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03 おどろなるもの

本当に怖ろしいのは

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02

 「ニコラさん、サマンサさん、無事ですか?
 私です。カトリーナです」
 ドアがノックされ、寮母であるカトリーナの声がする。
 「はい、無事です」
 サマンサは気丈に返事を返す。
 だが、ニコラは心臓がばくばくとして返事どころの騒ぎではなかった。
 「あのシスター、開けても大丈夫ですか?」
 「ええ。悪霊は除霊できました。外出禁止令は解除します」
 (大丈夫かな?)
 サマンサは外の様子をうかがおうとするが、ニコラは不安だった。
 悪霊がカトリーナの声真似をして、自分たちを引き寄せようとしているのではないか。
 そんなことを思ってしまう。
 だが、肝の据わっているサマンサはためらいなくドアを開ける。
 ニコラも恐る恐るドアの外を見てみる。

 そこには、見覚えのある女の子が倒れていた。
 学園の制服を着ている。たしか、ニコラより上級生だったはずだ。
 学園で時々見かけたことがある。
 「彼女が悪霊に取り憑かれていたんですか?」
 「そうです。
 今回はわたくしたちのミスでした。
 包囲したつもりが逃げられてしまい、寮に逃げ込まれてしまったのです。
 怖かったでしょう。 
 ごめんなさいね」
 いつもの法衣とは違う、除霊のときにまとう白い法衣のカトリーナが応える。
 良く見れば、法衣は汚れ、ところどころ傷もついていた。
 悪霊が抵抗して暴れたのだろう。
 「シスター。今回はどんな悪霊だったんです」
 サマンサは、恐怖より好奇心が勝ったらしい。 
 「男に貢がされたはてに捨てられ、失意から命を絶った女の悪霊でした。
 彼女も、最近恋人にふたまたをかけられて捨てられた。
 傷心の状態を、悪霊につけ込まれたのです。
 “私にはあなたの苦しみがわかる”“救ってあげる”と囁く声に惑わされてしまったのです」
 カトリーナは聖水で女の子の体を清めながら応じる。
 「なんて話…。
 悪霊も彼女じゃなくてその男に祟ればいいものを」
 サマンサは怒りを露わにしていた。
 ニコラも同感だった。
 女の子があまりに不憫だ。
 最低な男に引っかかって捨てられたところに、悪霊に取り憑かれるとは。
 悪霊に憑依されると、かなり危険なことになる。
 廃人になるか、最悪衰弱して死ぬこともある。
 そうでなくとも、除霊の後しばらくはベッドから起き上がれないほどに弱るという。
 あまりに理不尽だった。
 男の方こそ取り付かれて衰弱してしまえばいいのに。 
 そう思わずにはいられない。
 「わたくしもそう思います。
 しかし、悪霊はいやらしい。
 弱った心、傷ついた心を感知して狙うのです。
 言ってはなんですが、あなたたちも人ごとではありませんよ」
 聖水による清めを終えたカトリーナが、女の子を他の司祭たちに預けてニコラとサマンサに向き直る。
 「人生には悲しいことや辛いことが常にあります。
 しかし、厳しいかも知れませんが、そういうときこそ少しでも心を強く持ってください。
 絶望に身を任せてしまったら、あの子と同じことになります。
 あの子の場合はまだこちらがわに踏みとどまれた。
 だから悪霊を分離した上で除霊できました。
 もし、悪霊に取り込まれて心の底まで黒い感情に支配されていたら、分離できなくなることもあるのです」
 その場合、悪霊と一緒にあちらがわに送ってしまうしかない。
 カトリーナは言外にそう付け加えていた。
 ニコラは彼女の言葉を自分のこととして受け止めていた。
 人間の心は存外簡単に黒い感情に支配されてしまう。
 霊障をもたらすのは悪霊ではなく、悪霊につけ込まれてしまった人の魂。
 そう感じたのだ。
 
 そして、その考えは間違っていなかったことを、ニコラは後に肌で実感することになる。

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