデターの失敗の後離反して“自由と正義の翼”に参加していたんですね?」
バロムスキーはビールをあおると、慎重に答え始める。
「その通りだ。
クーデターが鎮圧されれば、それを煽動していた俺たちの正体が発覚するのも時間の問題と言えたからな。
あの戦争を終わらせず、世界を際限のない混沌の中に投げ込む。
そのためのプランBは、あらかじめ用意してあった。
なにより、クーデターに失敗したやつらに用はない。
後は任せてとんずらしたってわけさ」
マットは、天気のことでも話すようなバロムスキーの口調が鼻についた。
「ずいぶん冷酷な話ですね。
仮にも一緒に戦ったお仲間でしょう?
クーデターを起こさせておいて、失敗したら用済みですか?」
「おいおい。
俺は煽動こそしたが、やつらになにも強制はしちゃいないぜ?
もともと自分たちの限界と敗北を認められないやつらだ。
少しおだてて煽ってやったら簡単に逸脱した。
ニワトリと卵の議論だが、最終的に引き金を引いたのはやつらだ。
後先考えず爆発して、結果に責任を負う気なんざこれっぽちもない。
どいつもこいつも、かつての“悪魔の花火大会”になにも学んじゃいない。
逆の立場だったら、あんたそんなやつらと心中してやる気になれるか?」
バロムスキーのその言葉に、マットは悔しいが頭を叩かれた気分だった。
マットが追っている歴史の真実が、まさに“悪魔の花火大会”になにも学んでいない者たちによって引き起こされた悲劇であるのだから。
戦争のどさくさに紛れてデウスの全てを奪い取ろうとしたユニティアも、クーデターを起こしたデウス軍の不満分子たちも、ある意味では同じ穴のムジナだ。
バロムスキーを咎めてどうこうなる問題ではない。
「あなたにそこまでさせた理由はなんです?
デウスも連合国もない、全てを混沌に放り込む決意をさせたのは」
バロムスキーは、真剣な面持ちになり、ビールのボトルを机の上に置く。
「おふくろだよ。
おふくろは“悪魔の花火大会”の犠牲にされた。
停戦協定が結ばれないまま講和会議が始まったのは、最初から弾道ミサイルの撃ち合いを起こすことを互いに視野に入れていたからだ。
そして、おふくろは国益とかいうエゴの犠牲になって吹き飛ばされた」
「そうだったんですか…。お気の毒です。
しかし…だからといって世界に復讐しなければ怒りが収まらなかったんですか?」
混ぜ返されたマットの言葉に、バロムスキーが冷たく鋭い視線を返す。
マットは心臓をわしづかみにされた気分だった。
表面上穏やかでも、目の前にいるのは百戦錬磨で殺しの経験も豊富な軍人。それを思い知らされた気分だった。
「弾道ミサイルの撃ち合いなんて薄汚い恫喝をしながら講和交渉を行っていた政府の武官代表。
それがよりによって俺の親父だったんだ」
その言葉には、マットも声も出なかった。
夫が妻を政治や外交の犠牲にする。そんなことが現実にあるとは。
「実の父親が、実の母親を外交ゲームのために必要な犠牲と割り切ったんだ。
で、息子である俺は、そのあとなにを信じればいい?
誰を憎めばいい?誰を殺せば気が晴れる?
間違っているのは世界そのものだ。
それを正さない限り、俺たちの時間は“悪魔の花火大会”の時から止まったまま。
そういうことだ」
マットはさすがに言い返す言葉を持たなかった。
“悪魔の花火大会”で身内を失うことがなかった自分はまだ幸福な方だったのだろう。
敵には攻撃され、味方には必要な犠牲と見捨てられる。
そうして大切な人を失ったら、誰しも鬼にならずにはいられない。
それがわかったのだ。
だが、彼の考えを素直に認めるわけにもいかないマットは、質問を変える。
「しかし、あなた方の企みは“雷神”によって阻止された」
「ま、そういうことだ。
やつの腕には敬服したが、悔しくもあったね。
こっちの機体は21世紀になってロールアウトした最新鋭機。
むこうは70年代の機体を改造したやつだ。
機体の性能でも戦力でも俺たちが圧倒的優位なはずだった」
バロムスキーはそこで言葉を切る。
「だが、本当にすげえやつだった。
こちらの機体の弱点を瞬時に見抜いて、対応策を編み出しやがった。
後は一方的にボコボコやられるだけだった。
人間じゃないなにかを相手にしている気分だったよ。
良く生き残れたもんだと思ってる」
そう言ったバロムスキーの表情にわだかまりはなかった。
敗北した過去を、彼なりに消化できているのだろう。
マットはもう一つの本題に入ることにする。
「バロムスキーさん。
“自由と正義の翼”のことを詳しく教えて頂けますか?
武装ゲリラに過ぎなかったはずの彼らが、一国の軍隊に匹敵する力をどうやって備えられたのか」
バロムスキーは、再び穏やかな表情になって口を開く。
「簡単な話さ。
“自由と正義の翼”は各国の政治家や軍隊、企業や金融機関から支援を受けていたんだ。
たまげるぜ。
デウスだけじゃない。ユニティアやイスパノ、はてはアキツィアの政財界の大物たちまでが、スポンサーのリストに名を連ねてるんだからな」
マットはその言葉をにわかには信じられなかった。
それが本当なら、最終的に自分たちに牙を剥くことになる存在を各国が支援していたことになる。
「それなら、強力な軍事力を持てたのも納得できます。
しかし、各国の有力者たちはなぜそんな危険なことをしたんです?
“自由と正義の翼”はテロリストです。
現に核ミサイルが放たれ、衛星が各国代表が集まる会議を直撃したじゃないですか」
「損をしないために複数の馬に賭けておくギャンブラーは、いつの時代も存在する。
核ミサイルはやり過ぎにしても、“自由と正義の翼”によって戦争が泥沼化することも、ある程度必要経費として受任すべきと考えたんだろうさ。
ビジネスにリスクはつきもの、ていうお定まりの理屈でな」
皮肉めいた笑いを浮かべるバロムスキーに、マットはただ愕然とするしかなかった。
今まで、自分の祖国はそれほど善良な存在ではないが、悪党でもないと思ってきた。
だが、その祖国は国益やらビジネスやらという理屈でテロリスト集団を支援し、その結果もう少しで世界が滅ぶかも知れなかったのだ。
「バロムスキーさん、大変参考になるお話しでした。
差し支えなければ、このインタヴューを裏付ける資料をお借りできないでしょうか?
証言を裏付ける物証があれば、報道にも真実みが出ます」
「おう、いいぜ。
もう使うこともないかと思ってたが、役に立つならな。
あんたのくそ度胸も気に入ったしな」
そう言ってバロムスキーは、クビからチェーンで下げていたアルミのケースを差し出す。中には一枚のメモリーカードが入っていた。
「ありがとうございます。
早速拝見させていただきます。
ただ…あなたのお立場は大丈夫でしょうか?
これの内容が報道されたら…」
「心配ないさ。
俺がこうやってアキツィアでどうどうと生活してるのがその証左。
“自由と正義の翼”のことは、徹底してなかったことにされた。
俺をどうかしようってやつもいない。
最近じゃユニティアの情報員も、取締りが厳しくてアキツィア国内じゃまともに活動できない有様だからな」
マットにとって、最後の言葉は意外だった。
アキツィア政府は、常々ユニティアの言いなり、傀儡という避難を受けてきたからだ。
ユニティアの情報員を取り締まる気骨と理由があるとは。
「ユニティアの情報員が取り締まられてるんですか?
またなんで?同盟国でしょ?」
「意趣返しってやつさ。
アキツィアは本来デウスとの戦争を望んでなかった。
それが、ユニティアの都合に振り回されて参戦することになった。
参戦のきっかけはデウスのアキツィア侵攻だったにしても、デウスにそうせざるを得ないように仕向けたのはユニティアだ。
戦後もユニティアは図々しく一人勝ちを狙おうとした。
デウスの領土の割譲、戦後処理、あらゆることでな。
それどころか、戦争で人材難のユニティア軍は、アキツィア自衛軍やイスパノ軍、果てはデウス軍まで、優秀なやつらを引き抜こうとまでしていた。
怒ったアキツィア政府は、ユニティアとの犯罪人引き渡し協定を破棄して、リクルーターをスパイとして取り締まるようになった。
ささやかなだが、効果的な抵抗ってやつさ」
鼻を鳴らして笑うバロムスキーにつられてマットも笑う。
欲張りなだだっ子が、あまりの厚かましさによその家に出入り禁止を食らった。要はそういうことだったからだ。
「今日は本当にありがとうございました。
“自由と正義の翼”の当事者にインタヴューできるとは幸運でした」
「いや、さっきもちょっと言ったが“自由と正義の翼”のことはなかったことにされてるんだ。
組織が崩壊して、今でもしゃばで堂々としているやつはけっこういるぜ。
ま、塀の中にいるやつもいるがな」
その言葉に、マットは興味を引かれた。
存在そのものがなかったことにされているのに、逮捕されている人間がいるとは。
「差し支えなければ、その方の居場所を教えて頂けますか?
お話をうかがいたい」
「居場所もなにも、あんたの国だよ。
やつの名は、ヘンリー・ニコルソン。
ユニティア軍のパイロットで、組織の幹部のひとりだった。
戦後もカタギに戻れずいろいろやらかして、最後は逮捕された。
もったいない話さ。頭のいいやつなのに、その知恵の使い方を間違えたのさ」
マットは、ニコルソンの名をメモに書き込んでいく。
戦後も犯罪から足を洗えなかった人間が、どういう者なのか、興味が湧いたのだ。
アウグスト・バロムスキー。
かつては憎しみに呑まれながらも、現在は未来に向けて生きている男。
彼はもはやかつてのような権謀術数を用いることもなければ、仮面をつけながら生き続けることもない。
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